第72話_遠くから見ていたモノたち
=西大陸の管理者_4番目の神_Δの視点=
神々の神殿の奥。薄暗い会議室。
壁に投影された魔法具の映像の中で、異世界の勇者と殺戮の女神の片割れが戦っている。
「くそっ、女に化けたら、お前は攻撃できないんじゃなかったのか!?」
悔しそうな声で牛頭が叫んでいるが、異世界の勇者の攻撃は緩まない。
それは一方的な攻撃。この世界でも屈指の猛者である、レベル800の牛頭が見事に翻弄されていた。
レベル1025の勇者とは、ここまで凄まじいモノなのか? いや、勇者をサポートしている女達の功績も大きい。悪魔の思念体で意識を共有し、危険予知の能力と鑑定眼の能力を活用し、攻撃と回避に使うなんて、神であるワシですら聞いたことが無い。
そんなことを考えている間にも、映像の中の戦いは進む。
「ぁははっ、お前らの転移を2回耐えきったぞ! これで僕の勝ちだ!」
牛頭が油断しきった勝利宣言をして、大振りの攻撃をした。
ああ、ダメだな。
当然、隙を勇者達は見逃さない。背後に転移して、怒涛の9連撃。
「なっ! なぜ――」
牛頭の言葉はそこで止まる。そして崩れるように虚空に消えた。
◇
「勝負アリ。異世界の勇者の勝ちじゃ!」
会議室に集まっている4人の神達に聞こえるように言った後、全員の顔をぐるりと見渡す。
それぞれの反応は様々だけれど、お互いに最初に決めた約束は守ってもらわなければならない。
小さく咳払いをしてから、審判役のワシは言葉を続ける。
「今回の勝負は、見ての通りの結果じゃ。皆、文句は無いな?」
ワシの言葉に、『異世界の勇者討伐派』である、1番目の神_αと2番目の神_βが苦々しい顔を作る。
1番目は北大陸を管理するプライドが高い女神で、赤い瞳と長い髪をいつも自慢している。以前、星降りの魔神にその自慢の髪を焦がされたことがあった恨みから、復活直後の星降りの魔神に「即座に兵を向けて再封印するべし」と言って聞かなかった。
2番目は東大陸を管理する白髪の男神で、戦いを好み、力が全てといった短絡的な性格だ。1番目のことが好きなのはこの場にいる誰もが知っているが、公然の秘密となっている。もちろん、1番目には相手にされていないのだけれど……まぁ、そっとしておいてやるのが、2番目にとっては最も幸せな方法だと思う。
その一方で、『異世界の勇者擁護派』である、3番目の神_γは満面の笑みを浮かべ、5番目の神_εはいつもと変わらない無表情。
3番目は中央大陸を管理する濃緑色の髪に碧色の瞳の女神で、面白いことが大好きだという困った性格をしている。今回の会議が開かれる発端も、もともとは3番目が異世界の勇者を自分の管轄外の南大陸に召還したことがきっかけになっている。
5番目は南大陸を管理する茶色の髪の女神で、幼い姿をしているが、我らの中では1番年をとっていて、その分、何を考えているのか分らない老練なところがある。自分の大陸に異世界の勇者という厄介者を抱えているのに、涼しい顔をしていられるところは正直、恐ろしさすら感じる。
ちなみに、4番目の神であるワシは、勇者に対して中立派だ。西大陸を管理する、筋トレ好きなナイス・ガイだと自負している。
ワシがそんなことを1人で考えていると……2番目が両手で頭を抱えながら声を発した。
「ああっ、くそっ! 俺の直属の配下が、やられるなんて!」
2番目の悔しそうな叫び声に、3番目が勝ち誇るように笑う。
「ふふっ♪ 私が召喚した勇者の力を思い知りましたか? 殺戮の女神が到着する前に、リリーという小娘を誑かしたり、魔剣のロックを解除していたり、2番目は色々としていたみたいですが――小細工は無駄でしたね?」
こういう顔を「ドヤ顔」と呼ぶのだろう。
濃緑色の髪を揺らして顔を傾ける3番目の自慢げな表情は、嫌みを通り越して、むしろ清々しくすら感じてしまった。3番目は、性格はそこまで悪くないと今まで思っていたが、それはワシの勘違いだったらしい。
そこに5番目が、無表情で小さく呟く。
「……でも、異世界の勇者達は強すぎた。このままじゃ、世界の理が歪むかも?」
3番目の表情が不満げに変わる。
「5番目は何を言っているのです? 私と一緒で、擁護派じゃなかったのですか?」
その表情から察するに、おそらく、擁護派が減るのが嫌なのだろう。
それに気付いた5番目が、小さくため息をつく。
「……勇者を排除したくない気持ちは変わらない。こんな楽しい玩具、壊すのはもったいないから♪」
「5番目もそう思いますよね? 1番目と2番目も、もっと人生楽しまなきゃつまらないですよ?」
涼しい顔で3番目が1番目と2番目に話しかけるが、2番目の表情は未だに険しい。
「3番目は、そんなことを言っているが、世界が壊れたらどうするんだ? 事実、異世界の勇者の仲間に、200年前に世界を壊そうとした星降りの魔神がいる。危険だ」
不機嫌さを隠そうともしない声に、呆れたような表情で3番目が喰いつく。
「何を言っているのですか? どうせどっかのお馬鹿さんが召喚した悪魔がバラ撒いたYウイルスのせいで、壊れるしか選択肢が残っていない、みじめな世界じゃないですか。少しくらい終わりを楽しんでも、悪くないと思いませんか?」
「……ほんとうに趣味が悪い」
5番目の呟きに、3番目が苦笑する。
「あなたがそれを言うのですか」
「……喧嘩、売ってるの?」
「どうでしょう? 事実を口にしただけ……っと、怒らないで下さいよ。それよりも――」
5番目の放つ殺気に、3番目が慌てて話の中身を変える。
「――賭けは私達の勝ちですから、1番目と2番目は、最初の約束を守って下さいね?」
3番目の言葉に、ずっと黙っていた1番目が口を開く。
「わたくしは、分かりました。異世界の勇者のヤマシタ・ミオとそれに縁がある者には手を出さないわ♪」
「俺も分かっている。ヤマシタ・ミオ達には手を出さないようにする」
1番目と2番目が視線を交わす。そして、同じタイミングで口を開いた。
「「創造主に誓って、約束の期日まで、この勇者達へ干渉や妨害はしない」」
胸の前で五芒星を描く「契約の祈り」を、1番目と2番目が行ったことを確認して、3番目が満足げに頷く。
「それで良いです♪」
◇
雑談が終わり、全員が闇へと消えた直後。
誰かの呟きが、ワシの「地獄耳」スキルのせいで聞こえてきてしまったが――中立派のワシには関係ないことだ。
「あの勇者への妨害はしない。だが他の勇者を召喚しないとは、誰も言っていない。この壊れゆく世界、楽しい遊びは必要だろう?」
……。
異世界の勇者達には、同情する。
=ミオの視点=
「……何と言うのか」
「……(羨ましくなんか、ないんだからねっ!!)」
砂糖を吐きそうな表情で、リアトリスさんとヴィランさんが僕らを見ている。
けれど、嫁さん1人1人を抱きしめて喜びを分かち合う儀式は、嫁さん達の希望により止められそうにない。嫁さん1人につき抱擁を約1分間。6人もいるから5分以上は時間がかかってしまう。
最後のラズベリとの抱擁を終えて、「8秒くらい時間が短かった!」と唇を尖らせるグスター&シクラ同盟の不満を解消するために2周目に突入しようとした時、ヴィランさんが僕らに話しかけてきた。
「……(あの、ミオ殿、陛下、そろそろ王都に帰る準備をしないと、今日は野宿になってしまいますよ? 王城から馬で30分の距離とはいえ、歩いて帰る訳にはいきませんから)」
「あ、すみません」
僕の謝罪の言葉と同時に、順番待ちをしていたレモンが口を開く。
「ヴィラン、夫とのいちゃいちゃタイムを邪魔するとは良い度胸です♪」
「陛下、野宿で良いのですね? シャワーは、どこにもありませんよ?」
リアトリスさんの言葉に、レモンが即座に首を横に振る。
「迎えの兵と馬を呼ぶことを許可します!!!」
「ですよね?」
「あ、リアトリス、笑うのは止めなさい。わらわを侮辱していますよ、その態度は!」
「いえ、陛下がしおらしくなっているのが、とても珍しいなと思いまして」
リアトリスさんの言葉にレモンの顔が一瞬歪み、そして自慢げに変わる。
「ふふん、夫に甘えるのは、妻の特権なのです♪」
あ、開き直った。
僕にとっては、可愛いから良いのだけれど、リアトリスさんの顔が引きつっている。
「陛下は見せつけてくれますね……ドヤ顔って言うんですよ、その表情」
「もっと言ってくれても良いのですよ? 幸せそうで、羨ましくて、嫉妬しちゃいそうだと叫びなさいな♪」
「もう十分です、お腹いっぱいです、砂糖を吐きそうです。――それよりも、早く迎えを呼びたいのですが、よろしいでしょうか?」
リアトリスさんの投げやりな言葉に、レモンが満足げな表情で「良きにはからえ」と頷く。
それを確認してから、ヴィランさんが口を開いた。
「……(それじゃ、王都で待機している兵に見えるように『信号』の魔法を放ちます)」
ヴィランさんが光属性の魔法の詠唱を始めた直後だった。
縛られたリリーさんを肩に担いだ――エルフのような濃緑色の髪と碧色の瞳を持った――女天使が転移して来たのは。
◇
「こんにちは~♪ ミオさんとは、こうして直接会うのは初めてですね~♪」
敵意は感じないけれど、どこか馴れ馴れしい声色と態度に、嫁さん達が一瞬だけ殺気立った気がしたけれど、それはとりあえず置いておこう。
鑑定眼や魔眼を持つシクラとグスターが気付いたように、僕も目の前の女性が誰なのか、すぐに理解できたから。
そう、3番目の神様だ。
僕の頭の中にちょくちょく出てくる、迷惑な――
「え? 『親切な』の間違いですよね?」
――うん、頭の中を読むのは止めて欲しい。
「なら、みなさんに私のことを説明して下さいよ。全員、初めましてなんですから♪」
そう言われても、どうやってみんなに説明すれば良いのだろう?
普通に「こちらの方は、神様です」とか紹介しても、嫁さん達に信じてもらえない自信がある。見た感じ、どこか痛々しいオーラを放っているし。
「失礼ですね!? 人のことを痛いとか言う人の方が、痛いヤツなんですよ!!」
3番目の神様が絶叫した瞬間、不思議そうな表情でレモンが口を開いた。
「あの……あなたは、誰ですか? ミオ殿の何なのです? さっきから、1人でミオ殿に話しかけていますけれど、失礼じゃありませんか?」
「ぷふっ!」
思わず噴き出してしまった。
僕の頭の中を読んで会話をするというズルをしていたせいで、3番目の神様は、他の人から見たら空回りしている状態にしか見えない。
自分が置かれた状況に気付いたのか、3番目の神様の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。
恥ずかしそうに視線が空を泳いで、ぱくぱくと口を動かした後、震える声で言葉を口にする。
「わ、私は『3番目の神』です! ミ、ミオさんを異世界から召喚した神なのですよ!? か、感謝しなさいよねっ!?」
この神様は、どこのツンデレさんなのだろう?
狙ってやっている雰囲気は微塵も感じない。
可哀そうな小動物を見るような視線が、3番目の神様に集まっていた。
ぷるぷると震える3番目の神様。彼女のステータスが見られる嫁さん――シクラやグスターやディルが憑依したイベリス――以外、みんな3番目の神様の言葉を信じていない。
いや、ステータスを見ることが出来る嫁さん達も、3番目の神様の行動についていけていなくて、相手が神様だという反応を全く取ることが出来ていなかった。
「ぅぇえ~、ミオさ~ん」
3番目の神様が涙目で僕を見てくるけれど、苦笑いしか返せなかった。
うん、だって、ほら。
どこから見ても――めっちゃ胡散臭いですから。
まずは、その右肩に担いでいる、お荷物から、どうにかしましょう?
◇
「あ……そ、そうですよね……」
僕の思考を読んだことで初めて気付いたのか、みんなの視線がリリーさんに集まっていたから気付いたのか、3番目の神様が苦笑する。
そして、爆弾発言を口にした。
「リリーちゃんは、2番目の神にちょこっと洗脳されちゃっていたみたいだから、しばらく私の家で預かります♪」
「え? それは――」
ラズベリの言葉を遮って、3番目の神様が言葉を続ける。
「拒否権はありません♪ このまま王城に置いて行っても、多分、ミオさんのことを刺したことを本人がとても気にするでしょうし、対外的にも罰しないといけないでしょうし――ということで、リリーちゃんは強制転移で、先に私のお家に行ってもらいますっ♪」
「あ、あのっ――」
驚いているシクラの言葉も無視する3番目の神様。
無詠唱魔法なのだろう、肩に担いだリリーさんが、白い光に包まれて空間の向こうに消える。
そこで初めて、嫁さん達の表情が変わる。
目の前の変な人が、神様だとやっと認識が出来たらしい。
驚いて言葉が出てこない嫁さん達に満足げな笑みを返して、3番目の神様が言葉を続ける。
「それじゃ、リリーちゃんのことはこれでお終いにして、本題に入りますね♪ ちらりと今、言ってしまったのですけれど――今回の殺戮の女神の一件は、2番目もとい『番号持ちの神』が一枚噛んでいたのです」
「番号持ち?」
誰かが呟いた小さな声。それに3番目の神様が言葉を返す。
「そうです。聞いたことはありませんか? 上級神を束ねる、最上級の神々がいることを。神々を作りし創造主の下、各大陸を統治している5柱の神のことを『番号持ちの神』と呼びます。ちなみに私は3番目、中央大陸の神ですよ?」
信じられない――けれど、信じない訳にもいかない。嫁さん達の顔が、そんな複雑な表情に変わる。
それに満足げな表情を浮かべて、3番目の神様が言葉を続ける。
「ということで、こっちの都合でミオさん達を騒がせてしまった穴埋めに、何か1つだけ『ミオさんの願いごと』を叶えてあげようと思って出てきたのです♪ あ、もちろん、私の出来る範囲のお願い事じゃないと、叶えられないですからね?」
唐突で強引な話だったけれど、ラズベリがそれに返事をする。
「その、出来る範囲とは、どのくらいですか?」
ラズベリは半信半疑といった表情だったけれど――話に喰いついて来てくれたのが嬉しいのか、ニコニコした表情で3番目の神様が頷く。
「そうですね~、例えば、『ミオさんを元の世界に戻して欲しい』という願いは叶えることが出来ません。私の能力的には可能なのですが、Yウイルスに感染したミオさんを元の世界に戻しちゃうと、あっちでもYウイルスの大流行が起こる危険性が高いですからね」
そう言って苦笑した後に、3番目の神様が言葉を続ける。
「他にも、『願い事を3つに増やして』とか『奴隷になって、永遠に願い事を叶え続けて』とか『それに類するマナー違反のずるいお願い』を言われちゃったら願い事の話は無かったことにしますので、空気は読んで下さいね?」
後半は、爽やかな笑顔だったけれど、確実に作り笑顔だと分かった。
でも、まぁ、言われなくても分かっている。昔の漫画で、悪魔に願いを叶えさせ続けるために「俺に惚れろ」と主人公が言ったネタを見たことがあるけれど、そういうズルは無しって意味だろう。
そんなことを考えていると、シクラが口を開いた。
「ミオさまを、神や亜神にすることは、可能ですか?」
「ん~、それは『今は』無理ですね。そこのリアトリスさんのように永遠の命を与えるだけならまだしも、人為的に人間を下級神の地位まで引き上げるのは、私以外に2人の上級以上の神の協力が必要ですから。あ、もちろんそこのグスターさんやディルさん達みたいに、自力で亜神に成り上がる存在もごく僅かにいますが、それは例外ですね」
自分の力で成り上がるか、偉い神様が3人集まれば、人間も神になれるんだな――と考えて、小さな疑問が頭をよぎった。
でも、僕がその疑問を口にする前に、グスターが言葉を発する。
「5番目の神様がグスターのことを水神にしようとしていたが、3番目の神様よりも、5番目の神様の方が力が上なのか? グスターの記憶が正しければ、5番目の神様は確か南大陸の管理神だろ?」
グスターは、僕と同じことを考えていたらしい。
シクラも、こくこくと頷いている。
僕らの視線に、3番目の神様が、にこっと笑う。あ、何となく分かる、コレ、作り笑顔だ。
「私と5番目は同格ですよ? 魔の領域を治める神は「仮初の下級神」なのです。どんなに頑張っても「数日間しか魔の領域を離れられない、自縛霊状態」でも良いのであれば、ミオさんを今すぐにでも魔の領域の神にしてあげますけれど、お望みですか?」
3番目の神様の言葉に、全員でブンブンと首を横に振る。
「それは、嫌です!」「遠慮しておきます」「離れるのは嫌ですから」「ダメです」「右に同じくだ!!」
僕らの反応に満足げな表情を浮かべる3番目の神様に、ラズベリが質問を投げかける。
「Yウイルスの抗体を、ミオさんの身体に作るのは可能ですか? ミオさんが今後、Yウイルスで死なないようにするために」
3番目の神様が、笑顔でこくりと頷く。
「もちろんです♪ 何でしたら、ミオさんの子孫は全員、Yウイルスの抗体を作れるようにすることも可能ですよ?」
「それは、男の子が生まれた時に、確実に抗体が出来ると言うことか? 心配しなくても良いってことか?」
グスターの言葉に、3番目の神様が少し得意げな表情を浮かべる。
「そうですね。子どもも、孫も、ひ孫も、その先も……心配する必要はありません」
「それは良いな♪」「良いですね」「ですです」
グスターの言葉に重ねるように、ラズベリやシクラといった他の嫁さん達も頷く。
笑顔のラズベリが、僕の方を見て、口を開いた。
「それじゃ、ミオさ――「ラズベリ、ちょっと待って」――はい?」
怪訝な表情を浮かべるラズベリには悪いけれど、ラズベリの言葉を遮ってから、3番目の神様に視線を向ける。
「えっと、3番目の神様に聞きたいのですが――『人間用の“安全な”単為生殖の魔法』を教えていただくことは可能ですか?」
僕の言葉に、3番目の神様が、少しつまらなさそうな表情を浮かべる。
「ミオさんは、綺麗ごとが好きなのですね?」
心にチクリと来る言葉。確かに、綺麗事だと思う。
でも僕は、身内だけじゃなくて、これからこの世界で生まれてくるたくさんの生命と母親の笑顔も大切だと思っている。
ちょっとずるいと思うけれど、南大陸の平和のためにも。
僕の頭の中を読んだのか、3番目の神様が苦笑する。
>そう言いつつ、人体実験が嫌なだけですよね?
嫁さん達に聞かれないように配慮してくれたのだろう、メニューのログが短く流れた。
「そうですね。でも、『勇者』って『そういう生き物』だと僕は思いますから」
格好付けて言葉を選んだ僕。嫁さん達は不思議そうな表情を浮かべたけれど、3番目の神様は苦笑しつつも頷いてくれた。
格好付けないと、勇者なんてやっていられないという理不尽さを理解してもらえたみたいだと思いたい。
「OKです♪ あ、でも、今更ですが、単為生殖って厳密には『神の禁忌』に触れるので、人間用の単為生殖の魔法は存在しないんですよ」
「存在しないんですか……?」
「このままじゃ、東大陸が……」
ぽつりと呟いたのは、レモンとグスター。3番目の神様が嬉しそうに笑う。
「でも、それで終わりにするのはつまらないです♪ ――そうですね、ちょうど良いので、そこのグラス王国の人達が研究している『アマゾネスの単為生殖をアレンジしたヤツ』を、もっと安全にした魔法を教えることは可能ですよ♪ それで良いでしょうか? 毎日、50g以上のお魚を食べないとダメという条件が付きますが、元々そこはミオさん達が自分達で何とかする予定だったんですよね?」
例えるならば、悪魔の微笑み。僕らの反応を見て楽しんでいる。
いや、僕の知っている地球の神話の神様も、こういう人間臭い存在ばかりだった。
「お嫁さん達もそれで良いですか?」
単為生殖の魔法を教えてもらうことで話をまとめようとしている3番目の神様。
不完全な魔法に躊躇しなくも無いけれど――魚さえ用意出来れば、安全が保障されているのだから――ここは取引に応じても、良いのかな? ……うん、人体実験を避けられるのだから、良しとしよう。
思いっきり頭を下げる。
「みんな、ごめん! 僕は単為生殖の魔法を選びたい。僕自身の抗体や、子ども達の未来のことは、真剣に考えるから――「「そこまでですよ。頭をあげて下さい」」」
ラズベリとレモンの言葉が重なった。そして、嫁さんみんなが口を開く。
「ミオさまがそう言うのなら、私は支持します」「シクラの考えにグスターも同意するぞ!」「わたくしも、我儘を言う男の人は嫌いじゃありません」「わらわは良いと思います」「我も同じく♪」
「それじゃ、願い事は決まりましたね。準備は良いですか?」
「はい。安全な単為生殖の魔法を教えて下さい」
「了解です♪ ――それじゃ、行きますよ?」
3番目の神様の言葉と同時に、僕の頭の中に魔法理論と詠唱方法の情報が流れ込んでくる。
アマゾネスの単為生殖の魔法は丸暗記出来ていたけれど、予想もしていなかった場所がアレンジされていて、正直、血の気が引いた。
もしも、この取引をしていなかったら、僕の考えた改良では、人体実験の犠牲者が出ていただろう。
そんなことを考えた瞬間――
「あ、あれ?」「こ、これは?」「え?」「なんだ?」「???」
みんなが驚いたような声をあげて、視線を3番目の神様に向ける。
「奥さん達にもサービスしておきました♪ 完全版が用意できなかった分の補償だと思ってくれると助かります」
ちょぴっとドヤ顔の3番目の神様。最初から、こうするつもりだったのだろう。
どんな言葉を返そうか考えているうちに、魔法情報の流入が終わった。
気が付けば、みんなのHPやMPも回復している。
「それじゃ、魔法も無事に教えたことですし、HPやMPも回復させたことですし、私は帰りますね。グッバ~ィ♪」
そう言って、3番目の神様は自慢げに微笑むと、転移魔法陣の先に消えていった。
残されたのは、ちょっと置いてけぼり感が漂っている僕らだけ。
「何だか、嵐みたいな人でしたね……」
呟くように言ったのはシクラ。
イベリスがそれに頷く。
「でも、単為生殖の魔法を教えてくれました」
「あとは、養殖を軌道に乗せるだけだぞ?」
グスターの言葉に、ラズベリが頷く。
「頑張りましょうね♪」
「「「はい!!」」」
皆の声と笑顔が重なった直後、シクラが口を開く。
「あの……リリーお姉さまのこと、忘れていませんか?」
「「「あっ!!」」」
「でも――」
微妙な表情のラズベリ。その言葉の続きをイベリスが言う。
「3番目の神様に、任せるしかないですよね?」
「任せて大丈夫でしょうか?」
気まずそうなレモンの言葉に、グスターも気まずそうに口を開く。
「こっちからは、手が出せないぞ? 相手は、中央大陸の神だって言っていたからな」
「……それなら、なるように、なるんでしょうね」
シクラが、どこか遠い目をして言葉を続ける。
「ミオさまを刺したお姉さまのこと、私は当分、許せる気がしません……」
「……」「……」「……」「……」「……」
気まずい沈黙が、僕らを包んだ。
◇
小さな沈黙を振り払うように「すーはー、すーはー」と深呼吸をして、グスターがみんなを見回す。
「んじゃ、気持ちを入れ替えて――グスターの魔法で王城に帰るぞ♪」
「はいっ♪ 私もグスターさんに賛成です!」
「帰ったら、わらわ達、妻仲間はみんなでお風呂に入りましょう♪」
「我も、汗でべたべたです」
「ミオさまは、1人で入って下さいね?」
シクラの冗談に、全員が笑顔になる。
「グスター達の裸を覗いちゃダメだぞ?」
「わたくしも、えっちなのはいけないと思います♪」
……。数日前に、自分からお風呂に乱入してきた人も、すまし顔で乗って来ている。
まぁ、別に良いんだけれど。
「うふふっ♪」
ラズベリ、笑っちゃダメ。レモンやイベリスに、一緒にお風呂に入ったことがばれると、ややこしくなるからっ!!
そんなツッコミを押し殺しつつ、みんなに声をかける。
「はいはい。僕は僕でゆっくりするから、みんなもゆっくり入ってきてよ」
「「「は~い♪」」」
全員の視線が、何と言うのかくすぐったい。
うちの嫁さん達は、本当に可愛いと思う。
「それじゃ、転移魔法を発動させるぞ。準備は良いか?」
グスターの声に、全員の顔が引き締まる。もちろん、リアトリスさんやヴィランさんも同じだ。
「「「はい」」」「ええ」「「「もちろんです」」」
「んじゃ、いくぞ。――瞬間移動!!」
足元に魔法陣が浮かび、一瞬で光に包まれる。
戦闘中に使っていたのとは少し違う、長距離用の転移魔法陣だ。
王城に帰ったら、とりあえず、僕もお風呂に入ろう。
僕らの戦いはこれからだから♪
※第1章の本編はこれで終わりです。閑話を挟んで、第2章に続きます。
※プロットの練り直しのために、第2章の序盤で少し更新が開くかも知れません……が、サプライズも計画しています(予定)ので、お楽しみに(≡ω)♪




