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そのスマホの持ち主は

僕は改めて、先輩の手の中にあるスマホを観察してみた。


「持ち主は女性、ですかね?」


 そうは言ったが、確証は全く無かった。

 何分、そのスマホは特徴がなさすぎるのだ。キーホルダーなどの装飾品は一切付いておらず、本体は白、プラスチック製のカバーをしており、その色は水色だった。

 水色ということでどちらかというと女性かなと思っただけで、男性だったとしても不思議な点は全くない。


 因みに色は違うが、機種は僕が使っている物と同じものだった。しかし、これが他の機種であれば偶然を強く感じるが、この機種に関して言えばそうでもない。

何故ならば、これは8人に1人位は持っているのではと言う印象を受けるほど普及している大人気シリーズの物だからだ。

 現に如月先輩も同じものを使っている。

 約半年前、当時そのシリーズの最新版だったそのスマホを僕が使い始めた数週間後、先輩が同じものを使い始めたのを見た時、密かに口をニヤけさせたものだ。

 今話題にしているスマホも恐らく同時期に買われたのだと思う。

 ホームボタンの傷の入り具合など、少なくとも数ヶ月は使ったであろう痕跡が見られた。

 カバーについては最近変えたばかりなのか、傷がほとんどなく真新しい。

 しかしその割には画面保護フィルムについて言えば、指紋の付き具合や傷等から、それなりに使われている印象を受ける。カバーを買うと大体フィルムもついてくるから、一緒に変えることが多いと思うのだけど。

 特徴が全くないと思ったが、そこだけが少し気になった。

 と言っても一緒に変えなくてはならないと言う訳でもないし、もしかしたらそれは僕の中での普通であって、他の人は違うのかもしれない。そもそも誰かがカバーを変えるという場面に出くわしたことがないので、何とも言えないというのが実情だった。


「どうかしらね。水色なんて男の人でも普通に持っていると思うけど。まぁ、水色を愛用する男は爽やか系勘違いイケメンってイメージが勝手に私の中であってあまり好きではないのだけど」


 もしこのスマホの持ち主が男だったら、少し愉快な気分になれる気がした。


「ちなみに、黒色のスマホの持ち主は?」


「色付きは自分に似合うか不安で中々持てず、また少し派手な気がして周りから調子乗ってると思われたくなくて、無難な物を選んだ臆病者ってところかしらね」


 まさに僕が自分のスマホを選んだ時の心の様子を解説されてしまった。


 その心を読んだとも思える台詞に驚いていると、


「どうしてそんな事聞くの?」


 と質問の意図を理解してか、意地悪気な視線を向けられてしまい、さらにドキリとさせられてしまう。

 そして僕の動揺を見てクツクツ喉を鳴らして笑う先輩の様子は、小悪魔とは斯くが如しといった感じで、僕は眉を垂らすしか術がなかった。


「と、とりあえず推理の基本は情報収集ですよね」


 そう言いながら僕は一枚のA4紙を手に取った。

 縦線と横線が何本も真っ直ぐに引かれているその紙は、落とし物を管理するために作っている、落し物リストである。

 落し物が届けられると、その表に、落し物の種類、届けられた時間、発見された場所と届けた人の名前とクラスを書くようになっているのだ。


 それによると件のスマホは美術室にて拾われて、10時02分にここへ届けられている事が分かった。


 僕らの前の係りの人がこれを記入したのだろうけど、字がとても汚かった。


「美術室に落ちてたみたいですね。たしか美術室は美術部の作品の展示をしてるんでしたっけ?」


「えぇ。美術室は学校の隅にあるから、比較的静かで落ち着けたわよ。まぁ学生の作品だから、大したものはないのだけれど」


「それを言ったら、元も子もないですよ。って先輩展示に見に行ったんですか?」


「友人の作品を見にね」


「って事は友達の作品を含めて、大した事ないって言ったんですね……」


「友人の作品だから、その作品が良くなる、何てことある訳ないじゃない」


 その物言いは実に先輩らしく、また言ってる事も尤もだとは思うけど、何となくその友人に同情を禁じ得ない。しかし先輩は時間の無駄だったとは感想として言っていない辺り、まだマシなのだとフォローしてあげたい。先輩は少しでもそう思ったら、何も気にせず時間の無駄だったとストレートに言う人だから。そういう意味では、一定の価値を美術部の展示に見出したという事なのだろう。


 とまぁ、今はスマホの持ち主推理だ。

 落し物リストを見ても、結局10時02分に美術室で拾われた事くらいしか分かっていないのだけど。あと分かるのは拾った人の名前とクラスくらいか……。


 僕はそこに一つの偶然を見つけた。

 と言ってもだから何?という程度の偶然なのだけど。


「もしかしてその友人って汐見って名前ですか?」


「そうそう。よく分かっ、あぁ彼女がこれを届けたのね」


 先輩は落し物リストを見て納得といった顔を作った。

 

 3年F組の汐見恵さんがここへ件のスマホを届けたとそこには記入してある。

 3年F組とはつまり、如月先輩と同じクラスなのだ。


 そして恐らく汐見さんは美術部だ。

 それは落し物を汐見さんが届けている事からの推測だが間違っていないだろう。

 受付をしていた汐見さんがこのスマホを発見したのか、作品鑑賞しに来た人が見つけたのかは分からないが、どちらにしろ美術室で発見された物は、そこで展示を開いている美術部が落し物係に届けに来るのが自然だろう。

 如月先輩には美術部の友達がいて、かつ、如月先輩には同じクラスに美術部の人がいる。

 美術部員はそれ程多くないし、前者と後者が同一の人である可能性は高いだろう。


 そう思って先輩に先の質問をしたのだが、見事に当たったようだ。


 まぁ、先ほども言った通り、だから何だと言う話ではあるのだけど。

 このスマホの持ち主に、拾った人が如月さんの友人かどうかは関係ない。

 推理するのに必要な情報はやっぱり不足していた。


「んー、少なくとも今日の10時02分位以前に美術室に居た人ですよね」


「そうね。文化祭は9時から始まるから、大分早い時間に来たみたいね」


 持ち主が美術部の展示を訪れてスマホを落としてから、誰かに発見され、ここまで届けられるのにある程度の時間差はある。少なくともこの持ち主は9時台に美術室に居た人という事になるだろう。それは先輩の言う通り文化祭の2日目が始まって間もなく、美術室を訪れている事になるだろう。


「文化祭で訪れたい催し物としての優先度は高め、ということでしょうか?」


 行きたい場所をチェックし、地理的に効率良く回る人が多いと思うが、美術室は学校の地理的に少し外れたところにあるので、近くに来たからついでに覗いてみよう、という事も少ない筈。

 従って、このスマホの持ち主は最初から美術室に訪れる積りであった可能性は高い。そして文化祭の早い段階で訪れた事から、かなり美術部展示の優先度が高かったと考えられる。


「更に言えば、昨日1日役割があって文化祭を回れなかった人か、外来の人の可能性が高いでしょうね」


 僕は先輩の言葉に頷いた。

 今日は文化祭2日目だが、美術室の展示は昨日からあるし内容の変化もないだろう。優先度が高いなら、1日目である昨日に訪れていると考えるのが普通だ。つまり、昨日は文化祭を回れなかった人。これは二つの可能性が考えられる。一つは昨日一日中何らかの事情で多忙だった生徒、そして金曜日であった昨日は一般公開されていなかった為、校舎に入られなかった外部の人だ。2日目の土曜日に初めて外来客もナル高祭に参加できるのだ。


「美術部員の友人知人親族、OB並びにOG、そして美術関係者の誰かって所ですかね……」


 正直、美術部の展示に興味を持つ人は少ないだろう。我が高校の美術部が有名となれば違ってくるだろうが、そうではない。したがって、美術部展示に関心を寄せそうな人といえば、ザッとこんな物だろう。

 まぁ絶対当たってるとは言えないけど、それなりに良い線は行っているのではないだろうか。


 だからと言って、このスマホは誰々の物!と特定出来る程ではないんだけど。


 そして、ここらが限界だろう。


「手詰まりです。これ以上情報がないです」


「もう諦めるの?まだ始めて10分ってところよ」


 そう言われてもこれ以上何を考えたら良いのか、どう考えたら良いのか、全く解決の糸口すら見つからない。


「これもう、ロック解除の暗証番号推理した方が早いんじゃないですか?よくタッチされている所を指紋でみつけるとか」


 半ば開き直ってそう言ってみたが、それが不可能だと言う事は分かっていた。


「無理だと思うわ」


 当然だが、如月先輩は残念な子を見る目で見つめてくる。

 しかしそんな哀れみの目を向けられても手詰まりなんだからしょうがない。


 それでも物は試しと、様々な角度から画面を見るが、当然指紋がどこに集中しているかは分からなかった。


 適当に四桁入力でもしてみるかと、ホームボタンを押す。

 画面は輝き出し、ロック画面が映る。僕が使っている物と同じ機種なだけあって、誰の物かは分からないけど、その画面自体は見覚えのあるものだった。


 画面上部には


 11月5日(土)

 14時37分


 日付と現在時刻が書かれており、下部にロック解除のボタンがある。

 それをタップすると暗証番号入力画面に変わるのだ。


「あ!」


 僕は思わずそう声を上げてしまった。


「どうしたの?」


「このスマホ、タイマーが設定されてます」


 如月先輩に画面を見せる。

 日付の下に数字が4つ並んで表示されており、それは一秒毎に数を減らしていく。


 22:32


 22:31


 22:30


 22:29


「この感じだと15時に鳴るように設定してる様ですね」


「ふむ。どうしてこんな設定してるのかしら。少し不自然ね」


「15時以降に何か見たい催し物でもあって、忘れないように、とかですかね?」


「知らせて欲しい時間にあわせるのなら、どうしてタイマーなのかしら。普通アラームの方を使うと思うのだけど」


 先輩の言う事は最もだった。

 何か見たい劇だかライブに遅れないようにスマホが鳴る設定をしていたとして、その場合はアラームを使うのが殆どだろう。タイマーだと、設定する際に、知らせて欲しい時間から設定している現時間を引かなければならず、少々面倒だ。

 かと言って料理の時使うみたいに所用時間に合わせてや、設定してから鳴るまでの残り時間を知る為等、タイマーの利点を活かしての使用だったとしても、設定されてたのは少なくとも4時間以上は前の事だ。

 どのような目的でタイマーを仕掛けたか、想像がつかない。


 てか、タイマーが4時間以上は前に設定されている事から気付いたけど、このスマホの持ち主は4時間以上もスマホを失くした事に気づいてないという事にならないか?現在時刻が14時38分で、ここに届いたのが10時02分だから4時間36分はスマホに触れていないという事か。


 少し不可解だ。

 そしてその疑念が新たな疑念を生んだ。

 結果、僕の中に一つの仮説を抱かせる事となる。

 

 その仮説は見当外れとは言い難く、確かに論理的な物だと僕は感じていた。


「先輩、このスマホの持ち主って、本当に、このスマホを落としたんですかね?」


 その瞬間先輩は驚いた表情を見せた。


「……どういうこと?」


「はい。今のご時世、スマホを落とすってこと自体が、まずおかしいんです。僕は最初先輩がスマホを手にして、これは何と聞いてきた時、やはり頭がおかしい人なんじゃないかと思いました」


「たった今あなたが、普段私をどう思っているのか問い質したくなったけど、それは時間の無駄かしら?」


「はい、無駄です。というか困ります」


「それは普段敬語を用いて、一応の体裁は取っているものの、内心私をボロクソにしているという事かしら?」


先輩はこめかみに手を当て一つの息を漏らした。


「ノーコメントで」


普段どう思ってるかって、恋慕っているに決まっている。

そんなのコメントできるわけがない。


「それで話の腰が折れてしまったけれど、まぁ高松くんの言わんとする事は分かるわ」


「はい。現代、スマホはそれ程までに無くてはならない物となっています。だからスマホを落とすこと自体、普通じゃないんです」


「でも、一概には言えないわ。現にこうして落し物として預かっているのだから」


「先輩の指摘は最もです。いくら大切なものでも失くしてしまう事はあります。ただ普通じゃないという、これだけの理由でこの持ち主が本当に落としたかどうかなんて、疑問は抱きません」


「続けて?」


 先輩の反応から察するに、既に他の理由についても分かっている感じだが、この推理小説みたいな状況を楽しんでいるのだろう。先ほどよりも、目が輝き、少女然とした先輩が目の前にいた。


「このスマホが届けられて4時間近く経過している訳ですが、持ち主がこれを探している素振りは見えません」


 失くしたと気付いたら、必ず探す筈だ。高価なものだし、個人情報の漏洩も怖い。それに、生活必需品なのだから。

 しかし、この持ち主はそれをしていないと僕は思う。


 何故なら、ここへスマホが届けられたか尋ねてきた人がいないからだ。落し物をした時、まず身の回りを探し、周辺を見渡し、それでも見つからなかったとして、そんな時まずここ、落し物係に届けられていないか確認をする筈だ。


「気付いてないのかもしれないわよ?」


「この持ち主はタイマーを設定してます。つまり、普通よりスマホを意識している状況にあると思うんです」


「それに言うまでもなく、今は文化祭です。記念撮影、友人とのやりとり、時間の確認等々、普段より使用頻度は増える筈です。そんな中4時間も失くしたことに気付かないのは、可能性としては低いと思います」


 僕はここで一旦言葉を切った。

 そして何よりも決定的な根拠を語る。



 「それともう一つ」


 右手の人差し指を先輩の顔の前に持っていく。

 今の僕の気分は、さながら探偵そのもので、それは思いの外楽しかった。


「美術室で落とされたというのも不自然です」


 先輩は深く頷いた。

 落し物となる経緯は大きく分けて二つだろう。

 読んで字の如く、ポケットなどから落ちるか、どこかに置いたまま忘れるか。


「喫茶店などでしたらあるかもしれませんが、作品鑑賞するだけの場所で、スマホをどこかに置き忘れる事があるでしょうか?」


「まずないでしょうね」


 つまり、このスマホは落ちたという事だ。


「先輩は先ほど、昨日美術室を訪れた時は静かだったと言っていました。昨日今日で美術室の環境が著しく変化する事はまずないだろうから、今日も静かだったと考えていいです」


「そして、そんな空間で物が落ちたら音がして、普通は何か落とした事に気がつく」


 先輩が僕の言いたい事を続けてくれた。


「しかもこのスマホはプラスチック製のカバーがされています。リノリウムの床にはよく響くでしょうね」


「なるほど、ね。だからこそ……」


「はい。このスマホの持ち主は、故意に落しとした 、そう思ったんです。」


 決まった!

 そう、心の中でガッツポーズを決めた。

 推理の披露とは中々快感なものだ。


「それで、持ち主は故意にスマホを落としたんだとして、結局その持ち主は誰なのかしら?」


 僕が愉悦に浸っているのが気に入らなかったのか、意地悪げにこの推理ゲームはまだ終わってないと、先輩は告げてくる。


 そもそもスマホを故意に落とした人って誰だよ。

 そんな事をして得する人なんているのか?


 スマホを落とす事それ自体かなりリスキーだ。

 それを意図的にやるという、真理が理解できない。

 

 やっぱり本当におっちょこちょいで落としたのか?


「あー、全然分かりません」


 頭は働かせているが、ただ回転しているだけで、実際は何も意味をなしていない行為を繰り返しているだけだ。それは公式を知らずに数学を解いているのも同じで、頭が熱くなるとともに、イライラも募ってくる。


「考えるからイライラするのよ。ちゃんと妄想しないと」


「いや、ちょっと何言ってるか理解できません。すみません」


 これは推理ゲームだ。ある材料から論理的に考えて答えを見つけなければならない。しかし妄想は論理的思考とは言い難く、言ってみれば論理を無視して、都合の良いゴールを思い浮かべる事が妄想という行為ではないだろうか。

 それはどこまでも自分勝手な思考で、そこからまともな答えが見つかるとは……。


 いや、そうとは限らないのかもしれない。

 考え得る数多くのゴールを先に思い浮かべて、そこから推理材料を用いて取捨選択し、その妄想の辻褄合わせをしていくのも、確かに推理と呼べるのかもしれない。


 つまりこの場合は、まず始めに持ち主が誰かを妄想し、その人が果たして本当にスマホの持ち主となり得るか辻褄合わせ合わせする、という事か?

 先輩が妄想しろというのは、僕にはこういう方法での推理が合っていると思ってのことなのだろうか。


 しかし、それでもそのゴールの数は少なくとも今日10時以前に美術室を訪れた人の数だけある訳だ。それが何人になるのかは知らないが、どちらにしろ僕はその一人一人を把握してはいない訳だから、妄想のしようもない。


 そもそも文化祭中に美術室を訪れた人で僕が知っている人なんて、一人しか……。






「先輩、一つ思い付きました」






 それは、不意に降りてきた天啓とも呼べるそんな妄想だった。


 それを妄想した瞬間、これしかないと確信した。


 そして、何故始めにそう思わなかったのか不思議な程あっけのないものだった。





ーーなぁに?





 その人形の様に綺麗な顔に期待に満ちた笑顔をたたえて、甘く耳を溶かしてしまいそうなほど、艶やかな音色でもって、先輩はそう言った。



 息を吸って 吐いて。



 僕は僕なりの結論を口に出す。




「このスマホの持ち主は、如月先輩、貴女ですか?」





ーーどうして?



そう問うてきた人の

髪は瞳は唇は声は表情はこの世で一番美しいに違いなかった。


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