第39話_夜の約束と方程式
=三青の視点=
もしも僕が東大陸の国の代表だったなら――
他の大陸を攻めるようなことはしないで、積極的な交易を続け、最終的に相手の国や大陸が衰退するのを待つ。どうせ人口は増えないのだ。100年もすれば相手の国は滅亡する。滅亡しそうな時に、やれやれ、といった顔で手を差し伸べて自分達のモノにすれば良い。
過去の歴史が証明するように、ゲーム理論が示唆しているように、戦争をすることは国力の疲弊と世界全体の不利益にしか繋がらないのだから。
――なんて甘いことは考えない。
ラズベリが言った15年前後で内外の準備を整えて、他大陸を攻めるだろう。
何故なら、こっちの世界の常識が地球とは違っているから。こっちの世界は中世ヨーロッパや日本の戦国時代並みの群雄割拠の修羅の国な状態だから。
Yウイルスが流行する前は、この南大陸だけでもいくつもの戦火が上がっていたと聞いている。そんな状態で、経済効果がどうのだとか、ゲーム理論の証明がどうだとか言っても、絶対に聞いてもらえない自信がある。
理想論だと切り捨てられる。大切なものが守れなくなる。
精神的にも、物理的にも。
そんなことをされるくらいなら、こちらから取れる手段を取ると思う。
とりあえず僕なら最初に、他大陸を攻める間に自分の国を守らないといけないと考えて、東大陸中の国同士で同盟を結ぶことにする。東大陸の中でせまい土地を争わなくても、外の大陸に広大な土地があるのだ。外の大陸を協力して攻めるメリットを説けば、新しい領地の分配方法さえ決まれば、大陸内での同盟が結ばれるのは早いだろう。
各国の代表はこう思うだろう。
隣国と争うのは、外の大陸を全て手に入れた後で十分間に合う。その方がメリットが大きいし、同盟の言うことを聞かない国は、最初のうちに同盟で潰せば問題にもならない。
大陸間の戦いは、一方的なものになるだろう。
片方は、戦闘可能な人材が高齢化している&人材の補充が出来ない。もう片方の東大陸は、毎年、戦闘可能な人材が育っている。練度も士気も未来に対する希望も大きく違うはずだ。
――なんてね。
僕は戦争が嫌いだ。別に人道主義者を気取るつもりはないけれど、人を傷つけることですら怖いのだ。避けられるのなら、避けるに越したことは無い。
戦争は戦争の連鎖しか生まないのは歴史が証明しているし、それが嫁さん達との幸せにつながるかと言ったら疑問が残る。戦争に明け暮れて、嫁さんのもとに戻るのは年に数日とか僕は絶対嫌だし、僕は嫁さん達を幸せにしたいのだ。そして、まったりラブラブしたいのだ。そのためにも――全力で東大陸との戦争は回避しなければならない。
◇
「ミオさま、東大陸との戦争は回避できないのでしょうか?」
血の気の引いた顔でシクラが僕に聞いて来る。安心させるために頭を撫でて、言葉を口にする。
「今のままなら、回避するのは難しいと思う。でも、単為生殖でこの南大陸の人口を増やしていくことが出来たら、少なくとも南大陸に東大陸が攻めてくる可能性は下げられると思うんだ」
「ミオさまがそういう理由は、戦える人員が増えるからですか?」
「そうだね。人口が増えるということは、この場合、抑止力でもあるんだよ」
「よくしりょく?」「それって何だ?」
シクラとグスターが不思議そうな表情で声を重ねた。ラズベリは納得した顔をしていたけれど、こっちの世界では、あまり一般的な言葉じゃなかったみたいだ。
「簡単に言うなら『行動を思いとどまらせる――止めておこうと思わせる――力』のことを抑止力と言うんだよ。戦って勝てそうにないと分かっているのに、グスターは『仲が悪くない相手』と戦おうとするかい?」
「ご主人様、あえて『敵』とは言わないんだな?」
「完全に敵だったら、勝てそうになくても戦わないといけないこともあると思ったから、今回は言い方を変えたんだ。少なくとも、現状じゃ、東大陸と南大陸は戦争状態じゃないし、いがみ合っている訳じゃないよね?」
「それもそうだな。で、ここまでの話をまとめると、グスターの教えた単為生殖の魔法が、南大陸と東大陸の戦争を止めることに一役買いそうだという理解で良いか?」
「うん。そうだよ、グスター、ありがとう」
「……そうか。……。そうなんだよな……」
あれ? 何だか、グスターの表情がすぐれない。
「グスター、どうかしたの?」
「……いや、別に……」
「グスターさん、どこか具合が悪いんですか?」
「……。正直に言うぞ? グスターはあまり頭がよく無いから『コレ』は間違っているかもしれないけれど、単為生殖の魔法をグラス王国だけで独占したら、グラス王国だけ人口が増えるなら……東大陸が攻めてくるよりも前に、この南大陸で戦争が起きるんじゃないか?」
グスターの顔が、ちょっと不安そうになっている。落ち着かせるために、ポンポンっと頭に手を置いて、ゆっくりと撫でる。
「大丈夫だよ、グスター。せっかくグスターが教えてくれた単為生殖なのに、戦争の引き金なんかにはさせないよ。僕が何とかする。戦争は嫌いだから。グスターが大好きだから。――それに、東大陸との戦争を防ぐためには、南大陸の国々が今から協力して準備をすることが大切だから。そのことを、女王様や各国の代表にも理解してもらうつもりだよ」
「本当か?」
「本当だよ」
「そうだな♪ ご主人様が大丈夫と言ってくれたおかげで、安心できた。グスターはご主人様を信じることにする。だって、グスターのご主人様は、優しいからな♪」
「ありがとう、グスター」
僕の言葉に、場の空気が少しだけ和んだ。
――本当は、抑止力だけじゃ止まらない相手や止められない相手もいる。
でも、そのことは今、口にしなくてもいいだろう。
グスターも、シクラも、ラズベリも、他のみんなの幸せも、僕が絶対に守るのだから。
◇
冷めたハーブティーを一口飲んで、ラズベリが口を開く。
「とはいえ、ともかく最初の課題は、聖女騎士団です。リリーが連れてくるであろう聖女騎士団とは、まず間違いなく揉めるでしょう。リリーも聖女騎士団も、ミオさんのことを悪魔だと思っています。リアトリス様、もしくはそれに近い高レベルの団員が派兵されると思いますから、まずは、その人達を説得するしかありません」
「正面から潰す、とも言うね」
僕の苦笑に、迷いのない瞳でラズベリが可愛くはにかむ。
「ええ。それをしないことには何も始まりませんから。言葉を取り繕っても仕方ありません♪」
ラズベリは可愛い。本当に、良い性格をしている。
「ご機嫌そうな顔をしているってことは、制圧した後のことについて、ラズベリには何か良いアイディアがあるのかな?」
僕の言葉に、ラズベリが、瞳に嬉しさを浮かべた。
「ぅふふっ、ミオさんは頭と勘が良いから大好きですわ♪」
「ありがとう」
「お母さま、ミオさま、いちゃいちゃしていないで、話の続きをお願いします」
ジト目のシクラに促されて、ラズベリが言葉を続ける。
「ええ。それもそうですね。――わたくしの案では、聖女騎士団を制圧して捕虜にした上で、王城へグスターちゃんの瞬間移動で一気に飛びます。目的は女王陛下との直接交渉です。聖女騎士団に値する武力、瞬間移動ができる機動力、そして単為生殖で人口問題を解決できるという提案で、女王陛下の首を縦に振らせます」
「お母さま、そんなに都合よく行きますか?」
「そのための強行策です。わがままなわたくし達を、『ギリギリ制御できる』と女王陛下に思わせることができれば、成功です。賢明な支配者なら、わたくし達を取り込む方がメリットが多いので、敵対よりも協力を選ぶでしょう。表面上だけでも」
「賢明じゃなかった場合には、どうする?」
僕の質問に、ラズベリが小さくクスリと笑う。
「その時は、首を挿げ替えれば良いだけです。――そうですね、そんな時にはミオさんを王にしましょうか♪」
「それは冗談でも勘弁して。女王様が賢明な人であることを願うよ」
「はい。大丈夫ですよ、今代の女王陛下は有能な方だと有名ですから。それよりも――計画の実現のためには、グスターちゃんが一度、王城に行かないといけないです」
ラズベリが言葉を区切って、グスターに視線を向ける。
「グスターちゃん、王城まで早馬で2~3日の距離ですけれど、頑張ったらどの位で移動できますか?」
「ん? ラズベリ、その言い方だと分かって言っているだろ? 早馬で2~3日なら、天使族の翼で飛べば一日で到着できるぞ。グスターの場合、帰りは転移魔法で帰ってくれば良い訳だし」
「今から王都に向かったら、到着は明日の夜ですか……明後日の聖女騎士団がやってくる前に間に合いますね♪」
「うぁっ、ラズベリ、人使いが荒いぞ? グスターには睡眠の権利が――「ダメよ。グスターちゃんが間に合わなかったら、交渉が長引きますわ。寝るのは帰ってきてからにして下さい。ミオさんを抱き枕にする権利を差し上げますから」――それは責任重大だなっ♪ グスターは頑張るぞ! ――「交渉成立ですね♪」」
僕の意見は? とは、無粋な気がしたから、あえて聞かない。一応、グスターに抱き枕にされるのは、悪いことじゃないし。
ラズベリが一呼吸置いてから口を開く。
「ということで、聖女騎士団を捕縛した後、グスターちゃんの魔法で一気に王城へ飛びます。目的地は女王がいると思われる謁見の間。おそらくリアトリス様もそこにいますから、正面から話し合いに乗り込みます!」
◇
「んじゃ、グスターは早速、王都に向かうことにしよう♪」
「お見送りしたら、わたくし達はお休みを取りましょう。明日も早いですからね」
「ご主人様。帰ってきたら、抱き枕だからな?」
「ああ、分かってる。気を付けて行っておいで。――聖女騎士団がこっちに向かっているだろうから、念のために街道から少し外れて飛ぶんだよ?」
「りょ~か~い♪ んじゃ、行ってくる!」
そういうと、グスターは窓から飛んで行った。
……お行儀が悪いから、今度からは玄関を使って出ていくように言い聞かせよう。
「さて、それじゃ今日はお開きかな?」
魔石の光で部屋の中はほんのりと明るいけれど、壁に掛けられた時計の針は夜の23時30分を回っていた。打ち合わせをしておかないといけないことは、まだたくさんあるけれど、今日はもう寝た方が良いだろう。
「ミオさん?」
僕の名前を呼びながら、ラズベリが僕の手を取った。思わずドキリとしてしまう。
婚約者という立場なのに、緊張してしまうと言ったら、ラズベリに笑われてしまうだろうか? シクラが嫉妬するだろうか?
「えっと、ラズベリ?」
「ミオさん、シクラと2人っきりで眠るつもりですか? それは、ダメですよ♪」
「あ」
ラズベリに言われて気が付いた。普通に僕の部屋に戻ろうとしていたけれど、確かに、シクラと2人で寝るのは不味い。
「3人で寝ましょう♪ 明日も早いですから――ね?」
「そうだね、一緒に寝ようかな」
「……お母さま、ミオさまが真ん中で良いですよね?」
拗ねたように、少しだけ唇が尖っているシクラ。ラズベリに対抗するように、ぎゅっと腕に抱き着いてきている様子が、無性に可愛く感じてしまう。
「もちろんです。さぁ、明日に備えましょう♪」
シクラとラズベリに手を引かれて、ベッドに連れ込まれるのは……何だか、悪くない気がした。
◇
【もきゅきゅ~♪ × ずもぎゅぎゅ♪ = 眠れない】
これ、期末テストに出ます!




