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第66話_王国の思惑と養殖の話

=三青の視点=


「――ということで、単為生殖(パースノジェネシス)の魔法を上手く使えば、女性だけで女の子を産むことが可能になると考えています」

僕らの説明に、レモン、イベリス、リアトリスさん、ヴィランさん、ドラセナさんの反応は2つに分かれた。


イベリスとドラセナさんは興奮を隠し切れない興味津々な瞳。一方で、王国側の人間は、どこか苦虫を噛み潰したような微妙な表情。


でも、それも仕方ないと思う。

当初の予定では、単為生殖を「僕が元いた異世界の魔法」だということにしてオブラートに包む計画だった。けれど、イベリスもレモンも家族になるということで、隠さず正直に、アマゾネスやサキュバスといった魔族が使っている魔法だということを話したのだから。

もちろん、魔法を改良すれば、人間にも安全に応用できる可能性が高いということも説明してある。


若干の気まずい沈黙が流れた。

でも、タイミングを見計らったかのように、ラズベリが口を開いてくれた。

「あの、もしかしてレモンさんやリアトリス様達は、単為生殖のことをご存じだったのでしょうか? そして、その反応から察するに、わたくし達には単為生殖のことを秘密にしておきたかった――ですよね?」

確かめるような、その言葉に、全員が驚いていた。


 ◇


ゆっくりとリアトリスさんが口を開く。

「ラズベリ殿、何を根拠にそんなことを言っているのですか?」

「そうですね……あ、でも、その件を話し合う前に、1つだけリアトリス様に提案したいことがあります」


ラズベリが、話の腰を折ってから、言葉を続ける。

「――リアトリス様、わたくし相手に、口調が丁寧語になっていますよ? わたくしには、前の通り、砕けた口調でお願いします♪」

「ラズベリ様、そんな訳にはいきませんよ。なにせ、ラズベリ様は陛下と同じで、ヤマシタ殿の妻になられる御方ですから」

「でも、ミオさんには、さっきからずっと砕けた口調で話していますよね?」

もう一度、にっこりとラズベリが微笑む。

うん、僕は気にしていなかったけれど、ラズベリはリアトリスさんが僕に丁寧語を使わないことを軽く怒っているらしい。


あ、ラズベリの背後に紫色のドラゴンが見えた。

「き、気を付けます!」

「……(ボクも気を付けます!)」

背筋を伸ばして返事をしたリアトリスさんとヴィランさん。

それとなく助け舟を出しておこう。

「リアトリスさんもヴィランさんも、公式の場でなければ、今まで通りで大丈夫ですよ」

「ヤマシタ殿、そんな訳にはいきません」

「……(そうです!)」

ラズベリの背後のドラゴンに怯える表情で、リアトリスさん達が否定の言葉を口にした。


「それなら、ゆっくり慣れて行って下さい。僕はそれで構いませんので」

「ミオさん、それで良いのですか?」

首を傾げながら、ラズベリが僕に聞いてくる。

美人が首を傾げるという可愛い絵面のはずなのに――ラズベリの後ろで紫色のドラゴンも首を傾げているから、ちょっと怖い。

……なんて言ったら、僕も怒られるのだろうか?


「ラズベリ、ありがと。怒らなくても良いんだよ」

僕の言葉に、ラズベリが、こくこくと縦に首を振って、口を開く。

「分かりました。ミオさんが良いというのなら、わたくしからは何も言うことはありません」

「ヤマシタ殿、ラズベリ殿、ありがとうございます」

「……(ありがとうございます)」

そう言ってリアトリスさんとヴィランさんが頭を下げたのを確認してから、ラズベリがゆっくりと言葉を発する。


「それでは、話を戻しましょうか。レモンさんは、単為生殖の件、どのように考えているのですか?」


 ◇


にっこりと微笑むラズベリに対して、とても気まずそうな表情のレモン。

「ラズベリ殿には、隠し事は無理みたいですね」

そう断ってから、レモンが言葉を続ける。

「実は、王国に仕える高齢のダークエルフが単為生殖の魔法を知っていて、すでに王国では独自に単為生殖の研究を進めているのです。出来れば、グロッソ帝国の人間であるイベリス殿には、秘密にしておきたかった……というのが本音ですね」


苦笑するレモンに、ラズベリがにっこりと微笑む。

「ここまでの話から推測するに、グラス王国では『単為生殖の実用化には成功したものの、普及することに大きな問題を抱えている』みたいですね? 何がボトルネックになっているのですか?」

その言葉に、レモンの顔が再び引きつる。

「ラズベリ殿は、なぜ、そう思ったのですか?」

「女の勘ですよ? すぐに否定しないということは、実用化に成功しているのですね?」

「……怖いですね、ラズベリ殿は。そうですね――同じ妻仲間ですし、隠しても仕方が無いです。イベリス殿も一緒に聞いて下さい」

そう言って小さく笑うと、レモンはイベリスと視線を交わした後に、言葉を続ける。

「リアトリス、みんなに単為生殖の研究の現状を説明しなさい」


 ◇


レモンの言葉の後に、軽く咳払いをしてから、リアトリスさんが口を開いた。

「現状で、単為生殖を一般に普及させるためには、いくつかの問題点があります。細かいものを挙げるときりがないのですが、一番大きい問題は――王国で研究している単為生殖は元々が水の民とも呼ばれるアマゾネスの魔法を応用しているので、『魚を食べ続けないと、胎児が健康に成長してくれない』という問題です」


小さく息を吸って、リアトリスさんが言葉を続ける。

「これはアマゾネスの習慣や過去の記録を分析し、王国が独自に得た情報なのですが――具体的には、胎児の健康のためには、毎日50g以上の生の魚を食べ続けることが必要になります。また、火を通したり、煮たりした魚だと、倍の100gの魚を食べないといけないという研究結果が出ています。圧倒的に市場に魚が少ない今の状態で、それを可能にできる人間は、大貴族か大商人か漁場近くの有力者だけになります」


ふと、リアトリスさんの言葉に浮かんだ疑問。

僕は、それを言葉にすることにした。

「毎日、50gの生の魚か100gの調理した魚ですか? 確かに現状の市場価格では、一般に普及させるのは、とても無理だと思います。でもアマゾネスではなく、サキュバスや他の魔族が使っている単為生殖のソースコードを――もとい、詠唱内容を――流用元にすれば、魚を必要とすることは無いんじゃないですか?」


僕の言葉に、一瞬、驚いたような表情を浮かべた後、リアトリスさんが首を横に振る。

「ヤマシタ殿は、魔法改良の知識も持っているのですね。正直、驚きました。――ですが、サキュバスや他の魔族の単為生殖を流用元に使うのはダメです。なぜなら、魚を食べることの代わりに『毎日、魔物の肉を1kg以上食べて魔素を吸収する』ですとか『3日置きに、10gの男性の体液を摂取すること』などの条件が必要になってくるのです。前者は魚ほど高価ではありませんが、毎日の量を確保することも、毎日1kg食べ続けることも難しいですし、後者は言うまでもありません」

「そうですか……簡単には上手く行かないものですね」

「はい。この2年間で色々と調べさせたのですが……ままならないものです」

気が付けば、リアトリスさんとレモンの表情が曇っていた。

この問題は、そろそろ終わりにしよう。


「分かりました。僕の方でもグスターが持っていた古い魔術書を読んで、単為生殖の改良に使えるものが無いか調べてみます。ダークエルフの方とも話をしてみたいので、王城に帰ったら単為生殖の研究について、僕にも教えて下さい。――レモン、良いかな?」

僕の言葉に、レモンが頷く。

「はい、この世界に転移した後に、独自に単為生殖を流用する方法にたどり着いたミオ殿に協力してもらえたら、何か新しい発見があるかもしれません。リアトリスも良いですよね?」

「もちろんです。ここで拒否する選択肢なんて、ありませんよ」

苦笑するリアトリスさん。

「もしかしたら、大発見があるかもしれませんよ?」

僕が冗談っぽく言ったら、みんなが小さく笑ってくれた。

それを確認してから、言葉を続ける。


「リアトリスさんの説明を途中で遮ってしまって、すみませんでした。現状で、王国が研究している単為生殖には、他にどんな問題点があるのですか?」

僕の言葉に、リアトリスさんの表情が引き締まる。

「そうですね、単為生殖を普及させるための、もう1つの問題点は『魚の確保の難しさ』です。先ほどの『毎日魚を食べないといけない問題』と関連しているのですが、逆に、魚さえ安く確保出来るのなら、今すぐにでも単為生殖を一般に普及させるのは難しくないのです」

「えっ? それは本当ですか!?」

ちょっと信じられなくて、思わず口に出していた。


僕の反応に、リアトリスさんが首を捻る。

「? あの、ヤマシタ殿は何を驚いているのですか?」

「いや、ほら……安全性とか、副作用とか、倫理的な問題とか、色々飛ばしていませんか?」

ちょっとだけ冷や汗が出る。

何というか、ソレが一番問題だと僕は考えていたから。

でも、リアトリスさんから返ってきた答えは……。


「正直、そういうのは問題になるでしょう――が、多少危険でも、多少倫理的にグレーでも、背に腹は代えられないのが世界の現実です。恩赦や刑の軽減を条件に、犯罪奴隷の希望者で試していますので、最低限の安全性は確保されて――「リアトリス様、そこまでです♪」」

言葉を遮ったラズベリが、固まっている僕に声を掛けてくれる。

「ミオさん♪ 今は、動揺を顔に出しちゃ、ダメですよ?」

歩み寄りながら、ラズベリが、僕をのぞき込むように目線を合わせてくれた。

そして、フルフルと首を横に振る。

「今は、善悪で思考停止して良い段階じゃありません。まずは、リアトリス様の話を聞きましょう? 全部聞いてからでも、遅くは無いはずですよ、ね?」

「……そうだね、ありがとう、ラズベリ。リアトリスさん、すみませんでした。『魚の確保の話』を続けて下さい」


ちょっとだけ、つまらなさそうな表情をリアトリスさんが浮かべたのが分かってしまったけれど、すぐに切り替えてくれたのか、リアトリスさんが小さく苦笑した。

「はい。それじゃ、話を戻しますが――王国の考えとしましては、市場に大量の魚を供給することで魚の値段を下げたいのです。その上で単為生殖の魔法を王国公認の教会等で公開することで、一般に普及させることを考えています。しかし、採り尽したせいなのか、魔の領域が変わったのと同じで魚の生息域が変わってしまったせいなのか、数年前は河川にそれなりにいた魚が、今ではほとんど消えているのが現状です」


リアトリスさんの言葉に、レモンが追加で説明を加える。

「正直、魚の供給さえ何とか出来れば、王国の人口減少問題は、単為生殖によって改善されるでしょう。――とはいえ、今の衰退した漁村の力では、海や湖から魚を安定して大量に市場に供給することは不可能です。なにせ、魚のいる水域に接している魔の領域から、無尽蔵に魔物が湧く中で漁をしないといけないのですから。――そこで、過去の文献を頼りに、魚を人工的に育てる『養殖』という技法を復活させようとわらわ達は計画しているのです」


「えっ? 王国でも養殖を始めるのですか?」

驚いたような表情で声を漏らしたシクラに、レモンも驚いたような表情を返す。

「その言い方ですと――もしかして、シクラ殿達も、養殖を?」

レモンの問いかけに、シクラとラズベリの視線が僕に向く。その目は「話してしまっても大丈夫ですか?」と語っていた。


レモンやリアトリスさんも腹を割って話してくれているんだから、本音で話しても大丈夫だろう。……いや、本音で話さないとトラブルの元になるとすら感じる。

ラズベリに、目線でOKと返すことにした。


一度、ラズベリが頷いてから、口を開く。

「実は、メーン子爵領では、安定した領地経営のために、魚介類の養殖を始めようと考えていたところです」

「……その話、具体的に聞いてみても良いですか?」

レモンの視線が鋭くなる。おのずと、ラズベリとシクラの視線が僕に向いていた。


「そこは僕から説明させてもらおうかな。レモン、リアトリスさん、ヴィランさん、イベリス、ドラセナさん――当分は誰にも口外しないという条件で聞いて欲しいのですけれど、僕らはローゼル湖から水を引いている水田用のため池や水田を改良して養殖池を作ろうと考えているんです。そして、ここでは説明がややこしくなるから省略しますけれど、輸送用に改造した馬車で、生きた魚を大量に王都に運ぶ計画を立てていたんです」


僕の言葉に、レモンが口を開く。

「ちなみに、どのくらいの数の魚を運ぶ予定だったのですか?」

「最初は試行錯誤と調整が必要だと思うけれど――体長50センチ前後の鯉とティラピアを1つの馬車で100匹程度、運ぶ予定だよ。あとは養殖する数を増やすと同時に、馬車の数を増やして、輸送量も増やしていこうと考えている」


例外として、僕の無限収納に〆たばかりの魚を入れてグスターの瞬間移動で運ぶという手段もあるけれど、それは黙っておいた。長期的な視点で考えると、緊急事態じゃない限り、チートは使わずに問題解決をした方が良いと思うから。


「ひゃく?」「あり得ない――ことも無いのか?」「……(すごいな)」

レモンとリアトリスさんとヴィランさんの言葉が重なる。イベリスとドラセナさんは、ぴんと来ていない様子。


そんなことを考えていると、リアトリスさんが言葉を口にした。

「メーン子爵領では、養殖自体は、すでに始めているのですか?」

「いえ、僕らは、まだ計画段階です。王国の研究機関では養殖を始めているんですか?」

「はい、1年程前から単為生殖の研究と並行して始めてはいます……が、魚の育成が上手く行かないのです。餌が悪いのか、水質が悪いのか、何が悪いのか分からないのですが、池に入れた魚が、成長すること無く、痩せて死んでしまうんです」


「痩せる? 普通に、餌は食べるのに、ですか?」

「はい。鯉は雑食性なので、麦とか芋とか虫を与えているのですが……餌を食べても、育たないのです」

困り顔のリアトリスさん。

鯉の養殖では、植物性タンパク質やデンプンを代替飼料として使うこともある。動物性タンパク質も虫を与えることで補っているっぽいし、水質に問題があるのだろうか?

いや、餌をきちんと食べている時点で、痩せるというのはおかしい。

寄生虫? あるいは、代謝異常? 水温が高すぎても、鯉なら――

「ミオさん?」

ラズベリに声を掛けられて、気が付いた。

いつの間にか、みんなが、心配するような目で僕を見ていた。


「あ、すみません。つい集中して、考え込んでしまいました。――そうですね、多分、餌を食べても痩せて死んでしまうということは、何らかの環境要因が成長を阻害しているか、必須栄養素が足りていないということです。原因を特定して、改善してあげれば、養殖の成功は目の前だと思います」

「ヤマシタ殿、それは本当ですか!?」「ミオ殿、本気ですか?」

「ええ。お魚は、僕の得意分野です。この世界に召喚される直前まで、お魚でご飯を食べていましたから♪」


「それは――」

「何というか――」

「格好良いですね♪」

リアトリスさん、レモン、ラズベリの言葉。


シクラとグスターと、イベリスとヴィランさんが言葉を続ける。

「ミオさま、頑張りましょう!」

「グスターも手伝うぞ♪」

「我やドラセナも手を貸します」

「……(微力ながら、ボクも。だから、嫁にして?)」


最後、何か聞こえたような気がするけれど――笑顔の嫁さん達の圧力に、「……(冗談です)」とヴィランさんが付け加えていた。


それにしても、『普通の方法』で鯉のような丈夫な魚が上手く育たないというのは、とても大きな課題だと思う。

地球では3000年前の中国や古代ローマでも行われていた養殖という技法が、こっちの世界では一般的に認知されていないというのも、おかしい話だと思ったけれど……。鯉ですら、こっちの世界では一筋縄では養殖できないみたいだから、少しだけ納得できた気がする。


でも、問題点は、1つ1つ順番に対処していこう。

養殖で人口減少問題を解決出来る糸口が掴めたら――僕がこの世界にやってきた意味も、つかめると思うから。

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