第54話_運命の歯車
=三青の視点=
聖女騎士団と宮廷魔術師の中から、今回の戦場に向かう人員を選抜した後。
慌ただしく聖女騎士団員達が迎撃の準備をする中、22名が謁見の間の奥に集まって、打ち合わせをする。
内訳は――女王様と宰相姉妹のマリーさんとウッドさんの3人、女王様の護衛の騎士と魔術師が5人、リアトリスさんと高レベルの聖女騎士団員が5人、ヴィランさんと複数属性の禁呪が使える宮廷魔術師が5人、そして僕とグスターとラズベリとシクラの4人。
シクラは後で女王様の用意した客室に移動してもらうけれど「絶対に見送りだけはさせて下さい!」と言って聞かなかったから、今だけ僕らと一緒に、この場所にいる。
ちなみに、シクラの姉のリリーさんは、ルクリアに向かう聖女騎士団の情報を秘匿するため、一時的に貴族向けの牢屋に入れられていたらしい。後でシクラと客室で合流できることに決まったから、ラズベリもシクラもほっとしたような表情を浮かべていた。
「ところで、滅びの悪魔を迎え撃つ草原は、王城からどのくらいの距離なんですか? 身を隠せる岩や木々はあったりしますか」
僕の質問にリアトリスさんが答えてくれる。
「そうだな、場所は軍用の馬で30分くらい走ったところだ。身を隠せるような木は生えていないが、土魔法使いが作った大きな岩が点在している。兵の訓練にもよく使われている場所だ」
「となると、騎士や魔術師の方達は、戦い慣れている場所なのですね」
「ああ。だが、油断は出来ない」
リアトリスさんの言葉に、他の人達が頷く。
「念のため確認しますが、今回は騎乗して戦いませんよね?」
僕の質問の意図が一瞬分からなかったのだろう、きょとんとした顔をリアトリスさんにされてしまう。そして3秒後、僕が戦闘慣れしていないことに気付いたのか、納得したような表情をリアトリスさんが浮かべる。
「そうだな。岩が点在するし、空を飛ぶ相手に騎乗した状態で戦うのはきついから、原則、馬は使わない予定だ。何よりも、身体拘束の攻撃を受けた時に、動けない馬は邪魔になるだろう?」
当然のことを噛み含めるように説明してくれたけれど、正直、安堵する。
僕もリアトリスさんと同じで、馬を使うのは危険だと考えていたから、良かった。
「そうですね、分かりました」
僕の返事と同時に、リアトリスさんが口を開く。
「ちなみにだが、ヤマシタ殿。陣の展開や立地を生かした戦いをするためには、早めの行動が必要だ。グスターの転移魔法で移動することは可能か?」
「それは――ラズベリ?」
グスターの転移魔法は「1日に3回以上使うと、全ステータスが半減する」という制限が付いている。
事実、聖女騎士団と戦った時の奇襲と王城への転移で、今日は2回使ってしまったから、ディルと戦う前に3回目を使ってステータスがダウンするのはかなり不味い。
そんな手の内をこの場で晒して良いものか、判断に迷ってラズベリに視線を送る。
ラズベリは小さく考える仕草をすると、軽く頷いて口を開いた。
「リアトリス様、グスターちゃんの転移魔法は、詳しくは言えませんが、一日の使用可能回数に制限があるのです。滅びの悪魔に対する手札を残すという意味でも、今回は馬で移動した方が良いかと思います」
ラズベリの言葉に、グスターも頷く。
「そうだぞ! 天界最速クラスと呼ばれたグスターの天使族の羽で飛んでも、グスターが王城まで来るのには大体1日かかったんだ。滅びの悪魔なら、グスターよりも時間が掛かると思うから、十分間にあうはずだ」
「そうか。それじゃ移動は馬にしよう。――って、あれ?」
何かに気付いたリアトリスさんが、驚きの表情を浮かべる。
うん、やっぱり気付いちゃうよね?
グスターが、余計な一言を口にしたのを。
……。
……はい、そうですよ?
偽装したステータスの、グスターの種族が「狼人族」になっていました。翼がある「天使族」じゃないのです。
ゆっくりと、疑惑の視線で、リアトリスさんがグスターに声をかける。
「グスターは、狼人族の姿だけではなくて、天使の姿にもなれるのか? 私の部下が高レベルの鑑定スキルを使ったときには、狼人族になっていたはずだが……本当は天使族なのか?」
「ぇ? えぅっと?」
不味いという雰囲気を察したのだろう、助けを求めるような目でグスターが僕をチラリと見た。グスターの代わりに説明をする。
「リアトリスさん、グスターは――「封印されて弱体化したから、天使の姿が維持できなくなって狼人族の姿をしているんじゃないのか?」――「王城にいるわらわに手紙を持ってきたのも、転移魔法で来たのではないのですか?」――そうですね……」
僕の言葉を遮った、リアトリスさんと女王様の言葉に納得してしまう。
そういう解釈をしていたんですね。
……。
頭の良い人は、確定情報と不確定情報を組み合わせて、頭の中で自分なりの納得できる答えを導けるからすごいなと思う。
でも、どうしよう? このまま黙って、誤認させておいた方が楽だろうか?
それとも、僕らが高レベルのステータス偽装の魔道具を使っていることがバレるのを覚悟で、グスターが天使の姿にもなれることを言った方が良いのだろうか?
――うん、決めた。
どうせグスターが本気を出せば、戦闘時にケモ耳尻尾天使魔神の姿になるのだ。
ステータス偽装に気付かれても、全部、勇者の固有スキルのせいにしよう。
そう決めると、僕は視線を周りにめぐらせた。
「女王様、リアトリスさん、ヴィランさん、そして兵士の皆さん。ここだけの秘密にして欲しいのですが――守れますか?」
その反応は様々。
「私は、聖女騎士団々長の座に賭けて、守ると約束するぞ」
「……(ボクも同じく。一度、負けた身だからね)」
「「「私も」」」「「「あたしも」」」「「「私も」」」
「わらわは、守れないかも(笑)」
……1人だけ、ダメな娘がいた。リアトリスさんがやんわりと、つっこみを入れる。
「陛下、話が進みませんので、約束くらい守って下さい。ヤマシタ殿は私達を信用して、秘密を口にしようとしているのですから」
「分かっています。冗談ですよ♪」
「冗談に聞こえないから、たちが悪いです……」
「すまなかった。さて、ヤマシタ殿。わらわが中断させてしまった話を、続けて下さい」
女王様の言葉の後、全員が頷いて僕の話の続きを待っている。
「それでは……話します。グスターは『天使族』です。人物鑑定のスキルを誤魔化しているので、高レベルの鑑定スキル持ちの人はもちろん、鑑定石や神の欠片を持つ者の固有スキルまで欺くことができます――が、それは僕の勇者の固有スキルが原因です」
「ステータス偽装の魔術や魔道具は良く聞くけれど……鑑定スキル35オーバーを誤魔化す方法なんて聞いたことが無いぞ?」
リアトリスさんが信じられないといった表情で呟いた。
「それゆえに固有スキルなのです。混乱させて、すみませんでした」
ゆっくりとリアトリスさんが口を開く。
「……まぁ良い。どうせ本来のステータスも、聖女騎士団を油断させるために低めに弄っていたのだろう? 手札を全部さらさないのは戦いの基本だ。悪魔に対して、対抗できる心強い仲間が出来たと思えば、責めるわけにはいかないな♪」
納得したのか、笑顔で言ってくれた。女王様もヴィランさんも、驚いているみたいだけれど、同じような表情をしていた。
一呼吸おいてから、女王様が口を開く。
「それじゃ、話を戻しますよ? 早めに迎撃準備を整えた方が良いでしょうし。――それでは、城に残るマリーとウッドは城塞魔法障壁の展開と兵の指揮を頼みます。王城に残る聖女騎士団と宮廷魔術師には、王都にもしもの時があったら、すぐに動けるように警戒させておきなさい」
「「承知しました」」
宰相姉妹の返事を聞いて、小さく頷いてから女王様が言葉を続ける。
「その他の者は、打ち合わせ通り草原で迎撃の準備をしましょう。原則として索敵スキルを持つ悪魔族相手に無駄かもしれませんが――こちらに、禁呪の3重掛けが出来るリアトリスやヴィラン、ラズベリ卿達がいることを悪魔に悟られぬよう、帰還組は、岩陰に隠れて行動してください」
「「「はい」」」「承知しました」「……(分かりました)」
「それでは、戦場に向かう準備をしましょう!」
打ち合わせをしていた全員がそれに頷き、気合を入れた瞬間――おずおずと「その人」が、僕達の会話に入り込んできた。
=第4皇女_グロッソ・イベリスの視点=
我は、自分の頭脳が他人よりも劣っているとは思っていない。
それでも、目の前の話についていくことが出来なかった。壁沿いで気配を消してしまっていた。
大量の人員を運べる転移魔法、星降りの魔神、それを配下におさめた異世界の勇者、そして――話を聞く限り、過去最強クラスとも言える、レベル800の滅びの悪魔。
ようやく声を発することが出来たのは、レモン女王陛下やリアトリス殿が、出発しようとした瞬間だった。
「あ、あのっ! 我からも1つ提案があります!」
自分でこれから口にしようとしている言葉が、どんなに荒唐無稽なことなのか、分かっている。でも、口にしないとヤバいのだ。
何がヤバいのかって?
我のスキルが、警告しているのだ。
ここでレモン女王陛下達についていく危険度99%。
ここでレモン女王陛下達についていかない危険度215%。
危険度が100%超えるなんて、過去に一度も、そう、今まで一度も無かった。っていうか、危険度200%オーバーって、振り切りすぎも良いところじゃない?
それに、比較対象が異常なだけで、ここで「ついていく選択」をしても、危険度が99%もある。……otz。
ええぃ、もう! 危険だけれど、ついていくしかない!
「聞こえなかったのですか? ――我も戦場についていきます。星降りの魔神様、我も一緒につれて行って下さい」
レモン女王陛下に頼むと、何か貸しが1つ増える気がしたから、魔神様に頼むことにした。本当は勇者様の方が立場も力も上なのだろうけれど、何だか見ていて、魔神様が一番チョロ――ゲフン、ゲフン。えっと、何というのか「簡単にお願いを聞いてくれそうな雰囲気」だったから。
我の言葉に、謁見の間にいるだれもが不思議そうな顔をする。
理解が追い付いていないという表情が30%、驚きが20%、「こいつ何言っているの?(※個人の印象です)」って感じが50%。……うん、恥ずかしさで顔が熱くなる。
でも、ついていかないという選択肢はないんだよ。
我も死にたくはないから。危険度200%オーバーって、どんな悲惨な目に合うのか分かったものじゃないし。
死にたくないから、戦場に出るというのもおかしな話だけれど、我のスキルを信じて――今までに数えきれない修羅場を乗り越えて来た、呪いとも言える能力に流されるとも言うけれど――我は再度、口を開く。
「何を呆けているのです? 我も戦場へ向かいます。我の固有スキルは国防の要ゆえ、表向きには、ここにいる誰にも言えませんが、いざという時に役に立ちますよ?」
でも、我の売り込みを邪魔する者がいた。身内の従者、ドラセナだった。
「失礼ですが、イベリス様、危険です。考えをお改め下さい」
「何、気にすることはないですよ。我にはレベル180のあなたがいますし、我が直接戦うわけでもないです。レモン女王陛下の隣で大人しくしておきますから、大丈夫ですよ」
「ですが――「わらわの横ですか? 危険ですよ?」」
ドラセナの言葉に被せるように、レモン女王陛下が言葉を口にした。
でも、その表情はどこか悪戯っぽいから、我の提案に乗り気なのだろう。
おそらく、我のスキルを探りたい――そんな意図がちらほら伺える。
でも、今はチャンスだ。
「いやいや、それがそうでもないのです。グラス王国が悪魔の手に落ちたら、次に悪魔が向かうのはどこでしょう? ソリウム聖国ならまだしも、グロッソ帝国にやって来られたら目も当てられないのです。これから向かう戦場の勝率を上げられる以上、我もついていく権利があります」
レモン女王陛下の顔は、若干楽し気な様子だけれど、リアトリス殿は怒りを帯びた空気をまとっている。……そりゃ、仮想敵国の重鎮相手に、自国の最強戦力の情報を晒したくはないだろう。
我も同じ立場なら、きっと断る。だが、ここでついていかないと、我は死んでしまう。
だから、最終兵器を投入させてもらおう。
作戦名――ごねる。
良い大人がしたら、社会的に終わる可能性もはらむ危険な行動。
でも、我は死にたくないから、ごねた。
ごねて、ごねて、ごねて、ごねて、ごねごねして――ごねた。
幼い頃、我がままいっぱいに育った経験値を全て使って、全力でごねた。
そのおかげだろう。
結局、レモン女王陛下のそばを離れない&ドラセナが我の護衛につくことを条件に、戦場へ一緒に行けることになった。なぜか、メーン子爵の娘も「イベリス様が行くなら、私も行きます」と言ってきかなくて、一緒についてくることになったけれど。
……まぁ、邪魔をしなければいいだろう。
でも、念のため『悪魔の囁き』で調べてみよう。危険度が高くなるのは嫌だから。
そんな軽い気持ちでスキルを使う。
この娘が付いてこないときの危険性は99%。
この娘が付いてくるときの危険性は81%。
……よしっ、この娘――シクラと言ったか? 絶対に連れていくっ!! 危険性が18%も下げられるのなら、我は努力を惜しまないぞ♪
※5/24_一部、微妙に修正してあります。読み直しは必要ないですが(Ξ ω Ξ)




