SS_プライバシーは何処に?
=リリーの視点=
真っ暗な視界。ぐらぐら揺れる感覚。気だるい身体。
何と言えば良いのだろうか? 横になっているはずなのに、かなり眩暈がする。
「ぅ~ん、頭が痛いわ……誰か……お水を頂戴ぃ……」
「お水くらい、自分で取りなさいな」
聞き慣れない女性の声に、驚いて目を開けると――知らない天井だった。
そしてベッドの横に立っている、エルフのような濃緑色の髪と碧色の瞳を持った天使と目線がぶつかる。
「天使じゃないですよ? 一応、女神やっていますから♪」
にこっと作り笑顔を向けられて、一瞬だけ寒気がした。
何と言うのか、反応がお母さまに似ている気がする。……って、今重要なのはそこでは無い。
「何で、頭の中で考えていることが分かるのですか!?」
大きな声で思わず上半身を起こしていた。それにしても女神様を語るなんて、眩暈がしていなければベッドから下りて、お説教をしてあげたいくらいだ。
「お説教は勘弁してほしいですね、これでも私は神様ですから♪」
「そうなのですか?」
目の前のエルフさんは、多分、“他人の思考を読むスキル”を持っているのだろうけれど、痛い人なのは違いない。取りあえず信じるふりをして話を流そう。
だって「私は神様です」だなんて口にする人間は危険だから。こういう、まともそうな見た目をしている美人ほど、壊れた時には頭がおかし――
「リリーさんは見た目もキツそうですが、心の中も辛辣ですね!?」
何でだろう? 自称神様に、めちゃくちゃ焦ったような非難の視線を向けられてしまった。
「そんなキョトンとした顔をしないで下さい! 下手なことを口走ったり考えたりしたら、“世界の調停者”がやってくるのですよ!?」
「調停者?」
「世界を一瞬でなかったことしてしまう、恐ろしい存在です」
それはあなたの妄想ですよね?
「違います!」
それじゃ、あなたの想像上の生き物ですか?
「違います!」
しつこいな。妄想だろうと想像だろうと、他人に迷惑をかけた時点でダメなのよ?
「……」
泣きそうな目で睨まれてしまった。ちょっとイジメ過ぎたかも……反省しよう。
小さく咳払いをしてから、口を開く。
「よく分からないですけれど、世の中には知らない方が良いことがあるのでしょうか?」
「そうですね……はぁ、こんなに頭が悪いなんて……拾って来たの、間違いだったのでしょうか?」
後半はあまり聞こえなかったけれど、何か失礼な言葉の後に、溜息を吐かれてしまった。
本当に失礼ね。こっちだって、気が付いたら知らない天井だなんて、溜息しか出ないわよ。
「――って、あれ? さっきまで私は……」
王城にいて、お母さまやシクラ、そして女王陛下の前で……??? 思い出せない?
「ふぅ~ん、記憶を失っているみたいですね? 小細工の好きなβらしいです♪」
自称神様が、一瞬だけ壮絶な笑みを浮かべた。
凄まじい殺気に心臓が止まるかと思ったけれど、すぐに世界が動き出したから、それは現実にはならなかった。
それにしても、この場所は、本当にどこなのだろう?
石造りの灰色の壁。透明なガラスのはまった明るい窓。窓の外には針葉樹の枝と青い空。小さな鳥は見たことの無い種類だし、遠くからは狼の鳴き声が聞こえてくる。
そんな私の思考を読んだのか、自称神様がドヤ顔で胸を張る。
「ここは、私の作った“亜空間”にある世界です♪」
何でかな? “痛い”を通り越して“可哀そう”という言葉が頭に浮かぶ。
エルフだから私よりも確実に年上なのだろうけれど、何が彼女をそうさせたのか、妄想という名の妖怪にとり付かれ――
「全否定!? めっちゃ失礼ですよね!? リリーさんは、私をどんな目で見ているんですか!?」
「真夏の岩場で熱中症になりかかっている可愛そうな小動物を見る目ですけれど、どこか間違っていますか?」
◇
めちゃくちゃ怒られた。
そして、神様であることの証明として色々な魔法やスキルを見せてもらった。
信じる、信じないは別として、南大陸の中にある国々の首都を、転移魔法を使って観光できたのは――うん、良い経験でした。本当はあまり認めたくはないけれど、3番目の神様さんを本当の神様だって認めてあげても良い気がするくらいに。
でも、亜空間にあるというγさんの城へと帰って来た瞬間――冷や汗が出た。
何となく察してしまう。これから、多分、私の苦難の日々が始まることを。
具体的に言えば、いつの間にか私の格好が“メイド服”に変わっていたのだ。……うん、分かっていますよ? コスプレだけで済むっていう雰囲気じゃない……ですよね? いや、マジでメイドとか私には無理ですから――
「逃げちゃダメですからね?」
「……」
頭の中で考えていることに突っ込むのは、ちょっと止めて下さいませんか?
神様だとはいえ、個人情報の侵害です。




