5話 警察沙汰
「もうっ! 正真どこ行ってたの!? あのあと茂み探していたのに消えちゃって困ってたんだから!」
「ごめん、少し傷ができていたから応急処置してたんだよ」
一応、傷自体は茂みに入ったとき、木の枝に擦れてできているので事実だ。
既に僕は、糸を使ってガーゼ状にして応急処置を終えている。だから、間違ったことは言っていない。
「君が『蜘蛛』かい?」
その言葉に少し違和感を覚えるが、仕方ない。
他人から見れば、これほどの巨大な蜘蛛の巣が現場にあれば僕を正真と呼ぶ他人は誰一人として存在しないからだ。
「はい、僕が『蜘蛛』です」
だから、僕は蜘蛛としか答えようがない。
「そうか……君が……。あっ、私は『螳螂』だ。そして今、蜘蛛の糸を調べているのが『花螳螂』だ」
螳螂は少し痩せぎすに見える男性。花螳螂は背丈が小さい女性だ。
この世界の警察には普通の警察官、『虫』の警察官、『感情』の警察官など、種類分けにされている警察官がいる。
今回は、恐らく夢見が警察を電話で呼び、状況説明をして、この件に『蜘蛛』が関わっていると分かって、螳螂と花螳螂が現場に駆り出されたと、なんとなくだが分かる。
「柿原さんにはあらかじめ言ったけど、君たちはこれから事情聴取を受けてもらう。もちろん、法律で受けるか受けないかは人それぞれの自由と言っているから、受けないのも問題はない。どうしますか?」
夢見の方向に顔を向けて、僕は訊く。
「夢見はどうしたんだ?」
「私は受けることにしたよー!」
じゃあ、僕も受けるべきだな。
「じゃあ、受けます」
「双方とも受けるんだな。花螳螂! 蜘蛛の糸の記録は採れたか?」
「はい! 採れました!」
「よし……。では、二人とも、すまないが署まで来てもらう。花螳螂! すまんが署まで同行してやれ。私はまだやることがあるからな」
「はいっ! 分かりました!」
こうして、僕と夢見は警察署まで同行された。
*****
ここは、恐らく事情聴取されるために、よくドラマとかにありそうな個室。そこに僕がいるので、僕は少し訝しげに思ってしまうが、そこまで面倒が起こらないはずなので、適当に用件を済ませたい。
「さてー、『蜘蛛』さん。事情聴取をしたいんだけど、まずは、なんであんな状況になったか教えてくれるかな?」
一対一で会話する相手は花螳螂。恐らく、螳螂の後輩。
それはおいといて、話はしないといけないだろう。
「はい。バイクに乗っている男が自分たちの帰り道に突っ込んできて、……何故か僕の方にきたのでそれに対処した感じ……ですかね」
「うーん……、柿原ちゃんの言っていることとは若干言い方が変わっている気もするけど、……まあよしとしますか」
「因みに夢見……柿原はなんて言ってたんですか?」
「それは警察として教えるわけにはいかないよー。しかも貴方は『蜘蛛』。私と同じ『虫』。それなら尚更教えるわけにはいかない。オマケに『蜘蛛』さんは中学生時代に能力を使って人に怪我させた過去がある。なら、絶対に柿原ちゃんの情報を教えていけない。分かるわよね?」
僕は中学生時代、虐められていた。それに耐えてはいた。『虫』だから、反撃した場合のリスクが高い。
『虫』には普通の人間とは違う法律がある。その法律も『虫』によってマチマチではあるが、僕の場合は『蜘蛛』。益虫と知られている蜘蛛でも、『蜘蛛』人間の僕であれば違う。それは、人間であるから悪事を働く可能性があるから、という理由。
そしていつも通り虐められていたある日、夢見にもその虐めが飛び火していることを知ったとき、僕は虐めをしていた人間に反撃した。
怪我をさせた。醜いほどの怪我をさせた。それを理解したとき、僕は隠蔽工作をした。糸を『食べて』隠そうとした。
しかし、警察に容易くバレた。
『虫』に少年法なんてほぼ皆無だ。でも、夢見が頑張ってくれたお陰で、懲役も何もなかった。無罪になった。
僕はそれを忘れてはいけない。
だから、もう彼女の邪魔はしたくない。
だから、花螳螂の問いかけに対して、こう答える。
「はい……、分かります」
「なら、いいけど……。それで、糸は『蜘蛛』さんが出したのよね?」
「はい、バイクの彼に怪我させないために……ですね」
「そう……。確かに彼は怪我せずに済んでいるから、仮に、『蜘蛛』さんがバイクの彼を操っていたとしても無罪にはなるから、今回は何も問題ないわね」
今回は……か。
確かに一度、無罪とはいえ、あんなことをしたならこう言われても仕方ないな。
「そうですか。ありがとうございます」
「まぁ、事情聴取はこのくらいにしましょう。バイクの彼も酔っていたから、こんなことをしてしまったらしいし。彼は今後、バイクに乗れないかもしれないですけど……」
――?
バイクの男はもともと酔っ払っていたのか? 狂魅はそんなこと言ってなかったけどな。
もしかして、狂魅は『狂わせる』人間を適当に決めたのではなく、選んでいたのか? それなら納得つくけど。
狂魅はオカシイと思った人を無意識に『狂い』の対象として選んだのかもな。
狂魅はあんまり考えないで物事進めるけど、仮にも彼女は『感情』人間に分類されるから、何か悟っていた部分があったのかもしれないな。
「それより『蜘蛛』さん。ちょっと気になるんだけど、柿原さんとは付き合っていたりするの?」
それよりって……、この警察官大丈夫か? 職務放棄してない?
まぁ、話が逸れるのはこちらにとってもありがたいので乗ってもらうことにしよう。
「いえ、別に付き合ってたりはしてないですよ。ただ……、幼馴染なだけで……」
「そっかー、幼馴染なだけかー。ってそんなわけあるかー!」
なんだこの花螳螂、ノリツッコミの好きなフレンズかな?
「だって、高校生の男と女が二人一緒に帰っていればそれはもう恋人としか思えないんだよねー。……やっぱり付き合ってない?」
「違いますよ。本当にただ単に幼馴染なだけで……」
「皆の目は誤魔化せても警察官である私の目は誤魔化せないぞー! 早く吐け、吐くんだっ!」
なんだこの警察官……。恋愛話に盛り上がれる人なのかな?
でも、付き合ってないのは本当だし、僕は彼女の我儘で一緒に帰っている。その我儘もきっと、我儘ではなく、彼女があまりにも優しいから。
「……僕が、夢見といるのは……夢見が優しすぎるからです。きっと僕に友達がほとんどいないから寄り添ってくれて、『虫』の僕にここまで優しくしてくれているんですよ……! もう、幼馴染としての領域は超えているのに、それでも夢見は寄り添ってくれる。優しすぎる人間なんですよ……!」
「…………」
久しぶりに、彼女の想いを言ってしまった……。
「『蜘蛛』さん……。いいえ、少し思うところがあるので蜘蛛君といいましょう……。私も『虫』なので、感情に偽りは多いですが――」
『虫』の能力者は、感情の強さが一般人よりも弱い。
だからさっきの恋愛話のとき、『虫』なのにあそこまで興奮してる『花螳螂』には異常だと思ったんだけど……。何故今、その話をするのか、イマイチ僕には分からない。
「――それでも『虫』の中なら感情表現は一番高いと他の警官から買われています。だから言うけど、蜘蛛君は自分を思い詰めすぎている、そんな気がします。感情云々は『虫』の不得意分野ですが、別の方向を見たらどうでしょうか? 例えば、人は口角が上がると、嬉しい、恥ずかしい、という感情になることを示しているとよく聞きます。ですから彼女を少し、虫として観察することをオススメします。そうすれば蜘蛛君が考えていることは変わっていくでしょう」
「……そうですか……」
言葉半分で聞いた、彼女の言葉。しかし、何故か、少しはそのように意識しようと思った。
「もう事情聴取はしないわ。外も暗いから早く帰ってね」
彼女は僕にそう言ったので、お言葉に甘えて家に帰った。