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第49話_夜の花

=三青の視点=


それは一瞬だった。

リアトリスさんの目が驚いたように見開かれた。

そう、七支刀を折ったことによって、僕とリアトリスさんの勝負は決まったのだ。


「なぜ――」

「勇者のスキルです。それ以上は、口外したくないのですが……」

「――そうか。分かった」


僕とリアトリスさんの会話は終わる。

七支刀を折られたという事実で、リアトリスさんは全てを納得したような表情になっていた。突っ込んで聞かれたらどうしよう? と思っていたけれど、リアトリスさんの反応なら、杞憂に終わりそうだ。リアトリスさんは生粋の武人みたいだから、勝負が決まった以上、グダグダ言わないタイプなのだろう。


僕がほっとしたのも束の間。

次の瞬間、リアトリスさんが膝から崩れるように座り込んだ。


地面に手をつくリアトリスさんの腕から、折れた七支刀が、ぬるりっと蛸のように剥がれ落ちる。50センチほどの肉蔦を何本も引きずる楕円形の頭を持つ不気味なソレは、僕らから素早く距離を取ったかと思うと、赤黒い霧状になって空中に浮かび上がった。

髪の毛のような赤黒い糸を伸ばすモヤモヤした塊。

それは、少しずつ大きくなり、人間が入りそうな繭の形に大きくなった。


「く、ぅっ……」

リアトリスさんの漏らした苦しそうな呻きに、魅入られていた自分に気付き、ハッとさせられた。

巨大な繭から目線を外して、リアトリスさんに向けると――悪魔が剥がれ落ちた腕が、焼けただれたみたいにボロボロになっていた。

無理やり引き裂かれた肉。その間から見える白いモノ。手のひらから先は完全に魔剣に喰われて――それを認識してしまった瞬間、思わず目をそらしていた。


オリーブやアジュガ達の火傷を直した時と同様、生々しいソレに血の気が引いた。

日本にいた時には、自分で釣ってきた魚を捌くか、生物の授業でカエルの解剖をしたことがある程度の僕にとって、こちらの世界の傷はハードルが高い。


「聖なる精霊よ、温かき光で我らを包み――」

目線を傷口からそらした僕の耳に、リアトリスさんが上級の回復魔法を唱える声が聞こえてくる。――が、途中で失敗して魔力が霧散するのが分かってしまった。

リアトリスさんの腕からは血が止まらない。ぽたぽたどころか、だくだくと血が溢れて足元に水たまりを広げつつある。

僕のメニューが教えてくれるリアトリスさんのHPも、少しずつだけれど、減っている。


「聖なる精霊よ、温かき光で我らを、ぅくっ……!」

リアトリスさんがもう一度、上級の回復魔法を唱えようとして失敗する。原則、一字一句でも間違えると発動しないのが聖魔法だ。大怪我を負った状態で、消耗した集中力と体力で発動させるのは正直、無理だと思う。


視線を感じて顔を上げると、リアトリスさんと目線がぶつかった。

「すまない、勝負は私の負けだ。約束通り、女王陛下との面会の仲介もしよう。だから――悪いが、回復魔法を使えるヴィランかその部下の宮廷魔術師を捕虜から解放してくれないか? 恥かしい話だが、血が止まらないんだ」

諦めたように苦笑しながら、リアトリスさんがヴィランさんの方を見る。

ヴィランさんも魔封じの縄で縛られているものの、今すぐ飛び出したいといった表情で、こっちを見ている。


一瞬、僕が超再生(リジェネレーション)で治すことも考えたけれど――リアトリスさんのHPには、まだ余裕がありそうだし、ここで手札を晒すメリットが無いと思い直してヴィランさんに任せることにした。


ヴィランさんの隣にいるグスターに視線を向ける。

「グスター、ヴィランさんを解放してあげて。暴走した魔道具は除去できたんだよね?」

「ご主人様、もちろんだ! 魔力を遮断して脆くなっていたから、簡単に外れたぞ」

ふりふりと尻尾を揺らしながら、ちょっと自慢げな顔をするグスター。

事後処理が済んだら、いっぱい頭を撫でてあげよう。


グスターがヴィランさんに何かを囁き――伝達の魔法でも全部聞き取れなかったけれど、おそらく「勝負がついたのだから変な行動はしないように」と釘を刺しているのだろう――ヴィランさんの縄を解く。無抵抗の意思を示すために小さく両手を上げた状態のヴィランさんの首から、グスターが「魔封じの板」を取り外す。


元々、柔らかい金属板だから、外そうとしたら手で簡単に外すことが出来る。でも、強力な魔力吸収&魔力拡散能力を持つ魔道具だ。シンプルな構造だけれど、グスターの配下だったハイ・エルフが独自開発したものらしい。

それはつまり、「再現性がある=解析次第で僕も作れる可能性がある」ということだ。

他にもグスターの魔法箱(アイテム・ボックス)の中には研究好きなハイ・エルフが作った魔道具が入っている。正直、それを聞いた時にはワクワクが止まらなかった。


――っと、話がズレた。

解放したヴィランさんに、目線でリアトリスさんの回復をお願いする。

「……(ありがとう。感謝する)」

リアトリスさんが繋いだのだろう、伝達経由でヴィランさんの小さな声が聞こえて来た。


そこからのヴィランさんの行動は早かった。

ポケットから魔法薬を取り出して口にしてから、超再生の詠唱をしつつ、こっちに駆けてくる。そして詠唱を途切らせないまま、僕に目線だけで「ありがとう」と再度伝えた後に、リアトリスさんに向けて超再生を発動させる。


リアトリスさんの腕が淡い光に包まれて――光が消えた後には、傷一つ無い綺麗な腕が現れた。無事に魔法は成功したらしい。

リアトリスさんがゆっくりと指を握りしめたり、開いたりして動かした後、口を開く。

「ちょっと痺れが残るが、大丈夫そうだな。――ヤマシタ殿、感謝する」

「いえ、僕はヴィランさんに任せただけですから」

「……(そんなこと無いよ。捕虜を解放するのは、勇気がいるから)」


2人分の感謝の視線は、何だかくすぐったい。

捕虜になっている他の聖女騎士団の団員達も安堵の雰囲気に包まれたから、これでよかったのだろうなと感じた。少なくとも、聖女騎士団の団員は、僕らメーン子爵領の騎士団と今後は争うつもりはなさそうだ。

そんなことも考えながら、リアトリスさんとヴィランさんに言葉をかける。


「そう言ってもらえると、嬉しいです。素直にその気持ち、受け取っておきます」

「ありがとう」「……(ありがとう)」

感謝の言葉を重ねて頭を下げた2人。

でも、頭を上げた2人の顔は、とても真剣なモノだった。


「で――アレはどうしたら良いと思う?」

「……(中に『何か』がいるよね)」

2人の目線の先には、空中に浮かんでいる赤黒い繭。その中にいるのは……口にしなくても、この場にいる全員が理解している。

でも、誰かが言葉にしないといけない気がした。


「滅びの悪魔の『本体』ですよね」

メニューに表示されているステータスを確認しながら言葉を発した僕に、全員の視線が集まった。

「ヤマシタ殿は鑑定スキルを持っていたよな? アレは、どのくらいヤバいんだ?」

リアトリスさんが小声で僕に聞いてくる。

正直に悪魔のステータスを伝えるべきか迷ったけれど、ここで隠してリアトリスさんに「1番レベルの高い私が討伐する」って先走られても困るから、正直に伝えることにしよう。


====

(基本情報)

・名称:滅びの悪魔_レッド・カンディル((まゆ)

・年齢:615歳

・性別:女

・種族:悪魔(???)

・レベル:800

・HP:42500/42500

・MP:86000/86000

・LP:314/315


・STR(筋力):8888

・DEF(防御力):12621

・INT(賢さ):8850

・AGI(素早さ):12850

・LUK(運):5690


(スキル)

――「多数」――

(称号)

・悪魔→ 闇属性ダメージ50%カット&聖属性ダメージ50%アップ

・???→ HP吸収完全無効&MP吸収完全無効

・滅びの悪魔→ 不老不死&HP自動回復&MP自動回復&「滅び」スキル

・羽化するもの→ 羽化後、一定時間経過で「飛翔」スキル使用可能

・夜の花→ 羽化後、「宵闇の微笑み」スキル使用可能

他、多数

====


「HP&MP吸収完全(・・)無効スキルを持つ、レベル800の悪魔か……」

苦々しい表情を浮かべるリアトリスさんに、ヴィランさんが言葉をかける。

「……(完全が付いちゃうと、不味いね。吸収しようとして魔法を掛けると、逆に相手を回復させちゃうから)」

「回復するんですか?」

僕の問いかけに、ヴィランさんが頷く。

「……(そう、ヤマシタ殿のスキルは使えない。でも逆を言えば、正攻法で犠牲を厭わなければ、聖女騎士団で倒せなくもないよ。聖女騎士団の隊長だけでも、解放してくれないかな?)」

ヴィランさんの言葉に、リアトリスさんが僕の方を向く。

そしてゆっくりと口を開いた。


「ヤマシタ殿。お願いがある。悪魔が繭の中に入っているうちに――「くふふふっ♪」――っ!?」

リアトリスさんの言葉を遮る、嬉しそうな若い女性の声。

メニューにアラートが表示され、悪魔の繭に赤い警告が表示される。


繭の中から、にゅるりと2本の白い腕が出てきて、内側から引き裂くようにソレ(・・)は出て来た。

「くすくす。羽化直後の乙女の姿を凝視するなんて、本当に礼儀がなっていない人間どもね♪」

非難の言葉と鋭い視線を向けられたけれど、その禍々しいオーラに危険を感じた僕らは目をそらすことが出来なかった。

ばしゃり、と水っぽい音を立てて、羽の生えた黒髪の美少女――その白い肢体は緑色の液体で濡れている――が繭の中からゆっくりと出て来る。


べったりと顔と肢体に張り付いた濡れた黒髪。

これから広がるのだろう、水分を吸っていて、まだ開き切っていない縮れた羽。

おそらく繭の糸と同じ素材で作られている、欲情的なデザインの水着のような黒い布が、女悪魔の大切な部分を隠している。網タイツにガーターベルトまで着けているから、もしかしたら水着じゃなくて下着姿なのかもしれない。


と、そこまで考えて、冷静に観察していられる自分の余裕に驚いた。

今は、目の前の悪魔の行動に気を付けなければ。


リアトリスさんが僕の方を向いて叫ぶ。

「ヤマシタ殿、聖女騎士団の隊長だけで良い。捕虜から解放して、一緒に戦わせてくれ!」

「分かりま――」


僕の言葉はそこで途切れた。

いや、違う。僕の身体が痺れたように動かなくなった。唇すら動かせない。

何故? 僕だけ?

みんなは無事?

これは何かの魔法? あるいはスキル?


そんな感情がぐるぐると頭の中で回る。

目線だけを動かして確認すると、リアトリスさんもヴィランさんも、僕と同じで動けないみたいだ。

メニューのログに、「宵闇の微笑みの無効化に失敗しました」と表示されている。おそらくこれが悪魔のスキルなのだろう。強力な麻痺効果もしくは身体拘束効果というところだろうか? いずれにしても、このままでは、とても不味い状況であることは変わらない。


「その態度、あなた達、まさか妾に刃向かうつもり?」

黒髪の美少女(滅びの悪魔)が、微笑みを浮かべながら可笑しそうに顔を歪めた。

でも、身体が痺れて、何も言葉を返せない。ゆっくりと悪魔が僕らの方に歩みを進める。


「妾の邪魔をするのなら、残念だけれど消えなさい。滅びの霧(ペリッシュ・ミスト)

本能的にヤバいと感じた。心の奥から、ぞわぞわするモノがあふれて、身体が熱くなった。

その直後、僕の身体は動いていた。

※5/31_滅びの悪魔の称号欄に「???→ HP吸収完全無効&MP吸収完全無効」を追加しました。あと、すぐ後の部分にスキルの説明を加筆してあります。

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