第61話_地雷除去
=三青の視点=
「んふふっ♪ ミ~オ~、可愛いお嫁さん達がこっちに来るわよ~?」
シクラを先頭に皆が歩いてくるのを見つめながら、笑うような声でディルが言った。
その瞳からは、現在進行形でバチバチっと火花が散っている。
……うん、何だか、とても胃が痛い。
「ディル、みんなとは仲良くしようね? そうじゃないと僕ら結婚できないよ?」
「え? ソレは困る!! 妾はミオと一緒にいるの!」
「んじゃ、シクラやグスターとも仲良く――「ん~、考えとくわ♪」――考えてないよね?」
僕の言葉に、ディルが悪戯っぽい顔で小さく笑う。
「あははっ、どうしてそう思うの?」
「目から火花が散っているから」
「バレたか♪ でもさ、やっぱり妾の性格的に――『ミオと結婚したいから、妻の末席で良いので加えさせて下さい』とか言って頭を下げるのは――趣味じゃないのよ?」
そう言うと、言葉を区切ってディルが微笑む。
「だけど妾は、ミオのことが間違いなく、大好きよ?」
◇
魔封じの板は残したまま、ディルの拘束を解放して――全員が揃った後。最初に口を開こうとしたのは、兵を配置し終えたリアトリスさんだった。
でも、その剣呑な視線を遮るように、無表情のドラセナさんがディルの前に進み出たことで、言葉は発せられなかった。
「リアトリス卿――「ドラセナ、止・め・な・さい!」」
何かを言いかけたドラセナさんをディルが制して、リアトリスさんの言葉を促す。
「リアトリス、何か言いたいことがあるのよね? 手短に済ませましょう?」
「ああ、滅びの悪魔に、1つ聞きたい。この場所に来るまでの街や村はどうした?」
「ん? その表情だと、『全部、溶かしたわよ~? うふふふっ♪』とでも言って、笑って欲しいのかしら? でも残念ね、妾は王侯貴族と妾に刃向かう者しか、基本手にかけないと誓ったの。だから、この場所に来るまでの街や村はどこも無事よ♪」
「……そうか。でも、なぜ王侯貴族に敵意を持つんだ?」
「質問は1つだけって、自分でさっき言っていなかった? 答えるつもりは無いわ」
「それもそうだな。失礼した」
「そりゃどうも。あ、でも、妾はリアトリスのこと、色々と認めているから。唯一、魔剣だった時の妾を使いこなしていた意思の強い人間だったし、歴代の年下の王子様を自分好みに染め上げて、喰いまくっていたその歪んだ性格は嫌いじゃないの♪」
「っ!?」
驚いたような表情のリアトリスさんに、ディルが言葉を続ける。
「魔剣で繋がっていたから、リアトリスの記憶は、ほとんど全部知っているのよ? 年下好きなんでしょ? 素敵な性癖じゃない♪ 政治を陰で操るのにも最適よね? ここ数年は遊び相手がいなくて、色々と欲求不満が溜まっているみたいだけれど――「そ、それはともかく!! 滅びの悪魔は、解放されてからここに来るまで、誰も殺していないんだな!?」――ええ、そうよ?」
ディルの言葉に、リアトリスさんは頷くと、周りにいた近衛騎士や宮廷魔術師達に視線を向ける。騎士達が、ささっと目線をそらしたのは、リアトリスさんの名誉のためにも見なかったことにしよう。
こほん、と小さく咳払いをしてリアトリスさんが口を開く。
「今のところ、危険は無いようだ。兵は300メートル程離れて――そうだな、あの岩場の近くで待機しているように」
「「「はっ!!」」」
リアトリスさんの指示で、近衛騎士や宮廷魔術師達が僕らから離れていく。
それを見送った後、残った人達で――僕、ディル&イベリス、ドラセナさん、女王様、リアトリスさん、ヴィランさん、ラズベリ、シクラ、グスターの9人&1人で――今後のことを話し合うことになった。
ディルは、さっきまでシクラやグスターと火花を散らしていたけれど、すぐに飽きたのか「交渉事は、妾にはよく分からないから、イベリスと変わるわ♪」と言って意識を交代していた。
そして現在、ディルが口にした数々の暴言を、イベリスが泣きそうな表情で謝罪して回るという事件が起こっている。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
「……顔をあげて下さい、イベリスさま。私も大人げなかったと思いますし……」
「ですが、シクラさんにも、本当に失礼なことをしてしまって――こんなんじゃ、ミオさんの妻に加わることを許してもらえないです」
「それは……何とも――「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」」
頭を下げるイベリスに、困り顔のシクラ。そこにグスターが話しかける。
「なぁ、イベリス。イベリスの身体からディルを追い出すことは出来ないのか? そうすれば、イベリスだけ嫁にするという選択肢が使えるぞ?」
「ぅうっ……ごめんなさい、今は無理なんです。我とディルさんの魂が癒着しちゃったみたいで、無理に分離しようとすると、我が死んでしまうんです」
「それは……困ったな。イベリスだけなら、嫁に加えて良いとグスターは思っているんだが……正直、ディルは生意気だから嫁には入れたくない」
グスターの言葉に、シクラが頷く。
「私も同意見です。イベリスさまの加入は認めますが、ディルさんはダメです」
「あら? わたくしはディルさんが妻仲間になったら面白いと思いますよ?」
「お母さま?」「ラズベリは、何でそう思うのか?」
シクラとグスターの声が重なった。
ふふっと小さく笑って、ラズベリが口を開く。
「ディルさんは、小さな子どもなのです。ずっと魔剣に閉じ込められた、遠い異世界のお姫様。そんな彼女が、ミオさんという『魔法を解いてくれた王子様』を独り占めしたいって我がまま言うなんて、可愛いじゃないですか」
「それは……」「むぅ~」
「それに、考えてみて下さい。ミオさんがディルさん1人だけに愛情を注ぐと思いますか? そんなことはありませんよね? むしろ、ディルさんが思う存分甘えれば甘えるほど、わたくし達のことも平等に愛してくれる。つまり、わたくし達にもメリットは多い――ですよね、ミオさん?」
にこっと微笑んで僕に話を振ってくるラズベリ。
拗ねたような表情で、上目遣いで僕を睨んでいるシクラ。
何を妄想しているのか知らないけれど、キラっキラに目を輝かせているグスター。
……。逃げるという選択肢は無い。
まぁ、最初からみんなを受け止める覚悟は出来ていたのだけれど。
ゆっくりと言葉を選びながら、視線を3人に巡らせる。
「ディルは、とても我がままなところがあると、僕も思う。でも、みんなと仲良くできるように僕がフォローをするし、みんなを愛していることも変わらない。だから、ディルのことを、シクラとグスターとラズベリが認めてくれると嬉しい」
僕の言葉に、小さくラズベリが笑う。
その瞳は、どこか悪戯っぽい印象を受けた。
「ミオさん、はっきりと言ってくれないと、わたくし達は分かりませんよ?」
うん、ラズベリ、ありがとう。
ラズベリは頭が良いから、僕の言葉を巧みに引き出してくれる。
だから、覚悟を決めて、その言葉を口にする。
「我がまま言ってごめん! ディルも僕の嫁にしたい! みんなには迷惑をかけるけれど、その分、フォローするから許可して下さい!」
満足げな表情で、ラズベリが笑う。
「よろしい♪ わたくしは許可しますわ」
その言葉の後に生まれた小さな沈黙。
でも、それはすぐにシクラの言葉で崩された。
「……お母さまとミオさまがそう言うなら、私も許可しない訳にはいきません……でも、ミオさまには、ディルさんに負けないくらい、いっぱい甘えさせてもらいますからね?」
「うん、……ありがとう、シクラ」
「グスターは……考えておく。今はまだ、むしゃくしゃしているから、しばらくご主人様に慰めてもらわないと許可できない。ご主人様、今夜、意味、分かるよな!?」
「分かってる。ありがとう、グスター」
「ぅん♪ 楽しみにしておく!」
「あ、グスターさん、ずるい。1人だけ、ミオさまに甘えるつもりですね?」
「シクラ、大丈夫ですよ。ミオさんのことですから、わたくし達のこともしっかり愛してくれます。――ですよね?」
「もちろんだよ――って言うしか選択肢無いよね、ラズベリ?」
「あら、違うのですか?」
「違わないけれど、何だかこう、ラズベリ達に追い詰められている気がしなくも――「ぅふふっ♪ 良いじゃないですか、ミオさんも我がまま言うのですから、わたくし達にも我がままを言わせて下さいな?」」
そう言われると、何も言えない。
にっこりと笑うラズベリの頭を撫でることくらいしか、出来ない。
「あっ♪」
ラズベリの表情が嬉しそうに変わる。そして、とろけるような瞳に変わって、ゆっくりと口を開く。
「ミオさん、愛してます」
さらさらと風にたなびく紫の髪。じっと僕を見つめる紫氷瞳。少女のような可愛い笑顔。
ラズベリに惚れ直した瞬間だった。
もちろん――その後、グスターと、シクラと、イベリスとディルにも、同じように頭を撫で撫でしてあげたのは、言うまでもない。
◇
ディルの頭を撫で終わって、ディルの意識がイベリスに戻った直後だった、女王様が口を開いたのは。
「――さて、そろそろ、わらわ達も話に混じらせてもらえないですか?」
全員の注目を引き付けるように、女王様が少し大きめの声で続ける。
「ここにいるメンバーには、色々と聞きたいことがあるのですが……順番に処理して行きましょう。とりあえず最初に確認したいのは、『大前提』です。ヤマシタ殿は、わらわ達王国側の意思を放置して、悪魔が憑依したグロッソ帝国第4皇女との婚姻を結ぶ方向で話を進めていましたが……グラス王国が、危険な悪魔をこのまま放置し、婚姻を許可すると思いますか?」
「あ」「そうですね」「反対するのか?」「っ!!」
僕らとイベリスは、物凄い大前提をとばしていた。
グラス王国にとってディルは危険な悪魔。
女王様の隣で、リアトリスさんやヴィランさんも、うんうんと頷いていた。
その一方でドラセナさんは、イベリスの隣で、いつでもリアトリスさん達に対して剣を抜けるように構えている。
緊張が走った僕らに、真面目な表情で女王様が言葉を続ける。
「正直、ヤマシタ殿に懐いているからとはいえ、ディルという悪魔は放置できません。今は一時的に恭順的な態度を取っていても、いつ人間を襲うか――「そんなことは絶対に、しませんっ!!」」
イベリスが女王様の声を遮り、そのまま言葉を続ける。
「絶対に、ディルさんは、そんなことしません! させません! ミオさんと我らの子どもに誓って!」
そう言って、愛おしそうにお腹に両手をあてるイベリス。
え? ええっ!?
「こ、子ども!? ミオさま、いつの間に『そんなこと』していたんですか!?」
思考停止している僕の耳に、シクラの驚く声が聞こえてきた。
その瞳は――も、燃えているッ!?
「ちょ、ちょっと待って、シクラ」
「1秒デスカ? 5秒デスカ? ハイ、ちょっと、待ちましたケレド? 理由を説明して下さい!」
うん、青い炎を瞳に灯しながら、シクラが怒っている。過去最恐といって間違いないくらい怒っている。このままじゃ、多分、話がかなりこじれる。っていうか、シクラに嫌われてしまいかねない雰囲気だから、上手くフォローしないと本気で不味い。
必死に頭を回転させて、シクラが落ち着いてくれるような説明を考える。
「ねぇ、シクラ、冷静に考えてみようよ。僕とイベリスが出会ったのは、グスターの転移魔法で王城に移動した後だよ。そして、すぐにみんなと打ち合わせをしてから、この草原に出発したから、『そういうこと』をする時間は、絶対にないよね?」
「……そうですか……そうですけれど……でも――「ふふっ♪」――ッ!?」
イベリスの嬉しそうな笑みは、シクラを挑発するようなタイミングでこぼれた。
イ、イベリス? まさか、ディルじゃないよね?
僕らの戸惑いの視線に苦笑しながら、イベリスが言葉を口にする。
「笑ってしまってすみません。この際だから正直に言います」
小さく息を吸い込んでから、はふっと吐いて、イベリスが言葉を続ける。
「もうバレていると思いますが、我の固有スキルは『危険な未来を予知する力』です。過去の予言者ノーズ・ダム・スマトラと同じように、血塗られた未来を見てしまう能力。でも、その真っ赤な未来の中に、たった1つだけ、平和な未来があったのです」
「――それが、ミオさんと結婚する未来ですか?」
探るようなラズベリの言葉に、イベリスが嬉しそうに頷く。
「はい。変わりゆく未来なのか最後までは見ることが出来ませんでしたが、我とディルさんは近い将来、ミオさんとの間に子どもを授かります。そして、男の子と女の子に、『おかーさん、だいすき!』って言われるんです。もう、可愛くて、可愛くて、とっても可愛いんです!」
満面の笑みで身体をくねくねさせているイベリス。うん、イベリスが可愛い。
って、現実逃避している場合じゃない!!
そう、イベリスと対照的な人物が3人いるから。
「……小娘に先を越される……いえ、そんな訳には、絶対にいかないッ!!」
「……でも、結婚してからじゃないと、真面目なミオさまは多分手を出してくれない……いや、こっちから……」
「ご主人様との子ども……じゅるり♪」
3人とも、目が、笑っていないよ?
怖いよ?
ねぇ、怖いよ?
でも、そんな混沌とした雰囲気は、女王様の言葉でさらに悪化する。
「あの、今、子どもって聞こえた気がするのですが……ヤマシタ殿は男なのですか?」
あ、まずい。
大きな地雷を踏んだ気がする。




