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第55話_王都に向かう黒い影

=滅びの悪魔_ディルの視点=


久々の自由。自由。自由。自由だ!

(夜の花)の羽で空を飛びながら、思わず笑顔にならずにはいられない。


何年ぶり? 本当に何年ぶりだろう?

妾が魔剣に封印されたのは、もう何百年前か覚えていないくらい遠い昔。

妖界から召喚された直後、勝手に「悪魔」に認定されて、召喚した魔術師の手で短剣に封印されてしまったのだ。

妖術が使えたとはいえ、当時の妾はまだレベル60程度。ほとんど抗うことは出来なかった。


そこからの日々は、夢を見ているようなフワフワしたものだった。

朦朧とした意識の中、滅びの魔剣として使用者の血肉を吸い、敵対者の体力と魔力を吸い、命を奪い、そしてひと時の眠りにつく。覚えているのは赤い世界と黒い世界と魔剣に触れた者から流れ込んでくる断片的な記憶だけ。


使用者や敵対者の思考が妾に流れ込んでくるおかげで、妾は早い段階で自分が置かれている状況が理解できた。

妾は悪魔を封印した魔剣(珍しい宝物)として数々の国の貴族や王族の手元を流れていた。たまに戦場で使用者と敵対者の血を吸いつつ、使い手を狂わせながら、時に英雄を作り、数多の血を吸って――そして気が付けば、グラス王国の宝物庫に納められていた。


ここでまたしばらくホコリをかぶることになるのだろう。

そんなことを考えていたら、彼女が現れた。妾を手に取ったその人間は、ワインレッドの髪と瞳を持ち、どこか神聖なオーラを身にまとっている不思議な女だった。

「団長、本当にその魔剣を使われるのですか!?」

「ん? そのつもりだが?」

「人喰いの魔剣ですよ!? 鞘から抜いたら、腕を喰われるって――」

「使用後は、腕を切り落として超再生を掛ければ問題ないのだろう?」

「ですが――」

「話によると、どんな盾でも、障壁でも、切り裂くことが出来る素晴らしい魔剣だというじゃないか。あと、何をしても壊れない、いや、壊せない剣だとも聞いている」

「……それゆえに過去の使用者のほとんどが、魔剣に心を喰われています。ある者は力に酔って反乱を起こして処刑され、ある者は自分を最強だと過信して戦場に散り、ある者は――「だが、それが良い♪」――しかし!!」

「良いんだよ。私がこの魔剣を持つことで、間違った道を歩むのではないかと皆が心配してくれているのはありがたいが――永遠の命を持つ私は、今のままだと人族最強の騎士として、いつか遠くない未来に慢心してしまうだろう。だから、私が人間であり続けるためにも、王国を守り続けるためにも、この魔剣は私にとって必要なんだよ」

そう言って、ワインレッドの髪と瞳を持つ彼女は優しく笑った。


――これが妾と聖女騎士団々長のリアトリスとの出会い。

リアトリスは過去の使い手とは何かが違うと、妾が理解した瞬間でもあった。


事実、リアトリスは頭が良かった。知識もあった。経験もあった。

そして、必要があれば冷酷にもなれた。

何よりも――妾の強大な力に酔うことが、狂うことが、一度も無かった。

正直、稀有な存在だった。


効率よく数多の血を吸う機会とともに、復讐に必要な知識を与えてくれたリアトリスのことは妾も嫌いではない。ちょっとした親近感すら覚える。

けれど、そんな些細なことは、復讐の手を止める理由にはならない。


 ◇


そんなことを考えながら、街道沿いに空を飛んでいると――早速、復讐の機会がやってきた。眼下に、小さな村が見えたのだ。

適当に近づいてから、片腕を前に構えて「滅びの霧」を発生させる。

「……」

少しだけ、ほんの少しだけ、流れた静寂。

それは滅びの霧を維持したまま、発射できないでいる時間(ためらい)


「何でだろう? ……気分が乗らない」


それは何となく。

本当に、何となくとしか言いようがない、もやもやした感情。

復讐は、もっとワクワクするものだと思っていた。あるいは、心臓がドキドキしたり、逆にプレッシャーになって緊張したり、もっとこう――言葉にできないけれど――そう、無理やり言葉にするならば、良くも悪くも魂が踊る(・・・・)行為だと思っていた。


それなのに、今の妾の頭には、「何か違う」という言葉だけが浮かんでいる。

喜びも悲しみも動揺すらも起こらない。

でも、その違和感は大きなノイズになって妾の頭の中を駆けめぐる。


違う。何かが、違う。そう、違う。大きく違う。

「……」

言葉にならない違和感。

結局、滅びの霧を放つことが出来なかった。


仕方が無いから、滅びの霧を霧散させて消す。

ふと、視線を感じて下を見ると――小さな子犬を片手で抱えた女の子が、笑顔でこっちに手を振っていた。少女は「天使様だ~!!」と興奮気味に騒いでいる。

(むし)の羽を持つ天使なんて、多分、この世にいるわけが無いのに。


妾のことを天使だと勘違いしているのだろう、大人達も、突然の空からの来訪者に若干の戸惑いが混じった表情だけれど、好意的な視線でこっちに手を振っている。

妾は妖怪なのに――滅びの悪魔なのに――完全なる無警戒。

まるで飼いならされた家畜のよう。


こみ上げてくる、嫌悪の感情。

「……気が、変わったわ」

眼下に見える人々の笑顔が、妾にソレを気付かせてくれた。

この世界じゃ、力の無い者は、ただの家畜や奴隷と同じ。少し前までの妾と同じ。いや、自分が奴隷だと自覚すら出来ない分、奴隷よりも酷い。


だから決めた。妾が殺すのは、王族や貴族と、それに協力する者だけにしよう。

そう、他人を我が物顔で支配する「低俗な生物」が、この世界からいなくなれば、世界は今よりもっと良くなるはず。

生きる者みんなが平等になれば、ひとり1人の存在が対等になれば、世界はもっともっと素晴らしくなるはず。


たった1人で出来ることは限られているけれど、妾は知っている。仲間を集めれば大きな力になることを。前例だってある。名前は覚えていないけれど、堕天使から魔神に成り上がって、神に刃を向けた者だっているのだから。

そう、王族も貴族も平民も奴隷も関係ない世界を、妾は作りたい。


だからルールを決めた。妾に敵意を持っている者や、死する覚悟を持つ者は別だけれど、罪のない者達を積極的に巻き込むようなことは止めておこう。


低俗な人間の王と同じことをするのは嫌だから。

新しい世界を作る人材を殺めるのは嫌だから。

本当の悪魔になってしまうことは嫌だから。


妾は決めた。

この世界は凸凹に歪んでいる。だから――正義のために力を使おう。

そのために、まずはグラス王国の女王を討って狼煙を上げよう。


 ◇


途中の村や街、城塞都市を通り過ぎ、王都に向かう。

妾の頭の中にある、リアトリスを含めた過去の魔剣の使用者の知識が、王都への正確な道を教えてくれる。

事実、遠くに王都が見えてきた。

「っ!?」

直後に感じた、ぞわりとする空気。

魔眼を使って下を見ると、草原に点在する岩に隠れながら、兵士と魔法使いが展開している。


急いで探索系の妖術を使って岩陰に隠れている人間を把握する。

その数24名。なぜかその中には、最重要ターゲットの1人であるグラス王国の女王がいた。

すべての王族を殺して根絶やしにしてやろうと考えていたけれど、幸先が良い。


でも、それ以上に驚くべきことがあった。ミオやリアトリスがいたのだ。

どうやってこの場にやって来たのだろう? 馬での移動なんて論外だし、妾よりも先に、王都に移動できる手段があったとでも言うのだろうか? もしかして――ああ、そういえば、リアトリスの記憶によると、失われた転移魔法の使い手があっちにはいた。確か名前はグス――妾の思考は途中で遮られ、次の瞬間、走馬燈が見えた。


これはいけない。

これは不味い。

これは避けないと危険。

でも、その発動キーワードが、風に乗って妾の耳に聞こえて来た。


「「「氷地獄ノ業火ホワイト・ブリムストーン!!」」」

細胞の1つ1つが凍り付き魔力の過剰供給で爆発する、恐ろしい威力を持った魔法が、妾から体力と意識を削り取る。悲鳴なんてあげさせてもらえない。喉の奥どころか、身体の芯から凍り付き、破砕されてしまうのだから。

でも、再生スキルのおかげで――空を移動する間に体力が大きく回復してくれていたおかげで――助かった。もしも、ミオ達と戦ったときのHPのままだったらLPまで削られて、絶命していたかもしれないダメージだった。


それにしても、これからどうするべきか?

ここは逃げて、王城にいる他の王族から先に血祭りにあげるか? 見たところ、王都には城塞魔法障壁が張られているみたいだけれど、妾の滅びの霧の前では紙よりも脆い。問題なく王都の中へ侵入できるはずだ。

あえて今、妾を迎え撃とうと準備万端な状態で待ち受けていた、危険な相手と戦う必要はないだろう。


そんなことを考えていた時だった。妾の魔眼にその称号が入ってきたのは。

それは「グロッソ帝国_第4皇女」という珍しい肩書き。

確か、妾の中に断片的にあるリアトリスの記憶によると――グロッソ帝国は、長い間グラス王国と敵対していて、数年前にやっと和平を結んだばかりの敵対国。疫病によって男が減ったことをきっかけに停戦し、しぶしぶ和平を結んだらしいけれど――今でも、お互いに一触即発な気まずい関係は変わらない。


「……んふ♪」

良いアイディアを思いついたせいか、思わず笑みがこぼれてしまった。


=イベリス第4皇女の視点=


氷地獄ノ業火の爆発が晴れた後、空に浮かぶ蝶々の羽を持つ女悪魔と目線が合った気がした。その直後、悪魔が地面に墜落する。


いや、着地したという表現の方が正しかった。

悪魔は、何事も無かったかのように、蛇のようにしゅるしゅると蛇行しながらこちらに近づいて来たのだから。


それは一瞬。護衛の騎士達の間をすり抜けて、ドラセナの一太刀をその羽に受けながら――気が付けば、滅びの悪魔が我の後頭部に手を回していた。

至近距離で滅びの悪魔と目線がぶつかる。


そして――我は、悪魔に唇を奪われた。

たまにですけれど、【お察し下さい】を見ていると「正義のため」とか「平和のため」とかいう「綺麗な包み紙」で誤魔化しても、「結局は自分のためでしょう?」って感じてしまうことがあります。「相手のために」という言葉も同じで、善意の押し付けを感じることが無くも無いのは、私の心が歪んでいるせいでしょうか?

あと、「可哀そう」という言葉には、どこか他人事で上から目線な気持ちがこもっている気がしなくも無いと感じるのは、やっぱり私がひねくれているせいなのかもしれないです。

でも、こういう矛盾を持つキャラクターは、嫌いじゃないから困ります(≡ω)

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