SS_オリーブの憂鬱
=メーン子爵家兵士(元冒険者)_オリーブの視点=
あたいとアジュガ、サフィニア、バジルの4人は、執政官のユーカリ様と一緒に、ローゼル湖近くの港街「ユズカボス」に来ていた。
ここはローゼル湖を使った交易の拠点であり、漁港としての機能を持つ港湾都市。
Yウイルスのせいでローゼル湖に接する他国や自国領との取引が減ったとはいえ、物流が完全に途絶えることは無く、それなりの活気に満ちている。
ちなみにあたい達の所属していた冒険者ギルトもこの街にある。水神と戦ってラズベリ様に仕えるようになってからバタバタしていて手続きが出来なかったけれど、今日、これから冒険者の休業届を出す予定だ。
あたい達が今、メーン子爵家に仕えていると聞いたら、ギルト職員や他の冒険者はどんな反応をするだろうか? その様子を想像してしまって、思わず笑ってしまうあたいがいた。
◇
「さてト、ギルトでの手続きも終わりマシタシ、街を治めているウィロー準女男爵様に会いに行く前に、お昼ごはんにしまセンカ?」
アジュガの言葉にサフィニアとバジルがこくこくと首を縦に振る。
「ボクも賛成! ご飯食べよう」
「……私も賛成。お腹空いたわ……」
そう言われれば、太陽が空の真ん中に移動している。思っていた以上に、冒険者ギルトで時間を食ってしまったみたいだ。
「なぁ、あんたらここら辺が地元なんやろ? どこか適当な美味しい店知ってるんか?」
エルフ独特のイントネーションで、ユーカリ様が言い出しっぺのアジュガを見た。
ちなみに、ここに来るまでに知ったのだけれど、ユーカリ様はとても気さくな御方だ。冗談が好きで面白い話は尽きないし、そうかと思えば冒険者ギルトのギルト長を終始圧倒する交渉力も持っている。
正直に、心の奥から、凄い人だとあたいは思っている。
「ワタシ達、ラズベリ様から一時金を貰えマシたし、ちょっと良いところに行きまセンカ?」
「そうとなると――“マスカット亭”なんてどうだ? 元々、ローゼル湖での漁が上手く行ったら食事に行く予定だっただろ?」
「……賛成……あそこは美味しい……」
「ボクも反対する理由は無いかな」
「ワタシも賛成デス。あそこは本当に美味しいデスカラ」
「――そうなんか。そのお店がほんまに美味かったら、ウチのおごりにしてやるわ♪ みんなには頑張ってもらうさかい、好きなだけ食べな?」
嬉しそうな表情のユーカリ様の提案に、全員で思わず笑顔になっていた。
マスカット亭の料理はどれも美味しい。それはつまり、おごってもらえるのが確定している訳であり、しかも食べ放題だなんて――ああ、想像しただけで、お腹の虫が鳴き出した。
そして、ふと気付く。
こんな風に晴れやかな気持ちでいられるのも、ラズベリ様のおかげだろう。
ユーカリ様は良い人だし、ローリエ様はちょっと――いや、かなり怖いけれど、ルクリア城での生活も悪くない。
これからミオの計画した“ようしょく?”っていう公共事業を軌道に乗せるために、あたい達は現場の責任者も任されている。
……そう、あたい達はミオに期待されている。今朝、ルクリア城を出る時にも、ミオが直々に見送りをしてくれた。いくら水神の件があって顔見知りになれたとは言え、あたい達は、ぽっと出の冒険者崩れの一兵士だ。なのに、ミオはあたい達ひとり一人に声をかけてくれた。
多分、人の上に立つ人間とは、ああいうやつのことを言うんだと思う。
今回の聖女騎士団との一件で女王陛下や隣国の皇女様ともパイプが出来たと聞いたし、重要機密事項ではあるのだけれど、実際にローゼル湖の公共事業には陰ながら国の支援があることをミオやユーカリ様から直接聞いた。
「――なんや? オリーブはん、ぼけっとして。1人だけ別の店に行くんか?」
唐突に話しかけられて、一瞬びっくりした。
そして気付く。自分だけがマスカット亭とは別の方向の道に曲がろうとしていたことに。
「ユーカリサン、オリーブは考えごとをしていたダケデス♪」
「……多分、男のことを考えてた……」
ぅあ、なんかアジュガ達のからかうような視線が生温かい。
「そうか。男のことを考えてたら、道を間違えてもしかたないわ♪」
「――ぶふっ!? ユーカリ様、違います!」
「何が違うの?」
サフィニアも悪戯っぽい顔であたいを見てくる。
顔が熱くなっているのが自分でも分かるけれど、ここで認める訳にはいかない。
「ミオのことなんて考えていない!!」
「そうか~♪ そうなんか~♪」
にやりと嬉しそうな笑顔のユーカリ様。ゆっくりとバジルが言葉を紡ぐ。
「……だれも、ミオのことだなんて言っていないのに……墓穴を掘ったわね……」
「――っ!? ちがっ――「「「はい、はい」」」――本当に違う!」
あたいの言葉に、苦笑しているユーカリ様が口を開いた。
「ウチは、はようお昼ごはんが食べたいわ。オリーブはんも道の真ん中に突っ立ってないで、歩く 歩く♪」
「本当に違いますからね?」
「分かっていマスヨ♪ ご飯を食べながら、ゆっくり聞かせてもらうデス」
「……それ、楽しそうね……」
「ボクも賛成♪」
――ああ、何か色々と終わった気がする。ウィロー準女男爵様に公共事業の協力を要請する話をしに行かないとダメなのに、多分、その気力を温存できる気がしない。
あたいって馬鹿だな。
※本日、章分けを考え直してみました。




