8話 疑心暗鬼
蜚蠊智美と久しぶりに会った昨日の夜、僕は誰にも襲われなかった。
朝になっていたらゴキはいつの間にか消えていた。恐らく、僕が目覚めたと同時に窓から飛び出していたんだろう。だから、ありがとうは言えなかった。でも、今日の夜も来るはずなので、そのときにありがとうと何か適当な差し入れでも渡しておこう。
今は学校の登校途中だ。
僕はいつも通り幼馴染である夢見と登校している。途中までの道のりは狂魅の通っている中学校と同じなので、三人で登校中と言うことだ。
「我が姉上よ! 今宵も快晴だ! ククッ」
「今宵って、今日の夜っていう意味じゃなかったっけ?」
「えっ? なら、我は今まで今宵という意味を勘違いしていたのか?」
「多分、そうじゃないかな?」
「カッ……カカッ、我としたことが、姉上に間違った知識を露見させてしまうとは……。神も悪戯好きだ」
「そろそろ、そのよく分からない状態で話さなくてもいいんじゃないかな、狂魅?」
「よ……よく分からない状態……、姉上から……我の話し方が分からないと……言われるとは……カハッ」
意気消沈したのか、狂魅はまるで魂を口から出すような、そんな表情をしている。
「あららー、ちょっとやらかしちゃったなー」
天然かどうか分からない――いや、多分天然だけど、天然で自分の妹をここまで追い詰められるってのは凄いな……。
「……そろそろ我は、自然と導かれし悪魔的な目的を達成する場所に誘われよう、ククッ……」
狂魅はいつも通りに中学校に行く。
「ちゃんと勉強していってね、狂魅」
「カカッ、姉上に期待されているからには、それ相応の働きをしなければいけないな!」
笑いながらも、狂魅は学校に行った。
そして、僕と夢見は二人で高校まで歩く。
「……ねぇ、正真?」
「うん? なんだ?」
「私の勘違いだったらいいの、だけどそうじゃなかったらちゃんと答えて。正真は何か隠し事してない……?」
してる、隠し事は確かにしている。でもそれは、僕にしかターゲットにされていないし、夢見には特に関係ない。
中学校時代のように夢見が狙われることはない。今回は、完全に僕だけを狙っている。だから、
「大丈夫だ。隠し事はなにもしてない」
嘘をつく、ついてしまった。
「……そっか。何か大変なことあったら言ってよね。その……なんでも、なんでも手伝うから!」
「ありがとうな、夢見」
そんな会話をしながら僕たちは学校に着いた。
*****
今は朝のホームルームの時間。教室には特別緊張感も何もなく、いつも通りの雰囲気が、状況が、あるだけだ。
僕と夢見は同じクラスだけど、昼休みにお弁当を一緒に食べることはしない。それはカップル同士がするような、そんな気がするから、してなかった。
それはともかく、今の状況を話そう。
担任の先生は学校のお知らせなるものの話をしていた。半分程度で聞いていた、聞いていたけど、思いがけない先生の発言によって僕は反応する。
「突然で悪いんだけど一限目は授業変更で体育になりました。体育館に集合してくださいとのことです」
どうしても、繋げてしまう。手紙の主の犯行か?
僕を狙う犯人は学校にいる可能性も考えられなくはない。一つ目の手紙は、研究者からだと言い、二つ目は学校に潜む者だ。二つ目の方で考えるとどうしてもこの授業変更は罠だと思ってしまう。さらに、
「あっ、そうそう。正真さんはホームルームの後、私のもとに来てほしいです。お知らせは以上」
怪しい、怪しすぎる。しかも、僕だけ呼ばれた。もしかして、担任が犯人なのか?
だけど、担任のフルネームは海藤向日葵だ。感情や虫、機械の類いの名前は入っていないので、能力者という可能性は著しく低い。
だからもしも、手紙を渡した犯人が担任の先生だとしても、能力者ではないので対処はできる。
今のうちに、糸を展開して、自分の急所を防ぐだけでいいから、応急用に張っておこう。これで死ぬことはない。
そもそも生徒全員の前で動くことは目立つから、いきなり殺そうとはほぼあり得ないが……。それでも準備するに越したことはない。だから、自分の身体に糸を巻く。
蜘蛛の糸は強い。しかも、その糸の特性は硬く、しかしながら柔らかい。
これは今現在、注目されているのだが、スパイダーシルクというものがある。これは、蜘蛛の糸の特性を活かして開発が進んでいるものだ。まだ、実験段階だが、スパイダーシルクは防護服としてとてもいい素材と見なされている。近い将来、本格的に防護服として使われることも考えられている。
僕はそれの擬似的なものを産み出せる。そして今、それを巻き付けた。これで先生に近づいても問題ないはずだ。
大半は、ホームルームが終わったあと、飛び出して体育館に行く。
そして、僕は先生のもとに行き、何を言われるのか、気構えしながら待っていた。
そして、先生が言い放った一言は、
「正真さん! 昨日の下校中にあった事件のこと、なんで報告しなかったんですか!」
「あっ……」
思わぬ盤外上の一手を喰らったのだった。