9話 不穏な流れ
「もうっ! 夢見さんは連絡してくれたのに、正真さんはなんで連絡してくれなかったんですか!」
ヤバい。完全にやらかした。そう言えば、親が担任から連絡来てたとか言ってたな……。なんにも連絡してなかった……。
どうすれば切り抜けられる? 本当のこと言うか? でも、言うのただ忘れてただけってのは許されるのか? 無理だよな……。
というか、昨日は家に帰ったあとも、主にゴキのせいで寝るのが遅くなったから、忘れたわけだし……、でもゴキの名前出せば余計わけわかんなくなる……。やっぱり、本当のことを言うしか――、
「……一応、夢見さんから全部聞きましたよ。でも、貴方は中学校で事件を起こした経歴があるから、余計に誤解されるんですよ……。てっきり今回、事件を起こした張本人かと思って先生焦りましたよ!」
「……すみません」
話が勝手にずれていったので、黙りかけたのは結果オーライかな。でも、先生の心配を上手く受け止められないのは『虫』故の性とはいえ、本当に自分に嫌気がする。
「事件に関わったら連絡! これ常識よ。『ほうれんそう』は会社を、皆をまとめあげるには必要なんだから!」
担任の先生の話はよくずれる。
それはまぁ、今は問題ではないが、ときに問題になってしまう。
まぁ、僕もよく話を変えてしまうけども。
「先生、話の腰を少し折ってしまうカタチで悪いんですが……、警察からも連絡はきたんですか?」
「そりゃあ、もちろんよ。でも、本人の安否、というか体調とかはやっぱり担任の私が確認したいのよ」
そうだな、警察から連絡はさすがにきてしまうよな……。
「あっ、それともう一つ用件があるんだよね」
もう一つ用件があるのか?
「悪いんだけど、正真さんは一限目の体育を休んで、代わりに保健室に行ってもらえる? 体育の先生はもう知っているから伝えなくて大丈夫よ」
「いいですけど……なぜ、保健室に行かなければならないとかって理由は分かりますか?」
疑問。なぜ、僕は保健室に行かなければいけないのだろう?
別に怪我をしやすい体質でもないし、むしろ『蜘蛛』だから普通の人間よりも怪我はしにくいはずだ。
「確か……健康診断だったはずよ。ほら、正真さん健康診断のときいなかったじゃない?」
そう言えば一ヶ月前、『虫』の健康診断があったけど、僕はそのとき用事があって行けなかった。
だから今、健康診断がきたのだろう。それは分かる、分かるが一つだけ異常に気になることがある。
「そうですね……。話は変わりますが先生、一限目が体育に変更されたのは僕個人の健康診断のために変更されたんですか?」
これが、一番気にしているところだ。
僕一人のために一限目が体育に変更されることはないはずだ。いくら僕が能力者で危険人物として扱われていたとしても、だ。
しかし、担任の先生は特に何か表情を激変させることなく、キョトンとしたような表情でこう言った。
「――そうですよ。正真さんが今日、健康診断をするからこのような変更があったわけですけど……どうかした?」
「いえ……なんでも……。保健室に持ってく持ち物は特にないですか……?」
「ないわよ。じゃ、行ってらっしゃい! 私もこの後すぐに授業だから急がないと!」
担任の先生は、フランクにそう言いながら僕を送り出した。
僕は歩みを進めながら考える。
明らかにおかしい。
僕一人のために授業変更が行われた? いくら危険人物にされている過去があっても、このシチュエーションはあまりにおかしすぎる。例え、『蜘蛛』で、中学時代に事件を起こしたからといってあまりにおかしい。
何かが動いているとしか考えられない。一応、自分に糸を防護服のように巻き付けたりしているので、暗殺されることは無に等しい。
それに、半径五メートル以内の不自然な行動は見逃さないように糸を張ってある。もう少し策敵範囲を広げたいけど、それだと家に帰るまで集中力がもちそうにないな……。
やっぱりゴキに頼るべきだったのか?
そんなこんなを考えながら僕は目的の場所である保健室、その目の前に立つ。
扉を叩いてから「失礼します」、そして中に入った。
僕は驚いた。なぜかと、そう問われれば保健室の中にいるのは女性ただ一人だからだ。しかも、その女性は体格がいいわけでもない。どちらかと言えば、妖艶さある、なまめかしい女性と言えるだろう。
先ほども話したように、僕は危険人物の一人とされている。
能力者の危険人物は成人――二十歳になるまで、危険人物だと公表されない法律がある。それなのに、ネットで勝手に公表されている。たとえ、そのサイトを消しても新しいサイトが作られて公表される。そして、噂のように広がっていく、拡散されていく。だから、他の生徒は僕の過去を知ってる。それによって嫌われる、疎まれる、憎まれる、噂される、社会的に殺される、学校でヒエラルキーの最底辺にされる。
しかし、それでも、夢見はなぜか僕と隣にいてくれてた。それは彼女があまりにも優しいからという理由以外ないだろう。
「あら、君が正真君かしら?」
「はい、そうです」
話を戻す。自分は危険人物と認定されているから、健康診断には複数人、もしくはそれ以上の人間がいる場所でされると思っていた。
しかし、保健室にいるのは僕と、妖艶さが異常な彼女だ。
だから、この状況には不穏さがあった。不穏さしかなかった。