第3話_もきゅもきゅとレベル1025
=メーン子爵家_次女_シクラの視点(メインヒロインですよ?)=
「私の未来を、めちゃめちゃにして下さい……」
――自分でも思う。かなり、えっちな言葉だ。
顔が熱くなって、脳が茹ってしまいそうな錯覚に陥る。
でも、こんな希望にあふれる言葉が出たのは、ミオさまのせいだ。
ミオさまが悪い。
全部、全部、全部、悪いっ!
だから、ミオさまと出会う前を、ちょっとだけ、思い出してしまった。
◇
私は、今日もお城の2階の北側にある「先生の部屋」に来ていた。
この部屋には、王国中からかき集められた治癒魔法や解毒魔法の本が、山のように置かれている。古い本も多いせいか、正直、埃っぽい。
最初はそれが苦手だったのに、気が付けば、カビの匂いで気持ちが落ち着く私がいた。
でも、今日も部屋には、先生はいない。
部屋の中央に置かれた机の上。1枚の書類が目に入る。
3年前に大流行した、男性だけが発症する致死性の不治の病。
その正体「Yウイルス」が発見されたのは、「先生」が来てくれたからだった。先生は、異世界から召喚された人間。自分のことを「いしゃ」と呼んでいた。
そして、先生は死んだ。あっけなく、あっさりと、Yウイルスに感染して。
2年前のことだった。
世界は危機に瀕している。
男が、男の子が、男性が――足りないのだ。グラス王国の全女性999万人に対して、生き残った男性の数はわずか1人。隣国のグロッソ帝国も1人、ソリウム聖国では2人だけ。ルドウィジアやロタラといった周辺諸国ではなんと0人。先生は、生き残った男性には「免疫」や「抗体」というものが出来ているのだろうと言っていたけれど、あまりにも生き残った人数が少ない。
グラス王国の生き残った1人は、即座に王族が婚姻という形で身内に取り込んだけれど、それがどんな意味を持つのだろう。
たった1人の男性が一生で残せる子どもの数なんて、たかが知れている。ハーレムを作っても、せいぜい3000人? 多くて5000人? 確率的にそのうちの半分以上は女の子だから、男の子の数となると少なくなる。おまけに、その子どもに「抗体を作れる体質」が引き継がれる可能性はどのくらいだろう?
考えたくもない。
しかも生き残った男は、私の元父親。
王族と婚姻できるということで、尻尾と腰を振って家族を捨てた男。今頃、王都にあるハーレムで私の弟妹が量産されているのかと思うと――気持ちが滅入る。
それに私は、「先生」から教えられたある事実を知っている。身内ばかりで婚姻して、血が濃くなると「不具合」が生じると。
優しい先生は言葉を濁したけれど、それがどんな不具合か、私は知っている。昔、馬鹿な貴族が身内だけで婚姻を繰り返したのだ。その結果、その一族には子どもが産まれなくなった。そして衰退。養子を取ることもなく、一族の血にこだわって消滅した。
このままでは、それと同じことが国の規模で起こってしまう。
人間は、このまま、緩やかに滅亡するしか無いのだろうか?
「……私は、そんなの、いやだ」
恋をしたい。愛を知りたい。倦怠期? なにそれ、羨ましい。
大好きな人と一緒に生きて、子どもを産んで、笑顔で死にたい。それなのに、私はもう、そんな普通の幸せを望めないんだ。掴めないんだ。諦めるしか――
つい昨日、16歳になった私。
誕生日を迎えて、ささやかな成人の儀式をして、大人の仲間入りをした私。
将来、誰もいない世界の最後を看取る「最後の世代」と言われている貴族の娘。
このまま、老いるしか、無いのだろうか?
「誰か、助けて……」
涙がこぼれる。止まらない、止まらない、止められない。
こんなんじゃ、天国の先生に笑われてしまう。それなのに、言葉が溢れてきてしまう。
「うぐっ……ひぐっ……こんな未来――」
その先の言葉は、声にならなかった。
だって消えかけの魔法陣が、何をしても決して作動しなかった召喚魔法陣が、急に青い光を放ったのだから。
眩しくて、でも優しい光。何となく既視感を覚えた。
先生が勇者召喚された時に一度壊れた魔法陣。異世界から勇者を召還する魔法陣。神の禁忌と呼ばれる古の魔法陣。その上に人が立っていた。
目線がぶつかる。
「ここは、どこですか?」
不思議そうな顔をしているのは、黒い瞳に黒い髪の、私よりも少しだけ年下の……14歳くらいの男の子? 疑問形になったのは、とても華奢な体つきをしていて、優しい声だったから。見た目も顔も、格好良いというよりも、どこか女の子みたいで可愛い印象。
身長は私と同じくらいで160センチ前後。
ぱっと見た感じ、女の子にも見えるんだけれど――視線が、私の胸にちょっとだけ行って、困ったようにさ迷ったから、男の子だと認定できた。
少しだけ恥ずかしいけれど、今はとても嬉しい。ここ1年で急に育った無駄に重たい胸だけれど、なぜか見られて嫌な気持ちはしなかった。
「私の勇者さま!」
気が付けば、彼に抱き付いていた。自分の行動が信じられない!
はしたない。恥ずかしい。体中が熱くなる。勇者さまもびっくりして固まっている。
――でも、動かずにはいられなかった。
このチャンス、絶対に逃がしちゃダメだと、私の本能が訴えていた。
私って、こんなにも、ずるい女の子だっただろうか?
人類の未来? 1人の男が残せる子どもの数? ――そんなの知らない。私は、女の子らしい幸せを、ささやかな夢を、この手に掴みたいだけ。
出会ったばかりの勇者さまなのに?
うん、全然大丈夫! 何だかこの人、先生に似ているし、優しそうな雰囲気だし、もし性格が多少歪んでいてもお姉さんが育ててあげるから問題ないし。
王族や他国なんかに、私の未来は渡さない。私がこの手で勇者さまを隠してみせる。
たった1年だけだから。たった1年の夢だから。お母さまやお姉さまも協力してくれるだろう。
……。
あははっ、何でかな?
勇者さまと過ごす時間は毎日のように夢想していた未来なのに、落ち込んでしまうのは、ちょっとキツイ。
ごめんなさい、勇者さま。
分かっていたことなのに。知っていたことなのに。「現実」を前にしたら、怖くなって、泣き叫びたくなっている私がいるんです。
ごめんなさい、勇者さま。
Yウイルスは、この部屋の空気中にもいます。世界中に、そう、世界中に蔓延しているのです。女性すべてが、発症していないけれど、感染者なんです。
……私も感染者の1人なんです。
ごめんなさい、勇者さま。
男の人の場合、感染から発症まで1年の猶予期間があります。その間に抗体が出来ないと、全身から青い炎を噴き出す「人体自然発火現象」で死んでしまいます。
なので勇者さまには、可能な限り、最後の瞬間まで幸せを感じて欲しいと思っています。
私も、全力で「ご奉仕」を、します。
正直、不安もあるけれど、16歳の大人になったので、その、子種をいっぱい貰えると、嬉しいです。私は、いつも笑顔で、いつもあなたのそばにいようと思います。
心の中で決めました。
だから「こんな未来――めちゃめちゃに壊れてしまえ」と世界を呪ったことを、許して下さい。
帰り道のない勇者召喚は、全部、私のせいなのです。
◇
心の中で勇者さまに贖罪した直後に、今更だけれど、勇者さまから感じる魔力の大きさが普通じゃないことに気が付いた。
ぞくりっとする、鳥肌がたつような強大な力。身体を密着していないと、手が震えてしまいそうになる怖い力。身体が熱くて……何だろう、お腹の奥がキュンとする。
ちょっとだけ怖い、でも、それが心地良い、不思議な時感覚。
勇者さまは、まだ固まったまま動かない。
えっと……勇者さまも、緊張している? 女の子に抱きつかれて動けなくなるなんて、意外と真面目な人なのかもしれない。
良かった。何だか、嬉しい私がいる。
気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしたら、勇者さまの匂いが胸いっぱいに広がった。思わず、我慢できなくて、3回くらい続けて深呼吸してしまったのは……恥ずかしいから誰にも内緒。
流石に私も「変態さん」だとは思われたくない。
――とりあえず、勇者さまの匂いで気持ちが落ち着いたから、私だけの固有スキル「神から授けられし鑑定眼」を発動させて、勇者さまのステータスを視る。
勇者さまがちょぴっと怖い理由が、分かると良いなと思ったのだ。
そう、本当に軽い気持ち。
軽い気持ちでスキルを発動させた。
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(基本情報)
・名称:ヤマシタ・ミオ
・年齢:16歳
・性別:男
・種族:人族
・レベル:1025
・HP:82500
・MP:76300
・LP:102
・STR(筋力):15500
・DEF(防御力):12655
・INT(賢さ):16850
・AGI(素早さ):18800
・LUK(運):9563
(スキル)
・ゼロ>メニュー
>無詠唱
>無限収納
>自動回収
>物品&人物鑑定
(称号)
・魚好き→ 運3%アップ
・異世界からの召喚者→ 全能力値30%アップ
・童貞をこじらせた魔法使い→ MP5%アップ
・お人好し→ 経験値5%アップ
・人生の敗者→ 経験値15%アップ
・細長い生き物属性 → ???
(負債)
・借金:4100万円
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……疲れているのだろう、こんな数字が見えるなんて。
明日、教会に行って目の治療をしてもらわなきゃ。そう言えば、森の木の実が「疲れ目に効くんだよ」って先生がよく言っていた。メイドの誰かに頼んで採って来てもらおう。甘酸っぱいのが美味しいんだよね。
試しに自分のステータスを見てみる。
きっとレベル32の私は、レベル3200とかになっているはずだ。
どんなおかしな値が出るのか、ちょっと楽しみ♪
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(基本情報)
・名称:メーン・シクラ
・年齢:16歳
・性別:女
・種族:人族
・レベル:32
・HP:520
・MP:680
・LP:10
・STR(筋力):125
・DEF(防御力):326
・INT(賢さ):368
・AGI(素早さ):152
・LUK(運):125
(スキル)
――「省略」――
(称号)
・メーン子爵家次女→ 運5%アップ
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ほら、やっぱり私のステータスもおかしくなって――いない。
いつもと変わらない?
……ということは?
勇者さまのステータスは本物?
まさか? でも? ありえない――って、現実逃避している場合じゃないよ、私!
そういえば、私の固有スキル「神から授けられし鑑定眼」で視える結果は、神の欠片が私の目に入って起こる神の奇跡だから、間違えて視えるということは今まで一度も無かった。体調が悪い時も、高熱が出た時も、私の眼が狂うことはなかった。
私のことを「呪いの瞳」だとか「盗視眼」と言っている貴族や王族がいるように、どんな魔法や魔法具を使っても、「神から授けられし鑑定眼」は誤魔化せない。
私の眼は人間に化けていた中級魔族を見破ったことがあるし、王宮であった貴族のパーティーにお忍びで変装してやって来ていた高レベルのエルフ様を見分けることも出来た。
私の経験だけじゃなくて、過去の同スキル保持者の実績から考えても、「神から授けられし鑑定眼」は誤魔化せないことで間違いない。
だから、多分、勇者さまのステータスも本物なのだろう。
「あ、ははっ♪」
なんだか、現実味が無くて、笑ってしまった。
そもそもレベル99を超えた人族は、王国でも200人程度しかいない。レベル99に「人族の壁」と言われる成長限界があり、普通の人はレベル99以上になれないのだ。
選ばれし者のみが、その壁を越えて神の領域へと近付いて行く。
人族の過去最高レベルは聖女騎士団長のリアトリス様のレべル230と言われているし、長寿と言われているエルフ族や妖精族や天使族の場合でもレベル300が最高とされている。魔族やそれを統べる魔王でさえも、レベルは320が限界だと言われている。
唯一、例外があるとしたら、それは神と悪魔と勇者さま。
この世界にいる神、魔神、亜神、そして異世界から召喚される勇者さまと悪魔は、レベルの上限が800だと言われている。
それなのに、レベル1025って――私の勇者さまは、すっごいです!
……ああ、我ながら、すごく頭の悪い感想だ。
でも、勇者さまに抱き付く腕に、ぎゅぎゅっと力が入っていた。
勇者さま、お願いです。
私の未来を――そして可能ならば、たくさんの行き詰った女の子達の絶望を――その力で、壊して下さい。