第33話_対抗手段いろいろ
=三青の視点=
メニュー表示の時計を見ると、午後21時を少し過ぎている。
日本にいた頃は当然のように起きていた時間だけれど、太陽とともに生活しているこっちの世界では、結構遅い時間だ。明日も朝日が昇る前に動き出すことを考えると、僕らの話し合いも、もうそろそろ切り上げないといけないだろう。とりあえず、聖女騎士団と戦うことを決めたのだから、丸一日は用意の時間が出来たのだし。
そんなことを考えながら、グスターに目線を向ける。
「話を大きく戻すけれど――グスターは、何か非殺傷系の魔法やスキル、使えるの?」
「あ、わたくしも知りたいです。グスターちゃんは何か、敵を無力化させる魔法やスキルを知っていますか? 知っていれば、聖女騎士団を無力化する効率が上がりますけれど――「ん? もちろん、知っているぞ?」」
ラズベリの言葉を遮って、少し自慢げに尻尾を揺らしてから、グスターが言葉を続ける。
「そうだな……グスターが知っているのは、『麻痺』『気絶』『拘束』『HP吸収』『弱感電』『睡眠』『封印』くらいだな」
「グスターちゃん。封印は、聖女騎士団とはいえ人間には耐えられませんので、相手を殺してしまうことになりますから、今回は除外して下さいな」
ラズベリの言葉に、グスターが狼耳をぴこぴこ動かした。
「了解だ。うっかり使わないように、気を付けることにする」
「よろしくお願いします。ちなみに、ミオさんが今、使えるのはどんなモノがありますか?」
ラズベリの問いかけに、メニューを確認してから答える。
「僕は、前にラズベリが言っていた『麻痺』『気絶』『拘束』『HP吸収』『MP吸収』『弱感電』『睡眠』は使えるよ。詠唱を覚えたから」
「それは――凄いですね」
驚いたような表情を浮かべるラズベリ。
何だか、ちょっとくすぐったい。
でも、すぐにラズベリの表情が若干、曇る。
「だけれど――それだけだと――ちょっとまずいです。ミオさんとグスターちゃんが挙げた中で、HP吸収とMP吸収以外の魔法は、全属性の耐性護符を持っている聖女騎士団に無力化されてしまいますから」
「お母さま、聖女騎士団は全員が、全属性の耐性護符を持っているんですか? たしか、全属性の耐性護符って、とても高価で領主クラスの貴族しか持てないものですよね?」
ちょっとにわかには信じられないといった様子のシクラに、ラズベリが首を横に振る。
「確かにシクラの言う通りですが、相手は王国最強の騎士団ですよ? 装備品は一級のモノを使っていると仮定しておいた方が良いです」
その言葉に納得がいったのか、シクラが表情を引き締める。
そしてグスターの方に視線を向けた。
「……そうなると、グスターさん、何か良い魔法を知りませんか? 聖女騎士団への対抗手段がHP吸収だけだと少し厳しいと思うんです。例えば、他の大陸の魔法とかありませんか?」
「う~ん、そうだな。他の大陸の言語の『麻痺』とか『気絶』とかの魔法ならどうだ? 言葉が違えば、全属性とはいえ、護符で無力化できないんじゃないか?」
グスターの言葉に、ラズベリが口を開く。
「残念ながら、それは無理ですね。例をあげると、麻痺は魔法だけじゃなくて魔物の毒とかにも対応できるように汎用性を持って設計がされていますし、気絶の魔法も他大陸との戦争があった時に、違う言語でも防げるように改良されていましたから」
「そうなのか。それじゃ……急所を狙う『当て身』はどうだ? 魔法じゃないし、色々なスキルの種類があるから、無効化できないと思うが」
「当て身は良いですね。グスターちゃんも使えるのですか?」
「ふふんっ♪ 言い出しっぺが使えないとでも思うか? グスターは、一時期『合気道柔術』にハマっていたことがあってな、当て身は色々と使えるんだぞ?」
「『あいきどうじゅうじゅつ』ですか? 聞いたことの無い武術ですね」
「ああ。東大陸のさらに東にある小さな島国の武術だからな。――っと、今思い出したのだが、その合気道柔術を教えてくれたじいちゃんが作ってくれた『ミジンコ』という武器があるのだが、3人は聞いたことあるか?」
「みじんこ?」「私は知らないです」「わたくしも」
「紐の両端に重りが付いただけの単純な武器なんだが、これを投げられると身体に絡まって大変なことになってな。身動きが取れなくなる上に、重りが当たると結構痛いんだ。剣や鎌では防げないし――今回も、上手く使えれば相手を殺さずに捕まえることが出来ると思う」
グスターの言葉に、僕は「微塵」を頭に思い浮かべてしまった。
別名「ボーラ」とも呼ばれ、南米のインカ帝国でも使われていたし、世界各地で狩猟に使われていた投擲武器。日本の八幡系神社にも『最強武器』として奉納されている。――と日本にいた時の軍事関連が大好きだった友達が、酒を飲んだ時に熱く語っていたのを思い出したのだ。本当か嘘か分からないけれど。
「グスター、ミジンコってもしかして『重りをつけた2本のロープをX字型やY字型に結んだもの』じゃない?」
「そうだ。流石、ご主人様だな。ミジンコには4本足の奴と3本足と1本足のやつがある」
「ありがと。僕が元いた世界にも、同じような武器があったんだ。ミジンコじゃなくて『微塵』とか『ボーラ』という呼び方だったんだけれど――シクラやラズベリは知らない?」
僕の言葉に、シクラが首を横に振る。
「いいえ、私は知らないです」
「わたくしも、シクラと同じですが――話を聞いている限り、ロープに重りをつけただけですよね? そんなモノが武器になるんですか?」
「ん~、僕が知り合いから聞いた限りだと、結構、便利な武器らしいんだけれど――「グスターは魔法箱に、練習用のミジンコ持っているぞ? ラズベリ、実演してみるか?」」
わくわくといったグスターの表情に、ラズベリが小さく考える仕草をする。
「そうですね……はい、せっかくですし、お願いします♪」
うむっ♪ と笑ってからグスターが魔法箱から1メートル位の紐の束を取り出した。4本タイプのミジンコだろう。重りの部分が、怪我をしないように綿と布でカバーされていた。
「当たったらちょこっと痛いけれど――ラズベリ、手加減するから、魔法杖で払い落とせるなら、払い落してみてくれ」
「はい。やってみます」
ラズベリが寝間着のまま金属杖を持って部屋の奥に移動する。
小さく合図をしてから、グスターがミジンコを投げた。ラズベリが、困惑した顔になる。
「こんなにゆっくり? 打ち落とせま――っきゃぁ!」
無造作にミジンコを杖で払い落そうとして、逆にミジンコの足を広げてしまったラズベリ。杖ごとロープでぐるぐる巻きにされていた。
「う、ちょ――あれ? 取れない……ミオさん?」
ラズベリがうるうるした瞳で僕を見る。可愛い過ぎて鼻血が出そうになった。……胸に紐が喰い込んで、禁断の果実が強調されているからでは決してない。
「待ってて、ラズベリ。今、外すから」
ラズベリの胸の前で捩じれているミジンコの足をほどきながら、会話を続ける。
「今、グスターが軽く投げただけでこの威力だよ。本気で投げたらどうなるのか、ラズベリもイメージ出来た?」
「ううっ……もう一回、もう一回、良いですか? 重りの部分に杖を上手く当てられたら、完全に防げると思うんです!」
「ラズベリはそう思うのか? グスターが本気を見せてやろう♪」
グスターの自慢げな声に、ラズベリが小さな笑みをこぼす。
……なんでだろ? 「女のバトル」という言葉が脳裏に浮かんでしまった。おっぱいに触らないように紐を解くのが、精神的にも物理的にも大変だから止めて――とは言えない雰囲気。
仕方がないから、ミジンコをグスターに手渡して距離を取る。
ラズベリも真剣な表情で杖を構えていた。
「それじゃ、行くぞ!」
グスターがミジンコを投げた直後、ラズベリが叫ぶ!
「……その清き胸元に抱きたまえ。光ノ障壁!」
バキィンという激しい音を立ててから、魔法障壁に張り付くようにミジンコの足がX字に伸びた。そして、障壁に阻まれてゆっくりと床に落ちる。
口元に笑みを浮かべながら、ラズベリが障壁を解除する。
でも、グスターはというと、若干、不機嫌そうに尻尾を膨らませていた。
「ラズベリ、合図の前に詠唱を開始しているなんて、ずるいぞ!」
「ふふふっ♪ 誰が杖で打ち落とすと言いましたか? 結果的に防いだ者が正義なのです!」
「うくっ!」
グスターが崩れ落ちる。
「――なんてな。隙ありっ♪」
そう叫ぶと、グスターは隠し持っていたI字型の一本足のミジンコをラズベリに投げつけた。とっさに杖で縦に払ったラズベリだったけれど、杖と腕にミジンコが絡まり付く。
さらにグスターが2本目、3本目のミジンコを魔法箱から取り出して投げつける。
「っ、きゃ! ――っていうか、グスターちゃん! 痛いですっ!!」
「あ、ごめん、つい練習用じゃないヤツも投げてた」
紐が脚に絡みついて海老フライ状態になっているラズベリ。怒っているんだろうけれど、何だか可愛くて、ずっと見ていたくなるような気がした。
「ちょっと、今の絶対、後で痣になるダメージでしたよ!? たぶん、擦りむいています!! ミオさんに、優しく治癒をかけてもらわないと1週間くらい治らないかもです!」
そう言いながら、ラズベリがぴょんぴょん跳ねて、僕に近付いて――っと、コケた。
慌ててラズベリを受け止める。
「ミオさん、ありがとうございます♪」
ラズベリが甘えるような声で僕の耳に囁いた。
それのおかげで、ラズベリが、わざとコケたのだと判ってしまった。……こういうところが可愛いから、僕はラズベリが大好きなんだけれど。
紐を解くために、改めて腕の中のラズベリを見る。
両手が縛られて、足元も縛られて、何だか胸元もヤバい感じで強調されて……いけない。僕は紳士なのだ。ラズベリの治療を真面目にしないとダメなんだ。
治癒をかけるために、ラズベリの脚に手を伸ばそうとした瞬間、シクラがそっと僕の手を止める。思わず「びくっ!」ってなってしまったけれど他意は無い。
……うん、ちょっと驚いてしまっただけだ。
「我は水の精霊に問いかける。我の望みを知るのなら、我の望みが許されるのなら、青き水の力でこの者の傷を癒せ。――水治癒!」
魔法の発動と同時に、シクラの手が水色に光る。
と、ラズベリが小さく頬を膨らませた。
「シクラ、ありがとうございます。でも、ミオさんとのじゃれ合いを邪魔するのは――同じ妻になる相手に嫉妬するのは――ちょっと心が狭いと注意しておきますよ? 独り占めは美徳じゃありません」
「うくっ……だって……ミオさまは、私には、あんまりえっちなことをしてくれないんですもの! 私にはグスターちゃんみたいに抱きしめたくなる可愛いパーツはついていないし、胸だってお母さまに負けているし……不安なのです……」
ちょっと涙目になっているシクラ。
口元と握りしめられた両手に、ぎゅっと力が入っているのが分かってしまった。
あ、これはまずい。
本能的に、そう悟ってしまった。
ゆっくりと手を伸ばして、シクラの頭を撫でる。
「ごめん、シクラ。シクラは真面目だから、嫌がられることをしちゃいけないって、どこか心の中で我慢していたんだと思う。それがシクラの気持ちを傷つけることに繋がっていると気付けなくてごめん」
シクラの肩から力が抜ける。
真っすぐに僕を見ている水色の瞳に、小さく笑顔を返す。
「僕は、シクラのことたまらなく魅力的に感じるよ? ――でも、これからは我慢しなくて良いのかな?」
「そっ……それは……」
ボンっと音がしそうな勢いでシクラの顔が赤くなる。
うにゃうにゃになった口元を、シクラがゆっくりと開いて、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「うぅ~。我慢は……身体に悪いですから……。でも……いきなり激しいのは困ります……優しく……しっ、し、し、して下さい。だけど……このままじゃ……私は自信が持てないです。……だから、ミオさんに……言葉の証明を……も、求めます。私にも……きっ、キスを……して下さい……っ!!」
顔を真っ赤に染めているシクラが可愛い。グスターとラズベリが、キラキラした瞳で僕らを見つめているけれど――ここで逃げるのは、3ヶ月後に夫になる者としてダメだろう。
そっとシクラの肩を抱き、首を傾け、目を閉じて、優しく唇を重ねる。
「ぅん♪」
シクラが小さく笑った気がした――瞬間、「にゅるり」と舌が入ってきた。
そしてすぐに逃げるように出て行く。
「ミオさま、ガードが甘いですっ♪」
ぱぁっと明るい表情でシクラが笑ってくれたけれど――
こういうところは母娘だなと思った。
「「……」」
視線を横から感じる。
もちろん、グスターとラズベリだ。
「ご主人様、可愛いグスターにも愛の証を!」
「ミオさん、哀れなわたくしにも愛の手を♪」
意識すると絶対に恥ずかしいから、2人にも3秒ずつキスをした。
短い時間だったのに、ラズベリが悪戯をしてきたのは……言うまでもない。
◇
一呼吸置いてから。
聖女騎士団の無効化が、HP吸収、当て身、ミジンコでそれなりに出来そうだという話の後、もう少し対抗手段が欲しいという話題になった。
魔法で僕が元いた世界の光と音の非殺傷攻撃が再現できないかと考えたけれど――ラズベリやグスターの話を聞く限りでは、魔法での再現は当分無理そうだ。光の魔法に閃光というものがあるらしいけれど、単純に音だけを出す魔法が存在しないらしいから。
「――とりあえず、何か良い手段がないか僕も考えておくよ。他にも詰めておかないといけない話があるから、そっちを先に済ませようか」
「時間も遅いですし、ミオさんの言う通りにするのが良さそうですね」「了解だ! グスターは正直、眠いぞ」「私も、他に良い魔法が無いか考えておきます」
3人の声が重なったことを確認してから、次の話に進むことにした。
夜は、長いようにみえて、意外と短いものだから。
この世界の夜も、もうすぐ明けると確信して。
次回、まったり夜食回を挟みます。




