第25話_作戦会議
=ラズベリの視点=
グスターちゃんの魔法陣が発動した後、気が付くと、わたくし達はメーン子爵城の中庭にいました。
植物の手入れをしていた庭師達が、いきなり現れたわたくし達を見て、びっくりしたような顔をしていましたけれど、すぐに頭を垂れます。
「「「お帰りなさいませ、メーン子爵様、シクラ様!!」」」
「ただいま――」
庭師に声をかけながら、グスターちゃんの方を振り向きます。
ああ、良かった。ちゃんと天使の輪っかと羽を仕舞ってくれていました。
昨日の星降りがあった直後に、「星降りの魔神と同じ容姿の獣耳天使」が再び城に現れたと噂になったら、城下街でひと騒動起こってしまいますから。
「――作業を続けなさい」
わたくしの言葉で、庭師が顔を上げます。
「「「かしこまりました!!」」」
庭師達が作業を再開したのを横目に見ながら、これからの行動を考えます。
まずは護衛の3人から指示を出しますか。
「マーガレットとミントとメープルは護衛をしてくれてありがとう。馬達を厩舎へ連れて行ったあとに、今回の事件について3人で報告書をまとめておきなさい。夕食までには完成させるように」
「「「はい、分かりました」」」
「オリーブとアジュガとサフィニアとバジルは、お茶でも飲みながら、ローリエと一緒にこの城のルールを学んでいて頂戴。さっき話をしていた公共漁業の詳しい話や契約の話もわたくしが後でするから、それまでは半分待機ということで良いかしら?」
「ああ、了解だ」「文句ないデス」「おっけー」「……分かった」
「ローリエ、よろしくね」
「分かりました。そこそこのお茶とお菓子を与えておきます」
「ちょ、ローリエさん、ひどくないか?」「そこそこじゃなくて美味しいのが良いデス!」「ボクらお客さんだよ?」「……お菓子は好き」
4人の声にローリエが首を横に振る。
「間違えました、粗茶と見習いメイドが作った焦げた麦クッキーで十分ですね」
「うぁ、ひどっ!」「それはナイ!」「ひどいよ!」「……むぎ」
「お湯にします? それとも、井戸水が良いですか?」
「もっと酷くなっている!」「「ストップ! ストーップ!」」「……お湯とハーブティーが良いわ」
――ふむ、ローリエの方は大丈夫でしょう。楽しそうですし、冒険者の4人とは仲良くやっていけそうですね。
「さてと、それじゃ――ミオさんと、シクラと、グスターちゃんは、今後のことについてわたくしの部屋でお話をしましょうか。グスターちゃんはミオさんと離れたくないでしょうし、瞬間移動の魔法が使えるとなると一時避難の内容も変わってきますから」
「なぁ、一時避難ってなんだ? ご主人様、どっかに避難するのか?」
グスターちゃんが首を傾げて、ミオさんに事情を聞いています。
うん、とっても可愛いです。狼耳がぴこぴこ動いて、もふもふの尻尾がふりふり揺れているのは、何だかとても抱きしめたくなります。
=シクラの視点=
オリーブさん達と途中で別れて、お母さまとミオさんとグスターさんの4人で廊下を移動する。
私の前には嬉しそうにスキップしているグスターさん。
本当に、グスターさんは可愛い。ふさふさの尻尾、ぴこぴこ動く狼耳、今は隠しているけれど、きらきら輝く半透明の天使の輪っかや銀色の翼。どれをとっても可愛らしい。
それを笑顔で眺めているお母さまとミオさまの二人はもう、グスターさんの魅力にメロメロだ。
……。あれ、おかしいな~?
その立ち位置は、私がキープしていたはずなのに……。
「ミ・オ・さ・ま!」
さり気なくミオさまの右腕を取って胸の間に挟みこむ。
ミオさまは、こうされるのが好きなの。
ふっふっふ~、グスターさんには悪いけれど、ぺったんさんには、この立体感は出せまい♪
ミオさまの妻の座は、悪いけれどグスターさんには、譲れないのです!
=三青の視点=
ラズベリの部屋に移動して、メイドさん達がお茶とお菓子を用意して退出した後に、本格的な話をすることになった。
まずは、グロッソ帝国に一時避難する事情――僕が異世界から来た勇者であること、聖女騎士団と戦いたくないこと、明日出発する予定だったこと――をグスターに説明した。
グスターは「聖女騎士団が来ても、グスターの力を使えば、すぐに逃げられるぞ♪」と胸を張ったのだけれど……詳しく話を聞くと、どうやら瞬間移動には色々と使用制限があるらしい。
いわく、連続使用は3回まで。1日の最大使用回数は5回まで。
いわく、瞬間移動を1日で3回以上使用したら、全ステータスが一時的に半分になる。しかも丸2日くらい時間を置かないと回復しない。
いわく、封印が解けた後に、グスターが行ったことのある場所じゃないと転移出来ない。現状で行けるのは、「城塞都市ルクリア周辺」、「ローゼル湖東部」、ローゼル湖の中央にある無人島群の「水神の聖域」、ローゼル湖南部の「グスターが封印されていた名も無い遺跡」の4カ所だけ。
……。グロッソ帝国までは、馬で行くことが決まったな。
「あっ、ひどっ! 今、グスターのこと、使えないって思っただろ!」
グスターが僕を睨んでくる。
「いやいや、そんなことまでは考えてな――」
「今、『まで』って言ったな! 少しは考えていたってことだなっ!」
グスターにしては、なかなか鋭い。でも――
「グスター、ムキになるってことは、自覚があるってことだよ? 分かっている?」
「うぐっ……」
小さな沈黙の後、グスターが言葉を続ける。
「……ご主人様の役に立てないのは、嫌なんだ……」
しゅん、とした表情でグスターが目線を落とす。耳と尻尾も元気がなくなっていた。……まずい、ちょっと言い過ぎたかも知れない。
ラズベリが、グスターの頭を撫でる。
「ミオさん、グスターちゃんを苛めちゃダメですよ。今回の一時避難、グスターちゃんもミオさんについて行くんですから」
そう、グスターは僕とシクラについて来ることになっている。
さっきも「ご主人様と一緒にいたいんだ♪」って可愛いことを言ってくれていた。
うん、グスターにフォローしなきゃ。
「グスター。僕はグスターのこと、使えないとか思っていないよ」
その言葉に、唇を尖らせながら、上目使いでグスターが僕を睨んでくる。
「本当か? さっき、『まで』って言ったじゃないか」
「うん、でもさ、使えるとか使えないとかって道具みたいに見ているってことだよね? 僕はそうじゃなくて、グスターのことは、一人のグスターとして見たいんだ」
それは本当の気持ち。素直な気持ち。だから、すぐに言葉にできた。
「ご主人様……」
うるうるとした銀色の瞳が僕を見つめてくる。
グスターの頭を軽く撫でると、嬉しそうに尻尾が揺れた。
ご機嫌は、少し直ってくれたかな?
◇
「グスター、話を戻すけれど――明日の朝、僕達に一緒についてきてくれるかな?」
「もちろんだ! グスターはご主人様について行く!」
満面の笑みでこたえるグスター。
それに頷きを返す。
「ありがとう。ラズベリ、グスターの分の装備は――「もちろん用意します♪」――ありがとうございます」
笑顔のラズベリが、頬に右手を当てて言葉を続ける。
「グスターちゃんの武器と防具に、食糧や体力回復薬とかも準備していた方が良いですね。とは言っても『大鎌』は武器庫には無いんですけれど――っと、そう言えばグスターちゃんは水神から貰ったと言っていた大鎌を持っていないですけれど、湖に捨ててきちゃったんですか?」
ラズベリの言葉に、グスターが首を横に振る。
「いいや、魔法箱に入れているだけだ。取り出そうと思えば、いつでも取り出せるぞ?」
「「魔法箱が使えるのですか!?」」
驚いたようなシクラとラズベリの声が重なる。
でも、その声はすぐにシクラの声で上書きされる。
「大きな声を出してすみません……上級の空間魔法である瞬間移動が使えるのなら、中級の魔法箱が使えない訳がないですよね」
「ああ。グスターは他にも色々魔法が使えるぞ? 必殺技は秘密だけれどなっ♪」
「必殺技ですか?」
シクラの問いかけに、グスターが胸を張る。
「そうだ。とびっきり格好良いスキルをグスターは持っているのだ! 例えば、蹴った敵が爆散する『ライダーキッ――「グスター、ダメっ! それ、言っちゃダメっ!」」
言葉を遮った僕に、不思議そうな視線を向けてくるグスター。
危険だ。危険すぎる。
話題を急いで変えなくちゃ。
そう思っていたら、ラズベリが、小さく微笑んでから口を開いた。
「話を戻しますが――グスターちゃんは、武器は自前の物を持っているということで良いですか?」
「ん? ああ、魔法箱に予備が何本か入っているぞ。防具もこの服で大丈夫だ。見た目は普通の服だが、200年前に配下のハイ・エルフから献上されたオリハルコン繊維が入っている服だから、中級竜の牙でも穴が開かないんだ♪」
「「それはすごいですね」」「何となくすごそうだね?」
ラズベリとシクラ、そして僕の声が重なった。
グスターが胸を張る。
「そう、グスターは凄いのだ! でも――食べ物は1つも持っていないから、美味しいごはんをたくさんくれると嬉しい♪」
冗談っぽくはにかむようなグスターの顔に、ラズベリが微笑みながら頷く。
「ええ、旅の携行食は美味しいモノを選んでおきますね。あと、今夜の晩ご飯も、とびっきり美味しいモノにするように伝えておくわ♪」
「本当か!? ラズベリ、ありがとう!」
「ええ、どういたしまして♪」
グスターの獣耳と尻尾がピコピコと嬉しそうに揺れていた。
ふぅ、何とか話題を変えられたけれど……こっちの世界にも『ライダーキッ●』があるとは思わなかった。
多分、馬の上からジャンプしてキックするのだろうけれど――ってあれ?
何か、おかしいぞ?
=グスターの視点=
「そう言えば、グスターは『迷言』をどこで知ったの?」
お茶を「ふーふー」していたら、ご主人様がグスターに話しかけてきた。
こぼさないようにカップをソーサーに置いて、口を開く。
「迷言? 何のことだ?」
「ほら、言っていたじゃない、『グスターのライフはもう0です』とか『先生、戦闘がしたいです』とか。聞いた時にはそれどころじゃ無かったから聞き流したけれど、アレ、僕の世界にもあった言葉なんだよ」
それは初めて聞いた。
ご主人様の世界にも、あの名言があったなんて♪
「それは何というのか、嬉しいな。でも、グスターは天使だった頃に、神様に教えてもらっただけだ」
「神様?」
「そう。0番目の神様。神々を統べる存在。嫌な奴だったから、200年前に刃を向けたんだけれど――って、ご主人様、どうかしたのか?」
「いや、えっと……その神様ってどんな姿をしていた? もしかして黒髪じゃなかった?」
「どんな姿って……あれ……? 思い出せない?」
なぜだろう? 忘れるはずがないのに、神様のことだけ、思い出せない。
182歳の時に出会って、4682歳までの4500年間、何だかんだと言って仕えていたはずなのに――とても大嫌いになって「こいつは100回殺す」って思っていたのに――顔も、髪の色も、身長も、性別すらも、グスターは覚えていない。
背中が、氷が入ったみたいに、寒くなった。
気付いてしまったから。
他にも、いくつか忘れちゃいけないことを、忘れるはずがないことを、グスターは覚えていない。
思い出せない。どうしても思い出せない。思い出せない。
……なんで?
=三青の視点=
泣きそうな表情のグスターの頭を、くしゃくしゃっとして慰める。
グスターの尻尾が、ふわふわりと落ち着かない様子で僕の身体を触ってくるけれど、今は何も言わないでグスターの好きにさせておく。
0番目の神様。
僕の予想が正しければ、そいつはおそらく日本人だ。




