第57話_頭の打ちどころが・・・
=三青の視点=
「ディル?」
泣きながら切りかかってくる美少女に、正直、動揺が隠せない。
右袈裟、左胴薙ぎ、返して鋭い突き。突き。突き! ディルが動くたびに大きく零れる水滴。光を反射する小さな宝石。途切れない涙。
レベル1025と僕のステータスが無駄に高いおかげで、そのひとつ1つの煌きが残像のように視界に映る。僕の心を苦しめる。
泣きながら、ドラセナさんが持っていた薄氷の魔剣を持って僕に向かってくるディル。
どうしたら良い? どうするべき? なぜ泣いているのか分からないのに、このまま一気に拘束して良いものか?
食べるだけで虫歯になりそうな、氷砂糖菓子よりも甘いと頭では理解しているけれど、迷いが心の中に生まれては広がっていく。
多分、単純に拘束しただけじゃ、ディルは納得してくれない。
そんな予感がしたのだ。「ソレ」が何なのか、はっきりとは分からないけれど、相応の覚悟がディルから感じられるから。
幸いディルのステータス値は、第4皇女様と同化したことで元々の値の半分近くに低下している。「滅び」系のスキルも使用できないらしく、僕のメニューの人物鑑定の情報でも、滅び系のスキルは文字が灰色に染まっている。
とはいえ、ステータス値に換算したら普通にレベル400以上ある計算になるから、間違いなく人族では最強だ。しかも、ここまでの剣閃から判断して、リアトリスさんの剣技を使えるみたいだから油断が出来ない。
でも、しばらくの間なら剣撃をかわし続けることは可能だろう。
そう、しばらくの間だけ。
「――っ!」
さっきから、ディルの攻撃が僕に、かするようになっている。レベル1025のAGI(素早さ)を活かして、本気で避けているのにも関わらず。
多分、攻撃の先読みが可能なスキルがあるのだろう――と思って、ディルが憑依した第4皇女様のステータスを見て気付いた。膨大なスキルを示す文字列の海の中、メニューの人物鑑定が赤文字で注意喚起をしてくれているソレは、「悪魔の囁き」という固有スキル。
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(スキル)
・神の欠片>悪魔の囁き:危険を察知するスキル。スキルレベルが上がると、危険な未来を予知することが出来る。他にも???
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説明は途中で途切れていた。僕の鑑定スキルでも完全には分からないなんて、かなり高レベルなスキルだ。多分、何番目かの神様が邪魔をしているような気がする。
――なんていう余計なことを戦闘中に考えたのがいけなかった。
ディルの剣が、僕の右肩を貫いていた。
ジンジンとした痛み。傷口ごと右肩が氷の魔剣の力で凍らされて、右手の感覚が瞬時に無くなった。
うん、完全に刃は貫通しているし、多分、右腕の動脈ごと凍らされている。視界の端に流れる赤文字の警告ログも、それを肯定していた。
普通なら致命的なダメージ。
そう、普通なら。
再生スキルや苦痛耐性スキルのおかげで耐えられない痛さではないし、僕の場合、無詠唱で超再生を唱えられるから、右腕だけなら大丈夫。
とはいえ、首を飛ばされたらどうなるのか分からないし、実戦でそれを試したくも無い。
「ミオは、どうして妾を止めてくれないの?」
それは唐突に投げかけられた問い。
ディルが、泣き顔のまま、震える声で言葉を続ける。
「このままだと、最後には妾が勝っちゃう。今のうちに妾を止めないと――」
すうっと息を吸い込み、整えて、ディルがぽつりと呟いた。
「この世界は永遠に、血に染まるよ?」
小さな静寂。
ディルの瞳が揺れる。
そして血を吐くような声が漏れる。
「愛でも、勇気でも、正義でも、平和でも、平等でも、恐怖でも、永遠の命でも、ダメだった。何を御旗に唱えても――この世界は血に染まる。壊れてしまう。妾が壊してしまう。妾には、未来が見えてしまうの。だから、生き残るために未来を変えてしまう。より良くしたいと願ってしまう。それなのに、見えるのは永遠の地獄だけ。血に濡れる未来だけ。そして、最後に世界は終わる」
一度噴き出した呪詛は、止まらない。
「妾が死んでも戦争が起こる。妾が生きても戦争が起こる。血塗られた世界は変えられない。変わらない。だから――」
ディルが言葉を続ける。
「我を……止められるのは、今、妾を殺せるミオだけ。ミオ以外には、妾を殺すチャンスは訪れない。グロッソ・イベリスと同化したことで、妾は種族の臨界点を突破して『亜神』になる。消滅しても復活する不滅の存在になる。神々ですら止められない未来予知を持つ最凶の存在になる。――だから、今のミオだけが、妾を地獄の連鎖から救える……のに、何で、何で、ミオは妾に向き合ってくれないの!?」
「……。ディルは死にたいの?」
自分でも、ぞっとする声が出た。自分が、本気で怒っていることに、遅れて気付いた。
ディルが、はにかむように顔を歪める。
「生き物として、死にたいだけ。永遠の戦いなんて、要らないから」
「嘘だよね?」
「……嘘じゃない」
「そうかな? 僕は、嘘つきさんは、嫌いだよ」
それは、過去に僕がラズベリに言われた言葉。
僕にとっては、心を揺さぶる魔法の言葉。
ディルの顔が、泣き顔に変わった。
「ミオ……助けてよ……、妾とイベリスをたすけてよぉ!!」
「了解。僕が何とかする。だから――「知ってる♪」」
僕の言葉を遮って、寂し気にディルが笑う。
「ミオがそう言ってくれるって、知っていた。そう言って笑ってくれる未来も――妾には、はっきり見えているからっ♪」
小さく微笑むと、ディルが魔剣を捻った。
ばりっ、という乾いた音がして、僕の右腕が肩から外れた。痛みは無い。
「ミオ、色々とありがとう。そして、ごめん。嬉しかったよ、こうしないとミオは妾を殺せないもん――「本気の星屑落下!!&瞬間移動!!」――「違う」」
僕の首に向けて攻撃を放とうとしていたディルの行動と、ディルに「それは違う」と説明しようとしていた僕の声が、グスターの魔法発動キーワードに遮られた。
一瞬で、世界が歪む。
気付くと、僕を含めて味方全員がグスターの周囲に移動していた。メニューのマップ情報によると、ディルとは700メートルくらい離れている。
「グ、グスター?」
僕の非難の視線に、グスターは自慢げに胸を張る。
「はっは~♪ グスターは自力で麻痺状態をいち早く克服したのだ! 凄いだろ? な? 凄いだろ、ご主人様!!」
「……スゴイデスネ」
「ぅっ、ご主人様、なんで棒読みなんだ!?」
「グスターが空気読めていない娘だからだよ! 僕のディルへの説得は、まだ途中だったのに、あのタイミングは流石に無いよ……」
「ぇぅ、グスター、頑張ったんだぞ!? グスターは、最後の力を振り絞って、頑張ったんだぞ!?」
そう言われて気が付いた。今日3回目の転移魔法を使ったことが原因だろう、グスターのステータスが全て半分になっていた。
「うん、グスターは頑張ったとは思う」
「ぅううっ! 今、ご主人様が『とは』って言った!!」
不満そうにグスターが頬を膨らませる。――と、上空から地割れのような音が響いて来た。見上げると空の一部を埋める無数の赤い光。それがどんどん近づいてくる。
「あ」
思わず声が漏れる。
早い。目測だけれど、今までの星屑落下の3倍以上の速さがある。
突然の隕石に、ディルが魔法障壁を張っているけれど――多分、長くはもたないだろう。
グスターが得意げに尻尾を振る。
「崖が崩れそうだったから水龍渓谷では自粛して使わなかったが、今は草原だから遠慮なく使わせてもらった! グスターの本気を見せてやる♪」
褒めて欲しいのは分かるけれど――事実、傍から見ると危ないところをグスターに助けてもらった構図になるのだけれど――今、ここで第4皇女様に死なれたら困る。
「グスター!! 隕石、早く止めて!!」
「ほぇ?」
「可愛く首を傾げてとぼけてもダメ! 第4皇女様が死んだら戦争になっちゃうから、早く隕石を止めなさい!」
「ぅ~、でも、ご主人様を怪我させたんだから、死を持って償いを――「止めなさい!」」
僕の言葉に、渋々といった表情でグスターが口をとがらせる。
「は・ぁ~ぃ・わ・か・っ・た。新規の隕石召喚は止めておく。でも、もう発動した分は止められないぞ?」
グスターの視線の先には、衝撃波を伴いながら上空から降り注ぐ隕石の雨。
予想よりも着弾スピードが早い。
地面から上がる土煙の中に、かろうじてディルの魔法障壁の黒い闇がうっすらと見える。
「あああっ、もうっ!!」
今も魔法障壁が維持できているということは、隕石の雨を何とか耐えられているということだ。メニューのステータス情報でも第4皇女様の身体のHPは残っている。でも、その残量は徐々に少なくなって――って、このまま見ている訳にはいかない。
無詠唱で自分自身と味方全員の周りに魔法障壁を張った後、縮地と瞬動を使い分けながら、覚悟を決めて隕石の雨に突っ込む。
僕は、ディルの未来を「血塗られた世界」なんかじゃなくて、希望の光に満ちた「純白の世界」に染めたいのだ。
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(スキル)
・神の欠片>悪魔の囁き:危険を察知するスキル。スキルレベルが上がると、危険な未来を予知することが出来る。他にも???
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そう、悪魔の囁きには、「危険な未来」を予知することが出来るとなっている。つまりそれは、逆を返すと、危険じゃない未来はディルには見えないという解釈も出来る。
だからもう一度、心の中で、繰り返す。
僕は、ディルの未来を「血塗られた世界」なんかじゃなくて、希望の光に満ちた「純白の世界」に染めたい。いや、染めてみせる。
そう決意した瞬間、ディルの頭に、魔法障壁を貫通した小さな隕石がぶつかった。
=ディル&イベリスの視点=
ここは、どこ?
わたしは、誰?
自分が誰だか分からない――なんてね。
「我は我よ」
自分の口から2重に聞こえた言葉。それが信じられなくて、もう一度言葉を口にする。
「我は我よ」
小さな沈黙が流れたあと、彼女と言葉を交わす。
「……我らは、少し、話し合う必要があると思いませんか?」
その言葉で確信した。我は妾で、妾は我。
自分の中に、他の誰かがもう一人混ざっている。
でも、どうやったら分離できるのだろう?
そう考えた瞬間、彼女は現れた。
ディルが。我の目の前に。
さぁ、この身体の主導権を握る話し合いの始まりですね。
=三青の視点=
隕石の雨が降ったのは、時間にして約60秒も無かっただろう。
それでも600発以上の隕石が「僕ら」には着弾した。正直、ディルが気を失った時点で第4皇女様の身体がミンチにならなかったのは奇跡だ。
ちなみに現在進行形で気絶している第4皇女様は、ディルに憑依された状態で、僕の足元に転がっている。
正直、どうするべきか迷ったけれど――両手を後ろで縛った上で「魔封じの板」を首に留めてから、回復魔法をかけることにした。
僕の覚悟をディルに話さないといけないから。悪魔の囁きの「罠」を、ディルにも気付いてもらいたいから。
「水ノ回復」
短縮詠唱の発動キーワードとともに、オッド・アイの美少女が目を覚ます。彼女は泣きそうな表情で小さく笑うと、僕に目線を合わせて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「お願いです。今、ここで我妾に永遠の愛を誓って下さい!!」
……あれ?
これは――頭の打ちどころが悪かったのかな?
面倒なフラグが、ぴこんと立った音がした。




