第30話_人口減少の解決策?
=三青の視点=
人口減少問題に対して、話をしている時だった。
「男がいないのなら、魔法を使って女だけで繁殖すれば良いじゃない?」
パンが無ければお菓子を――みたいなアクセントで、ちょっとドヤ顔をしながらグスターが言った。
……本当にグスターは、どこから地球の迷言の知識を仕入れたのだろう? グスターに聞いても「秘密なのだっ♪」と可愛く胸を張られて終わってしまったし、あまり聞き過ぎると記憶を無くしたことに触れてしまいそうだから……聞けない。
でも、今のグスターの発想は斬新で悪くないと思う。実現可能であるのならば。
「グスター、魔法を使えば女性だけで子どもを作ることが可能なの?」
僕の言葉に、シクラが微妙な笑みを浮かべる。
「ミオさま、ありえませんよ。先生もその可能性に気が付いて色々と資料や魔法書を探していたのですが、女性だけで生殖する方法は伝承とか神話に出てくるくらいで、他に手がかりは有りませんでしたから」
「? シクラ、何を言っているんだ? グスターは女だけで増える方法を知っているぞ?」
「えっ!?」「グスター、本当!?」
シクラと僕の超反応に、ちょっと得意げな顔でグスターが言葉を口にする。
「ああ、単為生殖という魔法なんだが、コレを使えば女だけで増えることができる。女だけしかいない魔種族――東大陸の奥地に棲むアマゾネスとかサキュバスとかでは一般的な魔法だぞ? 確か、グスターの記憶だとアマゾネスと人間はそんなに大きく違わないから、人間の女が使っても安全に子どもを産めるはずだし、その気になれば人間が単為生殖を使うことも普通にできるはずだ」
「……」「……」
「ん? 2人ともどうかしたのか?」
きょとんとした顔のグスター。グスターは、ことの重大さを分かっていないらしい。
単為生殖と言えば、ミジンコや一部のサメの仲間がメスだけで個体を増やすことが出来る無性生殖の一種。それを人型の生き物に応用できるなんて、色々と突っ込んで聞きたいことはあるけれど――その前に、一番大切なことを確認しよう。
深呼吸をして、口を開く。
「グスターは、その魔法を使えるの?」
「えっと……多分、今でも使えると思う。500年位前に配下のアマゾネス同士の結婚が流行った時に1ヶ月で3000人くらい単為生殖をかけたことがあるから、身体が覚えていると思う」
「さんぜん?」
シクラが固まった。その気持ちは分かる。一人で一日100人近くに魔法をかけられるのなら、単為生殖の使い手が限られても、多くの人に対処することが可能になる。
グスターが言葉を続ける。
「ああ、グスターがアマゾネス同士の抗争を終わらせたから、仲人をしてくれって頼まれたんだ。断り切れなくて、すごい大変な目に会ったのを今でも覚えている」
もう二度と仲人なんてしない、と言いたげな表情のグスター。
そんなグスターに追加の質問を投げかける。
「グスターが魔法をかけた中に、何か危険な目にあったようなアマゾネスはいた? 妊娠できなかったり、子どもが正常に生まれなかったり、母親が途中で死んでしまったり――」
「いや、それは無かったな。むしろ単為生殖の魔法を使えば、母子ともに健康で安産間違い無しだったぞ? グスターの腕が良いのかもしれないけれどな♪」
「グスター、それは、すごいな……」
僕の言葉に、グスターが笑う。
「グスターは、えらいか? ちなみに、魔法箱に単為生殖の魔法書が入っているはずだから、後でご主人様にも見せてやる♪」
「本当? グスター、ありがとう!」
笑顔で首を傾げているグスターの頭を撫でる。
幸せそうな表情でグスターが≡ω≡となった。
「ミオさま、このことを早くお母さまに伝えましょう。グスターさんは王国の――いえ、世界の救世主になれます!」
シクラも興奮した様子を隠し切れていない。
ずっと答えが見つからなかった、人口減少問題の解決策が見つかって嬉しいのだろう。シクラが言葉を続ける。
「女王陛下と面会できるように、お母さまを通してセッティングをしてもらい、将来的には、希望する女性が子どもを授かることができるようにしましょう! グスターさんの力があれば、公的な人口増加計画を実行できます!」
シクラの言葉に考える。
聖女騎士団のこと、女王様との面会、悪魔と勘違いされている僕や魔神であるグスターと人間の友好的な関係の構築、単為生殖の魔法に本当に危険性が無いのかという実証試験、一般への普及化etc……解決しないといけない課題は色々あるけれど、人口減少解決の突破口になるのは事実だ。
問題について一緒に考えるという意味でも、貴族的な視点での判断を仰ぐためにも、急いでラズベリの部屋に向かおう。
◇
警備の女性兵士に軽く挨拶をしてから、ラズベリの部屋をノックする。
ドアの向こうで人が動く気配。
「ミオです。お話があって来ました」
「ちょっと待って下さい……はい、良いですよ」
50センチくらい開いたドアから、白い腕が伸びてきて、僕の腕をひっぱる。
たたらを踏んで部屋の中に移動したら、ラズベリが僕を抱きしめた。
「来てくれたのですね、嬉しいです!」
「えっと、ラズベリ――「ミオさん、分かっています。今夜のことは、シクラには内緒ですよね? でも、今夜は、わたくしを愛してくれるのですよね? 嬉しいですっ♪」」
そう言って、「もぐぎゅっ」と僕を抱きしめてくるラズベリ。
「ずっとずっと我慢していたんです。ミオさんを騙していたわたくしが、ミオさんの隣にいられる訳がない、ダメだって――」
興奮したようなラズベリが言葉を続ける。何となく、ラズベリの言葉を途中で遮ったらいけないと感じていた。いや、ラズベリの言葉を聞きたいと、心のどこかで思ってしまったせいなのかもしれない。
「我儘なお願いだって分かっています。甘えているって分かっています。でも、ミオさんと一緒にいたいんです。そばにいたいんです。ミオさんのことが、とってもとっても大好きなんです!」
そういうと、そのままの勢いでラズベリが唇を重ねてきた。
ちょ、それは不味いっ!
首を引いて逃げようとしたのだけれど、首に両腕を回されて逃げられなかった。
STR(筋力)が違う? それを今考えるのは野暮だろう。
「ミオさま!」「ご主人様!」
廊下からこっちを覗いていた2人の非難の声が重なる。
「っ!?」
熱い鉄を触ったかのようなものすごい勢いで、ラズベリが僕から離れた。
その表情は、今までに見たことのないくらい動揺した顔だった。
シクラとグスターが、ラズベリと僕の間に割り込んでくる。
「お母さま――」「ラズベリ――」
シクラとグスターの声が重なった。
必然的に生まれる緊張感。ゆっくりと2人が口を開く。
「ミオさまとの結婚は良いですけれど、抜け駆けはダメです!」「ご主人様はグスターとシクラのモノだぞ! いくらラズベリでも、横入りはダメだっ!」
お互いの真逆の意味の言葉に、2人が顔を見合わせる。
「「えっ!?」」
まずはグスターが動いた。
「シクラ。シクラは、ミオをラズベリに取られても良いのか? それにシクラとラズベリは母娘だろ?」
それにシクラが困惑したような表情を浮かべる。
「えっと、グスターさんには話していませんでしたか? 元々は、お母さまとミオさまが結婚する予定で、そこに私が加わったのです。その後、お母さまとミオさまの結婚が流れてしまって――私とミオさまの結婚だけが残ったのです」
グスターが首を傾げる。
「? よく分からない。グスターにも分かるように言ってくれ」
「そうですね……最初は、お母さまも一緒に結婚する予定だったんですよ」
「そうなのか!? ……。ご主人様は――」
じとっとした視線でグスターが僕を見上げてくる。
そして言葉を続けた。
「ご主人様は、ラズベリとも結婚したいのか?」
困惑したような視線が半分、浮気者を見るかのような蔑む視線が半分。
でも、ここで誤魔化すという選択肢はNGだ。
正直に、思っていることを口にしよう。僕らの関係がプラスになることを願って。
「そうだね。正直に言うなら、本来通りラズベリとも結婚したいな」
「ごしゅ――「ミオさんっ!」」
何かを言いかけたグスターの声をかき消しながらラズベリが、シクラやグスターごと、僕に抱き付いてきた。
「ラズベリ、おっぱいで息が出来ない!」
グスターが悲鳴を上げる。
「お母さま、苦しいです」
シクラも困惑した様子。
「シクラも、グスターちゃんも、ありがとう!」
ぎゅぎゅっと力を込めるラズベリに、身長150cmくらいしかないグスターが、ジタバタともがく。
「ラズベリ、息が……息が……できないっ!」
ああ、なんとなく理解できた。
ラズベリが、ごり押しでグスターを煙に巻こうとしているのが。
どうしようかな? このままラズベリに任せても良いのかな?
――まさか。良いわけない。
ラズベリの胸の中から抜け出したグスターが、真面目な顔で呟く。
「ぜーはー、ぜーはー、危なかった。おっぱいに溺れて死ぬところだった……」
何それ、ちょっと羨ましい。
――なんていう冗談は置いておく。
一応、ラズベリに釘を刺しておかないといけない。
「ラズベリ。ラズベリとの結婚は、グスターの許可を、きちんともらってからで良いですか?」
「ええっと? グスターちゃんの許可も必要なのですか?」
「そうですね。3ヶ月後に2人と――グスターとも――結婚することになったんです。自分の妻の同意は得ておかないといけません」
「そうですか……わたくしは、我儘は言えない立場です。そこを有耶無耶にしたまま、無理を通そうとしてすみませんでした。グスターちゃん、ごめんなさい」
ラズベリがシクラとグスターに頭を下げる。
僕も頭を下げる。
「シクラ、ありがとう。グスター、ごめん」
それを見て、シクラが小さく息を吐いた。
「グスターさん、お母さまとも一緒に結婚しましょうよ。毎日が楽しくなることは、私が保証します」
グスターがぽつりと「……仕方ないな」と呟いて、言葉を続けた。
「……ご主人様は心が広いから、ラズベリが増えるくらいじゃグスターやシクラに対する愛は変わらないと信じている。それに、狼は群れで生きる生き物だ。だから――グスターもラズベリのことを歓迎する!」
「ありがとう、シクラ。グスターちゃん」
「はいっ♪」「うむ、幾久しく♪」
「――ということで、ミオさん。改めてよろしくお願いします」
ラズベリの言葉に頷きを返す。
「はい。末永くよろしくお願いします」
紫氷の瞳、水色の瞳、銀色の瞳が、真っすぐに僕を見ていた。
そして気付けば、全員が笑顔になっていた。
◇
少しの間を置いてから、ラズベリが不思議そうな顔を作る。
「それで――わたくしの部屋にミオさん達が来た理由を聞いてもいいですか? シクラとグスターちゃんを連れて、夜這いという訳じゃないみたいですし……」
ああ、そうだった。
ラズベリの行動のインパクトが強すぎて、グスターが使える魔法のことをすっかり忘れていた。
「ラズベリに、聞いてほしいことがありまして――「ミオさん、ちょっと良いですか?」」
ラズベリが僕の言葉を遮る。
「夫婦になるんですもの。ミオさんはわたくしに丁寧語を使わないで下さいな」
「えっと……僕は良いけれど、ラズベリはそれでも良いの?」
「もちろんです」
「ラズベリも、僕に丁寧語を使わなくて良いよ?」
「ぅふふっ、それは無理ですね。自分の娘にも丁寧語を使う人間が、夫だけに丁寧語を使わないことが可能だと思いますか?」
そう言われれば、ラズベリはシクラ相手に丁寧語を崩していない。
「分かったよ。ラズベリがしやすいようにしてくれたら良いと思う」
「ありがとうございます。――それじゃ、ミオさんの話を続けて下さいな」
「うん。それじゃ、話を続けるね」
グスターの知っている魔法で人口減少問題が解決するかもしれないという話。
でも、課題は山積みだ。
話の持って行き方によっては、ラズベリが反対するかもしれない。
……まずは、何から話そうかな?
ちょっとだけ世界を変える「伏線」が隠れています。その答えは次話以降で♪