第58話_彼女と彼女の出会い
※回想回です。
=ディルの視点=
妾の作った障壁を、青い光をまとった小さな隕石が突き抜けた。
思わず両目を閉じた直後、眉間に感じる衝撃。
憑依した妾のステータスで補正されているとはいえ、この身体は所詮、グロッソ帝国の第4皇女イベリスの身体だ。首から上が乱暴にもぎ取られてしまいそうな、激しい力と凄まじい熱量に抵抗できることなく――妾は意識を手放した。
その直後、目に入ったのは視界一面に広がる花畑。
地を這う緑色の茎葉に、小さな白い花を咲かせているその植物の名前は、ドクヘビイチゴ。
戦場跡や死体を埋めた土地に生える植物と言われて忌み嫌われているソレが、見渡す限り、妾の視界を埋めている。
ここは、どこ? わたしは、誰? 自分が誰だか分からない――なんてね。
「妾は妾だ」
自分の口から2重に聞こえた言葉。それが信じられなくて、もう一度言葉を口にする。
「妾は妾だ」
小さな沈黙が流れたあと、彼女と言葉を交わす。
「……妾達は、少し、話し合う必要があると思わないか?」
その言葉で確信した。妾は我で、我は妾。
頭を打った影響か、妾の中にイベリスが混ざっている。でも、どうやったら分離できるのだろう?
そう考えた瞬間、イベリスが、妾の目の前に現れた。
「……」「……」
お互いに無言で視線を交わす。
妾が視た未来は地獄。イベリスが視ていた未来も地獄。
そう、イベリスもこの部屋にある1つ1つの小窓の中が『悪魔の囁き』で予知された不可避な未来だと知っている。――って、あれ? なんで妾がイベリスの記憶を知っているのだ? 妾がいた部屋とイベリスが視た部屋は違う場所だったのに。
それの違和感の原因を考えた瞬間、何かがカチリとはまる。これは魔剣だった頃に、使用者の記憶を吸い取っていたのと同じ感触。……。ああ、今の妾はイベリスの身体に憑依しているから、記憶が流れ込んで来ているのか。
納得した上で頭の中に流れ込んでくるイベリスの記憶を読み解くに、イベリスも相当、苦労した口らしい。
暗殺未遂、毒殺未遂、誘拐未遂は当たり前。今回も失敗を前提に仮想敵国であるグラス王国に特使として送られてきたらしい。
失敗したら、それだけ次期皇帝になる可能性も影響力も弱まるから、「第3皇位継承権を持つ自分の娘」を次期皇帝にしたい現皇帝が画策しているらしい。……何か言葉にするだけでもメンドクサイ関係だな。全部、血祭りにあげてしまえば良いのに。
王侯貴族なんて死ねばいい。
――さぁ、この身体の主導権を握る戦いの始まりだ。
この戦いは、妾とイベリスのどちらが勝っても、修羅の道。
妾の見た未来も、イベリスの記憶から知った未来も、真っ赤な血で染まっている。
とはいえ妾は、傍観者として指を咥えるだけで、ずっと赤い地獄を見ているつもりはない。
やっと魔剣から解放されたのだ。妾は自由が恋しい。
◇
イベリスに敵意を持った瞬間、花畑から世界が切り替わる。
気が付くと、妾がいるのは、赤い部屋だった。
見たくない、呪われた未来が見える、赤い小窓ばかりが並ぶ悪魔の部屋。
思わず、後ずさって――
「っきゃ!」「ぅあっ!」
――誰かと背中がぶつかった。
いや、イベリスしかいないし、事実、妾の隣に倒れているのは、イベリスだった。
何となく気まずい沈黙が、倒れたままの妾達を包む。その表情と妾に流れ込んでくる身体の記憶から、イベリスも、赤い部屋の小窓に映る血塗られた未来に怯えているらしいことが理解できた。
とはいえ、ずっと転がっている訳にもいかない。
取りあえず立ち上がって――出鼻をくじかれたせいで、どんな風に声を掛けるべきか迷っていたら……同じタイミングで立ち上がったイベリスが、妾に話しかけて来た。
「えっと……早速ですが、話し合いを始めませんか?」
「そうね。どっちが身体の主導権を握るのかは、早急に決めないといけない重要事項よね」
イベリスから距離を取って、魔法発動の準備をする。ここはイベリスの精神世界だけれど、妾の魔力の通りは悪くない。滅び系の妖術だって使えそう。
いつでも準備OKだ。
それなのに、イベリスは、びっくりした表情で固まっている。
何か、こいつ、調子が狂う。
「……何で、イベリスは構えないの? 早く構えなさいよ?」
「え、えっと? 『ディルさん』で呼び方は大丈夫ですか?」
「……構わないけど?」
「ありがとうございます。その、ディルさんは、なぜ臨戦態勢なのか、聞いても良いですか?」
「ん? イベリスは妾と話し合いをするんじゃないの? 早く、拳と魔法で語って、結果を出そうじゃないの♪」
妾の提案にイベリスが、ぴんっと尻尾と耳を立てる。
「――そ、そんなことしたら、レベルが低い我が、絶対に負けるに決まっているじゃないですか!!」
自ら負けを認めるとは。
やっぱり、こいつが相手だと、何か調子が狂ってしまう。
「んじゃ、戦うまでも無いわね。この身体の支配権は、妾にあるということで」
話を終わらせようとした妾に、イベリスが噛みついてくる。
「ずるいです。それに、帝国に帰ったらどうするんですか? ディルさんに政治とか出来ますか? むかつく相手を殴るなんて、物理的には出来ないんですよ? 攻撃は『分かるようにしたらいけない』んですよ? 暗殺者を放ってくるような相手と――必要があれば自分の方から暗殺者を放たないといけないような相手と――笑顔で食事をとらないといけない世界なんですよ?」
「ぅぐ、それは……」
想像するだけでメンドクサイ。つい「うっかりと」殺してしまわないか、心配になる。
ちらりとイベリスを見たら、誇らしげな顔が返ってきた。
「ディルさんに憑依されていても、我の力が、この身体には必要なハズです!」
くそぅ、一時的にでも記憶を共有していたせいなのか? イベリスは無駄に鋭いところを突いてくる。いや、こういうところが――口先だけでレベル差750以上の壁を越えてくるところが――皇位継承権を持つ者の血なのだろう。
そういえば、王侯貴族とは、こういう生き物だった。
口先だけで世界を支配する、支配できる、不思議な生き物。
妾の力で滅ぼすにしても、根絶やしにするには、力技だけでは通用しないだろう。
ここは、イベリスの知恵を利用するのも一計かもしれない。
「……そうね。イベリスは自信有り気だし、身体の支配権や今後の生活について、何か良いアイディアがあるのかしら?」
「はいっ♪ お互いの得意分野で身体の支配権を入れ替えるのはどうでしょう? 政治は我が、戦闘はディルさんがするようにすれば、多分、一番都合が良いです。身体の生存率も、我が皇帝になれる力も、上がります!」
「妾は別に皇帝になんて成りたくないんだけれど……協力はしてあげる。その代り、妾の目的にも協力してよね?」
「ぅふふっ♪ 王侯貴族の完全抹殺ですよね? 実現できるのなら、とても楽しそうです♪」
「そうよ。皇帝に成りたい人間としては、矛盾していることかもしれないけれど――」
嫌とは言わせない。そう言いかけた妾の言葉をイベリスが遮る。
「ディルさんの野望の実現は、絶対に無理ですね」
上から目線の言葉に、なんか無性にカチンと来た。
「なぜ、そう言い切れる?」
「王侯貴族という生き物が、権力者という生き物が、どれだけしぶといのかディルさんはご存じないみたいですから。――って、言葉で言っても多分、理解は出来ないと思います」
ああ、こいつ、ダメだ。妾の調子を狂わせ過ぎた。
「イベリス……望み通り、ここで殺してあげる♪」
「それはダメです。我を殺したら、ディルさんの夢は遠のくばかりですよ? まずは、権力者という生き物が、どんな生態を持つのか――魔剣のように搾取される側ではなく、権力者側で――体験してみても良いと思いませんか?」
その言葉にハッとさせられる。
「……」
こいつ、やっぱり小賢しい。いや、認めよう。
イベリスは頭が良い。賢い。そして、ずるい。だから、その力が欲しいと思った。
今の妾には、イベリスの力が必要だ。
「……悔しいけれど、その話、乗ることにするわ。で、政治と武力で役割分断するのは良いけれど、日常生活はどうするの?」
「基本的には、城にいる間は24時間、政治の戦いの場です」
「おぃ! ソレは――「分かっています。だから、最初は我が日常生活を送ります。そして、少し慣れたら、そこからは1日ずつ交替で入れ替わって生活するのはどうでしょう?」」
小さく息を吸って、イベリスが言葉を続ける。
「ディルさんに身体の支配権を完全に奪われていた時に知ったのですが――ディルさんが支配権を持っている時でも、我の意識は残っていましたので――お互いに入れ替わっている時にも、記憶の齟齬は起きないみたいですし。あ、でも」
「でも?」
言い淀んだイベリスの言葉に、思わず疑問の言葉を返していた。
そんな妾を理解できない、といった表情でイベリスが口を開く。
「……。そもそも、ディルさんが、我の身体の中にいるからいけないんですよ? 何だか、話の前提が我の身体の共有になっていましたが――早く、我の身体から出て行ってくださいよ!」
半分冗談っぽく、半分本気っぽく、イベリスが叫んだ。
何となく分かる。イベリスが本気で妾に出て行けと言っていないことが。
でも取りあえず、ここはイベリスのお遊びに付き合ってあげよう。こういうのも、相互理解とかコミュニケーションとかいう意味で、大切だろうから。
「ふふっ、そのことね。イベリス、あれを見なさい♪」
妾の視線の先にあるのは、小さな小窓。無限にある未来の1つ。
それを見た瞬間、イベリスの余裕の表情が凍り付く。だって、その小窓の中身は、イベリスが即死する未来なのだから。
妾がイベリスの身体から抜け出た瞬間、妾は狐耳妖怪になり――魂の力を強制的に奪われたイベリスは死ぬ。
「ごめんね。身体の支配権を長い間、妾が奪ってしまったのが不味かったみたいなの♪ 魂の一部が癒着しているみたい。無理すればくっ付いたところを剥がせなくもないみたいだけれど……試してみる?」
その言葉に、イベリスが青ざめて首をぶんぶんと横に振る。
「ディルさん、出て行っちゃダメです! 我はまだ、やるべきことがあるのです!」
「知っているわ、今の状態でイベリスから出ていくことなんてしないわよ。第4皇女とはいえ、イベリスがグラス王国で死んだら、この大陸で戦火の渦が巻き起こるから。それは妾も望んでいない。死んで良いのは王侯貴族だけ」
「本当に、本当に、今は我の身体から出て行かないで下さいよ!? 勝手に出て行ったりしたら、狐人族の名誉にかけて、全力で祟りますからね!?」
ああ、調子が狂う。イベリスは楽しいヤツだ♪
「ええ、約束するわ。それに――この年で狐耳&ふさふさ尻尾の『オプション』が追加されるのは恥ずかしいから、出て行けと言われても、こっちから願い下げよ」
「何ですか、その言い方!? 我に、絶対喧嘩を売っていますよね!?」
「あははっ♪」
「あははっ、じゃない!!」
「……正直に言うわよ? どうせ妾とイベリスは、しばらく運命共同体なのだから。妾は弱い。たった1人で地獄を背負うのは、とても怖いの」
「……」
流れる沈黙。世界を包み込む静寂。
「妾のことを、弱虫だと見損なったかしら?」
その言葉に、イベリスが首をぶんぶんと横に振る。
「いいえ。そんなことは無いです。我も真っ赤な未来を見た時から、ずっと心の動揺と絶望が消えないのですから。だから……仕方ないですね、地獄の果てに、付き合ってあげます♪ 2人でなら、1人きりで進むよりも、楽しい未来が待っているかもしれませんから」
そう言うと、イベリスは妾に右手を差し出して来た。
それをしっかりと右手で握り返す。
「イベリス、これからは、仲良くしようね♪」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
呪われた未来を共有できる「戦友」が出来た瞬間だった。
※2000文字くらいで軽く済ませるつもりが、長くなりました。中途半端な分割ですが、次回まで回想が続きます……ごめんなさい。
※6/3に「第0話_夢」を割り込み投稿してあります。格好良い「敵役グスター」が見れるかも(≡ω)




