第69話_永遠のまどろみ?
=三青の視点=
僕達は今、王城の謁見の間にいる。
その理由は何か? 今日起こったことや今後の方針を、極秘でリリーさんに説明するためだ。
馬で王城に帰って来た僕らは、まず会議室で宰相及び宰相補佐のローズ姉妹に、一通りの説明と今後の相談をした。
その後に謁見の間に移動してから、リリーさんが連れてこられ、「話して良い部分だけ」を抜粋して、ラズベリとレモンによる事情説明が行われている。
正直、メンドクサイ事この上ない状態。
昨夜は数時間しか寝ていないし、戦闘で体力も精神力も削られている状態だからか、かなり眠い。でも、なんて言うのかな? 普通なら気が緩んでこのまま眠気に負けそうな状況なのだけれど……現状は、そうではない。
なぜなら、僕のメニューの警戒アラートが鳴り止まないから。
うん、水神だったドラゴン以上の音量で鳴っている。
その原因はリリーさん。
めっちゃこっちを睨んでいるし、グスターに対しても警戒を隠していない。
シクラがリリーさんの抱き枕状態になって、腕の中で撫で撫でされ続ける生け贄になってくれていなかったら、多分、リリーさんは、ぶち切れて腰の剣――青色水龍剣という家宝の魔剣らしい――を引き抜いていただろうと思う。
この青色水龍剣、ラズベリに聞いていた情報だと、「防御貫通」効果と「第二種禁呪」が込められているとのことだった。この第二種禁呪のことは、当主かその後継者、そして国内の武器を管理する女王陛下と聖女騎士団々長以外には極秘で、原則、家族が相手でも勝手に口にすることは許されないらしい。
「使い方によっては氷地獄ノ業火より強力な禁呪です」
とラズベリ達が、申し訳なさそうな表情で言葉を濁していたから、多分、軍事機密のややこしい話に僕を巻き込まないための配慮をしてくれたのだと思う。
事実、馬で王城に帰ってくるまでの間に話をしながら、断片的に理解した限り、禁呪は軍事機密的な意味合いが強いと感じた。
機密度の低い順に第四種から第一種まで区分されていて、その使い手は国に管理されている。
例えば第四種禁呪の氷地獄ノ業火では、「3重掛けすることで、レベル差を無視して攻撃を通せる」という隠された特徴を持つ。
ラズベリはディルと戦う時にリアトリスさんに教えられるまで知らなかったらしいけれど――高レベルの悪魔や魔神退治には欠かせないもので、僕の防御力を持ってしても3重掛けされると多少のダメージが通ってしまう可能性が低くないとリアトリスさんが教えてくれた。
そんな氷地獄ノ業火よりも機密度の高い禁呪が込められている魔剣。
強敵を警戒するアラートが鳴るのも仕方ない。――っていうか、リリーさんの腰にそんな危険物を差させておくのは止めて欲しいのだけれど……女王命令でもリリーさんは、何だかんだと理由を付けて渡してくれなかったし、リアトリスさんが強硬手段でこれ以上話がこじれるのも嫌だし――ということで現在の「事情説明」が執り行われているのだけれど……頑固者ってメンドクサイ生き物なんだなと、つくづく思う。
「……」
そんなことを考えていたのがバレたのか、ジロリっとした視線がリリーさんから返ってきた。
怖いけれど、とりあえず笑顔を返しておく。
「ふんっ!!」
思いっきり顔をそらされてしまった。
「……リリー、話の途中ですよ? レモン女王陛下や、イベリス皇女様にも失礼です!」
一応、公式な場だから、ラズベリはレモンやイベリスに敬称を付けている。なお、僕も婚約を正式に発表するまでは同じようにしないといけない。ついうっかりと2人を呼び捨てにしたら、大問題になるみたいだから、気を付けよう。
ラズベリの叱責を受けて、リリーさんが謝罪の言葉とともに頭を下げる。
でも――頭を下げる瞬間に、僕に向かって「死ね」って口だけで言っていたのは……うん、見なかったことにしてあげよう。
将来的に、義理の姉かつ娘になるリリーさんとは、これから時間をかけて仲良くやっていくんだ。刺されないようにだけ、気を付けて(泣)
=リリーの視点=
あり得ない。
あり得ないったら、あり得ない。
なんで、こいつがシクラの結婚相手なの?
なんで、こいつがお母様の結婚相手なの?
星降りの魔神も嫁にするって言っているし、まだ非公式だと言っていたけれど、レモン女王陛下やイベリス皇女様とも結婚の約束をしているというし――うん、このクズ。頭痛い。
これは夢、そう、夢なんだ。
目を覚ましたら、ルクリア城の私の部屋で目を覚ますの。
そして、シクラとお母様とローリエと一緒に、中庭の花園でお気に入りのハーブティーを楽しむのよ。
>そう、これは夢だ。だから早く目を覚ませよ?
頭の中に、知らない男の人の声が聞こえた。
ほら、やっぱり夢だ。
>――なわけないだろ。現実を視てみな?
ぅ……。現実? 直視できないくらい、酷い有様なんですけど?
>そうか? お前だけが悪魔に騙されていないんだぞ? ――みんなの目を醒ましてあげられるのは誰だ? さぁ、俺が力を貸してやる。みんなの目を醒ましてやれ♪
全身に鳥肌が立った。そして、力が湧いて来た。
覚悟を決める。
皆を、悪魔の夢から覚まさなければ!!
=三青の視点=
がるるるるぅ~。
そんな唸り声が聞こえてきそうになるくらい、リリーさんは僕のことを警戒している。誰にも懐かない山猫みたいな可愛さがあると言ったら、余計に怒られるのだろうか?
そんな現実逃避をしていないと、ちょっとやってられないかも?
思わず溜息をついてしまった。
「――ミオ殿、話を聞いていましたか?」
レモンに聞かれて、話に置いていかれているのに気が付いた。
メニューのアラートがうるさ過ぎて、聞こえなかったとも言う。
「すみません、少し考え事をしていました」
そう言いながら、アラームを切るためにメニューを閉じる。
会話が出来ないくらいアラートが鳴るなんて、欠陥やバグと言っても良いと思う。
レモンが「疲れているのじゃないですか? 大丈夫ですか?」といった視線を向けてくれた。そして、ゆっくりと口を開く。
「簡単に話を繰り返しますけれど、今日のこれからの予定を決めたいのです。取りあえず、事情を説明するために、ルクリアへはグスター殿とラズベリ殿に行って来てもらいたいと思っています。その間に、王城ではわらわとイベリス殿とシクラ殿で、今後の計画を話し合っていたいと思います。ミオ殿には――!?」
レモンの言葉が、途中で止まる。
驚いたように見開かれた目には、金色の綺麗な瞳。いつも意図的に隠しているみたいだけれど、僕はこの瞳がとても好きだ。
そんなことを暢気に考えていた瞬間――「ぞぶりっ」という水っぽい音が背後で聞こえた。
「かふっ!」「――!!」「――!!」
軽く咳き込んで、僕が異常事態に気が付くのと、レモンやリアトリスさんが、何かを叫ぶのが同時だった。
口元にあてた僕の手が、真っ赤に染まっていた。口の中一杯に鉄の味が広がる。そして、自分の胸から血塗られた青い刃が付き出ていることに気が付く。
「ぁあ――きゃぁあぁあっ!!」
シクラの叫び声が謁見の間に響く。
おもむろに剣が抜かれて、もう一度、僕の身体を貫通する。
あ、不味い。とっさに傷口を押さえるけれど、血が止まらない。
多分これ、「防御貫通」効果のある武器、青色水龍剣だ。
ということは、リリーさんに刺されたんだな。
薄れゆく意識の中、メニューの表示をONにする。僕の視界に飛び込んで来たのは――「回復無効毒」という見慣れない状態異常と、僕の背後にいる×印のリリーさんの敵ステータス情報だった。
リリーさんに刺されたのは、まぁ仕方ない。リリーさんがここまですることは無いと、油断していた僕が悪いのだから。
でも、それよりも不味いのは状態異常。
多分、禁呪のせいだと思うけれど、無詠唱の超再生が全然効かないのだ。「回復無効毒」というのが関係しているのだろうけれど、今の状態で回復不可なのはちょっと厳しい。
そして、3回目の貫通。
何と言うのか、お腹から出てくる刃が、他人事のように感じた。
僕の内臓は、多分、ぐちゃぐちゃ。即死していないだけマシだけれど、あと数十秒で失血死するのは間違いない。僕の腕にはまっていた「認識偽装の魔法の腕輪」に青色水龍剣の刃が当たって壊れたのか、かつんという小さな音を立てて、腕輪の破片が床に散る。
「女王陛下もリアトリス様も、お母さまもシクラも、みんな悪魔に騙されています! 目を覚まして下さいッ!!」
そんなリリーさんの叫び声が、リリーさんを拘束しようとするリアトリスさんの罵声が、――なんだか、とても遠くに聞こえた。
=ラズベリの視点=
なぜ、ミオさんは刺されているのです?
リリーが持っている青色水龍剣は、再会した時に「所有者限定錠」の魔法を掛けて、当主である、わたくし以外の人間では抜けないように細工しておいたはずです。
万が一にも抜けないように、気を付けていたのに――どうして?
どうして? どうして? どうして?
=シクラの視点=
「ミオさま! ミオさま! ミオさまっ!!」
床に倒れてぐったりと動かないミオさまの傷口に、グスターさんからもらった上級回復ポーションを振りかける。――けれど、血が止まらない。神から授けられし鑑定眼で視ているHPも回復しない。
「シ、シクラ、ちょっと待ってろ! グ、グスターが回復魔法をいくつか試してみるから、シ、シクラはご主人様に声をかけ続けるんだ!」
グスターさんの声は、頼もしいけれど、震えているのが隠せていない。
床にミオさまの生温かい血が広がっていく。ミオさまのHPも減っていく。
「――超再生!!」
ヴィランさんの超再生。でも、効果が無い。
「大天使ノ囁き!!」
聞いたことのないグスターさんの魔法。神々しい光がミオさまを包み込む。多分、天使族に伝わるとっておきの大魔法なのだと思う。それなのに、効果は無かった。
ミオさまのHPが減っていく。
「慈愛の再生! ――大天使の抱擁! ――HP譲渡! ――超再生! ――LP譲渡! ――堕天使の囁き! ――漆黒の誘い! ――再生! ――聖光回復! ――光回復! ――水回復! ――風回復! ――軽聖光回復! ――軽光回復! ――軽水回復! ――軽風回復! ――なんで、全部ダメなんだ? うぐっ。ぐしゅっ、ごじゅぢんさまぁ……」
グスターさんが、諦めたように泣き崩れた。
「グスターさん、泣いている場合じゃないです。MP回復ポーションを飲んで、もう一度、回復魔法をお願いしま――「シクラ、無駄です……」」
お母さまの震える声が、謁見の間に妙に響いた。
◇
お母さまが、目から零れる涙をぬぐおうとすらしないで、言葉を続ける。
「青色水龍剣に込められているのは『防御貫通』効果と『第二禁呪“鳥兜”の回復無効毒』です。ミオさんは、回復魔法や回復ポーションが効かない毒に、侵されています」
「もしかして、傷口が塞がらないのか? このまま血が止まらないのか!?」
グスターさんの大きな声に、お母さまが無言で首を縦に振る。
でも、諦めちゃダメ。考えるんだ、私。
「それなら、解毒魔法を使えば中和できますよね? その後に、回復魔法を掛ければ良いです! グスターさん、お願いします!」
グスターさんの尻尾と耳が、力なく垂れていました。
「うぐっ、えぐっ……シクラ……。ごめん、禁呪の毒を中和出来る魔法、ひぐっ……グスターは、知らないんだ」
「え?」
一瞬、言葉が出てきませんでした。
グスターさんが知らない魔法があるなんて。
「グスターさんの手持ちの魔法書の中に、解毒の魔法は無いのですか!?」
「ぐしゅっ、グスターの記憶だと……上級解毒魔法までしか無い……ぅぇえぇ……」
「そ、それじゃ、ヴィラン様は?」
向かい側にいるヴィランさんが首を横に振る。
「リ、リアトリス様?」
視線を向けた先、リリーお姉さまを拘束しているリアトリスさんも首を横に振る。
「ディルさんっ! ディルさんなら、知っていますよね!?」
イベリスさんの中にいる、悪魔のディルさんのことは、リリーお姉さまには秘密にしておかないといけない重要な機密だったけれど――ミオさまの命には代えられない。
でも、帰ってきた言葉は、思っていたものとは違った。
「シクラ、ごめん。妾も知らない。いや、知らないことは無いのだけれど、使えないのよ。解毒の禁呪や回復の禁呪は過去にどこかで見たことがある。でも、それだけ。詠唱も覚えていないし、多分100年以上前の話だし――使える人間が、今、この国にはいないのよ」
「でも、何か方法があるはずです。諦めなければ大丈夫です。上級の解毒魔法が効くかもしれません! だから、グスターさん、ヴィラン様、リアトリス様、知っている限りの解毒魔法を――っ」
全身から力が抜ける。立っていられなくて、地面に膝をついてしまった。
諦めちゃダメなのに……神から授けられし鑑定眼が視てしまったのだ。
私の眼は、狂うことは無い。グスターさんの持っていた魔道具には敵わなかったけれど、真実をうつす瞳であることは間違いない。
ミオさんの、LPが0になっていた。
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(基本情報)
・名称:ヤマシタ・ミオ
・年齢:16歳
・性別:男
・種族:人族
・レベル:1025
・HP:0(-3500)
・MP:0
・LP:0
・STR(筋力):0/15500
・DEF(防御力):0/12655
・INT(賢さ):0/16850
・AGI(素早さ):0/18800
・LUK(運):0/9563
(スキル)
――「省略」――
(称号)
・魚好き→ 運3%アップ
・異世界からの召喚者→ 全能力値30%アップ
・童貞をこじらせた魔法使い→ MP5%アップ
・お人好し→ 経験値5%アップ
・人生の敗者→ 経験値15%アップ
・細長い生き物属性 → ???
(負債)
・借金:4100万円
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こんなの、嘘です……。
※6/29_描写が足りないなと思う部分がありましたので、少し修正を掛けました。読み直しは必要ありません。




