第37話_魔法書のマナー
=三青の視点=
魔法チートの時間がやってくる前に――僕の中で1つの疑問がわき起こった。
ミクニ先生が遺してくれた魔法書は20冊近く読んだけれど、僕の記憶が正しければ、その中に1冊も魔法の「最適化」や「自己アレンジ」について書かれたものは存在しなかったのだ。シクラと魔法の練習をした時も、アレンジ方法については何も言っていなかったし。
その理由は、何なのだろう? 何か、意識的に情報が隠されている?
僕の疑問が伝わったのか、シクラが意味深な表情で、こくこくと首を縦に振る。
青色の前髪がほのかに揺れて、何だかとても可愛く感じた。
「ミオさま、魔法をアレンジする方法は、一般向けの魔法書には書かないことがマナーになっているんです。イメージしてみて下さい。魔法をアレンジした読者が経験不足や力不足で事故を起こした場合、著者は責任を取れないですよね?」
シクラの言葉にラズベリが追加説明をしてくれる。
「それに加えて、魔法のアレンジは『師弟関係で学ぶ秘伝の技』や『軍事機密』みたいなところもありますから、アレンジのレシピが一般に公開されることは殆ど無いのです」
2人の説明のおかげで、何となくだけれど、ピンと来た。
魔法書は「取扱説明書」みたいな立ち位置なのだろう。
パソコンで例えるなら、オーバークロックさせたり、HDDをSSDに換装したり、OSの乗せ換えをしたりする方法は取扱説明書に書かれていない。それを実行したら、メーカー保証も受けられなくなる。ちょっとパソコンに詳しい人なら知っている便利な裏技だけれど、初心者にはお勧めしないし、あくまでも自己責任ですることだ。
「魔法のアレンジは、邪道とまではいかないけれど、蛇の道と言えるのかな?」
僕の言葉に、シクラが軽く腕を組みながら考えるような仕草をして、ゆっくりと口を開く。
「そうですね……下手すると、威力の低下や暴発などのリスクがあるのは事実です。でも、魔法のアレンジはメリットも多いですから、各々の魔法使いが師弟関係の中で引き継ぐことが多いです。――例えば、私も、お母さまからアレンジの方法を学びましたし、お母さまもお祖母さまや聖女準騎士団でアレンジ方法を学んだみたいですし――」
そう言って、シクラがラズベリの方を見る。
視線を受けて、ゆっくりとラズベリが口を開いた。
「そうですね、わたくしはもっぱら聖女騎士団の流れを組むアレンジが好きですね」
「アレンジにも、好みがあるの?」
「そうですよ、ミオさん。例えば、同じ『神鳴』の魔法でも、わたくしが使える一般的なモノと、雷魔法を得意とする流派のモノとでは、同じ消費MPでも威力や詠唱時間が大きく違います。威力を上げると、制御のしやすさが変わってきますので適性が高くないと暴発する危険性もありますし、詠唱時間が長くなる傾向もありますし――結局、自分に合わせたアレンジすることが一番大切なのですよ」
ラズベリの言葉に、グスターも頷く。
「うむうむ♪ バランス感覚は大切だよな~。グスターに魔法を教えてくれた婆ちゃんやエルフ達も同じことを言っていたぞ!」
腕を組み、狼耳をピコピコさせながら、ちょっと得意げな表情のグスター。
でも、何だか無理をしている感じ。
何となくだけれど、積極的に会話に入って来ないことから察するに、グスターは魔法を理論立てて考えるのが苦手なのだろう。普段の行動も直感的なところが多いし……レベルが高いからINT(賢さ)の絶対値はシクラやラズベリよりも高いと思うのだけれど……いや、止めておこう。
この話題の間は、グスターは、そっとしておいてあげよう。
気を取り直して、シクラに声をかける。
「ねぇ、シクラ。もう少し魔法のアレンジについて詳しく聞いても良い? 単為生殖の改良とか、聖女騎士団への対抗手段とか――今後、色々と使えそうな気がするんだ」
僕の言葉に、嬉しかったのだろう、シクラが誇らしげな表情を顔に出した。水色の瞳がとてもキラキラしている。
「はい、もちろんですっ♪ でも、おさらいという意味も含めて――まずは基本の確認からしても良いですか?」
「うん、お願い」
「分かりました♪ ちょっと長くなるので、覚悟して下さいね?」
そう言って、シクラは、はにかむように笑った。
◇
三角形の眼鏡とスーツが似合いそうな雰囲気を一瞬だけ漂わせてから、シクラが真面目な表情で口を開く。
「それでは、説明を始めます。魔法はいくつかの属性に分けられますが、どの魔法も原則として3つの法則――『術者の適性』と『術者のイメージ』と、それを効率良く具現化するための『言霊の力』――によって発動します」
僕も覚えている。この3つは「魔法の概念を考えるときに、とても大切だ」と入門用の魔法書に書いてあったから。――というよりも、むしろ僕が読んだ「ほぼ全ての魔法書」の最初のページに書かれてあったような記憶がある。多分、この法則を魔法書の冒頭に書くことが1つの様式美になるくらい、重要なことなのだろう。
シクラが、言葉を続ける。
「魔法の発動において『言霊』は、とても大切なものです。術者の『適性』や『イメージ』の二要素だけでも魔法が発動しないわけではないのですが、その場合、求められる消費MPが膨大な量になってしまいます。そこで消費MPを抑えるのに必要になるのが『言霊』です。言霊の力によって、消費MPが100分の1から5000分の1になると言われています」
ここら辺の話も、魔法の入門書に書いてあったのを覚えている。
「事実上、言霊の力が無いと魔法は発動しないということだよね?」
「そうです。ミオさんは『術者の適性』によって複数の属性の魔法が使えますし、『術者のイメージ』によって完全無詠唱や短縮詠唱を使えます。が、それでも最初に魔法を使う時には魔法を詠唱する必要があるって言っていましたよね? それは、言霊の力を借りている――言い換えるなら、『言霊との契約』をしている――のです。ここまでは大丈夫ですか?」
「うん、OKだよ」
「それでは、話を続けます。原則として、魔法には、いにしえから伝わってきている『基礎魔法』と、それを発展させた『応用魔法』が存在します。例えば、基礎魔法は『火を起こす』ですとか『風を起こす』といったように、単純な効果を持つものが多いです。単純ゆえに使用するための条件が緩い――具体的には『術者のイメージ』が曖昧でも発動する――のですが、そういうシンプルな構造ゆえに、出力や対象範囲の調整が難しかったり、術者への負担が大きかったり、誤爆してしまったりと、多くのデメリットがあります」
小さく区切って、シクラが言葉を続ける。
「そのデメリットを改善したのが『応用魔法』です。消費MPを抑える言霊回路を使用したり、威力を制御する回路を組み込んだり、逆に効果を増幅させる回路を組み込んだりと――現在、使用されている魔法の多くは、この応用魔法に分類されます。魔法書に掲載されている魔法の99%は、この応用魔法だと思っても大丈夫です」
シクラが目線を僕に合わせてきたから、続けてくれるよう、視線を返す。
「ここで話をまとめますね。魔法のアレンジは、強引に言うと『基礎魔法→応用魔法→アレンジ魔法』という順に細分化している関係と言えます。もちろん、応用魔法から応用魔法が生まれることもありますし、アレンジ魔法がさらにアレンジされることもあります。でも、そこは具体的な例を挙げながら説明しないと思考が絡まっちゃいますので、今は省略しちゃいますね。――ということで、とりあえず、これで魔法の基本とアレンジの関係の説明は終わりです。何か質問はありますか?」
「とりあえず、イメージができたよ、ありがとう。でも、魔法のアレンジって、僕みたいな初心者にも簡単にできるモノなのかな?」
「そうですね――基本的に、初心者には魔法のアレンジを教えたらいけないと言われています。基礎ができないうちにアレンジを覚えてしまうと、変な癖がついてしまって魔法の才能の成長を阻害してしまうらしいんです」
「ミオさん、料理と一緒ですよ。基礎ができていない人が、アレンジ料理に手を出しても美味しくなりませんから」
笑顔のラズベリに、グスターが不思議そうな表情を浮かべる。
「ん? ラズベリは料理苦手じゃなかったか? ――だからそこ語れる、体験談か?」
「グスターちゃん! 悪いことをいうお口は、摘まんであげますよ~♪」
「うぁっ、地味に怖いから、止~め~て~!!」
グスターとラズベリが、きゃいきゃいとじゃれ始めた。
それを見て微笑みながら、シクラが追加説明をしてくれる。
「ミオさまも、慣れてきたらアレンジにチャレンジしてみてください。難しさは、属性や内容次第です。例えば、聖属性の魔法は神との契約ですから一字一句間違えただけで発動しないことが多いですし、禁呪の類もアレンジしようとしたら制御が難しくなります。逆に、初級魔法ならば、言い回しを使いやすくするとか、威力の微調整をするとか、個人でアレンジすることも簡単です」
「個人でアレンジする時は、どんなことに注意すれば良いの?」
「詠唱しやすいように言い回しを変えたり、音を踏んでみたり、語呂合わせをしてみたり、アレンジにも色々と『お約束』があります。が――これを詳しく説明しようとしたら、一晩じゃ足りないですね。また今度、一緒に練習することでいいですか?」
苦笑するシクラ。
はにかむようなその笑顔に、思わず僕も笑みを返していた。
「それもそうだね。また時間のある時に教えて欲しいな。――話は変わるけれど、応用魔法の開発となると、やっぱり難しいことなの?」
「えっと、それなりの勉強をした人なら出来ないこともないですが……実用性があるモノと言われると、かなり難しいみたいです。原則として魔法は『丸暗記&暗唱しないと発動しないモノ』なのですが、魔法開発の入門書に則って応用魔法を作ったら、詠唱部分がとてつもなく長くなってしまうんです」
シクラの言葉に、グスターとじゃれていたラズベリが口を開く。
「実際、応用魔法を開発するのには、膨大な資金と数ヶ月から数十年単位の時間が必要です。どんなに威力や効果が高くても、実戦や日常で使えない魔法を使う人はいませんから、術者のイメージを適切な言霊に置き換えていく『短縮作業』が必要になるのです」
「ということは、魔法は簡単には開発できないモノなんだね。ちょっと残念かな……ん? でも、あれ? そうなると――ミクニ先生はどうやって魔法を開発したの? 最高圧力水刃は確か、ミクニ先生が編み出した魔法だよね?」
「はい。ミクニ先生は、わたくしの知っているものだけで5つの新魔法を開発しています。例えば、最高圧力水刃はミクニ先生のオリジナル魔法ですし、Yウイルスを発見するのに使用した電子顕微鏡もミクニ先生のオリジナル魔法です」
「電子顕微鏡を魔法で再現しちゃうなんて……すごい人だったんだね」
僕の言葉に、シクラがこくりと頷いて、小さくはにかむ。
「そうなんですよ♪」
その表情は、どこかミクニ先生のことを吹っ切れたような良い笑顔だった。
シクラが言葉を続ける。
「本当にすごい人でした。でも、魔法の開発は、試行錯誤の繰り返しだったみたいです。……確か、先生の残した資料に、魔法開発のことをまとめた研究ノートが入っていたはずです。私には内容が理解できなかったのですが、タイトルは『mmm』です」
シクラに言われて、無限収納の中の資料を検索する。
単語検索をすると「mmm」で23冊のノートがヒットした。連番で数字がふられている。「その1」と書かれたノートをメニュー画面経由で開くと――いきなり重要なキーワードが目に飛び込んできた。
ミクニ先生曰く「魔法開発はオブジェクト指向のプログラミング」で「言霊は関数と同じ」らしい。他にも、呪文のイメージの練り方、言霊の組み合わせ方法、確認されているバグetc……目につくだけでも、色々と便利そうな項目が並んでいる。
ミクニ先生のノートを見て、改めて思う。
やっぱり、先人の知恵は借りた方が物事はスムーズにいきそうだ。
「mmm」とか「メモ」とか「xyz」とかいうように、分かりにくいタイトルばかりだったから手を付けていなかったけれど――これからは、意識的に時間を作って、ミクニ先生の遺しておいた資料を読み解いていこう。
Yウイルスに対抗するためのヒントも隠れているだろうし、魔法チートの輪郭も朧げに見えてきたような気がする。
でも、実現のためには、聖女騎士団長のリアトリスさんと女王様の説得が欠かせない。グスターやラズベリやシクラとの連携が欠かせない。
さぁ、もう少しだけ、頭を働かせよう♪




