第23話_さくっと水神倒します
=グスターの視点=
ふっふっふ~♪
ちょろいぞ。
ミオのやつ、グスターの大人の魅力にメロメロじゃないか。
もうちょっとだけ、からかって遊ぼう。
飽きたら、このグスター様が、後ろからバッサリ斬ってやるのだ♪
そして、あの名台詞を言おう。
――つまらないモノを斬ってしまった、と。
=シクラの視点=
ミオさまは、ご主人様と呼ばれるのが好きなのだろうか?
身長150センチくらいの、小さい女の子が好きなのだろうか?
ちょっぴり小生意気でつるぺたな女の子が大好きなのだろうか?
ドジっ娘が大好きって昨日の夜も言っていたし、今も現在進行形でグスターさんを抱きしめているから、ミオさまはロリこ――
「シクラ、ごめん、もう許して……」
「ほぇっ?」
すぐ隣で聞こえたミオさまの言葉で我に返る。
横を見ると、ミオさまが気まずそうな顔で私の横に立っていた。グスターさんは、少し離れた場所で、所在無さげに立っている。
「え? あれ? えっと、もしかして、私、全部口に出ていましたか?」
「うん、バッチリと。それはもう……ここにいる全員が、伝達の魔法のおかげで聞き取れるくらいに言っていました……」
ぐったりと打ちひしがれているミオさまの後ろで、お母さまや兵士の皆、女性冒険者の人達がはにかむように笑っている。
ああっ、私、ちょっと恥ずかしいことしちゃったのかも。全身が熱くなってきた。
でも、釘だけは刺しておこう。
「とっ、とにかく。ミオさま、グスターさんに手を出したら、絶対ダメですからね!?」
=三青の視点=
グスターが仲間になって――めでたし、めでたし、で話が終われば良かったのに。
シクラの「ロリコン、ダメ絶対」発言に、素直に頷こうとした瞬間、メニューに赤い警告文字が出て、脳内アラームが鳴り響く。マップを見ると、巨大な×印がこっちに向かって急接近して来ていた。普通じゃない。明らかに巨大な×印。
それをタップして表示されたステータスを見て、一瞬だけ血の気が引いた。
「みんな聞いて下さい! 巨大な魔物がこっちに近付いてきています。シクラとラズベリは、グスターやみんなを連れて戦線から下がってください。僕が魔法障壁を張って迎え撃ちますから。グスターは、自分で自分に回復魔法をかけられるよね?」
僕の言葉に、グスターが首を縦に振る。
「ご主人様、グスターは準備OKだ! もうHPは全回復したから、一緒に戦えるぞ?」
「いやいや、グスターは後ろで待機していて。ドジっ娘属性を発動されたら困るから」
「うくっ! グスターは傷ついた! 先生、グスターは戦闘がしたいです!」
「……ねぇ、グスター、なぜその言葉を知っているの?」
「ふふんっ♪ 格好良いだろ? どこで知ったのかは教えてやらないけれどな!」
自慢げな顔で尻尾を振るグスター。突っ込みたくなったけれど、今はじゃれている場合じゃない。
「……とりあえず、グスターは、今回はお休みしておいて。ご主人様命令だよ」
さっきはドジっ子属性とか軽口を叩いたけれど、本当はグスターじゃ敵わなかった相手だから、正直、グスターをぶつけたくないのだ。
グスターが唇を尖らせながら返事をする。
「……はぁ~い、命令なら仕方ないな。分かった、ご主人様の言う通りにする」
伝達の魔法経由で、ラズベリの真面目な声が聞こえる。
「ミオさん、ここは逃げませんか? 水神の手下は何十匹も出てきます。適当なところで切り上げないと――「いいえ、多分、これで最後です」――えっ? 何故ですか?」
「水神様ご本人が、登場みたいですから」
僕の言葉と同時に、水中からザバンっと青色のドラゴンが飛び出してきた。
首長竜みたいな水竜とは違って、空を飛べそうな大きな翼と、肉食恐竜を彷彿とさせる大きな顎が印象的だ。
予想はしていたけれど、圧倒的なプレッシャーが周囲を包む。
レベル666のドラゴンは流石に怖い。
◇
ドラゴンの口から言葉が発せられる。
「俺の嫁を返せ……魔神は次の代を作る苗床に良い……今宵、俺の子を孕ませる……だから、返せ……」
え? 俺の嫁? グスター、嫁になってたの? っていうか、獣――じゃなくて竜プレイ?
思わず振り返ってグスターの方を見ると、グスターは血の気が失せた顔をしていた。
「そんなの、グスターは聞いていない!」
心の底からドン引きしている、本気で泣きそうになっている顔だった。
青色ドラゴンがケタケタと笑う。
「言っていなかったか……いや、言わなかったな……隷属の首輪がある以上、俺の命令には逆らえない……コレが終わったら、大人しく股を――「そんなの嫌に決まっているっ! モンスターの子どもなんて生みたくない!」」
言葉を遮ったグスターを見て、青色ドラゴンの瞳孔が、きゅっと細くなる。
「嫌がる女を孕ませるのも……また一興……だが俺の命令に逆らうな!」
青色ドラゴンが吠えた瞬間、グスターがバタリッと倒れて、首を押さえてうめき出す。
「ぃゃ、ぅぇぇっ……」
「ミオさん、グスターちゃんの首輪が締まっているみたいです!」
ラズベリの言葉に、慌ててグスターに駆け寄ろうとした瞬間、背後から氷のブレスが放たれた。無詠唱の鏡で受け流す。
「ほぅ、今のを防ぐか?」
のんびりとした青色ドラゴンの声。でも、グスターの顔色がヤバい。
「ぅぇ……けぅっ……」
ぷしゃっ、と炭酸が抜けるような軽い音が聞こえて――これ以上は、グスターの名誉に関わるから聞かないことにする。気を失ったことで首輪の拘束も一時的に解けたみたいだし。
でも、青色ドラゴンの冷酷な声が響く。
「失禁したか……脆いな……犯す時には汚されないように……気をつけよう♪」
ああ、いい加減、頭にきている。
うちのグスターに好き放題言いやがって。
「そこのトカゲ、覚悟は出来ているんだよな?」
僕の言葉に、ぴくりっと青色ドラゴンの翼が反応する。
「そうか……死にたいのか……人間ごときが……我に歯向かうとは!」
そう言って青色ドラゴンの前足が、僕の鏡にヒビを入れた。
本来が魔法障壁には使えない鏡じゃ、あと数秒ももたないだろう。
昨日の夜に興味本位で流し読みをしていた、光の魔法障壁の詠唱を思い出す。うん、「隕石を防げる鏡があるから、魔法障壁は必要無い」とか甘く考えていた馬鹿な自分を殴りたい。
詠唱を思い出せないから、メニュー画面から光の中級魔法書を検索、そして「魔法障壁/詠唱」でキーワード検索をかける。
ここまで2秒。
ぐずぐずして、赤髪ポニーテール美人さん達を火傷させた時と同じ失敗を、繰り返すわけにはいかない。
よし、詠唱が魔法書の中から見つかった。
ここまで3秒。
「光の精霊よ、ここに集まりて我を護り、我らを護り、その清き胸元に抱きたまえ――光ノ魔法障壁!」
僕だけじゃなくて、グスターや介抱しているシクラやラズベリ、そしてその後方にいる女性兵士や女冒険者達の前に、緩い>型になるように障壁を張る。イメージした角度は120度。ブレスよけと耐衝撃をイメージした魔法障壁だ。
「光ノ魔法障壁! 光ノ魔法障壁! 光ノ魔法障壁!」
一重じゃ心もとない。四重の魔法障壁でみんなを囲む。
すぅっと青色ドラゴンが息を吸い込む。――直後、魔法障壁が氷のブレスで白く染まった。
氷が邪魔だ、青色ドラゴンの姿が見えない。でも、障壁の維持は大丈夫そうだ。
と、ブレスが途切れた。この瞬間を待っていた!
「神鳴!」
短縮詠唱で発生した轟音と雷が青色ドラゴンを包む。
0.1秒のタイムラグを挟んだ次の瞬間――
「っきゃぁああ!」
後ろからグスターの痛々しい悲鳴が聞こえた。
メニューに赤文字でポップアップが出て、青色ドラゴンのスキル「反射」「身代わり」「隷属_グスター」と表示してくる。
どういうことだろう? と考えた瞬間、ログが流れた。
>隷属の首輪の「身代わり」という特殊効果を使って、魔法をグスターに反射しているのです。下手な魔法を放つと、グスターが死ぬから気をつけて下さいね~♪
「っ!?」
どこか愉しそうな3番目の神のメッセージ。
それがちょっとだけ、いらっときた。
=グスターの視点=
ああ、グスターはここで死ぬんだな。
混濁する意識の中、温かい光がグスターを包む。
「グスターさん、大丈夫ですか?」
シクラだった。――やめて欲しい。HPを中途半端に回復されてしまうと、LPが減らずに苦しいだけだから。
「ご主人様、グスターに構わず魔法を放て!」
「でも、それじゃグスターが!」
怒ったようなミオの声が聞こえた。
ああ、もう、下心のない優しさを向けられると、なぜか無性にイライラする。
「ご主人様の足を引っ張るくらいなら、グスターは死を選ぶ! グスターは魔神だから、消滅しても復活できる。前回は200年かかったけれど、せいぜい数百年か数千年だ。だから、躊躇しないでやってくれ!」
「グスター、そんなことを言うな! 僕が何とかしてみせるから!」
ご主人様の大きな声。
何でかなぁ、油断させて背後から斬るつもりだったのに――「恩義はもう返した♪」って適当なところで言って、嘲笑ってやろうと思ったのに――そんな声を出されたら、悲しくなるじゃないか。復活までの時間が、寂しくなるじゃないか。また1人になるのが、怖くなるじゃないか……。――じゃないか……。
「ぐすっ、ひぐっ、うぇぇぇぇ~」
まだ、死にたくないよぉ。
=三青の視点=
「グスター、そんなことを言うな。僕が何とかして見せるから」
口ではそう言っていたけれど、僕の頭の中は混乱していた。
どうしたら良い? どうするのが良い? どうしたら、泣いているグスターを傷付けずに青色ドラゴンを倒せる?
初級魔法は論外で、僕の手札にある中級魔法や上級魔法は反射でグスターにダメージが行く。魔力を過剰供給させて反射出来ないくらいの威力を出せれば、青色ドラゴンにダメージが通るのだろうけれど、成功する可能性は低いから試せない。
一番威力が高そうな最高圧力水刃も無力化あるいは反射されそうだから、選択肢は禁呪一択となるのだけれど……僕は禁呪を使えない。ラズベリに氷地獄ノ業火をかけてもらう? いや、それがグスターに反射されたら目も当てられない。
こうなったら、物理攻撃で行くしかないか。
うん、覚悟を決めた!
青色ドラゴンに向かって走る。レベルが高いおかげか、身体が羽のように軽い。無限収納から片手剣はまだ出さない。敵に攻撃をすると教えてやる必要はないから。
刹那、青色ドラゴンの尻尾が横薙ぎに僕を襲ってくる。
それを跳躍してかわしながら、片手剣を2本無限収納から具現化させて、交差させるように突き立てる。狙いは翼の根元の腱を切ること。青色ドラゴンに空を飛ばれたら対抗手段が無いし、逃げられたらメーン子爵領内に甚大な被害が出るのは間違いないから。
「ぐぎゃぅっ!?」
大きな悲鳴を上げる青色ドラゴン。構わずに3本目と4本目の鉄剣を無限収納から取り出して翼の根元に突き立てる。
翼が千切れそうになって、傷口から血しぶきがあがる。
血まみれになりたくないから、青色ドラゴンの身体を蹴って、それを避ける。
同時に、4本の鉄剣は無限収納へ自動回収しておく。
剣が抜けたことで傷口が露出し、さらに激しく血しぶきがあがる。
でも、思ったよりも気持ちは動揺していない。冷静に動けている。
翼を折った青色ドラゴンが、すぅっと息を吸い込む。
新しい魔法障壁を完全無詠唱で展開した直後、氷のブレスが通り過ぎる。
――と思った瞬間、魔法障壁が3枚分、青色ドラゴンの巨体で砕かれた。ブレスを吐きながら、青色ドラゴンが僕に向かって突進してきたのだ。
右に跳んで青色ドラゴンと交差する――瞬間に、無限収納から出した魔法銃で右目を狙う。ミスリルの魔力炸裂型大口径弾頭を発射できる単発式魔法銃。発射に使う魔力はMAX30000、弾頭を破裂させるために込める魔力も7500を割り振る。遠慮なんて当然しないし、手加減や出し惜しみすら、もったいない。
一撃で、決める!
引き金を引いた瞬間――青い光と爆発音。魔力を込め過ぎたのか、反動が物凄い。STR(筋力)が高くないと、絶対に右手から銃が吹き飛んでいた自信がある。でも、それ以上に凄まじいのは炸裂弾頭の威力。当たり所が良かったのか、むしろ悪かったのか、青色ドラゴンの右目が周囲の頭蓋骨ごとクレーターのように抉れて、後頭部が吹き飛んでいた。
HPゲージが0になっている。
それでも倒れない青色ドラゴン。すうっと空気を吸い込む音が聞こえる。
氷のブレス。でも、それが最後のあがきだった。
ブレスの反動で脳をまき散らしながら、青色ドラゴンが倒れる。
視界の端でログが流れる。
>「水神_アクア・シングー・タライロン」を討伐しました。
>討伐ボーナスとして「無限収納」に獲得物品を自動回収します。
>水神_アクア・シングー・タライロンの遺体を手に入れた。
青色ドラゴンが光の筋に変わって、無限収納に吸い込まれた。
ログの流れは止まらない。
>隷属の首輪の鍵(腹の中)を手に入れた。
>宝石箱(腹の中)を手に入れた。
>生命の泉の腕輪(腹の中)を手に入れた。
>プラチナのインゴッド(腹の中)を手に入れた。
>……
>焼け焦げた桃色水竜の遺体を手に入れた。
>焼け焦げた青色水竜の遺体を手に入れた。
>焼け焦げた青色水竜の遺体を手に入れた。
>焼け焦げた青色水竜の遺体を手に入れた。
>焼け焦げた青色水竜の遺体を手に入れた。
>……
無数の光の帯が、僕の頭の上に浮かんだ金色の魔法陣に吸い込まれていく。
的外れかもしれないけれど、「流れ星みたいで綺麗だな」と思った。




