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第56話_第4皇女の中で

=イベリス第4皇女の視点=


ああ、ショック。

我の初チューは、現在進行形で悪魔に奪われてしまった。


はつちゅー()が、ああ初チューが(なな)……、はつちゅーが()!!


乙女のたしなみ(・・・・)だから、思わず目を閉じてしまったけれど……何かが色々と散った気がするotz


ぅぅっ……。もう、耐えられない。お嫁に行けない――という訳でもないかな? 不幸中の幸いで、悪魔は可愛い女の子だったから。そう、でも何と言うのか、舌を入れられるのは癖になりそう(微笑)――なんて馬鹿なことを考えて現実逃避をしていたら、何だか眩暈がしてきた。


そっと目を開けると、悪魔の姿が消えていた。

「滅びの悪魔が消えた!?」

ドラセナの驚く声が――近くにいるはずなのに――なぜか遠くに聞こえる。

そして、全身に力が入らないことに気が付いた。自分の身体なのに不思議と、他の誰かのモノみたいだと錯覚してしまいそうになるくらい、力が入らない。


立っていられずに足元から崩れ落ちそうになった我を、ドラセナが抱き留めてくれた。

「イベリス様! お気を確かに! イベリス様っ!!」

ああ、もう、ドラセナ、うるさい。そんなに耳元で叫ばなくても、聞こえているわよ。

でも段々と、意識が遠くなっていく。


何だか、何というのか、まぶたが重くて、とても気だるい。

そして――次の瞬間、まぶたを閉じた我の視界いっぱいに見えたのは、血に染まる真っ赤な世界だった。


我が居るのは、グロッソ帝国にある謁見の間以上の広さを持つ、赤い部屋。

壁一面に広がる四角い小窓と、所々に点在するサイズにバラツキのあるドア。空中に浮かぶ立方体の小箱。床一面を埋めている四角い区切り。

「……うぷっ!」

どれもが、揃いも揃って血の色だった。

視覚を全部埋めるてらてら(・・・・)とした色彩のせいで脳が錯覚を起こしたのだろう、空気に匂いは感じないのに、口の中と鼻の奥に、鉄の味を感じた。


我の頭によぎるのは、「未来予知」という呪われたスキル。

スキルレベルが12と低い我には、まだ訪れないはずの「絶望」が目の前に広がっていた。我の頭の中に見える、無数の小箱の中で再生されている光景は、目を覆いたくなるような血塗られた地獄絵図。


真っ赤な空。真っ赤な地面。

真っ赤な海。


不意に、四角い小窓の群れに、人影が映った。

それが誰だか、我は一瞬で気が付いてしまった。血の海の中で笑っているのは、ただ1人。鉄錆の色で染まった赤黒い世界に不釣り合いな、純白のドレスを身にまとった狐人族。

そう、嬉しそうに笑っているのは――少しだけ(・・・・)大人になった(・・・・・・)妾だった。


「ぃゃあああぁあっ!!」

我の心が、生命が――「約束された未来」に抵抗しきれず、悲鳴をあげた。


=滅びの悪魔_ディルの視点=


この世界は何だ?

この血に染まった地獄はどこだ?

仮初の和平を結んだ相手に憑依すれば、グラス王国の兵が妾に攻撃できないだろうと思ってイベリスという小娘に憑依したのに――気付けばこんな場所に閉じ込められて――正直、妾は戸惑っていた。


妾がいるのは、壁にも、床にも、天井にも、四角い窓が並ぶ異様な世界。

空中にも、四角い窓が付いた塊が、ふわふわと浮かんでいる。


気まぐれに1つの四角い窓の中を覗くと、小さな人間や魔族が映っていた。どちらも武器を手にして、魔法を放ち、争いを繰り返している。


興味本位で、別の窓を見てみる。

そこにはさっきの窓と同じ人間と悪魔が戦っていた。でも何となくだけれど、最初に見た窓の方が、人間が優位に戦っていた。今の妾が見ている窓は、どちらかと言うと魔族の方が優位に戦っている。


そして妾は、気付いてしまった。

空中に浮かんでいる四角い窓の1つに、妾の姿が映っていることを。


その中は、血塗られた地獄だった。

人の血で、魔族の血で、エルフの血で、獣人族の血で、天使の血で、悪魔の血で、神々の血で、数え切れないほどの血で、窓の中は真っ赤に染まっていた。


気が付けば、思わず目線をそらしていた。

でも、視線を動かした先の小窓の中にも、妾は、妾自身の姿を見つけてしまった。

「!?」

一度見つけてしまうと、ちらほらと別の窓の中にも自分がいるのが見えてくる。

窓の中の妾は、剣を持っていたり、ドレスアーマーを身に着けていたり、いずれも勇ましい姿をしている。そして大声で「平和」や「愛」や「正義」を叫んでいる。とても真剣な目をしている。


でも小窓の中の妾は、どれを見ても――真っ赤だった。


=三青の視点=


僕らの目の前から、突然、滅びの悪魔_ディルの姿が消えた。

ディルが第4皇女様にキスをした瞬間、相手に吸い込まれるように消えたのだ。


そして今、意識を失ったままの第4皇女様を、護衛のドラセナさんが支えている。

「イベリス様!」

ドラセナさんの悲痛な叫び声に、第4皇女様がどんな反応を返しているのか――反応を返せているのか――は、僕の位置からだと遠すぎて知ることが出来ない。でも、メニューの人物鑑定スキルが危険(・・)を教えてくれる。


「お気を確かに! イベリス様っ!!」

ドラセナさんが叫んでいるけれど、今は第4皇女様から急いで離れた方が良い。

だって、ディルは――すぐそこに居るのだから。


警戒している皆に聞こえるよう、伝達(コミュニケーション)の魔法経由で人物鑑定の結果を口にする。

「皆さん、聞いて下さい。僕のスキルによると、滅びの悪魔_ディルは――第4皇女様の身体の中に憑依しています!」

僕の声に、続く言葉があった。

普段は聖女騎士団の斥候を務めるルッコラさんだった。


「私の鑑定スキルでも、イベリス第4皇女様のステータスに『滅びの悪魔_憑依』と表示されています。――「ちょっと待って下さい!」」

ルッコラさんの言葉に、被せるように大きな声をあげる人がいた。

ドラセナさんだ。

「この身体はイベリス様のものです! もしも、イベリス様ごと悪魔を退治しようとする者がいるのでしたら、イベリス様を傷つけようとする者がいるのでしたら、この私が容赦しないですよ?」

ドラセナさんは、第4皇女様をそっと地面に寝そべらせると、躊躇することなく剣を抜いた。


それに対して、リアトリスさんが「落ち着け」と言いたげな表情で口を開く。

「ドラセナ殿、おそらく大丈夫だ。実体を持たない亡霊や怨霊が、人間に憑りつくのは私も見たことがあるし、上手く退けたことが何度もある。それと同じ状態なら、聖光浄化(ピュリフィケーション)という聖属性の上級魔法で、滅びの悪魔を追い出せるはずだ」


「……それは本当ですか?」

警戒している表情のドラセナさん。それに、リアトリスさんが苦笑を返す。

「ああ。嘘を言ってもしょうがない」

ドラセナさんは、ちょっとだけ考えるような顔をしてから、ゆっくりと頷いた。


「その言葉、信じましょう。……リアトリス殿、イベリス様をお願いします」

「ああ。だが、貸し1つだからな? グロッソ帝国の美味い酒をおごってくれ♪」

冗談っぽく言うリアトリスさんに、ドラセナさんも苦笑を返す。


「分かりました。私が払える範囲で良いのなら約束できます」

「契約完了だな♪ ――それじゃ、魔法の使用後に、滅びの悪魔がイベリス様の身体から出てくると思うから、みんなは攻撃の準備をしていてくれ。一撃で決めないと、また他の人に憑依されると厄介だ。良いな?」

「「「はい!」」」「「「了解です」」」「分かった」「……」

「それじゃ、始めるぞ!」

そう言って真剣な表情を浮かべると、リアトリスさんは魔法の詠唱を始める。


「神聖なる魂の輝き――」

その詠唱は神との契約。


「明るく光るその(ともしび)で――」

聖属性の魔法は、一字一句間違えられない。


「――で――で――な――」

風に流れる魔法の詠唱。


ドラセナさんは心配そうな表情で、その様子を見守っている。

そんな状況で、ふと、大きな不安が頭をよぎる。

第4皇女様とディルの分離が上手くいったとして、僕はディルを殺せるだろうか? 

そもそも、今回も最初の氷地獄ノ業火ホワイト・ブリムストーンの直後に、僕が躊躇せずにディルに止めを刺していれば、こんなことにはならなかった。正直――まだ、何かディルと共存できる道があるんじゃないかと考えてしまう僕がいる。ダメなのに。そんなことを考えてしまうと、大切な人が傷つくかもしれないのに。


僕が悩んでいる間にも、第4皇女様を囲むように兵が集まり、リアトリスさんの詠唱は進んでいく。そして――ついに魔法が完成した。

「聖なる言葉をここに捧げる。――聖光浄化(ピュリフィケーション)!!」

リアトリスさんの言葉が響き、緑色の淡い光が第4皇女様を包む。


ゆっくりと目を開ける第4皇女様。

きょろきょろと周りを見て立ち上がる。抱き着くドラセナさんをうっとおしそうに、やんわりと払いのけながら、彼女は僕の方を向いた。


直後、ぞわりっと全身に鳥肌が立った。

目が醒めるような赤氷瞳(ルビー・アイ)の片方が、漆黒の黒曜石(やみ)に変わっていたから。


同時にメニューのアラートが小さく鳴る。

第4皇女様に対する、ディルの憑依状態は、まだ続いていた。


「皆さん、まだ憑依状態が続いています! 警戒するようにして下さい!」

僕の言葉で全員に緊張感が走る。

でも、ただ1人、第4皇女様のそばを離れない者がいた。

ドラセナさんだった。


「イベリス様、私はずっと――」

足元に跪き、決意を固めた表情で語るドラセナさんの言葉を、第4皇女様は手を向けることで黙らせた。そしてゆっくりと口を開く。

「ドラセナ、今までありがとう。そして『この戦いが終わったら』改めて、妾の隣にいてくれるか?」

「――」

第4皇女様の問い掛けに返事をする間もなく、ドラセナさんが意識を失って草地に倒れ込んだ。

それを優しい瞳で見つめた後、第4皇女様が口を開く。


「リアトリス卿、お主のおかげで目が覚めた。礼を言う」

直後、背筋が凍るような冷たい風が吹いた。

視界の端にあるログに「宵闇の微笑みの無効化に成功しました」という文字が流れる。

僕を除いた全員が麻痺状態になっているのを、メニューのマップに表示されるステータス情報が拾ってきた。


「ちょっと不味いかな……」

思わず言葉が口に出ていた。

言葉だけじゃない、冷や汗が体中から噴き出している。


僕以外の全員が麻痺状態。


くすりっと小さく笑って、第4皇女様がゆっくりと口を開く。

「滅びの霧」

第4皇女様が発動キーワードを口にする。――が、その致命的な魔法は僕達に到達しなかった。いや、正しく言うのなら、発動しなかったのだ。


「……? グロッソ・イベリスの身体だと、『滅び』が使えないのか?」

不思議そうな表情で、ぽつりとつぶやく声が聞こえた。


僅かに見えた小さなチャンス。

無詠唱で麻痺解除の魔法を唱えてから、僕の周囲にいたグスター、ラズベリ、リアトリスさん、ヴィランさんの肩を順番に触れる。

距離をとっている女王様やその隣にいるシクラは、悪いけれど後回しにさせてもらった。僕らと連携をとるのが難しい、聖女騎士団や宮廷魔術師の人達も同じだ。


「リアトリスさん、もう一度、聖光浄化(ピュリフィケーション)をかけてもらうことは出来ますか?」

「それは、出来るが――「……(多分、意味がない。レベル差があり過ぎて、魔法が通らないから)」」

リアトリスさんの言葉をヴィランさんが遮る。

「それなら、氷地獄ノ業火みたいに重ね掛けをして――「……(無理。禁呪じゃないと魔法の重ね掛けは出来ないから)」」


そんなルールがあるのは知らなかった。

と言うか、そもそも、僕はこっちの魔法の法則についてほとんど何も知らないと言っていい。今回のことで女王様には貸しがいっぱいできているはずだから、この戦闘が終わって落ち着いたら、色々なことを教えてもらおう。

そんなことが頭の中に浮かんだけれど、今は横に置いておく。


「それで、リアトリスさんの聖光浄化がダメなら、どうします?」

「……(ヤマシタ殿。星降りがボクに使った『魔封じの板』だったかな? あれを上手く使えれば、多分、イベリス第4皇女様ごと滅びの悪魔の魔力を封じ込められると思う)」

「――ということは、殺さずに拘束しないといけないな。ちょっと手間だぞ?」

リアトリスさんの声に、言葉を返す。

「でも、グロッソ帝国と戦争をするわけにもいきませんよね?」

「それもそうだな」「……(当たり前)」「グスターでも分かることだ」「同じく♪」

動ける全員の声が重なって――殺さなくてもいい雰囲気になって――何だか、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


視線を感じる。第4皇女様が――いや、ディルが――じっとこっちを見ていた。

「ねぇ、ミオ。何かこそこそと話をしていたみたいだけれど――終わったのかしら?」

「まだ終わっていないよ。もう少し、ディルは待っていてくれる?」

「ええ、もちろんよ――なんて言う訳ないじゃない♪ とりあえず、遊びましょう?」

そう言うとディルは、宵闇の微笑みで動けないドラセナさんの腰から、剣を抜いた。


直後、ぞわりとした寒さを感じる。

視界の端のログに「宵闇の微笑みの無効化に成功しました」と文字が流れた。

再び、僕以外の全員が麻痺状態になってしまったのを理解した。


「無粋な邪魔者は不要よね? それじゃ、改めて――妾と一緒に踊りましょ?」

とても楽しそうな声で笑うディル。でも、僕は気づいてしまった。


――ディルの瞳から、大粒の涙がこぼれ続けていることに。

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