第60話_オッド・アイ
=三青の視点=
「お願いです。今、ここで我妾に永遠の愛を誓って下さい!!」
美少女の唇から紡ぎ出された甘い言葉。
でも、その言葉から感じる重みに、思わず現実逃避をしたくなった。
ええ、はい、理解しています。「僕には、3人も婚約者がいますから、ごめんなさい」――という簡単な言葉じゃ済まされないと。
相手は、グロッソ帝国第4皇女様という危険な未来の予知能力者に、滅びの悪魔というレベル800の妖怪が憑依した、神々にも対抗できる最凶亜神の卵。この告白イベント、上手く対処しないと、比喩なんかじゃなくて文字通り「世界が終わる分岐点」です。
……お嫁さんを増やすしか、解決策は無いのかな?
◇
まずは、今の状況を整理しよう。
僕の目の前にいるのは、両手を後ろで縛られ、首に魔封じの板をつけられた白髪の狐耳美少女。
その赤氷瞳と黒曜石は真っすぐに僕を見ている。
「……ダメ、ですか?」
震えるような、その言葉。
おずおずといった、その視線。
自信無さげな、その表情。
何だか、いけないことをしている気分になる。
いや、ちょっと待て、自分。今、早速、現実逃避しようとしていただろ?
まずは情報収集をしなければダメなのに。
ほら、第4皇女様にディルが憑依している状態は継続しているみたいだけれど――メニューのマップを見てみると、さっきまで敵を示す×印だった少女の属性が、味方を示す■になっている。
だから会話をしよう、会話を!!
深呼吸をしてから、オッド・アイの美少女に話しかける。
「えっと、今、僕と話しているのは、ディル? それとも第4皇女様ですか?」
僕の質問に、一瞬、不思議そうな表情を浮かべた後、少女がゆっくりと口を開く。
「第4皇女のイベリスです。ディルさんの意識は、我の後ろで大人しく我らの様子を見ていますよ」
「そうですか。ということは、第4皇女様はディルを制御することが出来るようになったのですね?」
「第4皇女様だなんて、他人行儀な言い方は止めて下さい。我のことは『イベリス』と呼び捨てにして下さいっ♪」
ぉぅふ! 今まで第4皇女様とは、特に接点は無かったのに……どうして、こんなに懐かれているんだろう? 隕石で頭を打ったから?
もしそうだとしても、嬉しいという気持ちよりも、罪悪感しか覚えない。何というか箱入りの無垢な少女に、ダメなことを教えてしまった気分。
僕がそんなことを考えているとは知らない第4皇女様が、甘えた声で言葉を続ける。
「イベリスと呼んでもらえないと、我もヤマシタ殿のことを『ミオさん』って呼べなくなっちゃいます……我は、ミオさんのことを、『ミオさん』って呼びたいんです……」
寂しげにそう言うと、第4皇女様は、じっと僕を見つめてくる。
「……。やっぱり、ダメ、です、か?」
うるうるとした視線。流れる沈黙。泣きそうな表情。
うん、シクラやラズベリで鍛えられているから知っていますけれど、女の子って、みんな潤んだ瞳が上手だよね。
分かっていて、それに流される僕も大概なんだけれど。
「分かったよ、イベリス。公式でない場所では、イベリスと呼ばせてもらおうかな」
「ありがとうございます! ミオさん、大好きです!」
そう言って、僕に飛び付こうとしたのか、イベリスが身体を揺らして――後ろ手に拘束されていることを忘れていたみたいで――不安定な体勢のまま、前に倒れそうになる。
「危ないっ!」
顔から地面にぶつかりそうになるイベリスに手を回して、支えてあげる。
……もきゅ♪ となったのは、不可抗力だ。
多分、きっと、絶対に!!
「み、ミオさん、あ、あああありがとうございます!」
イベリスの顔が真っ赤に染まって、お互いに何か、どぎまぎしてしまう。
小さな沈黙が訪れそうになったけれど、僕の方から口を開いて、誤魔化すことにした。
「イベリス、ごめん。えっと、今すぐにでも拘束を解いてあげたいんだけれど――もう少しだけ、待っていてもらえるかな?」
「はい。我も事情は分かっています。――我に聞きたい事は他に何かありますか?」
「今のところは、イベリスの口から『僕らに敵意が無いということ』を聞けたから、大丈夫だよ。ディルに変わってもらえるかな?」
「はい。それじゃ、名残惜しいですけれど、ディルさんに意識を交代しますね」
イベリスがそう言った直後、イベリスの身体が僕に密着してきて、すりすりと子猫がするように顔を僕の胸に擦り付けた。
「うん、ミオは良い匂いがする♪」
「ディル?」
「ええ、そうよ♪ ミオ、大好き! 大好き、大好き、大好きっ!」
「……ありがとう」
「何よ? せっかく愛の告白をしてあげたのに、ドン引きしないでもらえる?」
「いや、ディルがこんなに可愛い態度をとってくれるなんて、ちょっと意外で――「ありがと。さりげなく褒めてくれるミオのことも、愛してる♪」――それは、嬉しいかな」
ディルが満足してくれるように「お約束っぽい」やり取りをした後に、頭を撫でてから、それとなくディルの身体を引きはがして――本題を切り出す。
イベリスと同じ外見なのに、ディルはどこか幼いから、年下の従妹みたいな印象を受けて何だか可愛く感じてしまう。
いや、従妹相手にここまでの感情は持たなく――も無かったか。従妹には随分と懐かれていたけれど、今、どうしているんだろう? 僕がいなくなったことで、心配をかけてしまったのは事実だ。
……。
うん、今はそんなことを考えている場合じゃないな。目の前にディルがいるのだから、話を進めよう。
「で、ディルは、僕との結婚、どう思っているの?」
「当然、妾もミオと結婚したいわ♪ 未来予知スキルで見た血に染まった世界の中に、たった1つだけ『素敵な世界』があったの。それは、ミオと結婚する道。ミオにはいきなりで悪いと思うけど、妾とイベリスは、ミオをパートナーに選ぶことに決めたのよ♪」
とても嬉しそうな瞳で僕を見つめてくるディル。
シクラとか、グスターが、何度もこういう眼差しを僕に向けてくることがあったから、すぐに理解できた。
今のディルは――「恋する乙女」っていう、ふわふわした甘い生き物だったら、どんなに良かったか。そんな優しい存在じゃなくて、それを大きく突き抜けた――「覚悟を決めた女性の目」をしていた。
どんな覚悟がディルをそうさせたのかは知らないけれど、真剣な時のシクラやグスターと同じ瞳をしていた。恋に恋しているふりをしているけれど、出会った直後からずっと変わらない、ラズベリと同じ瞳の色をしていた。
透き通る、赤と黒のオッド・アイ。
一瞬、その中に吸い込まれるような錯覚に陥ったのは、誰にも言っちゃいけないことだと思う。
◇
止まった思考を回すために小さく息を吸ってから、目の前の少女に話しかける。
「僕と結婚することが、ディルとイベリスの幸せ、ひいてはこの世界が血に染まらない未来につながるんだよね?」
注意していたのだけれど、僕の選んだ言葉でも不味かったのだろう、苦笑するようにディルが口元を歪める。
「そうよ。ミオに『重たい女』って思われたのが遺憾だけど――あと、前もって謝っておくわ。世界平和のためとか、妾やイベリスの未来のためにとか、色々と押しつけてごめん。だから、正直に言うわ。――我もイベリスも、ミオと幸せになりたいと願っているの。この気持ちは本気。叶わないって絶望したら、多分世界を……っ!?」
ぽろぽろとディルの瞳から涙があふれた。
急なことでびっくりしたけれど、ディルの方が僕の何十倍も驚いているみたいだ。
「あ、あれっ? ……何で、涙が、出るの、かな……? ミオがね、我らのことをきらぃ……うぇぇ……!!」
そのまま号泣する少女。
後ろ手で縛られているから、涙をぬぐうどころか、泣き顔を隠すこともできない。
「……えぐっ、ぐすっ、きらい……は、嫌だよぉ……世界を滅ぼすくらい、ミオのことが、大好きで大好きで大好きで――ふぇえっ!?」
ディルの頭を撫でたら、驚かれてしまった。
そして、頭に置かれたのが僕の手だと知ったディルが、小さく呟く。
「ミオ~。ミオは、『ずるい女の子』は嫌いかなぁ……?」
泣きながら、でも必死に笑顔を作ろうとする少女。今は、まだ、その拘束を解くわけにはいかないけれど、無限収納から出した新しいハンカチでディルの顔を拭く。
「ディル、無理をしなくていいよ。多分、その気持ちは伝わったから」
「……本当に?」
「うん。後で、みんなと話をしよう。僕にはシクラやグスターやラズベリという3人の婚約者がいるから、今すぐ僕の一存でディルやイベリスとの結婚を決めることは出来ない。だけど、僕は、ディルやイベリスを拒むつもりはないから、ね?」
「いいの?」
自信無さげなその視線。
正直、あまり良いことではないと思うけれど、その言葉を返すことにした。
「みんなで話し合おう? それが、僕らが一緒に居られる一番の方法だと思うから、ね?」
「うん! 妾は、たくさん話をしたい。イベリスも一緒に!」
そう言って、笑顔で身体を寄せてくるディル。完全に懐かれているな――と思った瞬間、その声が聞こえた。
「ご主人様、そんなヤツの言葉に騙されちゃダメだっ! 味方になったふりをして、後ろからご主人様を切るつもりかもしれないぞ!?」
伝達の魔法経由で聞こえたグスターの声。
そのまま、瞬動で僕の目の前にやって来たグスターが、僕の視線を遮るように両手を広げて言葉を続ける。
「ご主人様は甘いんだ。超絶的に、女の子に優し過ぎるんだ! この悪魔女は、ご主人様に告白する瞬間に、グスター達が邪魔しないように『宵闇の微笑み』を使ったんだぞ!? そういうことをする奴が、敵じゃなかったら何だって言うんだ!?」
「あら? 妾にとって、貴女達は敵よ?」
ぞっとするような声で、ディルが囁く。
あれ? 僕に対する態度と違う? 何故に?
「ほら、ご主人様、こいつ、自分で敵だって宣言したぞ!!」
「――だって、妾達は、ミオの愛を奪い合うライバルじゃない? 遠慮なんてすると思う?」
「ぅがぁ……ご主人様! こいつは敵だ!!」
グスターの感情も理解できるけれど、ここはディルとも仲良くしてもらいたい。
とりあえず、ズレているディルの認識から修正していこうと思う。
「ディル、僕がこういうのも何だけれど、『愛は分かち合うもの』だよ?」
「あら? 聖職者みたいに『奪い合えば有限だけれど、分かち合えば無限大』とかいうのかしら? ミオの聖職者から出る大事なせ■■は有限なのに?」
「……女の子が、そういうことを口にしちゃいけません!」
「ふふっ♪ ミオは真面目なのね」
ディルの挑発するような言葉に、グスターが口をとがらせ、頬を膨らませる。
「うぅ~、ご主人様の馬鹿!! ご主人様は可愛い女の子に言い寄られたら、ふらふらと流されるんだ! このままだと、出会う女の子、みんなご主人様の嫁になっちゃうんだ!! グスターへの愛とせ■■が減るんだ!!」
うん、■■■は別として、グスターへの愛は絶対に減らすつもりはないんだけれど……グスターが拗ねているのは良くない。
後で美味しいお肉を食べさせてあげて、寝る前に尻尾のブラッシングをしてあげないと、少しこじれるかも。
――いや、今のうちにフォローしておかないと、ダメだ。
「グスター、色々と心配してくれて、ありがとう」
そう言って、目の前にいるグスターを正面から抱きしめる。グスターが両手を広げていたから、すぐに捕まえることができた。
ん? グスターのことだから、すぐに抱き返してくれるかと思ったんだけれど、両手を広げたまま、グスターは固まっている。怒っているのかな? と思ったら、様子が違った。
「ご、ごちゅじん様、グちゅたーに、あみゃい言葉を囁いても、みゅ、みゅだだ……」
グスターのろれつが回っていない。
あれ? グスターってこんなに恥ずかしがり屋だったっけ?
何か、ちょっと新鮮で可愛い。
そんなことを考えていると、じとっとした視線を感じた。
うん、視線の元は、白髪の狐耳美少女こと、ディルだ。
「……ずるい。妾の告白の途中だったのに、他の女の子を抱きしめるなんて――思わず嫉妬してスキルを使っちゃったわ!」
あ、グスターのろれつが回らないのは、「宵闇の微笑み」のせいなのか。
ちょっと可愛いと思ってしまったのに、残念だ。
でも、ここでそんなことを口にするわけにはいかないし、ディルに言われたことは事実だから、素直に謝っておく。
「えっと、ごめんね、今の僕がこんなことを口にするのはいけないことかもしれないけれど……自分のお嫁さんは大事にしたいんだ」
「分かってる。知ってる。でも、気になるの。――ってことで、こっちはこっちの話を続けさせてもらうわ。ミオは妾にどんな話を聞きたいの? 今の妾なら、何でも話してあげるわよ? イベリスの恥ずかしい過去とか、イベリスの恥ずかしい過去とか、イベリスの恥ずかしい過去とか♪」
キラキラと瞳を輝かせるディル。思わず苦笑してしまった。
「それじゃ――あ、でも、とりあえず、話の前に1つだけ」
「話の前に1つだけ?」
「そう、みんなにかけている『宵闇の微笑み』を解除してもらえるかな? 固まっている、みんなの意見も聞きたいから」
「あ、そういえば、解除するの、すっかり忘れていたわ。ちょっと待っていてね♪」
ディルの言葉と同時に、ディルの宵闇の微笑みが解除されたのだろう、伝達の魔法経由でみんなの声が聞こえてくる。「やっと動ける~」というようなざわめきの中、リアトリスさんとラズベリの真剣な声が聞こえた。
「兵達よ、警戒を解くな!」「ミオさん、この子、味方に取り込んじゃいましょう♪」
重なった2つの声。
リアトリスさんは、険しい表情で兵達をまとめていく。
ラズベリは、妖艶な笑みで状況を楽しんでいる雰囲気。
女王様は、リアトリスさんの隣で何かを考えている様子。
ヴィランさんは、この様子を面白そうだと言わないばかりの表情で、見守っている。
ドラセナさんは、固い表情でリアトリスさん達から距離をとっている。
グスターは、どさくさに紛れて僕に抱きついて、ちょっと拗ねた顔をして甘えている。
シクラは……うん、満面の作り笑顔。
そう、作り笑顔。作り笑顔……otz
オッド・アイと水色瞳の間に、バチバチっと激しく火花が散っている。いや、根本的に、僕が悪いって分かっているけれど……。
まずは「話し合い」から始めませんか?