3話 犯人は身近にいました
「正真!!」
私は叫ぶ。だって、大切な正真が飛ばされれば叫ぶしかない。
そのまま正真は十数メートル離れた茂みにダイブされた。
私は急いでそこに行こうとしたけれど、あることを忘れていた。
「バイクの人……は……?」
正真しか見ていなかったから、バイクに乗っている人の行方を見ていない。
だけど、バイクの車輪音が聞こえる。そっちの方向に目を向けると、
「これ……正真が止めてくれた……のよね?」
バイクとそれに乗っていた人が、何重にも絡む糸に捕らわれていた。そのお陰か、その人に傷は一つもない。
恐らく、正真はここまで頭を回せていた。だから、無事ではあると思う……。
「そうよね……正真……」
私は自己暗示をしながら、正真は大丈夫だと願う。
「正真を探さなきゃ……!」
そんな使命感をもって、正真が飛び込まれた茂みに向かう。
*****
僕は茂みに入ったあと、急ぎ目的の場所――目的の人に会いに行こうとしていた。
「夢見は無事だよな……。バイクの野郎も一応助けるようにしといたはずだけど……。糸にちゃんと絡まってくれたよな……」
蜘蛛の糸は簡単に引きちぎられると、無意識ながら思っている人も多いはずだが、それはそもそも考える条件が違う。
虫は人よりも小さい個体がほとんどだ。これが人間サイズの個体として捉えば、脅威となる虫は数えきれない。
例えば蜘蛛の糸は、糸より何倍の重さもある蜘蛛自身の体重を軽々支えられる。
これを人間に置き換えると糸は脅威的なものと認識されることが分かる。
僕の糸の場合、一本の糸で五百キロの重さは耐えられる。それが何重にも紡がれれば、最高速度のトラックを止めることも可能。だから、バイクの全速力を止めることは造作もない。
「っと、着いたか」
僕はある場所に着く。
そこには目的の人物がやはりいた。
「話をしてもらおうか、狂魅」
夢見の妹――柿原狂魅だ。
彼女はいつも通り右目を眼帯で隠している。
因みに、狂魅を探し出せたのは糸のお陰だ。糸を自分の半径二百メートルにまで展開し、不自然な動きをする者まで向かった。その結果、狂魅がいたのである。
「ククッ、どうして見つかったかは判然としにくいが、中々どうして面白い」
「そろそろ中二病みたいな会話、卒業したらどうだ?」
「はっ! これは厨二病ではないわ、凡愚よ!」
彼女はいつも中二病のように話す。まぁ、現在中学二年生なのでそこは大目にみておこう。
「凡愚で悪かったな。……それで、なんで僕を襲うように仕向けたんだ? あのバイクのヤツはどう考えもお前が『人を狂わせて』襲うようにしたんだろ?」
「そうだ、と言ったらどうする……ククッ」
「何故、そんなことをした?」
夢見の妹とはいえ、僕に危害を加えるというのは何か理由付けが、裏付けがある。僕はそう思っている。
「ククッ、……とても……とても簡単なことよ。我は、お金が欲しかった」
「……お金……? 別に柿原家は貧乏じゃないだろ?」
柿原家は貧乏ではない。むしろ、裕福と言ってもいいだろう。
「個人的な金銭問題よ。……凡愚よ、我は圧倒的にお小遣いが少ない。月に千円の収入だ」
「中学生で千円もらっているなら少ないとまでは言わないんじゃないか?」
正直、そう思っている。僕が中学のときはそれよりも少ない額でやりくりしていた。
「普通に過ごす分には、な。だがな、凡愚。我はそれで満足できない。我は目的を達成するために、その些細な金額以上のものを手に入れようとして動いていたのよ」
「小遣いに満足できなかったからって、それでなんで僕を襲うことが金を産む利益に繋がってんだ?」
「ある者から依頼が来ていていたのよ。凡愚を襲い、骨折、もしくはそれと同等の怪我を負わせれば賞金をくれると約束してくれた。すでに前金として十万はもらっているからな。仕方なく、行動に移したというところよ、カカッ」
アルバイトができない中学生にとって十万は大金だな。
「前金で十万か。となると僕に怪我を負わせた場合はいくらになっていたんだ?」
「その前に、……我の攻撃がまだ終わってないと考えてないのか?」
この言い方は恐らく、先ほどまで狂魅が怪我を負わせようとして失敗した。だから、この状況であればもう一度なんらかの攻撃をして僕に怪我をさせるかもしれないぞ……という鎌かけだろう。
だが、それは無意味だ。
「――考えていない」
はっきりと、僕はそう答える。
僕は狂魅を信じている。
信じるとは疑うことである。
この名言は人を疑うことで、結果的にその人を信じるようになれるということを表している。
僕は当然、狂魅を怪しんでいた。狂魅が襲うことを考慮して、あらかじめ糸をこの場所全体に巡らせている。
蜘蛛は糸を使って振動、気流、音を人工か自然か、不自然さがあるのか、区別をつけることが可能だ。蜘蛛はこれを利用して不意討ちを行う種もいるという。
今のところ、狂魅は不自然な行動をしていないし、辺りに狂魅よって『狂わされた人間』はいない。いても普通の人間だと糸で判断できている。
「はぁ……、その自信はいったいどこからくるのかしら……。っと、賞金の話だったな。凡愚を怪我させた場合の賞金は前金合わせて、百万円という話だ」
「高いのか……それは……?」
「ん? えっ? 高いんじゃないの? えっ、もしかして百万って安いの?」
自称中二病の化け皮は剥がれやすいなぁと思いつつ、僕は高いかどうかの疑問に至った意味を話し始めた。
「あー……、安くはないけど百万ってさ、家賃に使ったりや食料買ったりすれば意外と早く消える金額だからな。羨ましいとはいえ、新品の自動車も買えない値段だぞ」
「それはそうだけど! わたし……、じゃなくって……我はその金額で満足できるのよ」
なんか頑張って中二病に戻ろうとしてる……。
まぁ今のはそこまで重要なことではない。一番大切なポイントは金額じゃないはずだ。
僕は狂魅に一番訊きたいことを話す。
「金額うんぬんのことはだいたい分かった。最後にもう一つ質問したいんだけど、……僕に、怪我させろと依頼してきたのは誰だ?」
狂魅から依頼をしてきた人間。それが今回、僕になんらかのアクシデントを期待している人間。
この犯人が誰か分かれば、そいつを警察に突き出して、事件は解決だ。
「能力を専門に調べている研究者よ。それ以上は我でも分からぬぞ、凡愚」
「……なん……だと……」
研究者たちが能力者を調べることは、法律において厳重な整備のもとで行われる。
研究者が様々な申請を行い承諾するかどうか決め、ある程度の額を払い、法律に反していないか厳重に監視されて、初めて能力者を調べることができる。健康診断などの場合は例外も認められるらしいけど……。
ともかく、それが守らなくてはならないはずの最低限のルール。しかし今、そのことを破っている研究者がいる、ということだ。
「それで、なんで研究者ということ以外、犯人の素性を知らないんだ?」
「ククッ、それは手紙で依頼を引き受けたからよ」
ってことは……、素性知らない人から手紙の依頼を受けて、十万もらったから僕を骨折させようとしたのか……、コイツは……。
「バカか……」
思わずそう言ってしまった。