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第51話_1人じゃない

=三青の視点=


ディルが無防備な僕に向けて滅びの霧(ペリッシュ・ミスト)を打ち込もうとした瞬間――ディルの伸ばした腕を肘から切り取る勢いで、大きな鎌が回転しながら通り過ぎていった。

「っ、ちっ!」

鎌に当たる直前で、手を引っ込めたディルが舌打ちをする。


「ご主人様、何を1人で戦って、何を1人で落ち込んでいるんだ!?」

グスターの叱責がとんだ直後、伝達(コミュニケーション)の魔法経由で、その発動キーワードが聞こえてくる。

「「「氷地獄ノ業火ホワイト・ブリムストーン!!」」」

ラズベリ、リアトリスさん、ヴィランさんが多重詠唱で完成させた、氷の禁呪がディルを包む。


始まりは、ディルの足下に生まれた薄紫色の激しい火花。

ヂリヂリッと嫌な音を立てた炎がディルの周囲を包み込み、そのまま剣山のような細かい刃に変わる。直後、刃が伸びてディルが巨大な薄氷の牢獄に閉じ込められる。ディルを中心として、半径3メートルに雪が降り、その全てが過剰な魔力を乱反射して濃い紫色に染まる。

そして――「その時」が訪れた。


紫氷の牢獄に囚われたディルは、尋常じゃない爆発に巻き込まれる。

悲鳴すら掻き消える轟音の後、コーン状に抉られた土の上にディルが立っていた。一瞬、無傷に見えた――けれど、流石にそうじゃなかったらしい。メニューのステータス情報によるとHPは4分の1まで減少しているし、ディルは苦しげに肩で息をしている。黒い羽にも、ささくれが目立つ。


ラズベリ達は再詠唱をしている。

それに気付いたディルの顔が、軽く引きつったのが分かった。

「……今日のところは引かせてもらう!!」

2発目の氷地獄ノ業火が発動する前に、ディルが羽を広げて空に飛び立った。


「くそっ! くそっ! くそっ!! 決めた。もう、許さない。あんた達には絶望を見せつけてあげる! 普通に殺すのは、やめてあげる! ――妾はこれから王城に向かうわ。聖女騎士団々長も宮廷筆頭魔術師もいない手薄な城など、妾の敵ではない。この国を潰してやるから――あんた達は、女王の屍を前に、妾を怒らせたことを、今ここで殺せなかったことを、後悔するがいいっ!!」

そう吐き捨てると、羽をはばたかせてディルは王都の方角へ飛んで行った。


 ◇


「……終わった?」

それまでの禍々しいオーラが消え、ほっとしていると……。

グスターが縮地を使いながら、猛スピードで僕に駆け寄って来て、僕の胸に飛び込んで来た。そしてそのまま、くぃくぃっと手を下げるジェスチャーで僕に「立て膝になれ」と命令してくる。


それに従うと――グスターが何も言わずに、僕の頭に両腕を回して、ぎゅっと抱きしめてくれた。

薄いけれど柔らかい胸に顔が埋まる。

ちょっと恥ずかしい気持ちもあるけれど、お日様のような、気持ちが落ち着く、不思議な匂いがした。


「……ご主人様、大丈夫か?」

とても優しいグスターの声。僕のことを心配してくれているのが伝わってくる。

「今は、もう大丈夫だよ。人の形をした存在を傷つけることが、こんなにキツイことだとは思わなかったけれど」

「みんな最初はそういうものだ」

「……慣れるのかな?」

「……ご主人様、怖いのか?」

「……」

「震えなくても良い。誓っても良い。ご主人様は、むやみに人を傷つけるようなことしないだろ? 信念を持たずに遊びや惰性で人を切るようなことをしないだろ? だから、グスターも一緒に背負ってやる。多分、たくさん殺すことになるから殺した相手を全員覚えておくのは無理だけれど――ミオが信じる道を進むために、その手を濡らして悲しむのなら、グスターが一緒に背負ってやるから、もう大丈夫だ♪」

そう言って、僕を抱きしめる腕に力を入れるグスター。


グスターに、「ミオ」って呼ばれるのはくすぐったい。

でも、愛おしくて、守りたいと思った。

シクラも、ラズベリも、同じ。


だから、もうブレない――と断言はできないけれど――自分のできることをして、悩みを抱えたとしても、止まらずに前に進みたいと心に決めた。


 ◇


「グスターちゃん、そろそろ、ミオさんの独り占めは終わりにしませんか?」

「そうです。グスターさん、美味しいところ、持って行き過ぎです!」

2人の声でグスターの胸から解放される。


視線を向けると、作り笑顔を浮かべるラズベリと、ほっぺたを膨らませたシクラがいた。

その後ろではリアトリスさんとヴィランさんが苦笑している。


「みんな、ごめん。僕の覚悟が甘かったせいで、ディルを逃がしてしまった」

グスター、リアトリスさん、ヴィランさん、ラズベリ、シクラに目線を向けて――頭を下げる。

小さな沈黙の後に、リアトリスさんが言葉を発した。

「気にするな。ヤマシタ殿がいなければ、私は生きていられなかった」

「……(ボクも同感)」

「わたくしもですわ」

「ミオさまが落ち込むことはありません」

「グスターもそう思うぞ♪」


全員が、温かい雰囲気で言ってくれた。

でも、僕らはここで止まっている訳にはいかない。

「みんな、ありがとう。……でも、まだ問題は解決していない」

「……(何だか、胸騒ぎがする)」

「グスターの聞き間違えじゃなかったら、アイツ、王城に向かうと言っていたな?」

狼耳をピンと立てたまま、グスターが確認するように、視線をシクラに向ける。


「ミオさま、あの悪魔は、本当に王城に向かうのでしょうか? 王城に向かうふりをして、他の街や村が襲われたら目も当てられません」

「これは私の予想だが……少なくとも、街道沿いにあるマラウィの街やライラ伯爵領の街は壊滅的な被害を受けるだろうな」

苦々しげな表情のリアトリスさんの言葉に、全員が絶句した。


その重々しい空気を押し広げるように、ゆっくりとラズベリが声を出す。

「何とか、なりませんか?」

「……(ラズベリ卿、王城に残してきた聖女騎士達なら、被害は出るだろうけれどアイツを止められるよ。さっきも、氷地獄ノ業火の三重掛けでダメージを与えられたし。……でも、それ以外で戦えそうな集団は多分、この国にボクら以外にはいないと思う)」

ヴィランさんの言葉に、リアトリスさんが何かを決意した表情で口を開く。

「ヤマシタ殿。相談があるのだが――私達、聖女騎士団は王城に急いで帰りたい。今、捕虜になっている者達がメーン子爵家およびその騎士達に危害を加えないことを約束するから、解放してくれないか? 間に合わないと理解しているが、私は今すぐにでも王城へ向かって馬を走らせたいんだ」


「その気持ちは分かります。前もって、リアトリスさんの方から聖女騎士の人達に『拘束を解かれても、メーン子爵家の騎士に危害を加えないこと』を周知してもらえるのなら、解放したいと思います。ラズベリも、それで良いよね?」

「もちろんです。勝負はわたくし達の勝ちですし、リアトリス様なら約束を守って下さると信じていますから♪」

笑顔のラズベリ。でも、言葉の端に「約束を守らないとどうなるか、分かりますよね?」というプレッシャーが込められているのが僕にも理解できた。


そんなラズベリの態度に、リアトリスさんが苦笑する。

「ありがとう。恩に着る。それじゃ、早速――「ちょっと待って下さい」――ん?」

僕に声を途中で遮られたことで、リアトリスさんが不思議そうな顔を作る。

「……(今回の、こっち側が支払う賠償の話が済んでない。そうでしょ?)」

ヴィランさんの現実的な言葉に、僕は首を横に振る。


「違いますよ。えっと、ラズベリ、グスター、ここはグスターの能力(・・・・・・・)を使っても良いよね?」

「ええ、ミオさん。元々そのつもりでしたから♪」

「グスターもそう思う。いくら『松風』のような高レベルのマッチョな馬達だとしても、休ませずに王都までとんぼ返りさせるのは、なんだか可哀そうだ」


僕らの会話に、リアトリスさんが不思議そうな顔をして――すぐに「その可能性」に気付いたらしく、驚きの表情を作った。

「まさか、この人数で瞬間移動ができるのかっ!?」

リアトリスさんの言葉に、グスターが自慢げに薄い胸を張る。

「むっふっふ~♪ 妾をだれと心得る? 星降りの魔神_スプリン・グ・スター・フラワー様だぞ? ここにいる程度の人数なら、頑張れば瞬間移動させることなんて朝飯前だ!」

「……本気か?」「……(それは凄い)」

漏れ出た声が重なったリアトリスさんとヴィランさん。


僕とラズベリに目線で合図をして「ソレ」の意思確認をした上で、グスターが言葉を続ける。

「グスターの空間転移魔法で、みんなを王城まで送って行くからな♪ もちろん、ご主人様やラズベリ、シクラも一緒だ。ここまで巻き込まれて、グスター達だけ除け者にされるのは癪だから♪」

その言葉に、ラズベリが微笑みながら口を開く。

「戦力は多い方が良いと思いますよ?」

「私も、出来ることは少ないですけれど、頑張ります!」

シクラも追従して頷く。


リアトリスさんが確認するように僕の方を見てくるから、頷きを返す。

「僕も参加しますよ。人型のディルを傷つけることは怖いけれど、彼女は僕が止めないといけない気がしますから」


僕らの言葉に、リアトリスさんが大きく頭を下げた。

腰から頭を下げる深い礼。リアトリスさんがこんな礼をするなんて、少し意外だった。

「ありがとう。全て終わった後に、この恩は必ず返す!」

「……(ボクからも、ありがとうと言わせて)」


 ◇


2人が頭を上げた後。

リアトリスさんが聖女騎士団員に説明をしてから、ラズベリがメーン子爵領近衛騎士団に命じて拘束を解くことになった。


「――ということで、それぞれ、聖女騎士団員の縄と猿ぐつわを外しなさい」

ラズベリは命令をした後、隣にいるリアトリスさんをチラリと見て言葉を続ける。

「リアトリス様、分かっていると思いますが、約束は守ってくださいね?」

「ああ。ここまでの話は聖女騎士団員も聞いているし、団員は皆、納得してくれているから大丈夫だ。そうだろう?」

リアトリスさんの言葉に、聖女騎士団の人達が首を縦に振る。


念のため、僕もメニューで確認しているけれど――敵対している時には×だった聖女騎士団員のマークが、今では(味方)(中立)になっている。若干、○が多いのは、さっきまで戦っていたのだから仕方が無いのかもしれないけれど……ここは1人も×()の人がいないことを素直に喜ぼう。


それから10分程の間に、聖女騎士団員の拘束は全て解かれて、メーン子爵領近衛騎士団と並ぶように隊列が整った。

それを確認してから、グスターが言葉を口にする。

「それじゃ、ちゃちゃっと王城に向かうぞ♪ リアトリス達の方は聖女騎士団と宮廷魔術師達で41人、グスター達の方はご主人様とラズベリとシクラとグスター、メーン子爵領近衛騎士団の54人、物資や馬は持って行けないから放置――で良いんだよな?」

ふりふりと尻尾を揺らしながら、やる気満々の顔でグスターが僕の方を向いて確認してくる。


それに対して、僕はラズベリと話し合って決めた内容を返す。

「いや、メーン子爵領近衛騎士団50名は全員ここに置いていく。大人数で下手に王城の人達を刺激したくないし、それぞれの騎士団の馬達を安全に回収しておきたいし――何よりも今回の戦闘の結果をルクリアに残る人たちに伝えて、ルクリアの人達を早く安心させたいと思うから」

「……(ヤマシタ殿、それで良いの? もしもボク達が王城で刃を向けたら、どうするの?)」

ヴィランさんが、じっと僕を見つめてくる。そこにあったのは、僕を試す、あるいは値踏みする、氷のように透き通る青い瞳。

「リアトリスさんとヴィランさんを信用していますから」

僕の言葉に、ヴィランさんが苦笑する。

「……(嘘だよね? 本音を言うと?)」

「言わないとダメですか?」

「いや、言わなくて良い。ヤマシタ殿が本気になれば、この国には敵う相手はいない。――それよりも、早くヤマシタ殿の言うメンバーで王城に向かおう」

話に割り込んできたリアトリスさんの言葉で、僕とヴィランさんの探り合いは終わる。


正直、リアトリスさんとヴィランさんは僕らを裏切ることは無いだろう。でも、最終決定権を持つ女王様がどんな反応を見せるのか――正直、未知数だ。それによっては、しんどいことが起こる可能性があり得る。

とはいえ、今は頭の隅に置いておこう。女王様も僕らを排除して、ディルに殺されるのは嫌だろうから。


リアトリスさんと視線を交わし、頷きあって、グスターの方を向く。

グスターも僕らに頷きを返してくれた。

「それじゃ、みんな準備は良いか?」

グスターの声に、整列した聖女騎士団員と僕ら全員――ラズベリ、シクラ、リアトリスさん、ヴィランさん――が頷く。


メーン子爵領近衛騎士団と彼女達に預けた馬達は、少し離れた所から僕達を見守っている。

死んでも良いからラズベリについていきたいと言う団員が少なからずいたけれど、ラズベリの「ルクリアの人達を安心させるために、あなた達が必要なの!」という魔法の言葉で大人しくなっていた。


うん、ラズベリは凄いと思う。カリスマ領主だ。

そんなことを考えていたら、グスターの元気な声が耳に入ってくる。

「それじゃ、いくぞ♪」

一呼吸溜めてから、グスターが短縮詠唱の発動キーワードを口にする。

「瞬間移動!」


各々の足元に小さな魔方陣が現れ――そして全員を囲むように金色に光る大きな魔方陣も現れ――ランダムな渦を巻くようにぐるぐると回転し、僕らは淡い光に包まれる。

「これは!?」「魔力なのか?」「これが伝説の――」

聖女騎士団員が、魔方陣から流れる膨大な魔力に驚いている。


「……(凄い)」

「昔、風の噂には聞いていたが――予想以上に凄まじいな……」

隣にいたヴィランさんとリアトリスさんの呟きが、耳の奥に残った。

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