第36話_下準備は大切です
=三青の視点=
何とか、無事に地雷除去は完了した。
シクラもグスターもラズベリも、ご機嫌そうな顔でハーブティーを飲んでいる。
僕の気遣いや配慮は、みんなが仲良くいるためにとても大切なことだから、これからも精進したい。
ふと、ラズベリと目線がぶつかった。どこか少し……というか、気が付けば、かなり真面目な表情。
口元に運んでいたティーカップをソーサーに置いて、ラズベリが口を開く。
「ミオさん、実際、どのように――リアトリス様や女王陛下を説得すれば良いと思いますか? 現状では聖女騎士団とぶつかるのは避けられませんが、ただ制圧すれば終わりという問題じゃありません。その後ろに控えている、リアトリス様や女王陛下との話し合いを綺麗にまとめなければ、わたくし達は咎人になってしまいます」
「グスターも、縛り首や斬首は嫌だな」
「私も嫌ですよ。絶対に、説得を成功させないといけません!」
真剣な表情に変わった2人の言葉に頷きながら、話を切り出したラズベリの続きを促す。
何か言いたげな表情だから。
「ラズベリは、どんな風に考えているの? 色々な切り口があると思うけれど、ラズベリの視点を教えて欲しいな」
=ラズベリの視点=
ミオさんは、頭が良いから大好きです。
わたくしの中で、ある程度の考えがまとまっていることを理解してくれていました。
もったいぶる気も、その必要も無いので、すぐに頷いて口を開きます。
「まず問題になるのが、ミオさんやグスターちゃんの存在を、女王陛下やリアトリス様に何と説明するかです。高レベルの悪魔ということになっているミオさんや魔神であるグスターちゃんが、『魔族が使っている単為生殖を教える』と言っても、女王陛下やリアトリス様が素直に受け入れてくれるとは思えません。邪法扱いされて、切り捨てられてしまうのが普通かと思います」
わたくしの言葉に、ミオさんは軽く首を縦に振って頷き、グスターちゃんは「ふむふむ。物理的にも斬り捨てられるな」と呟きました。
隣にいるシクラを見ると、ちょうど口を開いたところでした。
「お母さま、そこは『謎の魔法使いグスターさん』が単為生殖の魔法を開発したということにして誤魔化せないでしょうか? 何もグスターさんが魔神だとか、単為生殖が魔族の魔法だとか、正直に話す必要は無いと思うんです」
シクラの案は悪くないです。わたくしも全部正直に話す必要はないと思いますから。
……前提条件が間違っていますけれど。
「レベルの問題はどうしますか? ミオさんやグスターちゃんのレベルは、聖女騎士団や女王陛下に隠し切れるものではありませんよ?」
わたくしの言葉にシクラが口ごもります。
「それは……ミオさまやグスターさんのレベルは、ステータスを詐称する魔法具では隠し切れないので、正直に言うしかありませんが……」
困った、というようなシクラの声に、グスターちゃんが首を傾げました。
「ん? グスターやご主人様のレベル、シクラ達が持っている認識偽装の魔法具じゃ隠せないのか?」
「はい。この城にある一番性能が良い認識阻害の魔法具でも、誤魔化せるのは鑑定石やレベル99までの鑑定スキル持ちまでです。レベル120を超えるような高レベルの鑑定スキル持ちの前では、グスターさんやミオさまのレベルは誤魔化せ――ないです……よね?」
最後の方、シクラの声が疑問形になっていました。
不思議そうな表情をしているグスターちゃんの様子から、シクラもソレに気付いたみたいです。
グスターちゃんの狼耳が、少し得意げにピコピコ動きます。
「ふふんっ♪ グスターが持っている魔法具なら、昔、レベル650の魔神の鑑定も誤魔化せたぞ!」
予想通りの言葉です。
シクラがやや引いたような表情を浮かべていますけれど。
「……えっと、そんな魔法具が、本当に実在するんですか?」
「ああ。昔、配下のハイ・エルフにそういうのが得意な奴がいてな、グスターの魔法箱の中に、今もたくさん入っているぞ? 指輪にピアス、ネックレスに腕輪、色々とある。昔はグスターも、魔族の街に入る時や強敵と戦う時に使っていたんだ」
ずっと聞き役に徹していたミオさんが、真面目な顔で口を開きます。
「グスター、それってどの程度まで偽装が出来るの?」
「そうだな……1番便利でおススメなやつは、自分のレベルやステータスを最大値として、数値を自由に設定可能な腕輪だな♪ ランダムな値を出すやつもあるけれど、鑑定されるたびに数字が違うと不審がられるから、自分で決められた数値を出せる方が便利だと思うだろ?」
「グスターさんっ、今、試すことは出来ますか!? 私の眼でも見破れない魔法具だったら、この大陸で見破れる人間はいないと思うんです!」
興奮気味のシクラの言葉に、グスターちゃんが頷きます。
「試してみるか。ちょっと待ってろ、今魔法箱から出す。――あった。ご主人様とグスターが身に着ければいいんだよな?」
そう言って、グスターちゃんが魔法箱から2つの腕輪を取り出します。
シンプルな銀の腕輪。パッと見た感じでは、高性能の魔法具にはとても見えませんが――グスターちゃんは、そのうちの1つをミオさんに手渡しました。
「ご主人様。この腕輪をつけてから『ステータス偽装』と唱えるんだ。後は、視界の端にステータスの数字が出るから、頭の中で念じて自分の好きな値に変更すれば良い。もちろん、名前や性別、称号の付け外しや変更なんかもできるぞ」
「分かった。試してみるよ、グスター」
「ミオさん、言われなくても分かっているかと思いますが――」
わたくしの言葉に、ミオさんが頷きます。
「性別は、女で設定しておくね。女王様や聖女騎士団に男だとバレて、良いことは何も無いから」
「はい、お願いします」
グスターちゃんが口を開く。
「あ、でも、1つだけご主人様に注意しておく。ステータス値はレベルに合わせた数字にしておかないと、怪しまれるぞ。レベル20なのにHP5000越えとかありえないからな。昔、グスターは桁を1つ間違えてバレたことがある♪」
真面目な顔でどこか自慢げに言い切ったグスターちゃんに、ミオさんが小さく笑顔を返す。
やっぱり、グスターちゃんは、可愛いです。
「了解。程々にしておくよ。――ちなみにラズベリ、どのくらいのレベルやステータス値にしておいたら良いと思う?」
ミオさんの言葉に、頭の中で少し考えます。答えはすぐに浮かびました。
「そうですね、ミオさんはレベル180くらい、HPやMPは5000~6000前後にしておいたら良いと思います。攻撃力は2000程、魔法防御はちょっと多目の2600程度で」
少し不思議そうな表情をミオさんが作ります。
「ラズベリ、人族は聖女騎士団のリアトリスさんって人のレベル230くらいが最高じゃないの? レベルを180と高めに設定する理由を聞いても良い?」
「はい。ミオさんが女王陛下と謁見する場合、リリーが報告した内容と整合性が取れていないといけません。ミオさんは氷地獄ノ業火を無効化しましたので、ある程度のレベルや魔法防御が無いとダメなんです。その上で、ミオさんのことが王国の脅威にはギリギリならないと女王様や聖女騎士団が判断できるレベルじゃないといけないんです。王国の脅威だと思われると、暗殺されかねませんからね」
事実、わたくしも最初にミオさんに出会ったときに、消さなければならないと感じましたから。
そんなことを考えていたのが伝わったのか、ミオさんが苦笑します。
「僕も、暗殺されるのは嫌だな。でも、レベル180で本当に良いの?」
「はい。レベル180程度なら聖女騎士団の隊長クラスにもいますし、ミオさんのことは『異世界の勇者』でごり押ししますから。過去にも、レベル200前後で召喚された勇者様は記録上で何人かいますし、逆に中途半端に低いレベルだと行動に制限が生まれてしまいます。自分よりも弱い相手に、剣術を知らないミオさんは、手加減とかできないですよね?」
「それもそうだね……分かった、ラズベリの言う通りにしようかな。説明ありがとう」
そう言って、ミオさんが何かを考えている表情を作ります。多分、頭の中でステータスに値を振っているのでしょう。
――1分くらい経ったでしょうか? ゆっくりとミオさんが口を開きました。
「シクラ、用意が出来たからステータスを見てもらっても良いかな?」
「グスターも数字を割り振ったぞ! シクラに見て欲しい♪」
「了解です。それじゃ、私の眼で見てみますね」
=シクラの視点=
私が「神から授けられし鑑定眼」を発動するのと同時に、ミオさまのステータスが表示される。ここまで、違和感は覚えない。
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(基本情報)
・名称:ヤマシタ・ミオ
・年齢:16歳
・性別:女
・種族:人族
・レベル:180
・HP:5940/5940
・MP:5042/5042
・LP:17/17
・STR(筋力):2050
・DEF(防御力):2665
・INT(賢さ):2185
・AGI(素早さ):2080
・LUK(運):956
(スキル)
――「省略」――
(称号)
・魚好き
・お人好し
====
すごい、本当に私の眼で見ても、偽装しているって分からない。
これなら聖女騎士団のチェックを通り抜けられるだろう。
次にグスターさんのステータスもチェックする。
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(基本情報)
・名称:グスター
・年齢:14歳
・性別:女
・種族:狼人族
・レベル:128
・HP:4096/4096
・MP:4224/4224
・LP:18/18
・STR(筋力):1583
・DEF(防御力):1821
・INT(賢さ):1050
・AGI(素早さ):2458
・LUK(運):3
(スキル)
――「省略」――
(称号)
・ドジっ娘
====
こっちも、特に問題なし。
運がとても低いけれど、称号に「ドジっ娘」が付いているから、ギリギリ不自然では無い。――と思いたい。
元々の最大値が低いのだから、どうしようもないのだけれど。
「ミオさま、グスターさん、二人とも問題無しです。私の眼で見ても、違和感がないです!」
若干、弾んだ声になっている私に、ミオさまが笑顔を返してくれた。
「ありがとう、シクラ。グスター、この腕輪はしばらく借りていても良いの?」
「良いぞ? どうせ女王様に会いに行かないといけないんだし、これから聖女騎士団と戦うことを考えたら、ステータスを偽装しておいた方がトラブルも少なそうだしな」
「ありがとう、グスター。おかげで、聖女騎士団や女王様に対するアプローチがちょっと変えられると思う」
「むふふっ♪ もっと褒めて良いぞっ♪ グスターはすごいのだ!」
胸を張るグスターさんに、思わず全員が笑顔になっていた。
=三青の視点=
僕の「人物鑑定」スキルやグスターの「魔眼」スキルを使って、お互いのステータスを一通り確認した後、女王様との謁見の話になった。
余談だけれど、グスターの魔眼は魔法具の値に誤魔化されてしまったのに対して、僕の人物鑑定は魔法具で設定した値に加えて、本来の値を(HP:12345/12345)といったように表示していた。
シクラの固有スキルだけじゃなくて、レベル532のグスターの魔眼を誤魔化せるのだから、グスターが貸してくれた認識阻害の魔法具の性能はかなり高いと考えていいだろう。
「――ということで。今回、グスターの身分を天使族じゃなくて狼人族に偽装できるみたいだから、最初にシクラが言っていた通り、単為生殖が魔族の魔法だということを隠しておいた方が良いと思うな。魔族の魔法となると、ほぼ絶対とも言えるくらい、抵抗感が生まれるだろうし」
僕の言葉に、シクラが嬉しそうに頷く。
「ミオさま、そこはやっぱり『謎の魔法使いグスターさん』が単為生殖の魔法を開発したということにするんですよね♪」
「う~ん、それはちょっと難しいかも……」
「難しいのか?」
不思議そうな顔でグスターが呟き、言葉を続ける。
「グスターが、単為生殖を開発したということじゃ、ダメなのか?」
どこか残念そうな表情。
少しだけ、罪悪感を覚えてしまった僕がいるのは気のせいなんかじゃない。
「グスター、別に意地悪している訳じゃないんだよ? なんと説明したらイメージが掴めるかな? ……そうだね、グスターは、単為生殖の『魔法の理論』を説明して欲しいと言われて、女王様に説明出来るかな?」
僕の問いかけに、グスターが胸を張る。
「ふふっ、これだけは自信を持って言えるぞ!」
そこで言葉を区切り、小さく溜めて、ゆっくりと口を動かすグスター。
「絶対に、説明は無理だなっ♪」
……思わず、力が抜けてしまう。
シクラやラズベリも、僕と似たような感想を持ったみたいだ。
「グスター。一瞬、『大丈夫。任せてくれ♪』って言うのかなって思ったよ。でも……そうだよね。自分達で開発したと言えば、女王様は絶対に詳細を突っ込んで聞いて来ると思うんだ。どうやって開発したのか? どんな理論なのか? どんなリスクがあるのか? というみたいに」
「でも、ミオさん。そうとはいえ、誰かが開発したことにしないと、わたくし達が単為生殖の魔法を知っている説明が付かないですよ?」
「ラズベリ、それは……そうなのだけれど……難しいね……」
うん。ラズベリの言うことももっともだ。何処の誰が開発したのか、そしてそれが何故僕らの手元にあるのか、それを説明できないと辻褄が合わないのだ。
「あのっ! 私、良いこと思い付いたんですけれど!」
シクラが小さく叫んだ。
その表情は、ワクワクというか、ニコニコしていて、ちょっと誇らしげな感じだ。
「うん、シクラ、聞かせて?」
「グスターも聞きたいぞ?」
「はいっ! えっと、ミオさまが元いた世界で使われていた――ということにしたらダメですか? そうすれば、『異世界の魔法だから、こっちで使えるのか安全性を検証しないといけない』とか言って、それなりの実証実験をしたり、セーフティーをかけたりすることが出来ると思うんです。何よりも、アマゾネスやサキュバスが使っているというより、異世界の人が使っていたと言う方が、抵抗感が少ないです。あとは、もしも将来的に同じ魔法が魔族の間で使われていると知られても、『異世界でも同じ魔法が使われていたんだな』って納得しやすいと思いますし」
一気に続けたシクラの言葉に、一瞬、静寂が訪れた。
全員が、目線だけで会話をしていた。
ゆっくりと、空気が動いていく。
「シクラ、それ、良いアイディアだよ!」「わたくしも、とても良いと思います!」「採用だな♪」
僕達3人の声が重なった。
場の雰囲気が和んで、シクラも、ちょっとだけ自慢げな顔を浮かべる。
こくりと頷いて、ラズベリが口を開いた。
「――となると、少なくとも、ミオさんは単為生殖を使えないといけないですね。説明する人が、魔法を使えないのはおかしいですから」
「大丈夫かな? グスター、僕にも使えると思う?」
「ご主人様、そこは多分、大丈夫だ。ご主人様はグスターよりもステータスが高いし、グスターの10分の1程度のレベルしかないアマゾネス達も比較的簡単に使っていた魔法だから。その気になれば、シクラやラズベリも、コツをつかめれば習得できると思うしな♪」
グスターの言葉に、ラズベリの表情が曇る。
「そうなると、逆に問題が出てきますね……。女性を妊娠させる魔法を、悪意がある人間に、悪用されると困ります」
でも、グスターが軽い表情で首を横に振る。
「ラズベリ、そこは大丈夫だぞ? 魔法をかけられる女性が本当に妊娠を望まない限り、子どもは出来ない仕組みになっているからな。具体的には、魔法の詠唱の中に悪用防止回路が組み込まれているんだ」
「その回路は、削除することは可能ですか?」
「多分、不可能じゃないけれど……回路部分の詠唱を意図的にとばしたら、術者がそれなりの代償を払うことになる設計だったと思う。寿命が削られるとか、そもそも消費MPが莫大な量になって発動できないとか――アマゾネスやサキュバスが何千年何万年と使ってきた魔法だ。小手先のことでは、簡単に悪用出来ないような設計になっている」
「そう言われると、説得力がありますね」
「ん? ちょっと待って」
「はい? ミオさん、どうかしましたか?」「どうかしたのか、ご主人様?」
「えっと『悪用防止回路を削除する』って――魔法には法則があるって、前に聞いてはいたけれど――魔法は、自分で改良や改悪できるモノなの?」
「え? できますよ?」「ミオさま、言いませんでしたか?」「ご主人様、知らなかったのか? 自分に合わせて魔法の『最適化』とか普通にするだろ?」
……どうやら、こっちの世界では魔法は自由に改良できるモノらしい。
その新しい発見に、少しだけ心が弾んでいる僕がいるのは多分、気のせいなんかじゃない。
僕にも、「魔法チートの時間」がやってきた――のかな?




