2話 蜘蛛の性質
僕は今、幼馴染の柿原夢見と下校中。
それはいつものことで、しかしそんないつものことなのに、嬉しい。けど、彼女の時間を奪っていると考えてしまう、感じてしまう。
そもそも、彼女ならば、僕という存在をおいていき、女友達を作って、さらには彼氏も作ることなど簡単だろう。
それほど美人だし、コミュニケーションもとれるし、そして何より優しい。
僕にとって夢見とは、幼馴染としてはもったいない――まるで、夢で理想の幼馴染を作り上げてしまったかのような、それほど素晴らしいと思える、思ってしまう存在だ。
「今日も正真の家に寄ってもいい ……かな?」
ちょっぴり恥ずかしながらそう尋ねてくる夢見はすべて可愛く見え、もはや計算高い人間なのかと疑うほどのものだけど、それが計算ではないことは幼馴染だから分かりきってはいるけど、……どうしても計算されているように見えて、仕方がない。
ともかく、僕は彼女の質問に答える。
「もちろんいいよ」
彼女が僕の家に寄ることは多い。週に2、3回ぐらいは来ているはずだ。
どうでもいいかもしれないが、夢見の家に寄ることも可能だけど、いや現に、夢見の家の方が学校からは若干近いのでその方がもろもろ楽ではある。
しかしその場合は、夢見の部屋に行くので、さすがの僕でも女子の部屋に入るのは少し無粋に感じた。だから結果的には僕の部屋が夢見といつも遊んでいる場所となっていた。
「やったー! ありがとう!」
毎度毎度僕の部屋に入れるということが、彼女――柿原夢見は初めてように、無邪気に喜んでいる。
それを、僕はなんとなく見つめる。
しかし途端に何かを思い出したのか手をパンと叩きながら、
「そう言えば今日ねっ! ゴキちゃんと久しぶりに話したよ」
ゴキちゃんというのは、黒いGを彷彿させるようで些か酷い謂われようかもしれないが、仕方ない。
そいつの名前が、蜚蠊という名字をもっているからだ。
名前は蜚蠊智美。
彼女もまた、名前によって他者から忌み嫌われ、そして今もなお嫌われ者でいようとしている、嫌われ者でいようとし続けている、そんな変人。
中学生時代、僕は彼女と似ている部分が多く有ったので意気投合し、仲良くなった。しかし、彼女は僕や幼馴染である夢見よりも一つ下の学年、後輩にあたる。今現在、僕と夢見は高校二年生なので、彼女は高校一年生だ。
そして彼女は自分から姿を現すことは滅多にないし、何より同級生ではないので探すのも手間がかかる。
その為、接点を少しばかり持ちにくい。
しかし、夢見は今日、彼女と話したのだ――後輩であり、滅多に現れないかのような蜚蠊智美に。
そこに深い意味はあるのだろうか?
「何を話したんだ?」
だから僕はそう訊いた。
「なんかね、ゴキちゃんが言うには、近々能力者の誰かがマズイことになるんだって。もしかしたら正真のことかもしれないから伝えてほしいと言ってたんだよ」
「なんだ? マズイことって?」
意味が曖昧なマズイこと、その部分に僕は話を突っ込む。
「そこはゴキちゃんも濁していた、というか本当に分からなかったと思うよ。ゴキちゃんは正真にとって不利益になることはしないでしょ?」
「まぁ……、確かに」
ゴキは、僕に不利益なことを被らない。
初めて友達関係になったのは僕だろうし、そして僕に心酔していると思われるような、そんな発言を過去に何度かしている。
だから……というわけではないが、ゴキは僕に対して嘘は吐かない。僕は自信過剰ではないはずだから、それは絶対だ。
「今言ったことで分からなかったら、ゴキちゃんに訊けばいいと思うよ。探すのには骨が折れると思うけど……」
「……確かに、骨が折れそうだな。でも最近、ゴキのいる場所の目星はある程度ついてきているからな。前に探したときより時間はかからないはずだ」
「でも、ゴキちゃんは身を隠そうとすれば、たとえ正真がその場所にいても気づかない――そんな能力を持っているよね?」
蜚蠊智美の能力は、蜚蠊の性質をもとにした能力……。これだとあまりに広義的意味に捕らわれるので、僕の能力を例えにして話そう。
僕の能力も虫の性質をもとにした能力だ。
僕は『蜘蛛』だから、例えば糸を作ることは造作もない。木々に張り付けて、糸を罠として利用することもできるし、糸を少しばかり加工することも可能だ。それによって多量の熱にも耐え、自身の体重の何倍もの重さにも耐えうる糸を作り出せる。
蜚蠊智美にもこのような能力があるのだ。
「あぁ、それこそ本当にゴキブリのような能力をもってるな」
「正真もそこに関して言えば同じだけどねー」
「違いねぇ」
心からそう思う。僕は蜘蛛だ。
一人が好きで、孤独を愛している。
夢見がそれを邪魔しているけど、それは邪魔ではないと思っている……。
「あっ、そうそう。これは私が個人的に抱えている問題? みたいな感じなんだけど……」
「なんだ?」
「最近ね、私の“妹”が――……」
夢見の妹――名前は柿原狂魅だ。
狂魅は能力者だ。
彼女は狂気を操る。そして狂うことに魅了され、己さえも狂人のように振る舞う。
しかし、振る舞うだけで、実際のところは恐らく違い、彼女は姉の夢見と同じで美少女ではあるし、本来であればコミュニケーションや感情など、多岐にわたって夢見と似ている部分はあるはずだ。
確信できないのは、狂魅という妹は僕が記憶している中でそのような――夢見のような行動をとっていないことだ。
「……――っ」
もし、今現在の性格が、妹の性格なら手遅れだ。
彼女はあまりにも――、
「正真!」
「――ん? どうした?」
「さっきから呼んでいるってのになんで聞いてないの!?」
「――悪い、少し考え事していた」
「もう……一人で話してる私がバカみたいじゃん……。……ん? なんかうるさいバイクがこっちに来てるね!」
いきなり話が変わり過ぎだバカ、と言えば夢見は怒るんだろうな。
それよりも、バイクが――それも暴走族のようなバイクが一台だけで、しかもこんな幅狭く、人気ない通学路を走るのは不思議だ。
……考えすぎか? 取り敢えず、『糸を展開させよう』。何かあったら面倒だ。
糸を展開し、同時に僕は気づいた。
「……っ! これはっ――!」
ヤバい……。やっぱり、この暴走族の男はおかしかった!
全然自然体にバイクを走らせてねぇ! ほぼ無意識で走ってやがる!
「なにー? どうしたの正真?」
すぐに僕は夢見に指示をする。
「――急いで端によってくれ! 夢見!」
「えっ? あっ、わかった!」
バイクに乗ってる男の意識が朦朧としてるのに正確にこっちに向かってくる。おまけにアクセルを最大にしてこっちに向かってくる。
能力者の誰かがアイツを操ったとしか考えられねぇ……!
「アイツが能力者なの?」
夢見も能力者絡みで起こっている事態ということは理解していたようだ。
「アイツは能力者じゃないはずだ。多分、操ってる犯人がいる」
アイツはほぼ無意識状態に陥っているから能力者というセンは薄い。
それよりも今の問題は、僕か夢見、どちらをターゲットとしているかだ……!
僕であればいいけど……。
うん、僕だっ……。バイクの車輪が完全にこっちを向いている。
「『仕掛け』はできた……な」
そしてバイクは速度を維持し、僕にぶつかる。
空を舞っていることが自分でも解る、それほどふっ飛んだ。
「正真!!」
夢見は驚いてしまうだろう、というか既に叫んでいる。
普通の人間であればこれは大事故になるだろう。しかし、僕は仕掛けによって怪我をほとんどせずにぶっ飛ばされた。
そしてそのまま、茂みに飛び込んだ。