第31話_結局、パジャマトークだから
=ラズベリの視点=
ぞくぞくっと鳥肌が立ちました。その後に、少しだけ眩暈がしました。
そしてソレに気付いた時、身体の芯が熱く火照りました。
本当に実在するなんて。こんなにもあっさり知ることが出来るなんて。
ミオさんには、わたくしが想像も出来ないなにかが憑いているのかもしれないと感じた瞬間でした。
◇
単為生殖。
ミオさんの口からその存在を聞いた後、わたくしの頭の中には「希望」という言葉が浮かんだのです。
それは女性だけで子どもを作ることが可能になる魔法。
Yウイルスの治療法とともに、人口減少対策として、ミクニ先生が人々を助けるために探し求めていた神話の中に出てくる魔法。
安全性に問題があるかもしれないです。
魔族の魔法ということで人々に忌避感があるかもしれないです。
女性を妊娠させるという魔法ですから、悪用されると困ります。
それでも、試してみる価値があると思いました。
ミオさんやシクラ達は心配していたみたいですが、わたくしが反対するなんてありえません。この魔法は、男性がほぼ絶滅した世界と、女性達の未来を救います。
ある程度の年齢になった女性なら誰でも一度は考えたことがあると思う、「自分の子どもがいつか欲しい」という願いを叶えられる魔法なのです。
でも――ここに来て、わたくしの頭の中に「危険」という言葉が芽生えて、大きな警鐘を鳴らしました。
単為生殖を広めるためには、幾つかの乗り越えないといけない高い壁があります。具体的には「聖女騎士団の説得」、「女王陛下への説明」、「王国民への説明」、「他国への説明」と段階を踏んで話を進めていくことが必要です。
ミオさんが勇者であることや、グスターちゃんが魔神であることにも、ある程度は触れないわけにはいきません。
でも、どうやったら聖女騎士団を説得できるのでしょうか? 女王陛下を納得させることが出来るでしょうか? 王国に剣を向けるということは、普通なら、斬首か縛り首です。
でも、ここで何もしないという選択肢はありません。
わたくし達は、『絶望を希望に変える方法』を知ってしまったのですから。
わたくし達は、『このままでは衰退する』と気付いてしまったのですから。
わたくし達は、『未来を手に入れたい』と心の奥から望んでしまったのですから。
「……ラズベリ、やっぱり駄目かな?」
気が付くと、ミオさんが少し不安そうな顔で私を見ていました。
グスターちゃんやシクラも同じような表情です。……いけない、課題が多すぎて、思考の海に溺れていました。肯定の意志を、まずは伝えておかなければならなかったのに。
「いいえ、わたくしも反対なんてしません。でも、いくつか気になることがあるのです」
とりあえず、ミオさんやグスターちゃん、シクラの考えを聞いてみましょう。みんなで考えた方が、良い案が出てくるでしょうから。
=三青の視点=
ラズベリが、紫氷瞳で僕の目を見つめてから、ゆっくりと口を開く。
「ミオさんの説明のおかげで、単為生殖を使えば、人間も女性だけで子どもを産める可能性が高いことは分かりました。わたくしも個人的には良い案だと思いますし、女王様に提案する価値は高いと思います。ですが――」
ラズベリが声を出すのを一度止めた。深呼吸をして、言葉を続ける。
「まずは、明後日やってくる聖女騎士団をどうするか、考えなければいけません。わたくし達全員の今後の運命が、明後日の対応次第で分かれます。『世界の救世主』になれるのか、『王国に逆らった反逆者』になってしまうのか、『失意の逃亡者』になってしまうのか」
真剣な口調のラズベリの言葉に、シクラが顔を曇らせる。
「……お母さま、反逆者は、ちょっと言い過ぎじゃないですか?」
「シクラは、そう思いますか? 聖女騎士団に剣を向けるということは、そうなる覚悟が必要ですよ?」
「誤解を解くために、身を守るために、一時的に剣を取ることも時には必要――「なんていうのは言い訳にもならないと王国は主張するでしょう。聖女騎士団に剣を向けるだけで、事実上の反逆者に確定ですから」――でも、それならお母さまは、無抵抗で投降するべきと言うのですか? あるいは、人口減少の解決策が見えているのに、逃げるべきと?」
困惑するようなシクラの言葉に、ラズベリが首を横に振る。
「投降も逃走も、どちらの選択肢もNGです。まず単純に考えて、単為生殖の魔法を王国民に広めるためには、女王陛下と謁見する必要があります。公の名の下に後ろ盾がある状態で広めないと、邪法としてわたくし達ごと闇に葬り去られてしまうのがオチでしょうから」
「それは私も分かります」「グスターも理解しているぞ!」
シクラとグスターの声に、僕も頷くことでラズベリに返事をする。
それを確認してから、ラズベリが言葉を続けた。
「一方で、ミオさんやシクラ達がグロッソ帝国に逃げたとしても――近いうちに単為生殖を広めるために女王陛下と接触することを考えると――最終的には聖女騎士団と、ぶつかることになります。その場合、一時的に逃げていた事実は不利になるでしょう」
「……お母さま、それではやっぱり、単為生殖を広めるためには『聖女騎士団と戦うしか道が無い』ということになりますよね?」
不安そうな表情のシクラの言葉に、ラズベリが僕の方を見る。
「ミオさんはどう思います? ミオさんの意見も聞いてみたいです」
「そうだね――まず、疑問に思ったのだけれど『一度逃げて、単為生殖を広めないで大人しくしている』という選択肢は無いと考えて良いのかな? 話を聞いていると、反逆者とかいう物騒な単語も聞こえてきたから――「ミオさん、今更、引けるものじゃないです」」
真剣なラズベリの言葉に、シクラとグスターも真面目な顔で頷く。
「そうです。絶望を希望に変えられる、せっかくのチャンスなのです」
「グスターもサポートするぞ? ミスっても、いざとなったら、みんなで他の大陸に逃げれば良いだけだしな♪」
「――分かった。ありがとう。それじゃ、みんなの身の安全が第一という前提で、話を続けるよ?」
一度、声を区切って、言葉を続ける。
「選択肢としては、正直、逃走も投降も『今回は無し』だと僕も思っていた。逃走は、後で理由を話すけれどデメリットが大きいし……投降することは、聖女騎士団にグスターが魔神だということがバレた場合に、良い結果に繋がるとは到底思えないし」
シクラの隣でグスターがうんうんと頷くのを横目で見ながら、言葉を続ける。
「でも、何らかの形で交渉することで、聖女騎士団との戦闘を避けたいなとも思うんだ。僕としては、討論は良いけれど、剣や魔法で直接戦うのは苦手だから。それに、レベル的に考えても、聖女騎士団と戦えるのは僕とグスターだけになると思うし」
そこで言葉を区切って、意見を聞くために、グスターに視線を向ける。
「ということで、戦うことになるグスターはどう思う?」
「グスターは、ご主人様の方針に従うぞ? でも死にたくはないから、攻撃されたら、それなりにやり返すけれどな♪ あと、グスターは思うんだが……『●●騎士団』って名乗るヤツらは、大抵自分が正義だと思い込んでいる。だから、話し合いで解決するなんて最初から無理だ。とりあえず2~3発殴らないと、言うこと聞かないと思うぞ?」
グスターの好戦的とも言える言葉に、ラズベリが、こくりと首を縦に振る。
「残念ながら、わたくしも120%の確率で戦闘は避けられないと思っています。昔、わたくしも聖女騎士団の下部組織の聖女準騎士団に所属していたので知っています。聖女騎士団は上の命令が絶対ですから、隊長格が相手でも、団員と話し合おうとするのは無駄の多い危険な行為です」
「例えるなら、狼の群れと同じだな♪」
腕を組みながらグスターが呟いた。
何故か、ちょっと自慢げに耳がぴこぴこ動いている。
でも、ラズベリは真面目な声で言葉を続ける。
「グスターちゃんの言う通りです。身内には優しいですが、敵に対しては非情で冷酷な存在、それが聖女騎士団です。トップのリアトリス様以外には、説得や交渉は無理だと思います」
「――ということは、逆に、リアトリスさんの首を縦に振らせれば、聖女騎士団はどうにでもなるということかな?」
僕の言葉に、ラズベリが苦笑いを浮かべる。
「それが可能でしたら、ですけれど。あと、付け加えるのなら縦に振らせるのは女王陛下の首でも良いです。女王陛下が是と言えば、リアトリス様も非とは言わないでしょうから」
「了解。そうなると――僕らが話し合いでどうにかするためには『女王様に直接交渉に行く』か『リアトリスさんと直接交渉する』かとなるけれど……リアトリスさんが、城塞都市ルクリアに来てくれる可能性って、どのくらいあるのかな?」
「これはあくまでもわたくしの推測ですが――今回は、団長のリアトリス様が前線に出て来る確率は五分五分です。今は平時ですし、高レベルの悪魔が召喚されたということでリアトリス様が他の団員を連れて直接この地に赴く可能性は高いのですが、何事にも確実といえるものはありませんので」
グスターが、つんつんとシクラをつついて、小声で何か囁いた。
「でも、さっき、ラズベリは120%って言っていたぞ?」
「グスターさん、そこは突っ込んじゃダメですよ」
「え~」
2人のやり取りに、何だか気持ちがほっこりした。
気を取り直して、ラズベリの方を向く。
「ラズベリ、取りあえず戦闘は避けられないとして――リアトリスさんが来る場合、来ない場合、それぞれどのくらいの戦力が来ると見積もっていたら良いかな? 戦うのなら、ある程度の予測が必要だと思うんだけれど」
「そうですね……まず、リアトリス様が来る場合ですが、レベル230のリアトリス様本人と、足手まといにならないレベル180オーバーの隊長クラスが2~3名サポートについてやって来ると思われます」
そこでラズベリが言葉を区切って、僕らの目を見た後、再び口を動かす。
「逆に、リアトリス様が来ない場合には――今回のような悪魔討伐になると隊長クラスが複数名必要ですから、最低でもレベル180オーバーの隊長クラスの団員3~4名と、それの補助としてレベル120前後の中堅クラスの団員が10名位やって来ると考えていた方が良いかと思います。過去にも、上級悪魔を隊長クラス2人とサポートの中堅団員4名で退治したという事例がありましたので、それの2倍で計算しています」
「レベル120オーバーが合計15人。これって、どのくらいヤバい状態なの?」
「そうですね……ミオさんやグスターちゃんがいなければ、城塞都市ルクリアを軽く3回は制圧できる戦力です。対個人と考えた場合は、実際15人全員がミオさんと戦うことはないのですが、ほぼ全方向からの連携攻撃が延々と続くと考えてみて下さい。その一撃は『防御貫通』だったり『即死』効果を持っています」
嫌な予感。全身の毛穴が粟立った。
「ちょ……ラズベリ、こっちの世界にも『即死』スキルってあるの!?」
「あれ? 言っていませんでしたか? 絶対的な数自体は少ないのですが、聖女騎士団員の中には、『即死』スキルを持っている者もいますよ?」
ラズベリは苦笑しているけれど、即死攻撃は本気で不味い。正直、聞き間違いであって欲しかった。
何度、「F」が付く某有名RPGで苦汁を飲まされたことか。即死スキル持ちはレベルやHPの差を超えてくるから、リセットボタンの無いこの世界では、僕やグスターにとって一番の天敵とも言える。
「えっと……僕らが死なないためには、何か秘訣でもある?」
ラズベリが腕を組む。ラズベリの豊かなアイデンティティーが自己主張しているけれど、今はそれどころじゃない。そう、いつもなら楽しめるけれど、今は現実逃避どころじゃないのだ。
「えっとですね、普通は『即死耐性』効果がある護符を身に着けるのが一般的なのですが、聖女騎士団員の中には『耐性無効』スキルで護符の効果を突破してくる団員も少なからずいますので――シンプルに避け続ける、それが一番確実です♪」
どこか嬉しそうな声でラズベリが断言した。……何で、嬉しそうなの? 理由は何となく分かるけれど――おかげで、ちょっと弱音を吐きたくなった。
別名で、甘えとも言う。
「ぅうっ、戦うのが怖くなってきたかも……」
「大丈夫ですよ、レベル528のグスターちゃんの攻撃を避けたり、レベル666の水神に一方的な攻撃が出来たりするミオさんのAGI(素早さ)なら、聖女騎士団相手でも攻撃を見た後に、ゆっくりかわせますから。高レベルという意味では、グスターちゃんも同様です♪」
「……連携攻撃ってさ、かわし続けていると、かわせない位置まで追い詰められて痛恨の一撃をもらってしまうってよく言うよね? 特に屋内だと狭いから逃げられないって」
何かの小説で読んだことがある。
どんなにスキルが高くても、熟練者が相手だとフェイントや連続攻撃をされて、詰将棋みたいにじわじわと逃げられない一手に追い詰められてしまうのだと。
そんなことを考えていると、ツンツンとグスターが僕をつついた。
「ご主人様、そんな時には武器破壊が良いんだぞ? 遠慮なく壊しちゃうのが楽なんだ♪」
「武器破壊? そんなことできるの? 無理にやったら武器が壊れたりしないかな?」
僕の言葉に、グスターが首をぶんぶんと横に振る。
銀色のツインテールがぺちぺちと僕の顔に当たって、少し痛い。
「大丈夫だ♪ 今日の昼間も、ローリエが片手剣でバスターソードを真っ二つにしていただろ? あんな感じでやればできる♪」
にこっと笑ってグスターが言葉を続ける。……何でだろ? 真面目な話なのに、変な寒気がする。
≡∀≡という悪戯っぽい笑顔を、グスターが浮かべているせいかもしれない。
「元気があればぁ~、何でも出来るぅ~♪ ――いち、にー、ブラック――「グスター?」――はぅっ!! 良いところだったのにっ! ご主人様とはいえ、グスターの美味しい言葉を遮っちゃダメだっ!!」
……グスターに、わりと真面目な顔で怒られてしまった。
その一方で、シクラとラズベリは、訳が分からずに、きょとんとした表情をしている。
でも、僕は悪くない。
夜食や昼食の代わりとして、「黒色稲妻」は「熱い相棒」と並ぶブドウ糖補給に最適なお菓子だから、絶対に聖域を侵してはならないのだ。
あと国民的プロレスラーのお言葉も。
「グスター、真面目な話の途中だから……そういう『迷言』は止めて。ちゃんと武器破壊のことを教えてよ?」
「えぇ~!!」
「え~、じゃないの。あと、可愛いけれど、唇も尖らせないの。たらこさんになるよ?」
「ぅくっ……可愛いと言われたら仕方無い。ご主人様のお願いだから、グスターが特別に教えてやるっ!」
そう言うと、グスターはアヒルさん状態をわざと作って、「ぐわ~ぐわ~♪」と小さく鳴いた後に言葉を続けた。
「武器破壊の成功率はスキルの有無で決まるんだ。『武器破壊スキルのレベル』が『相手の武器レベル』よりも高ければ、結構簡単に武器破壊は成功するぞ? もちろん、使う武器の品質や武器同士の相性もあるけれど――やろうと思えば、刺突専用の細剣で戦斧を壊すことも可能だ♪」
「それは……何と言うのか……スキルってすごいとしか言えないかな。でも多分、武器破壊のスキル、僕は持っていないと思う」
すごく今更な言葉に、「はぃ?」という感じで首を傾げて、グスターが意外そうな顔をする。
「そうなのか? 最初に出会った夜に、グスターの大鎌をご主人様は首で折っていたから、何かの『武器破壊スキル』や『身体保護スキル』を持っているのかなと思ったんだが……グスターの勘違いだったのか?」
グスターの真っ直ぐな銀色の瞳が、何だか、とても綺麗に感じてしまった。
「そう言えば、そんなことがあったね。……うん、確認という意味でも、もう一度スキル欄から探してみるよ。――「ミオさま、ちょっと待って下さいっ。私が眼で見てみます♪」」
僕の声に重ねるようにシクラが言った。
そして、そのままシクラがじっと僕を見つめてくる。多分、固有スキルの「神から授けられし鑑定眼」を発動しているのだろう。可愛いシクラに見つめてもらえるのだから、メニュー経由でスキルを調べるのを止める。
シクラの水色瞳も、とても綺麗だ。
……。心なしか嫉妬の炎がチラついているように見えるのは、多分、僕の心が少し汚れているせいだろう。多分、きっと、絶対に。
僕の心の声が聞こえてしまったのか、シクラが困ったように苦笑する。
「え~っと……ミオさま、スキルや魔法を増やし過ぎです。いつのまに150個近く覚えたんですか?」
良かった。僕の心の声とは別件みたい。
「あはは♪ ……楽しくて、ついつい」
僕の言葉に、仕方ない、といった表情でシクラが笑う。
「生活魔法の利々酒とか泡立器なんて、料理人じゃないと覚えませんよ、普通は」
「いやいや、知っていると案外、使える時がやってくるかもしれないよ? 例えば――」
お風呂で入浴剤をぶくぶく泡立てる時に便利そうだし。
と言いそうになったけれど、言葉を飲み込む。流石に、ラズベリのおっぱい対策のために覚えたとは、とても言えない。……。そう、僕は悪くない。
湯気が仕事をしないのが、いけないのだと思いますっ!
「――魔法は、知らないよりも知っていた方が良いとシクラも思わない?」
平常心を装ってシクラに言ったけれど、困ったような「はにかみ」を返されてしまった。シクラは勘が良いから、気付かれたのかも?
……ラズベリ、嬉しそうに笑うのは止めて。シクラにバレるからっ。
「それは――ミオさまの言う通りですけれど。……あっ! 増えてます! 『武器破壊』じゃないから見付けにくかったですが、『真剣白刃取り』っていうスキルが追加されています! スキルの説明にも『相手の武器を受け止める、もしくは破壊する、あるいは強奪する』って書かれています!」
軽く興奮した声でシクラが言ったけれど、気になることが1つあった。
「えっと? スキルがあれば、武器破壊って、首でも出来るの……?」
思わず呟いていた。誰も答えてはくれなかったけれど。
唯一、グスターがそれどころじゃないといった表情で、右手を握り締めていた。
「真剣白刃取りか、格好良い名前のスキルだ。――むふふっ♪ まずは、そのふざけた刃をぶちころ――」
げふん、げふん。色々な意味で危険だから聞こえなかったことにした。
……危ない中二病ごっこは余所でやって欲しい。
本気と書いてマジと読む。
――本気で、止めて欲しい。
聖女騎士団への対応を間違えたら、僕らには絶望しか待っていないはずなのに。
今更だけれど、最初の重たい雰囲気は、どこに行ってしまったのだろうか?
伏線に、たどり着くのは、まだ先になりそうです。




