第22話_魔・神・降・臨
=三青の視点=
「わっはっは~、悪しき密漁者よ、グスターがやって来たからにはもう逃げられないと思え!」
右手を腰に当て、左手を前に突き出して僕を指さすグスター。
でも、僕に気付くと、その体勢のままビシリッと凍りついていた。
「グスター?」
「お、お前は昨日のヤツ! なっ、な、な、なんでここにいるんだ!?」
「いや、グスターの方こそ、何でここにいるの?」
気が付くと会話が始まっていた。
一瞬、丁寧語を使うべきか悩んだけれど……何となく使わなくても良いかなと感じたから、このまま続けよう。
僕の中にそんな葛藤があったとは知らないグスターが声を張り上げる。
「聞いて驚け! グスターは、水神様の部下になったのだ! MP切れでお腹が空いて、お家も無くなっていたグスターに、水神様は生臭い魚飯としめっぽい洞窟の床を提供してくれたのだ!」
「……グスター、それ、騙されているよ。部下じゃなくて奴隷扱いだから」
ぽつりと呟いた声が聞こえてしまったのだろう。
グスターが、顔を真っ赤に染めて、獣耳をプルプルと震わせ、両腕を体側にそわせながら、手をぎゅっと握りしめていた。
「し、失礼なっ! 確かに隷属の首輪をはめられてしまったが――これでも、200年前は水神の上官の上官をしていたんだぞ! 今のグスターは復活直後だし、MPが足りなくて水神に負けてしまっただけだから、いつか隷属の首輪を外して下剋上をしてやるのだっ!」
「そうなんだ……頑張って、と言えば良いのかな?」
「ああ、グスターは頑張るぞ♪」
何だか、グスターが可哀そうな生き物に見えてきた。きゃんきゃん吠える、小生意気な小動物にしか見えない。
……って違う。
一応、グスターは敵なのだから、油断しちゃいけないんだった。
「――ということで、下剋上の第一歩として、お前達と戦わなければならない!」
そう言って「キラリン♪」と無駄な効果音と小さな星を魔法で生み出しながら、グスターがこっちを指さしてくる。
でも、何と言うのかな、他人に指をさされるのは少し不快感を覚えてしまう。グスターは、親や学校の先生に「人を指さしちゃいけません」って習わなかったのだろうか?
「ねぇ、昨日の戦いを思い出してみてよ。グスターに勝ち目があると思うの?」
「ふっふっふ~、それがあるんだな。水神様の魔力が付与された水の双鎌。この双鎌に切れぬモノなど無い。行くぞっ!」
そう言うとグスターがちょっと変わった形の――刃がカブトムシの爪のように2つ並んでいる――大鎌を振り上げて僕に突っ込んでくる。早い。でも、昨日と違って冷静になれば見えない動きじゃない。右袈裟掛け、そこからの足払い、そして左切り上げ、横薙ぎ。バックステップでかわし続ける。
「ええぃ、ちょこまかと。男だったら正々堂々戦え!」
あ、グスターには男だって識別されていたんだ。
若返った今の姿で、女性に間違われないのは、ちょっと嬉しい。
でも、とりあえず――
「HP吸収」
「ぐはっ、身体の力が抜ける……お前、グスターに何をした!?」
「普通、敵に聞かれて答えると思う? ……って言うか、僕、ちゃんと『HP吸収』って発動キーワード唱えたよね?」
「うぐっ。こうなったら、星降り!」
「させない。鏡&MP吸収」
僕の全力のMP吸収に、グスターのMPバーがぐんぐんと減っていく。
3分の1くらい減ったところで減少が止まったから、続けて2回MP吸収をかける。
「なっ、グスターのMPを吸収するなんて、ずるいぞ!」
「いやいや、グスターに無闇やたらと隕石を落とされると、美味しいお米の収穫量が減るんだよ」
半分くらい嘘だけれど。
昨日の反省を踏まえて、鏡を空にW型にして張っているから、障壁に阻まれた隕石は、溝にそって集るようになっている。万が一、隕石が降って来ても農道に落ちるから水田に被害は無い。
さて、MP吸収をした後には、逃げられないようにHPを削っておくか。
次の魔物が召喚されるかもしれないけれど、この天使はここで押さえておきたい。調子に乗られて城塞都市ルクリアや他の街を襲われたらたまらないから。
「HP吸収! HP吸収! HP吸収! HP吸収!」
HP吸収の4連打で一気にグスターのHPが0になる。
ダメ押しでもう一度HP吸収!
「ぅう……もう止めて、グスターのライフはもう0よ!」
気絶寸前の時、ドヤ顔でグスターが言葉を発して、ゆっくりと倒れた。
LPは減っていないけれど、完全に気絶しているみたいだ。でも……異世界に、なぜこの迷言があるのだろうか? 僕以外のあっちの世界の住人が流行らせた? 考えたくないけれど、そいつは多分、僕と同じで中年のオタクだ。
と、嫌な予感がしてグスターの方を見る。水面にうつぶせで浮かんでいた。
「――ちょっとグスター! 息出来ているか!?」
グスターのステータスが「意識混濁」「溺水」になっているのをメニューで確認しながら、慌てて浅瀬に入ってグスターを拾い上げる。いくら敵だといっても、溺れて死なれるのは、何だか嫌だ。
「ミオさま、助けるのですか?」
シクラが僕に聞いて来る。
その表情は、「止めを刺した方がいいのでは?」といった困惑している表情だけれど、気付かなかったことにしよう。
「そうだよ。ここで死なれるのは、夢見が悪いからね」
「でも――「はぅっ! グスターは? グスターは気を失っていたのか!?」――っ!」
何かを言いかけたシクラの言葉を遮りながら、グスターが復活した。
ラズベリが臨戦態勢に入る。
僕も臨戦態勢に入ろうかとしたのだけれど、何だか腕の中のグスターの様子がおかしい。
「……お前が、グスターのこと、助けてくれたのか?」
なぜか瞳がうるうるしていて、両耳がぺたんと伏せられていて、グスターの頬が赤く染まっていて、両手をモジモジ動かしている。
「えっと……溺れていたから、死なせたくないなと――「そうか。ありがとな♪」」
あれ? 何だか、友好的になっている?
「そっ、そんな変な顔をするな。グスターに二度も勝ったのに、殺そうとするどころか命まで助けてもらった。その恩義、返すまでは忠誠を誓おう!」
視線でグスターに「そう言って、後ろからズブリっと刺されないよね?」って問いかけたら、恥ずかしそうに目を逸らされてしまった。
……なんでこう、僕の周りはチョロインばかりいるのだろう?
ラズベリと顔を見合わせる。
「ミオさん、取りあえず、受けてあげても良いんじゃないですか? ミオさんはドジっ娘グスターちゃんを殺すつもりは元々無かったわけですし、ドジっ娘グスターちゃんを放置してうちの領地や周辺の領地に被害が出るのは困りますし……何よりも、ドジっ娘グスターちゃんは、水神様の下で不遇な扱いを受けているみたいじゃないですか。助けてあげるという意味でも、ミオさんが飼い主になってあげたらどうですか?」
うん、ラズベリの言葉にカエシ付きの大きな刺がある。超怖い。
でも、能天気なグスターは、小声で「ミオという名前なのか……よし、覚えた!」とか言って気にしていない様子。
余談だけれど、ラズベリの言葉から「ちょっとお馬鹿な娘みたいですね」という感想を言外に感じてしまったのは――まぁ、僕も否定はしない。
「……そうですね、仲間にした方が良い気がします。グスター、よろしく」
「うんっ♪ ご主人様、よろしく!」
今、甘美な響きが聞こえた気がする。
グスターの頭の上では、少し得意げに、ぴこぴこと狼耳が揺れていた。
「えっと、僕のことを『ご主人様』って言ったかな? それは――「ダメか? グスターが心から仕える相手は、昔から『ご主人様』だと決めていたんだ。ダメなら、ミオの仲間にはなれない。グスターは敵になるっ!」」
きっぱりとグスターに言われてしまう。
野生の獣のような強い意志が籠った銀色の瞳。ここで断るという選択肢は、グスターの気持ちを傷つけることになると理解した。
「そう、それなら、仕方ないよね。僕のことは、グスターの好きなように呼んで良いよ」
「ありがとう! ご主人様、大好きっ!」
ご主人様、大好き――ご主人様、大好き――ご・主・人・様・大・好・き・っ♪
はっ、いけない。
夢の世界に飛んでしまっていた。
妄想は昼間にしちゃいけない。
冷静になろう。
僕は「狼耳モフ尻尾ぺったん銀髪ツインテール天使魔神」のご主人様になったのだ。
うん、異世界、ちょっと良いかも♪
「ミオさま?」
じとっとした、シクラの言葉でビクッとなってしまった。
振り向くのが……本気で怖い。




