第24話_グスターの言い訳
=グスターの視点=
シクラは、水魔法の洗浄で、グスターを綺麗にしてくれた。
良いヤツだ。
ラズベリは、風魔法の乾燥でグスターを乾かしてくれた後、「怖かったでしょう?」と言って柔らかいおっぱいで抱きしめて、頭を撫でてくれた。
良いヤツだ。
ミオは、グスターの頭を撫でた後に、「改めてよろしくね」と言って隷属の首輪を外してくれた。
とても良いヤツだ。
ローリエっていう武装メイドは、グスターのことを「ドジっ娘じゃなくて、おしっ娘ね」ってぼそりと呟いていた。
こいつは、殺す。いつか絶対に殺す。
「グスター、みんなとは仲良くするんだよ?」
ローリエを睨んでいたら、ミオに怒られてしまった。
グスターの本当のご主人様の言うことだから……仕方無い、しばらくは様子を見てやろう。
グスターは、ご主人様に嫌われたくはないのだ。
=三青の視点=
「それにしても、水神のドラゴンを一瞬で倒すなんて、あんたすごいな♪ 無限収納も持っているし、流石、勇者様だぜ!」
ポニーテールの美人さんこと、親しげに話しかけてきた女冒険者のリーダーの「オリーブ」に、愛想笑いを返しておく。オリーブの言葉に、彼女の後ろにいる巨乳魔法使いの「アジュガ」、兎耳の槍使いの「サフィニア」、ロリっ娘拳闘士の「バジル」の3人の美人さん達もこくこくと頷いている。
この4人に懐かれた原因は、桃色水竜のブレスで服がボロボロになっていたから、無限収納にあったミクニ先生の服を羽織ってもらったこと。うっかり「いつまでも、若い女性の胸元がちらちら見えるのは、精神衛生上よろしくないので」と言ってしまったのだ。
だから、この4人は僕が男だと気付いている。
各人の胸元を3回――いや、9回くらい見てしまった僕もダメ人間なんですけれど。
いや、だって、ほら、目の前に期間限定の極上プリンが置いてあったら見てしまうのが男じゃないですか! そう、火傷の後が残っていないか確認のために、必要だったんですよ!! だから、だから、シクラ、怒らないでね……。
でも、どうしよう?
この4人、密漁者にしては思っていたよりも悪い人達じゃなさそうだけれど……。僕が水神を倒したことが、すぐに噂になるだろう。そうなったら、水神様がいなくなったローゼル湖での密漁が増えてしまう。
サフィニアとバジルが近くの漁村の出身で、今回の密漁の話もその漁村の村長達が後ろで手を引いているという情報も聞いてしまった以上、このまま4人を帰したら情報が漏れるのは確定事項だ。それに、噂が広まれば広まるほど、水神を倒す力を持つ僕の身元を探ろうという貴族や王族が確実に出てくると思う。グスターという獣耳天使のご主人様になったことも、冗談半分に伝わるかもしれないけれど、確実に噂になるだろう。
このままじゃ、グロッソ帝国に逃げても聖女騎士団は僕のことを危険人物だと判断して追ってくるだろう。密漁の方も、メーン子爵領で考えていた養殖に悪影響を及ぼしてしまうのは避けられない。
このまま4人を放置するのはあり得ない。
……とはいえ、どうしたものか?
と、考えていた次の瞬間――ラズベリが無言で手を上げる。
それと同時に、ローリエと女性兵士達が剣を抜いて、僕ごとオリーブ達を取り囲んだ。
「っ!? あたい達を消すつもりか!?」
オリーブがバスターソードを構えながら……なぜ、僕を睨むんですか?
そういう目は、本気でトラウマになるから、止めて欲しい。
シクラとグスターも、ラズベリの隣で、びっくりした顔で固まっているじゃないですか。
「ラズベリ? ローリエ?」
僕の言葉に、ラズベリが口を開く。
「すみません、ミオさん。ミオさんも分かっていると思いますが、ここで彼女達を逃がす訳にはいかないんです」
いつもの優しいラズベリの声。それが逆に怖かった。
「それは、そうなのですが――「ちょっと待った、あたい達、口は固いよ!?」」
オリーブの言葉に、アジュガ、サフィニア、バジルも声をあげる。
「そうそう。ワタシ達、嘘つかナイ」「本当! ボクらの言うこと、本当だって!」「……私……死にたくは……無い……から……」
でも、ラズベリがにっこりと笑う。
それはとても良い笑顔だった。
「この場合、口が固いとかは関係無いんですよ? ローゼル湖で水神を呼び出すような大規模な密漁をした事実だけで縛り首ですから♪ わたくし達が、今日、たまたま来ていなかったら、どれだけの被害が出ていたと思いますか? メーン子爵領の主要産業の穀倉地帯が壊滅するかもしれなかったことに気付いていますか? どれだけ、わたくしが焦ったと思いますか? ――意味、分かりますか?」
うぁぁ、ラズベリが怖い。
早口になっているせいか、場の空気が凍ったし。
「――くっ! 仕方な――「取引をしませんか?」――えっ?」
バスターソードを振り上げようとしたオリーブに、ラズベリが言葉を投げかけた。虚をつかれたオリーブが困惑した表情を浮かべている。
「わたくしの言葉、そのままですよ? 取引をしましょうよ? 実は、今のわたくし達には人材が足りていないんです」
「人材? メーン子爵領主のラズベリ様が欲しいのは、どんな人材だい?」
若干、刺があるオリーブの言葉。
でも、ラズベリは余裕の表情を崩さない。
「ぅふふっ♪ 漁村とのつながりがあり、そこそこのレベルの水棲魔物を倒せる、口が固い人材が欲しいのです」
「……ああ、あたい、知っているぞ? 4人くらい。冒険者なんだけれど、信用できる奴らだ」
オリーブが苦笑する。
でも、ここで戦いたくはないという思いはオリーブ達にもあるようだ。
ラズベリがにこっと笑う。
「まぁ、それは素晴らしいです♪ でも、本当に口が固い人を探しているんですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろうよ。口が原因で死にたくはないだろうから。――で、給金や行動の自由はどのくらい有るんだい? あたい達を雇ってくれるんだろ?」
「ええ。給金は一人につき1ヶ月金貨3枚。行動はメーン子爵領内なら自由に行動して良いです。あ、もちろん、許可なくメーン子爵領から逃亡したり、機密情報を漏えいしようとしたりしたら、レベル70オーバーの暗殺者がすぐに殺しにやって来ますから気を付けて下さいね?」
ラズベリの言葉に、一瞬生まれた小さな沈黙。
「それでも、破格じゃないか。何か裏があるんじゃないか?」
オリーブが、警戒したような表情でラズベリに聞く。
「ぅふふっ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。近いうちに、ローゼル湖で大きな公共漁業を、メーン子爵家主導で始めたいのです。その時に周辺の漁村と漁民をまとめられる有能な人材を、今のうちから確保しておきたいだけですから」
ラズベリの含みがある言葉に、オリーブが少しだけ考える仕草をする。
そして、ゆっくりと頷いた。
「詳しいことは分からないが、水棲魔物と戦争しながら、漁をするってことか。――ははっ、良いよ! 今回と何も変わらない条件だ。依頼主がブラックなのか、とってもクリアな領主様かの違いだけ。おまけに給金は毎月金貨3枚とやってきた! みんなも、この話、受けるよな?」
「ワタシ賛成」「ボクも♪」「……受けなきゃ……死ぬ……それは……イヤ」
オリーブ、アジュガ、サフィニア、バジルの反応に、ラズベリが満足げに頷く。
「交渉は、成立ということで良いですか?」
「ああ。縛り首や斬首になるよりかは十分にマシだ。受けてやるよ」
「本当にありがとうございます」
ラズベリの笑顔に、オリーブが苦笑いを浮かべる。
「ははっ、脅迫しながら言うやつが使う言葉かよ」
「うふふっ♪ オリーブ、交渉が終われば、対等な関係も終わりですよ?」
少し失礼な言動のオリーブに作り笑顔で線引きしながら、ラズベリが言葉を続ける。
「領主に対する口のきき方というモノを、少し勉強してもらう必要があるみたいですね。ローリエ!」
「はい、ラズベリ様」
「この4人を後で教育しておくように」
「かしこまりました」
「メイドにでもなれってか?」
オリーブの言葉に、ローリエの無表情が笑顔に変わる。
「メイドになるのは無理でしょう。メイドには強さが求められますから♪」
珍しい。ローリエが相手を挑発するような言動をするなんて。
小馬鹿にされたと感じたのだろう、オリーブがバスターソードに手をかけた。
「言ってくれるじゃないか。覚悟はできているんだよな?」
「ええ、4対1で構いませんよ? ミオ様はもちろん、ラズベリ様やシクラ様を含めて、皆さん手出しは無用ですからね?」
「――っぅ!! みんな、手加減するなよ!」
「もちロン!」「ボクも、メイドなんかに負けない」「……つぶす……」
さっきとは逆で、オリーブ達がローリエ一人を囲む。
止めた方が良いんじゃないかな――と思ったら、ラズベリに右腕を取られた。
その「もぎゅぐぎゅ♪」な感触が、ちょっと嬉しい。
「ミオさん、水を差すようなことをしたらダメですからね? ローリエには計算があってやっているのですから」
「計算ですか?」
「そうです。オリーブ達は冒険者で色々な信念があると思いますが、真っ向勝負でローリエに負けてしまったら、少しはわたくしとローリエの言うことを素直に聞けるようになると思いませんか? 野生の動物を躾けるには、どちらがボスなのか、はっきりさせておくことが大切なのですよ♪」
くすりっと笑うラズベリ。何だか、手慣れている印象を受けてしまった。
――と、ローリエ達の勝負が始まりそうだ。
「あたいはレベル42の両手剣使いのオリーブだ」
「ワタシはレベル30の魔法使いアジュガ、ダヨ」
「ボクはレベル35の槍使いサフィニア!」
「……私は……レベル39の拳闘士……バジルよ……」
オリーブ達の宣言の後、ローリエが片手剣を抜きながら口を開く。
「自己紹介をどうも。私はレベル40のメイドのローリエです。お手柔らかに」
オリーブが、少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべて斬りかかる。
「レベル40のメイドさんか。一瞬で決めてやる。そっちには超再生が使えるミオがいるんだから――腕の1本や2本、無くなっても恨むなよ?」
大ぶりなバスターソードの一振りを紙一重で避けるローリエ。
そこにサフィニアの鋭い連続突きが襲いかかる。メイド服の裾をひるがえしながら流れるようにかわすローリエの近くに、小柄な黒い影が移動する。バジルだった。小さな身体から放たれる高速の拳。金属製の鋭い爪が付いた籠手をはめているから、一撃でももらってしまったら大ダメージ必須だろう。
でも、そのことごとくをメイドのローリエは受け流している。
ザッ、と音を立ててバジルが飛びのく。直後、アジュガの炎魔法がローリエに炸裂した。
「アジュガ、ちょっとやり過ぎじゃ――「ヤバい、効いていないっぽいヨ?」」
オリーブがアジュガに言葉を遮られて、慌てて炎の方向を見る。
炎の中から、無表情のローリエがゆっくりと歩いて出てくるところだった。
メイド服にも髪の毛にも焦げ一つない姿。ローリエは、どこの未来世界の人型殺戮兵器なのだろう?
直後、ローリエが跳ぶ。
オリーブのバスターソードとローリエの片手剣がぶつかり、火花を散らした。おおっ、凄い、オリーブのバスターソードが真ん中から斬り落とされた。そして、ローリエがオリーブの顔の前で剣を止める。
「勝負、有りで良いですか?」
無表情のローリエの言葉に、オリーブがすっきりした顔で笑う。
「ああ。完敗だよ♪ でも――なんで、あんたは、そんなに強いんだ? レベルはあたいよりも少し下なのに」
剣を鞘におさめながら、ローリエが口を開く。
「その質問は、メイドにとっては愚問です。メイドに求められるのは洗練された無駄のない動き、無理な要求もさらりと受け流すしなやかさ、ご主人様のためならたとえ火の中、水の中という精神力。そして――いつ、いかなる時も優雅であること。先ほど、あなた達はメイドを馬鹿にしましたが、少しは価値観が変わったでしょうか?」
4人を見つめるローリエに、オリーブ達が首を縦に振る。
「ははっ、道理で強いわけだ♪ 参った。ローリエさんのことを認めるよ」
「強さこそ正義ダヨ」「ボクは悪くないと思う」「……よろしく」
「ありがとうございます」
柔らかくなった4人に、無表情のままだったけれど、ローリエの瞳が少しだけ笑ったような気がした。
◇
パンパン、と手を叩いてラズベリが全員の注目を集める。
「さて、それじゃ、みんなで屋敷へ帰りましょう♪」
「良いんですか? えっと、その……後片付けはしないんですか?」
思わず聞いてしまった僕に、ラズベリが大丈夫ですよという顔をする。
「ちょっと湖畔が荒れちゃいましたけれど、農作物が植わっているところには被害は無いみたいですし、放置しても問題ないでしょう。密漁していた漁民達のことは気になりますが――見つけちゃったら、処罰しないといけなくなっちゃいますから、ね? ミオさんも意味分かるでしょう?」
見つけたら縛り首。それは流石に可哀そうな気がする。
「そうですね。今日は帰りましょうか」
僕の言葉に、オリーブがうんうんと頷きながら言葉を発する。
「そうだな! ぐずぐずしていると、次の水神に決まった『新しい主』が魔物をけしかけてくるかもしれないからな!」
ちょ、それフラグです! と思った瞬間だった。僕らの前に、虹色に光るオーラを纏った少女が現れたのは。
少女がにこっと微笑む。ぞわりっとした、嫌な感触が頬を撫でて背中に入ってくる。
「「「っ!?」」」「くっ!?」「「きゃ!?」」
女性兵士達やオリーブを除く冒険者の3人が、恐怖で腰を抜かした。
シクラがガクガクと震えている。
「神……うそ……神様だなんて……」
うわごとのように何かを呟いているけれど――神様? こんなに禍々しい存在が、神様なのだろうか? 僕の知っている神様は、もっとアホっぽかった。
>失礼な。神鳴り落とすわよ?
すみません。……っていうか、目の前のコレ、本当に神様なんですか?
>ノーコメントよ。――ブチッ!
あ……逃げた。でも、あまり関わりあいになりたくないのだろうな、ということだけは何となく理解した。
ゆっくりと、少女が口を開く。
「星降りの魔神_スプリン・グ・スター・フラワーよ、汝に問いかけるのは5番目の神だ」
鈴が鳴るような可愛らしい声。禍々しいオーラとのギャップが激しい。
さっきまで僕とログで会話していたのが3番目の神だから、5番目は後輩とかになるのだろうか?
少女が言葉を続ける。
「汝は、ローゼル湖の新しい水神になることを望むか? その答えは如何に」
全員の視線がグスターに集まる。
それに戸惑うような表情を浮かべて、ゆっくりとグスターが僕の方を見る。そして――トテトテとこっちに歩いてきて、耳を貸せという仕草をした。
「ご主人様、水神になることの答えが『烏賊2匹』って、どういう意味だ? なぞなぞなのか?」
内緒話をしたグスターの声は、真面目に困ったような様子。
冗談を言っているんじゃないと分かっているけれど、何だか気持ちがほっこりした。
「グスター、『イカ2匹』じゃなくて、如何にという言葉は『どうする?』って意味だよ。グスターは新しい水神になりたいと思う?」
間違いに気付いたグスターの顔が赤くなるけれど、その顔は困惑でいっぱいだった。
「う~ん、ご主人様、どうしたらいい? 水神になったら、神様ってことだよな? 信仰を集めて、お腹いっぱいで、うはうはだよな? グスター帝国の再来も可能だよな?」
うん、グスター帝国を作られるのは困るな。一応、メーン子爵領内だから。
でも、何故だろう? 全然、グスターの顔は楽しそうじゃない。
「ご主人様?」
不安げな表情でグスターが僕を見てくる。ああ。そういうことか。
思わずグスターの頭を撫でていた。コレはグスターが自分で決めないといけないことだ。僕にできるのは、グスターが自分で答えを見つけることのお手伝いだけ。
「グスターの望むようにして良いと思うよ。ローゼル湖の水神様として、湖の周りの人達の信仰を集めつつ、僕らが始める漁業に協力してくれるのも良し。僕達についてきて、一緒にワイワイ暮らすのも良し。グスターはどっちが良い?」
「そんなの決まってる、ご主人様の近くが良い!」
「そっか。嬉しいよ」
グスターが満面の笑みを浮かべる。
「えへへっ♪ ――ってことだから、5番目の神様、ごめんなさい。水神様にはなれない」
「そうですか。それなら、次の候補の元に向かいます」
そう言うと、5番目の神様は一瞬で消えた。
緊張していた空気が、柔らかくなる。
誰がという訳じゃないけれど、自然と全員が息を吐いていた。
「さて、それじゃ――城に帰りましょうか♪ 馬が足りないから、2人乗りで――「その必要は無いぞ!」」
ラズベリの言葉を遮って、グスターが得意げに胸を張る。
「グスターの転移魔法で城まで運んでやる♪」
その言葉の直後、僕らの足下に銀色の巨大な魔法陣が生まれる。
魔法陣に描かれたアルファベットが、ぐるぐると渦を巻いて――次の瞬間、銀色に妖しく光り始めた。
「……えっと? ちょ、グスター?」「転移魔法使えるの?」「グスターちゃん!」「転移魔法って――失われた空間魔法の転移魔法!?」「何でグスターさんが転移魔法を使えるんですか!?」「っていうか、コレ、大丈夫?」
混乱している僕らを無視して、グスターが短縮詠唱を発動させる。
「瞬間移動!」
世界が、銀色の光に、包まれた。




