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退屈を終わらせるには

他サイトで公開していた物を加筆修正した物です。

楽しんでいただければ幸いです。

 本日、第13回ナル高祭の2日日を迎えたここ、鳴足高校は大変な盛り上がりを見せていた。

 ある所では宣伝の為張り上げられた声が、ある所では友人との楽しげな会話が、恋人達の甘いやりとりが、道化を演じる恍けた奇声が……。

 青春を謳歌する全ての者達が奏でるそれぞれの音が、トゥッティとなって僕の耳に届く。


 けれど、その中にいて僕は他とは少し違った時間を過ごしていた。


「暇ね」


 左隣から発せられたその言葉は僕達の今の状況を最も端的に表していた。

 高校生活の一大イベントとも言える文化祭において、今僕達がしている事と言えば、人の往来が多い正面玄関の脇に設けられたスペースにただ座っているだけ。

 目の前に置かれた長机は肘掛と化して久しく、隣の如月先輩に至っては、それを抱き枕として更なる進化を遂げさせようとしていた。


「持ってきた本はもう読み終えたんですか?」


「まだよ。タイトルに惹かれて買ったのだけれど……」


「つまらなかった、と」


「そう。だから暇で暇でしょうがないの」


「まぁ、文化祭の落し物係なんてこんなものですよ」


 僕は落し物として預かったまま、一向に持ち主が現れぬ数々の物品を見ながらそう言った。これらを回収しに来る人がいれば、多少なりとも暇は解消されるのだが……。


「それはそうなんでしょうけど」


 机に伏せたまま不満気に、気だるげに如月先輩はそう言った。


「そう言えばどうして落し物係をやろうと思ったんですか?そもそも何故実行委員なんかに?」


 その質問は以前より、聞いてみたいと思っていた物だった。

 文化祭実行委員の一回目の集まりの時、先輩の顔を見つけた僕は心底驚いた。そして、当日の各々の役割を決める際に、真っ先に先輩が落し物係を希望しているのを見て、僕は頭の中にクエスチョンマークを躍らせた物だ。

 と言うのも、先輩は無駄な事を嫌う傾向にあるのだ。


 ここでの無駄とはつまり、時間の損失の事である。

 先輩は無為な時を過ごす事を許さない。

 自宅での勉強時間は無駄と言い、先輩は授業中に内容を全て理解し、そして全ての課題を終わらせるという。待つ時間は無駄という考えから毎回待ち合わせ時間ピッタシで、待ち合わせに遅れたに日はとても不機嫌な先輩を相手にしないといけなくなる。御洒落の時間は面倒とノーメイクは勿論、髪の毛がボサボサのまま学校に来ている事もあるし、体育のある日は着替える時間が惜しいと言い、制服の下に体操着を着て学校に来ているらしい。

 そして節約した時間を自分の好きな事に当てる事に、先輩は心血を注いでいると言ってもいい。


 そんな先輩が文化祭実行委員という時間を拘束される物に所属し、しかも落し物係と言う退屈な時を過ごすのが分かりきっている役割を率先して選ぶなんて、天変地異か何かの前触れではないのかと、僕は疑ってしまうのだ。


「……なんとなく、よ」


 状況に反して、その答えは実に如月先輩らしい物だった。


 如月先輩とは中学の時からの知り合いで、高校でも文芸部の先輩後輩として仲良くさせてもらっている。そして先輩との付き合いの中で「なんとなく」と言う台詞は度々耳にするのだ。付き合いの浅い内は、気まぐれ屋な人のかと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。

 前述の通り先輩は無駄を嫌う人なので、なんとなく、という行き当りばったりな行動を良しとしない。彼女が「なんとなく」と言って行った行動に必ず何か理由がある。


 例えば、あれは僕が中2の夏休みの事だ。

 当時僕と先輩は文芸部として学校に来ていて、その時初めて先輩と食事を一緒にしたのだが、先輩はお腹を鳴らしながらも驚くほど小食だった。ダイエットする必要もない程先輩は細身だし、そんな事に興味を持つ様な人でない事はその時既に察していた。金銭面の問題かとも思ったが、よくよく考えれば先輩はそんなに距離もないのにバス通学をしている事から、その線は薄いと考えた。


 だから僕は「そんなに小食なのは何故か」と聞いたのだ。

 すると先輩は「なんとなく」と答えた。


 そして次の日にも同じ質問をしても「なんとなく」とだけ・

 次質問した時も同じくそうで、その次くらいで「なんとなくと言ったら、なんとなくよ」と少し苛立たしげに答えただけだった。

 そしてそれ以降は流石に諄いかと思い、相変わらず小食な事が気になりつつもスルーしていたのだが、ついこの間久方ぶりに同じ質問をしてみた所、先輩は少し笑って答えてくれた。


 先輩曰く、ただ単に時間の無駄だから、らしい。

 弁当を用意するのも時間が掛るし、それを食すのも手間となる。食事の量が少ないと、その分時間を節約出来ると考え、先輩は空腹よりそちらを優先させたらしい。

 それはとても先輩らしい理由で、ある程度僕の中でも想像できていた理由だった。


 ともあれ、先輩の小食は「なんとなく」ではなく、彼女なりに理由があっての事だったわけだ。

 

 僕が思うに先輩の「なんとなく」と言う口癖は、説明する時間を無駄に思った先輩が、相手にそれ以上追求させまいと編み出した先輩なりの処世術の一つなのではないだろうか。


 従って先輩は相変わらず「なんとなく」と言っているが、今回わざわざ文化祭実行委員となり、落とし物係を希望したのも、何か故あっての事なのだろう。


「そう言う高松君は、どうして?」


 むくりと体を起こしこちらを向く先輩は、やはり退屈そうで。けれど倦怠を訴える瞳はどこか妖艶で、物憂げに緩められた紅い唇からは甘い香りが漂っているかのように扇情的だった。


 先輩の肩から長く綺麗な髪が一房、はらりと落ちる。


 文化祭実行委員になったのは特に理由はない。何か他の人とは違った思い出を求めたのかもしれない。しかし、退屈そうな落し物係を希望したのは、それは……。



――先輩が落し物係を希望したから。



 そう答える事が出来れば、或いはこの退屈な時間に終止符を打てるのかもしれない。


「……なんとなく、です」


「そう」


 如月先輩の事を好きになってもう長い。

 正直、この先輩は面倒くさい人だと思う。容姿はいいが、性格に難ありだ。恋人にするのは向かない女性というのが、周りの認識だろう。でも、僕は先輩の面倒臭さを知っていても尚、惹かれて止まないのだ。


 きっかけとか、どこが好きだとか、そんな事は分からない。

 でも、先輩といると胸が苦しくなって、先輩と会えないと先輩の事ばかり考えてしまう。


 それを恋と呼ばずして、他の名を僕は知らなかった。


 告白しようと思った事もあるけど、先輩は色恋沙汰なんて全く興味がないようだし。それに、僕といて顔を赤らめる事も、挙動が不審になる事もない。

 そんな状態で告白の一歩を踏み出せるほど、僕はアホではなかった。


「まぁ、あと30分程で交代ですから、その後は文化祭を楽しむだけですよ」


 僕は伸びをしながらそう言った。


 落し物係は3時間で次の人と交代する。僕達は12時から始めたので、何事もなければ15時に次の人達へバトンタッチする予定だ。現在14時23分なので、あと30分ちょっとで暇な時間ともおさらばという訳だ。


「その後数十分っていうのがねぇ。何か暇を潰せる物があればいいのだけ……」


 言葉尻が不自然だったので、気になってチラリと隣に目を向けると、そこにはある一点を注視ししたまま固まっている先輩がいた。

 その横顔は真剣そのもので、一見すると何かに思い詰めているようにも見える。


 どうかしたのかと声を掛けようとした、その時だった。


「高松君。推理ゲームをしましょう」


 不意に顔が上がり、目が合ったと思った次の瞬間には、先輩はそう言っていた。先程までの真剣な眼差しとは一転、ニヒルな笑みを浮かべた先輩の顔があった。

 突然の提案に言葉を詰まらせていた僕の顔は、非常に間抜けだったに違いない。しかしそんな僕は置いてきぼりに、先輩は言葉を続けた。


「高松君、これは何?」


 そう言って如月先輩が手に取って見せてきたソレは、落とし物として預かっていたスマートフォンだった。


 頭の中でクエスチョンマークが激しく踊る。

 スマホを指差しこれは何と聞いてくる女子高生がまだこの国にいたというのか?


「何って、スマートフォンです」


「そう。より正確に言えば?」


「落し物として僕達が預かっているのスマートフォン、ですか?」


「そう」


 先輩は少し満足気に、頷いた。


「あ、機種はココドコですね。僕の持ってる奴と同じタイプのです」


「そうね」


「あの、それが?」


 先輩はその顔に悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。


「高松くん、このスマホが誰の物か推理してみましょう」


 なるほど。

 それで推理ゲームと言う訳だ。

 誰が落としたか分からない、そのスマホの持ち主を推理する、と。


「無理です」


 僕は咄嗟にそう言った。


 落とし物係はスマホが落とし物として届けられた時、持ち主の最低限の情報を見る為に、とりあえず中を覗く事は許されている。スマホの中を見ることが出来れば、容易に持ち主が誰か分かるからだ。

 しかし大抵の場合鍵を掛けられているためにそれは叶わない。

 実際今先輩の手元にあるスマホも、ロックされており、解除するには四桁の暗証番号が必要な事を僕自ら確認している。そして持ち主の候補者は今ここの学校にいるすべての人だ。僕と如月先輩を除いても、1000人は下らないだろう。

 そんな状況で、持ち主を推理するなんて事は無理に等しい。


「私ね、文芸部の活動として半ば強制的に書かせた貴方の短編を読んだ時、文章力や話の構成力なんかは今一つパッとしない印象を受けたのだけど、妄想力に関してだけ言えばかなりの物だって評価しているの」


 文芸部の活動は基本自由で、読み専門の人もいれば、勿論執筆する人もいる。僕は完璧なる前者だった。中学の頃は何度か物語を書いた事はあるが、自分には才能がないと悟ってからは、一度も書いた事はない。

 しかし先月、活動実績を残さなければ部費を減らされると上から脅されたらしく、その対応として文集を作ることになったのだが、僕もジャンルは何でも良いからと、短編を一つ書かされる事になったのだ。

 久しぶりの文筆活動だったが、それなりには上手く書けたと自負を持って、部員たちに見せた所、爆笑を生んでしまった。


「ふふ、今思い出してもアレは傑作ね」


 年相応に可愛らしく微笑む先輩の顔の裏には皮肉と揶揄がびっしりと貼られているに違いない。それが分かっているのに、その笑顔に心奪われてしまう自分にある種の諦念を覚える。惚れた方が負けと良く言うが、それを今強く感じた。


「私は妄想力と推理力は類似してると思う。あなたの妄想の力には、この無理難題と思われる推理ゲームも乗り越えるかもしれないと思わせる何かがあると、私は感じているのよ」


 あからさまに真顔を作って、こちらを向く先輩の瞳は意地悪気に光っていた。

 絶対推理できると思ってないな、この顔は。

 とんでもない推理をさせて笑い飛ばしたいだけでは無いだろうか。


「妄想力って、人を変態みたいに言わないで下さいよ」


「良いじゃない変態で。バカと天才は紙一重って言うけれど、天才は変態だと私は思うわ。この世を発展させた数々の変態には頭が下がるばかりよ」



「その発言だと感謝というより、頭下げて相手に顔が見えないのを良い事に笑ってるって感じですよ」


「それは被害妄想という物よ。さすが妄想の天才ね」


「仮に多少妄想力が他より優れていたとしても、中途半端な才能は大抵、凡人の集合体によって淘汰される運命なんですよ」


「なら、真の変態を目指せばいいじゃない?私はあなたの妄想力はその域に達っし得ると確信しているわ」


 妄想の天才なんて死んでも嫌だ。切実にそう思ったが、口には出さなかった。

 どうせ何やかんやと言われて、からかわれるのだから。


 ため息を一つ吐き、話を本筋に戻す。


「なんと言われようと、そのスマホの持ち主なんて分からないと思いますよ」


 改めてと言った感じに、僕はそう言った。

 僕の妄想力が天才的かどうかは知らないが、その妄想力を以てしても自分が例のスマホの持ち主を言い当てている所を想像できない。成功をイメージできなくては成功する筈もなく、だからこそこの推理ゲームとやらは寧ろ先輩の嫌うところの無駄な物のように思えた。


「別に分からなくても良いのよ」


 あまりにもあっさりと先輩はそう口にした。


「そうなんですか?」


「当たり前じゃない。なんたってこれは唯の暇つぶしよ。時間を無為に過ごして後悔しない為の、ね」


 後悔なんて大袈裟な。

 そもそも、そんなにも暇を嫌うなら何故、今ここで貴方は落し物係をしているのか。

 推理ゲームとやらで、この退屈な時間を一端紛らわす事は可能だろう。しかし、それでは自己矛盾だ。暇を嫌うのに、暇となる役を選び、そして案の定生まれた暇を潰そうというのか。


 それは、あまりにも先輩らしくない。


 落し物係はもうすぐ終わる。その段階に至って尚、その先輩が落し物係をしている理由は見えてこない。この係を選んだ理由が「なんとなく」という言葉の裏側に果たして存在するのだろうか。


 ともすれば、唐突に始まろうとしているこの推理ゲームに意味があるというのだろうか。


 だったら……。


「分かりました。考えてみましょう」


 僕は退屈を終わらせる言葉を告げた。


「正しくは妄想してみましょう、ね」



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