第48話_色々な意味で予想外
=リアトリスの視点=
正直、初撃で沈めるつもりだった。
剣を持っているヤマシタ殿の両手を切断して、終わり。
たったそれだけ。
もちろん、後でヴィランに超再生をしてもらう予定で。
それなのに、剣を一閃して感じた、わずかな歪み。
何かが、おかしい。
そう。
猛烈に覚えた違和感。
ソレは、私の全身を駆け巡って――私の肌をざわつかせるのには十分過ぎた。
なぜ、ヤマシタ殿は、今の私の一撃をかわすことが出来るんだ?
なぜ、ヤマシタ殿に、私は「恐怖」を感じているんだ?
◇
私が手加減していない、というと嘘になる。
魔法薬を使ってステータスを底上げしているけれど、それは安全にヤマシタ殿を倒すため。間違っても、ここでヤマシタ殿を殺すわけにはいかない。この勝負、私が勝つのはもちろんだが、ヤマシタ殿を生かしておかないと話にならないから。
言葉通り、勝負の後に話をしたいから。
ヤマシタ殿やラズベリ卿には、尋問――もとい、聞きたいことが山ほどある。
異世界のこと、王国でも開発途中の『女性だけで繁殖できる魔法』のこと、南大陸が戦火の渦に巻き込まれる可能性があるという話――この行き詰った世界を変えられるのは、異世界からやってきた変革者しかいないと私も本能的に感じている。これは世界の大きな転換期だと経験が訴えている。
だから、魔法薬はヤマシタ殿のために使った。圧倒的な実力差があればこそ、それだけ安全マージンを取って勝負を決めることが出来るから。きめ細やかな手加減が出来るから。
だから不老の存在しか使えない――普通の人間だったら寿命を50年以上も削られる――「死神の秘薬」を贅沢に使った。
それのおかげで、今の私のステータスは1時間限定で2倍に跳ね上がっている。もちろんAGI(素早さ)も5000を超えている。
くっ、それなのにっ!!
なぜ、私の攻撃をヤマシタ殿は避けられる?
縮地と空中瞬動スキルを使えば――ほら、簡単に背後を奪えた。
なのに――剣を振り下ろす時には逃げられてしまう。
幻影を相手にしているみたいな錯覚に陥りそうになるけれど、私の経験と勘が、目の前にいるのは実体を持った人間だと訴えている。
ヤマシタ殿は素人同然の動きなのに――何故だ?
何故、私の攻撃をかわし続けられるんだ?
くっ、まただ! また、かわされた!
=三青の視点=
やばい、やばい、やばい、やば過ぎる!
僕の本来のAGI(素早さ)は18800あるけれど、目の前のリアトリスさん(AGI:5160)の攻撃をかわすのがやっとだ。
ちょっと気を抜くと背後を取られそうになるし、その剣から放たれる斬撃は手加減なんて一切感じないし、何よりリアトリスさんから感じる殺気と闘気が半端ないし!!
水神だったドラゴンみたいにシンプルな攻撃だけだったら、どんなに素早くても問題ないのに――流石聖女騎士団々長というべきか、多彩なフェイントで僕を幻惑してくる。
それに何? 聖女騎士に「くっ、殺す!」とか言われちゃっているんですけれど……僕、オークじゃないんですけれど。
えっと、頭の中で遊んでいて「フェイントは大丈夫か」ですって?
今、思いっきり引っかかって、やばい状態ですけれど、何か?
「くっ、何故、コレがかわせるんだっ!?」
リアトリスさんが、斬撃をかわされたのを悔しがっている。
ああ、何というか――レベル偽装をした意味が無いのかも。
僕の偽装したAGI(素早さ)は2000とちょっとだから、現在のリアトリスさんのAGI(素早さ)を相手にすることは本来できない。普通なら、一方的に切られて――言葉通り、一撃で――勝負は決まっていたはずだ。
リアトリスさんは頭が悪い人ではないみたいだから、現在進行形で確実に怪しまれている。
本来は「リアトリスさんの最初の攻撃が来るのに合わせて、武器破壊で一気に勝負をつけるつもり」だったのに、リアトリスさんの剣が素早過ぎてそれをさせてもらえなかった。リアトリスさんも何だかムキになってどんどん殺気が強くなっているし、動きに切れが出てくるし……これはもう、レベル180の動きじゃない。
レベル詐称、どんな言い訳をしたらいいのかな?
そんなことを考えた瞬間、僕とリアトリスさんの剣と視線が交差する。
がきんっ! といった剣が痛みそうな音がして――
「ふっ、まさか、私の武器破壊スキルまでもが効かないとはな!」
――リアトリスさんが良い笑顔で話しかけてきた、剣を交えたままで。
ここで空気を読まないでリアトリスさんの武器破壊をする――なんていう非道なことは止めておこう。レベル詐称を誤魔化せなくなりそうだから。
でも、下手に力を抜くと押し切られて、そのまま切られそうだし、逆に押し切ってしまうと「そのSTR(筋力)は何だ?」とレベル詐称が誤魔化せなくなるし――とか考えていたら、リアトリスさんがしたり顔を作った。
「ヤマシタ殿の固有スキルなんだろう?」
一瞬、返事に困ったのを肯定の意味だととらえたのか、リアトリスさんが言葉を続けた。
「おそらく危険察知系か自動回避系のスキルなんだろう? 武器破壊も通用しないし、AGIの差が3000近いのにきっちり対処してくるし、勇者は何でもアリだな♪」
とても良い笑顔だった。
リアトリスさんは、清々しいまでのバトルジャンキー?
でも今は、リアトリスさんの提案に乗っておこう。
僕が強いのは、全部勇者の固有スキルのせいだっ! うん、ボロが出ないように自分自身にもそう言い聞かせる。全部勇者の固有スキルのせい。全部勇者の固有スキルのせい。全部勇者の固有スキルのせい。
……自己暗示、多分、無理そうです。
苦笑しながらリアトリスさんが言葉を続ける。
「回避されるのなら、回避できない技で攻撃すれば良いだけだ。――悪いな、殺すつもりは最初からなかったが、やっぱり腕2本と足の1~2本は勘弁してくれ。後でヴィランに超再生で治させるから。ちなみに、本気を出した私のコレを無傷でかわせた者は、今まで一人もいない」
物騒な言葉を口にした後に、はじけるように大きく剣を押し戻してから、リアトリスさんが僕から離れて後ろに跳ぶ。そして、着地と同時にソレを放った。
「飛剣御刀流_九頭りゅ――「いやいやいや、それ絶対にダメな技ですからっ!!」」
僕の絶叫もむなしく、リアトリスさんの必殺技が放たれる。
途中で技名を叫ばれるのは妨害をしたけれど、九つの竜という名前を持つ神速の剣技は――刀技と言った方が正しいのか? いや、危険だから気にしないでおこう。この技は、有名なあの技と似たような別物だから。そう、確実に違うからっ!――激しい勢いで僕に迫ってくる。
グスターのせいだ。
絶対に、絶対に、グスターが面白半分でリアトリスさんに、この技を教えたんだろう。酒場で箒とか持って、嬉々としてグスターがチャンバラしているイメージ動画が、ありありと想像出来てしまった。うん、全部、過去のグスターが悪い。
繰り返す、重要だから繰り返す。全部、過去のグスターが悪いっ!!
でも、リアトリスさんから放たれた神速の9つの刃は、僕の身体を穿つことはなかった。
なぜなら、あっさりとリアトリスさんの剣が折れたから。幻想スキルには、真剣白刃取りという幻想スキルで返しますよ?
◇
ちょっぴっとドヤ顔で決めてみたけれど、背中に流れる冷汗が半端なかった。……本気でごめんなさい。ちょっと調子に乗りました。はい、反省しています。世界崩壊レベルの危険な香りがしてから気づきました……ごめんなさいotz。
◇
それはともかく。
流石に9つの刃に「同時に剣を打ち返して相殺するような剣の技術」は持っていないから、一撃目に合わせて武器破壊させてもらった。一撃目で折ってしまえば、後の8連撃は空振りするだけだから。
「なっ!? 私の魔剣が折れただとっ!?」
リアトリスさんが手元を見て、動揺しているけれど関係ない。「この150年折られたことが無かったのに」とか「金貨15000枚以上するのに」とか言っているけれど、聞かなかったことにしよう。弁償しろとか言われたら困るし。
なるべく笑顔になるように顔を作ってから、リアトリスさんに声をかける。
「これで、勝負ありですよね?――「まだだっ!!」――っ!?」
僕の言葉を遮って、いきなり、リアトリスさんが腰に着けていた短剣を引き抜いた。
直後、どす黒く、禍々しいオーラが空気を染める。さっきまで晴れていた空も急速に曇っていく。僕らのいる谷にも、薄白い霧が流れて来た。
それだけでヤバイモノだと理解できるのに、メニューの鑑定が、短剣が「本当にヤバイモノ」だと警告を表示している。
いや、メニューを見るまでもない。リアトリスさんの右腕が紫色に染められ、短剣から生えた肉蔦のようなモノで痛々しく短剣と同化しているのだから。
「なんで、そんなモノ携行しているんですか……?」
思わず漏れた心の声。それに、律儀にリアトリスさんが言葉を返してくれる。
「ヤマシタ殿は、コレが何なのか、分かるのか?」
「……悪魔、ですよね? 魔道具に擬態した」
ソレは言葉にすることを、一瞬、躊躇わせるだけの忌避感とプレッシャーを持っていた。
でも、僕はメニューの鑑定の通りの名称を口にした。
「滅びの悪魔_レッド・カンディル。使用者に寄生して魔剣を生み出すレベル512の女悪魔」
魔道具に擬態している悪魔に性別があるのが驚きだけれど、今はそれどころじゃないから置いておく。
「……異世界の勇者の多くが、鑑定スキルを持っているのがデフォだと忘れていたよ。ヤマシタ殿の言う通り、この短剣は悪魔の本体だ」
リアトリスさんが苦笑する。この人は、さっきから、苦笑してばかりだ。
「なにも、右手を悪魔に喰わせなくても――」
「後で肩口から右腕ごと切り落とせば、大丈夫だ。悪魔は元の短剣に戻るし、超再生で右手は元に戻る」
「そこまでしなくても――「ふざけるな!」――っ!?」
僕の言葉を遮って、真剣な表情でリアトリスさんが言葉を続ける。
「私を誰だと思っている? グラス王国聖女騎士団々長のサンセベリア・リアトリスだ。 それを、ヤマシタ殿が本気にさせたのだろう? 今更、本気を出さずに済むと思っているのか?」
「でも――」
「一国を背負うとは、ソウイウコトなんだ」
ぽつりと、でも、はっきりと聞こえて来たリアトリスさんの決意が籠った声。
それには、グラス王国の騎士である誇りと覚悟が込められていた。
ヴィランさんも、暴走するような危険な魔道具を身に着けていたし、国を守るということは、自らの生命や身体を犠牲にすることも厭わないということなのだろう。
何がリアトリスさん達をそうさせるのかは、今の僕には理解できないけれど、その痛々しいまでの覚悟だけは伝わってきた。真剣さも伝わってきた。
「分かりました。それでは、勝負を続けましょう」
自分でも内心驚く程、平坦な声が出た。場の空気が、ぴりりと凍り付いたのが分かってしまう。
「それで良い。いや、ここはありがとうと言うべき場所かな?」
そう。事実、リアトリスさんの1本目の魔剣が折れた時点で勝負を終わらせることが可能だった。でも、その後の悪魔の短剣の登場でそれがうやむやになってしまった。今更、引き返すこともできないのはリアトリスさんの策略にはまってしまったせいだろう。
だから、リアトリスさんは「ありがとう」と言ったのだろう。
リアトリスさんが満足げに呟くと同時に、短剣状だった黒い刃が1メートル程に伸びた。
メニュー画面に警告のアラートが表示される。リアトリスさんの状態異常も不味い。ステータスに「憑依_滅びの悪魔&浸食&狂戦士」とか出ちゃっているし。
狂戦士状態なら、手加減なんて期待できないだろうな――なんて考えていたら、剣にニョキリとパーツが増えた。例えるならば、七支刀っていうやつだろうか? 鼎のようにL字型の凶悪な突起が6つ増えた剣を振りかざして、リアトリスさんが口を開く。
「こいつは武器破壊できないぞ? なにせ、レベル500の悪魔だからな」
狂戦士効果で感情が素で出やすくなっているのだろうか? ちょぴっとドヤ顔になっている。こんな例えをするのはどうかなと思うけれど、修学旅行で木刀を手に取った中学生みたいだ。
……どうしよう?
僕のメニューの鑑定スキルが教えてくれる情報によると、頑張ったら悪魔の剣――もう、七支刀でいいや――は一撃で折ることも可能っぽい。
でも、それをやったら今度こそ本当にレベル詐称のことがバレるだろう。
それは、後々メンドクサイ。
どこに高レベルの鑑定を誤魔化せる魔法道具があるのかとか、それを国に貸し出せとか、売ってくれとか、下手したら無償で譲渡しろとか……面倒なこと極まりない。
そんなことを考えていると、狂戦士状態でスピードがさらに上がったリアトリスさんが瞬動で僕に向かってくる。無詠唱でリアトリスさんの目の前に分厚い炎の障壁を張って足止め――にもならなかった。七支刀の一閃で炎の壁が切り裂かれたから。
何となくのイメージでしかないけれど、七支刀は全属性の魔法と魔法障壁を切り裂きそうなイメージ。――と思っていたら、メニューの鑑定スキルがそれは事実だと教えてくれる。攻撃魔法だろうが防御魔法だろうが障壁だろうが、かまわずに切り裂ける力を持っている刀。それが七支刀だと。
悪魔チート、凄過ぎるだろう。リアトリスさんが隠し刀にしているわけだ。
僕がそんなことを考えている間にも、リアトリスさんの攻撃の手は緩まない。
「殺しはしないから、安心して良い。ヤマシタ殿程の逸材を失うのはもったいないからな」
嘘ですよね? その笑顔に「両腕もらいます」って書いてありますよ?
狂戦士モードのリアトリスさん。
悪魔と同化している副作用なのだろう、理性が吹き飛びそうなヤバさを持っている。
「さて、それじゃ、勝負を決めるか♪」
どこか余裕のある声でリアトリスさんが言った直後、リアトリスさんが七支刀を構える。
「飛剣御刀流_空駆蹴流――「いや、いやいやいや、それ以上はダメですっ!!」――りゅう――「ダメ! 絶対にダメっ!!」 ――ひら――「あぁぁ~っ!!」」
決めた。この刀、折ろう。
リアトリスさんが不穏な技を使おうとしたら、刀を無言で全部折ろう。
心も折って、トラウマにさせなければ、この世界が危険だから。
そう決めると行動は早かった。
リアトリスさんの技が発動する瞬間、ガキンッという無骨な音と、リアトリスさんの声にならない驚愕の叫びが谷に響いた。
「これで、僕の勝ちですよね?」
七支刀? 真っ二つですが何か? レベル詐称がバレる? 言い訳ができない?
いえいえ、全部、「勇者スキル」が頑張ってくれているんですよ!
多分、きっと、絶対に!
ええ、うん、もちろん……僕はコレで押し通しますよ? 決めました。都合の悪いことも良すぎることも、全部「勇者ですから」で薙ぎ払おう。
=滅びの悪魔_レッド・カンディルの視点=
目覚めた時に感じたのは、ジクジクとした痛み。
痛み。
痛み。
痛み。
でもそれは、魔剣という時の牢獄に囚われた妾を解放する痛みだった。
さなぎの殻から解放される蛾の痛み。
そう。
妾は、今、永い眠りから目覚めた。
さぁ、今まで妾を封印していたグラス王国を潰しに行きましょう♪
復讐は蜜の味。夜の花が食べる蜜の味。
甘美に、とろけるように、じっくりと舐ってあげるわ。