第28話_また夜がやってきた
=三青の視点=
暗い寝室。
一人でなら広いと感じるはずのセミダブルのベッドが、今夜だけはかなり狭い。
うん、ぎゅうぎゅうだ。
まぁ、取りあえず深呼吸をして落ち着こう。
すーはーすーはー。
「ご主人様、グスターの匂いを嗅いでいるのか?」
ぐはっ、違うっ!
「グスター、あのね――」
誤解されるようなことを言わないで、とは言わせてもらえなかった。
「グスターもご主人様の匂いを嗅ぐっ♪」
そう言ってグスターが僕の胸にしがみついてきたから。
真横の、至近距離から感じる、シクラの視線がちょっと痛い。
とりあえず、これ以上身体に乗り上げられないようグスターの頭を撫でて牽制しつつ、シクラの方も肩に手を回して抱き寄せる。
「きゃぅ♪」
シクラが可愛い悲鳴を上げたけれど、非難の視線が和らいだから、ちょっと強引な行動は間違っていなかったのだと思うことにした。
「グスター、シクラに誤解されるようなことは言わないように。2人と一緒に寝ることになったから、緊張して――」
「匂いを嗅いだのか?」
「違う! 気持ちを落ち着かせるために、深呼吸しただけだよ!」
「なんだ、そうなのか。でも、グスターはご主人様の匂いを嗅ぐぞ?」
そう言いながら、グスターがクンクン言いながら僕の胸に顔を沈める。……。狼の血を引いているみたいだし、習性みたいな感じだろうから、好きにさせておこう。
変に禁止して、ストレスを溜めさせてしまうのは可哀そうだし。
「わ、私も、ミオさまの匂いを嗅ぎたい、です……」
恥ずかしそうな声でシクラが言って、シクラも僕の胸に顔を埋める。
あれ? こっちは、人族のはずなんだけれどな。
……まぁ、好きにさせておこう。
◇
メニューの時計によると――15分が経過した。
それなのに、2人は……飽きずにまだクンクンしている。いや、「はぁはぁ」とか、たまに「んっ♪ んっ♪」とか言っているから、ちょっと僕の理性がヤバい。シクラとグスターの頭を撫でている手が、すべって別の所に行きそうだ。
2人とも両手は僕の服の胸元にしがみついているから、変なことはしていないと思うけれど――両足を、僕の太腿に絡ませて始めてきているから――そろそろ、止めた方がいいのかな?
でも……可愛いから、もう少し鑑賞しておこう。
と思ったのが間違いだった。
グスターが僕の太腿を足に挟んで●●を振り始めた。ヤバい、一振りごとに理性ゲージがぐんぐん音を立てて減っていく。って、グスターにつられたのか、シクラも恥ずかしそうに●●を動かし始める。ぎこちない動きが――もうダメだ!
「グスター? シクラ?」
僕が名前を呼んだ瞬間、両脇の2人がびくっと超反応して、動きを止める。
「「……ごめんなさい」」
気まずそうな謝罪の声。シクラとグスターの頭を撫でる。
なるべく、2人の自尊心のためにも、角が立たない言葉を選ぼう。
「謝らないといけないのは、僕の方だよ。2人がこうなるまで放っておいて、それなのに途中で水を差したのだから」
「……」「……」
シクラとグスターは腕の中で動かない。足は僕を解放してくれたけれど。
ゆっくりと言葉を続ける。
「ちょっと3人で頭と身体を冷まそうか。星を見に、城の屋上まで散歩に行かない?」
うん。
何と言うのか。
自分で言っておきながら……砂糖を吐きそうだ。
=シクラの視点=
ミオさまとグスターさんと一緒に、夜のお散歩へ出かける。
「ミオさま、手を繋いでも良いですか?」
グスターさんにつられて、恥ずかしいことをしてしまったから――誤魔化すために、勇気を出して提案してみた。
「うん、良いよ。グスターも手を繋ぐ?」
「もちろんだ♪」
グスターさんの尻尾が嬉しそうに揺れる。
その瞬間、グスターさんが可愛い理由が分かったような気がした。
そう、グスターさんは誰に対しても正直なのだ。
感情や気持ちに嘘をつかずに、真っ直ぐに生きている。それを5682年も続けてきている。私には、とても無理。
貴族としての教育は、意識しなくても打算とか自己防衛とかを考えてしまう。
女の子として、グスターさんに負けているような気がするけれど――ミオさまの手の温かさは今も、これからも、多分平等だと知っているから――ずっとずっとミオさまの隣にいたいなと思ってしまう。
そのためには、ミオさまに依存しかけている――いや、正直に自覚しよう。ミオさまに依存している、今の弱い自分のままじゃダメだと思った。
胸を張ってミオさまの隣にいられる、一廉の女でありたいと感じた。
=グスターの視点=
こ、こっ、ここ、●●を振ってしまった(泣)
狼の本能が悪いのだ。グスターは悪くない。だって今まで、一度もこういう破廉恥なことは一人でしかやったことが無かったのに、なぜかご主人様の匂いを嗅いでいたら、●●を振っていたのだから、グスターは悪くないし、悪くないったら、悪くない。
……うん、自分でも思う。
文法がおかしい。頭がおかしい。っていうか全部おかしい。
「はぁ~」
思わずため息が出ていた。
「どうしたの、グスター? ため息ついていると、幸運が逃げるよ?」
「自己嫌悪になっているだけだ」
「……まぁ、普通なら、そうなるな。でも、気にするな」
「ありがと」
「どういたしまして」
グスターのご主人様は、とても優しい。
失敗したグスターのことを、そっとしておいてくれるのだから。
=三青の視点=
とりあえず、2人を散歩に連れ出すことが出来たのだけれど……火照った女の子の身体って、甘い匂いがするんだな、とか考えてしまう。何だか頭がぼうっとして――っと、危ない。
2人の吐息と体温に中毒てられるところだった。
シクラとは3ヶ月後の結婚式の夜まで、そう言うことをしてはいけないと思うし、グスターとは飼い主とご主人様の健全な関係でしか無い。流されちゃ、ダメだ、僕! 理性を強く持て!
歩きながら会話を続けよう。それも、なるべく真面目な内容のモノで。
「そういえばさ、ミクニ先生が残したYウイルスの資料を見てみたんだけれど――「ん? ご主人様、『みくにせんせい』って誰だ?」」
僕の言葉に、グスターが喰い気味に質問を被せてきた。
「あれ? ミクニ先生のこと、話していなかったっけ?」
「ああ。グスターは聞いていないぞ? ご主人様が異世界からやって来た勇者だってことと、ラズベリが悪魔と勘違いしたことと、シクラのお姉さんのリリーだったかな? が、聖女騎士団を呼びに王都へ向かったことと、聖女騎士団が明後日やってくるから明日逃げることと、逃げる先はグロッソ帝国の吸血姫のお城だということと、3ヶ月したら帰ってくること――くらいだぞ、グスターが聞いたのは」
「おおう、グスターが情報を整理して列挙するなんて――ちょっと見直したよ♪」
「ふふん♪ グスターはすごいんだ!」
えっと……本当は、冗談っぽく言ってちょっとからかってみただけなんだけれど、こんなに喜んだ顔をされてしまうとバツが悪い。とりあえず、誤魔化すために頭を撫でてみたら、グスターがパタパタと尻尾を振った。
ぁぅ……胸の中が罪悪感でいっぱいだ。ごめん、グスター。
僕、悪い飼い主かも。
「で、ミクニ先生って誰だ?」
グスターが、不思議そうな顔で僕を見てくる。
気持ちを入れ替えて、グスターの質問に答える。
「僕よりも前に勇者召喚されて、Yウイルスの研究をしていたすごい人だよ」
「そうか、すごい人か。……で、『Yういるす』って何だ?」
グスターの言葉にシクラが反応する。
「あのぅ? グスターさんはYウイルスのこと、知らないのですか?」
「知らないぞ。ほら――この200年、ずっと亜空間に閉じ込められていたから、最近の人間世界のことは分からないんだ」
「そうでしたか。えっと、簡単に説明しますが――」
シクラがグスターにYウイルスのことを説明していく。
==
・男女ともに感染するけれど、男性だけが発症するウイルスだということ。
・発症したら「人体発火現象」を起こして死んでしまうこと。
・異常に感染力が強くて、空気感染すること。
・Yウイルスのせいで男性の人口が999万分の1人まで減少したこと。
・男性のY型染色体に発症要因があるのじゃないかと推測されること。そこから「Yウイルス」と命名されたこと。
・最初の患者が発見されてから、後期の男性が死ぬまでに約3年間のタイムラグが有った原因は、ウイルスが徐々に強毒化した――最初のウイルスは感染から死亡まで3~5年程度の猶予があったけれど、終盤のウイルスは感染から死亡まで1年程度の猶予しか無くなった――せいじゃないかと推測されること。
・ミクニ先生もYウイルスに感染して死んでしまったこと、等々。
==
ミクニ先生の手伝いをしていただけあって、シクラは説明が上手だ。っていうか、僕が知らない情報も何気に混ざっていて……ちょっと焦った。後で、ミクニ先生が残した資料をざっくりとでも良いから目を通しておこう。
「なるほど、今の人間世界じゃ♂が貴重なんだな♪」
「そうですね。貴重と言えま――「グスターとシクラは、人生勝ち組ってやつだな♪」――え?」
「いや、だってほら? グスターとシクラは、ミオのお嫁さん確定だろ? 3ヶ月後、グロッソ帝国から帰ってきたら一緒に結婚式するってご主人様が言っていたよな?」
唐突にグスターに話を振られる。
あれ? いつの間にグスターと僕が結婚式をするという話になったっけ?
「ミオさま?」
シクラが視線だけで僕に「言ったのか?」と確認してくる。手に力が入っていて少し痛い。
「ん? シクラ、ご主人様、どうかしたのか?」
「いや、えっと……」
グスターとは結婚の約束していないよね? なんて流石に残酷すぎて口には出せなかった。
そう……ご機嫌そうな≡ω≡といった感じの口をしている可愛いグスターには、とても言えない。
でも、だからと言って、流されて結婚しても良いのか……。
いや、グスターは正直、可愛いよ? グスターがその気になってくれているのも嬉しいよ? ●●を振られちゃったことで僕の中で何かの回路が焼き切れた気もするし。あと、こっちの世界はハーレム作っても怒られないことは知っている。とはいえ、シクラもグスターも平等に愛するから許して下さい、というのは虫の良い話だろう。
……うん、グスターに土下座しよう。
僕はシクラのことが好きだから。シクラだけを愛すると誓ったから。
でも、シクラの方が先だっただけで、グスターのことが嫌いなわけじゃない。
だけど、これからは、きっちりと線引きをしよう。シクラを不安にさせないためにも、グスターのためにも。
そう思った瞬間だった。
シクラが内緒話をするみたいに、僕の耳元で口を開いたのは。
「本当に、グスターさんには敵いませんね。仕方ないです、ミオさま、グスターさんも私と一緒に幸せにしてあげて下さい♪」
苦笑するような笑顔。作り笑顔には見えないけれど、でも――
「シクラ、無理してない?」
僕の言葉に、シクラが首を横に振る。
「グスターさんがミオさまの犬になった時から、薄々覚悟していましたので大丈夫です。それに、第一夫人は私ですから。それさえ守ってくれたら、多少のハーレムくらい目をつぶります」
……ぁあ、シクラの言葉に微妙な刺がある。
でも、シクラ、本当に良いの?
=シクラの視点=
ミオさまの瞳が「本当に良いの?」と私に問いかけている。
正直に言うと、ハーレムになるのは面白くはない。
でも、私一人がミオさまを独占してしまう状態が長く続くと、多分、私はミオさまにべったりになってしまう。それを防ぐ意味では、魅力的なグスターさんが近くにいてくれた方が安心だ。
私は、もう、誰にも依存しない。
自分の足で自分の生き方を切り拓く。
だから、心の底から言える。
「ミオさま、大切なことだから、もう一度言いますね。グスターさんも、私と一緒に幸せにしてあげて下さい♪」
ミオさまが真面目な顔になって頷いた。
「ありがとう。僕は、シクラとグスターを幸せにするから。約束するから」
「はいっ♪ よろしくお願いします!」
ミオさまと視線を交わす。何だか、胸の中が温かくなった。――と、横からジトっとした雰囲気を感じてしまった。もちろん、そこにいるのはグスターさんだ。
「……さっきから、2人だけで何を見つめ合っているんだ!? あと、シクラ、グスターのことを『犬』って言っていたように聞こえたけど!」
グスターさんの唇が尖っていますが――ここは誤魔化させてもらいましょう。
「グスターさんは、ミオさまの第二夫人として忠誠と愛を誓う可愛い存在ですから♪ 悪い意味じゃないんですよ?」
=三青の視点=
「そ、そうか? 忠誠と愛を誓う可愛い存在か? ――シクラ、グスターを褒めても、何も出ないぞ!」
そう言いながらも、グスターの尻尾はパタパタと振られている。
早速、第一夫人としてグスターを掌の上で転がすなんて、シクラ……恐ろしい娘っ!
「ミ~オ~さ~ま~?」
じとっとした目線でシクラに睨まれる。
いけない、いけない。
ふざけていたのがバレたらしい。シクラがグスターとの結婚を許してもらえたとはいえ、調子に乗って浮かれていたら怒られるかもしれない。
今回は、本当に、シクラの気持ちのさじ加減で許されたのだから。
さり気無く、話題を変えよう!
そうだな、「Yウイルスによる人口減少の解決策を考える」とか真面目そうなテーマだから、ちょうど良いかも。地方自治体の研修会みたいなテーマだけれど。




