7話 一人で問題ない
「先輩、なんでですか! オレのことそんなに信用ならないっスか!?」
護衛をゴキに依頼しないのは、信用していないからという理由ではない。
「信用はしてる。だけど、同時にお前は友達だ。あまり巻き込みたくはない」
本心から、心の奥底から想っていたことを僕は打ち明ける。
それを聞いたゴキは少し、悲しい表情をしている気がする。
「……先輩は事故犠牲が多いんスよ。いつも一人でどうにかしようとして、まぁそれが先輩の魅力の一つでもあるんスけど……。けど、分かりました、いいっスよ。……では後輩であるオレから最後の用件、というか約束事っス」
諦めてくれたのは安心する。けれど、最後の一言が気になる。
「約束事?」
「はいっ! そうっスよ、約束事。先輩はいつも通り夢見さんと行動する。それ以外の場合は人だかりが多い場所、最低でも先輩自身を含めて三人以上いること、いいっスね?」
恐らくこれは、敵が複数人いないと確信をもって言ったことだろう。
しかし、僕は複数人来ると考えている。それは得策ではない。だが、それでゴキに迷惑がかけられないなら問題はない。
「分かった」
「しっかり守ってくださいよ、先輩」
「あぁ。分かったから、そろそろ帰ってくれ」
「――嫌っスよ」
「えっ……?」
その瞬間、ゴキは――蜚蠊智美は消えていた。さっき窓を閉めていて、その窓が開けていない。
ということは、ゴキはまだ帰っていない。
なら、この部屋にいるということだ。
「気がつけばいて、気がつけばいない。それがゴキブリっスよ、先輩」
声は聞こえても、その方向を見れば既にいない。これが『ゴキブリ』の為せる技。
そして、もしかしたらゴキは、僕を学校に監禁して賞金を得ようとしているのではないかという、そんな考えが頭をよぎる。
ゴキブリは――智美は人間が起こす微力の風で相手がどこにいるか、次にどこを向くのかを常人の約十倍早く感じて判断、即座に移動できる。しかも蜘蛛のように糸を使わずに感知できるので、なんら準備をしていない僕では歯が立たない。
だから僕は糸を展開する。だが――、
「遅いっス!」
「くっ……」
すでに首もとに何かを当てられる感触。
この感触は……スタンガンか?
完全に拉致するつもりか……!
「先輩、約束事のもう一つの内容を聞いて欲しいっスよ~」
「もう一つ?」
この状態で逆らったら何をされるか分からない。
そしてこれ以上、何を約束するのか? 拉致されて、起きたあとに何かアクションを取れとでも言うのか? 僕を辱しめに落とすような行為をしろと言うのか?
しかし、この状況であれば従うしかない。
「オレを家に泊めてくれっス!」
「…………はっ?」
あまりに突然の事態に、呆然とする僕がいた。
「先輩はどうせ注意深いっスから、寝てる間も糸を巡らせて敵が来るかどうか見張るんスよね? それならオレが見張るっス! 先輩は学校とそれまでの行き来だけどうにかすれば、あとはオレがどうにかするっス! そうすれば先輩の体力は温存できるはずっスよ!」
……? 敵に成り下がったわけではない……? というか今、泊まるって……。
「お前、泊まるのか? 親は心配しないのか?」
「また、グレたんじゃないかと思うぐらいっスよ! ……多分」
「そうか……。それは良くないが……、それならいい」
ゴキが敵ではないことに僕は安堵する。
「でも……その前に、一つオレの願いを叶えさせて欲しいっス!」
「なんだ?」
ゴキは少し顔を赤らめながら言った。
「先輩の布団にある……枕を……その……クンカクンカしたいっス……!」
「アホか! 誰がさせるか!」
「先輩のいけず~。そのくらいいいじゃないっスか! そして一緒に愛しましょうっス~」
「誰特だよ……蜚蠊と蜘蛛の恋物語とか……。どんな人間でも読まんぞ!」
「それが世の中にはそう言うのが好きな人間もいるんスよ~。例えば……オレ……とか……」
さすがに恥ずかしがっているのか、いつもの余裕が、ゴキにはない。
なら、僕も恐いところではあるが、なるべく早く仕掛けるべきだ。
「……じゃあ、枕クンカクンカするのか?」
僕は枕をゴキに投げ渡す。
「えっ……、ヒィっ……これが先輩の…………、……やっぱ自分には無理っス。……申し訳ないっス」
やっぱできないよね……。内心すっげぇ焦ったけど。
「なら、いいんだ。素直に僕が寝ているときだけ見張ってくれ……」
「はい、承りましたっス! 命に変えようとも先輩は守ってやるっス!」
「……フラグはやめてくれ……。お前が消えると困るし……」
「せ……先輩…………! オレのことをそんなに心配して……!」
「……まぁ、お前なら死なないだろうけどな……」
自分もまた、フラグを立ててしまったなと反省する。
これからは家に帰れば、ゴキと一緒の部屋で過ごすのか……。
それは少し面倒くさいと思ったが、同時に、こんな僕を心配してくれる人間がいて嬉しいと感じた、そんな僕がいた。