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第52話_凍り付いた謁見の間

=グラス王国女王_レモンの視点=


「――ということで、レモン女王陛下の認識としましては、我が国での万国博覧会の参加は、いつ頃でしたら可能でしょうか? そろそろ、我も帝国に帰らないといけないですので、はっきりとしたお返事を頂きたいのです」


白いキツネ耳と背筋をピンと伸ばした、白髪のイベリス皇女が、わらわに微笑みを向ける。

パッと見た感じ、綺麗な赤い瞳を持つ17歳の小娘風情だけれど、血みどろの皇位継承権争いの中を生き延びた人間。甘く見たら足元を掬われる。

薄皮を一枚剝いだら、どんな狡猾な化け物が出てくるのか、想像するだけでも恐ろしい。


今回の万国博覧会の話は最初から、のらりくらりとかわして、流そうと考えていた。

しかし、ここ数日でグラス王国を取り巻く状況が大きく変わっていた。ゆえに、頭の中で考えていた「上手な断り方」をついに実行させてもらう瞬間が来たと確信する。


イベリス皇女に視線を向けて、ゆっくりと口を開けて言葉を紡ぐ。

「早くても3ヶ月後です。――が、遅かったらもっと時間が必要ですね。なにせ、昨日ご説明させて頂いた通り、グラス王国内に『異世界の悪魔』と『星降りの魔神』の発生が確認されましたから。グロッソ帝国は停戦以降それなりに平和とのことですが、こちらは悪魔や魔神との戦争が今まさに始まりそうな大事な時期です。万国博覧会には参加するのはやぶさかではないのですが……戦争中に参加するわけにもいかないですので、今回は――」


辞退させてもらいます。

そう言おうとした瞬間だった。謁見の間の入り口付近に、金色に光る半径5メートル程の大きな魔方陣が現れたのは。


魔方陣は、輪郭部分の文字列が、交差するようにグルグル回っている。

パッと見た感じ、現代の魔法言語ではなく、王城の宝物庫でよく見る古代の魔法言語で書かれているものと似ていた。

内容までは把握できないけれど、魔方陣が緻密な計算に基づいて発動していることだけは、わらわにも理解できる。


「これは、転移魔法陣!? それも50以上!?」

何かに気付いたイベリス皇女が、驚きを隠さずに声を発した。


わらわの聞き間違いじゃなかったら、転移(・・)魔法陣と聞こえたような?

……今、この場所に、転移してくるの? マジで?


「っ!?」

それは誰かが漏らした小さな悲鳴。

魔方陣の輪の中に、突如、別の魔方陣が星のように現れた。それらは渦を巻きながら急速に数を増やし、大きさを広げて、最初の魔方陣を押し広げていく。

気が付けば魔方陣が、謁見の間の入り口付近全体を覆うように、巨大化していた。


「――っ!?」

「急げ!」「囲め!」「気を抜くなよ!」


侵入者の発生を予想した者達が、武器を手にざわついている。

やっぱり、聖女騎士団とはいえ第2隊および第3隊になると、団長のリアトリスがいないだけで統制が甘くなる。副団長も含めて、鍛えなおしが必要だ。

――って、ちょっと違うな。今は、緊急事態。騎士の練度なんてどうでも良い。現実逃避をしている場合じゃない。


「皆の者、落ち着きなさいっ! 兵は、統率を取りながら迎撃用意!」

命令しながら頭の中で考える。

現在、この大陸で転移魔法が使える存在なんて、1人しかいない。


堕天使から這い上がり、数多の下僕を従えて神に戦をしかけた大魔神。

星降りの魔神_スプリン・グ・スター・フラワー。


この場にいる全員が、その事実に気付いている。

騎士達の間に、興奮と怯えが窺われる。


脳筋やバトルジャンキーが興奮しているのは、まだ許せる。

怯えて本来の力を出せなさそうな者がいるのが、かなり不味い。だから、わらわは頼りない聖女騎士団副団長の代わりに、追加で指示を出す。


「おそらく相手は星降りの魔神です! 王城に侵入してきた相手に遠慮は無用。転移してきた瞬間に、総攻撃を始めなさいっ!!」


騎士達を鼓舞するけれど、口に出して気が付いた。魔神が「何か」を率いて、王城の中心と言える謁見の間に直接転移してくるなんて――正直、絶望的な未来しか予想できない。

わらわが戦わないで逃げても、星降りの魔神がその気になれば、どこまでも追いかけてくるに決まっている。

星降りの魔神が、このグラス王国を滅ぼすことを目的としているのなら、わらわという女王は目障りな存在だし、いの一番に抹殺対象に挙げられるだろう。


――それなら、聖女騎士団第2隊と第3隊が揃っている今こそが、最大かつ最後のチャンスだ。欲を言えばリアトリスとヴィランがこの場にいないことが悔やまれるけれど――わらわが生き残るには、今、このタイミングを切り抜けるしかない。

謁見の間は、息を飲むような緊張感に包まれている。


ちらりと、視界の端に、白い髪と銀色の髪の者が入った。

壁際に避難しているイベリス皇女とその護衛だ。確か、イベリス皇女の護衛はレベル180の猛者だったはず。上手く誘導して、戦力になってもらおう。

「イベ――」

わらわがイベリス皇女とその護衛に声を掛けようとした瞬間だった。

光の魔方陣の中から、物々しい装備で武装した、見覚えのある集団が出てきたのは。


「待て! 攻撃、中止!!」


わらわの叫び声が謁見の間に、妙に大きく響いた気がした。


=三青の視点=


瞬間移動での転移が終わる。うん、予想はしていたけれど――完全武装の騎士や魔術師に、周りをぐるりと囲まれていた。

目に入ってくるレベルは110前後が多い。

いずれも所属は聖女騎士団か宮廷魔術師となっている。


普通なら、絶体絶命のピンチなのだろうけれど、今の僕達には、リアトリスさんやヴィランさん率いる聖女騎士団&宮廷魔術師が同行している。

そのおかげで、僕らを囲む騎士達も、見知った顔に警戒するべきか否か、判断に迷っているという表情を隠せていない。


「リアトリス、それにヴィラン。聖女騎士団の皆も一緒ですし――事情を説明しなさい」


厳しい口調で最初に言葉を発したのは、玉座の前に立っている、清楚系の金髪美人さん。

多分グラス王国の女王様なのだろう。見た目は20代前半。用心深い性格を示す、糸のように細い目と、周りを威圧するようなオーラが印象的だ。

視界の端にあるログに「『威圧する波動(オーラ)』に抵抗しました」と表示されているから、ピリリとした空気の元は女王様のスキルなのだろう。


女王様は、リアトリスさん達を見ても、厳しい表情を崩していない。

当然、リアトリスさんとヴィランさんの横にいる僕やラズベリ達にも気付いていて、明らかに警戒しているという雰囲気を発していた。


「リアトリス、説明してもらえますか? そちらの客人は、誰です?」


女王様と視線がぶつかる。

ふと、周りを見れば――僕以外の全員が、頭を下げて跪いていた。

慌てて、僕もリアトリスさんと同じような格好をする。


直後、リアトリスさんが言葉を発した。

「陛下、転移魔法で帰還した私達と同行していますのは、メーン子爵領々主のメーン・ラズベリ卿、その娘のシクラ殿、そして異世界の勇者のヤマシタ・ミオ殿、最後にヤマシタ殿の従者である星降りの魔神_スプリン・グ・スター・フラワー殿です」


魔神という言葉に、転移してきた僕たちを囲む騎士達に緊張が走る。

でも、女王様は最初から予測していたのだろう、驚いた様子もなく口を開く。


「異世界の勇者、そして星降りの魔神に会えるとは。しかし、リアトリス。なぜ、この者達を拘束していないのです? 捕虜にしたのでしょう?」


「いえ、陛下――」

「どうしました、リアトリス? 顔色が悪いです。……って、まさか!?」

その事実に気付いたのだろう、女王様のポーカーフェイスが崩れた。

そして小さく呻く。


「(……本当に?)」


一瞬の沈黙の後、ゆっくりとリアトリスさんが言葉を口にする。

「はい、陛下が予想されている通り、捕虜になっているのは聖女騎士団と宮廷魔術師です。私達は完全に敗北したのです」

「くっ!? それならば――「ですがっ! ここにいるヤマシタ殿もグスター殿も、陛下に王国の未来にかかわる大切な話があるということで、私達を1人も殺さずにここまで連れてきてくれたのです!!」」

女王様の言葉を遮って、リアトリスさんが一気に言葉を紡ぐ。

そのまま事情を説明しようとしたリアトリスさん。

でも――


「待ちなさいっ!」


――女王様が軽く手を動かして制した。

「その言葉が、どういう意味か分かっていて、リアトリスは使っているのですよね? そして、ヴィランもリアトリスを止めないのですね?」

言外に「寝返ったのね?」と確認している女王様に、リアトリスさんとヴィランさんが、どんな言葉を返すべきか迷う雰囲気が伝わってくる。


永遠にも感じる緊迫した空気。でもそれは、ほんの一瞬だけだった。


「なぁ、そこの女王。ちょっと良いか?」

敬意の籠っていない言葉に、空気を読まない言葉に、(敬称)を付けずに「そこの女王」扱いした言葉に、全員の視線がグスターに向けられた。


うん、グスター。

おうちに帰ったら、空気の読み方を、みんなと一緒に勉強しよう?

凍り付く空気の中、女王様もリアトリスさんも、顔が引きつっているから、ね?

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