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第21話_水棲魔物との戦い

=三青の視点=


間に合わなかった。

僕の魔法障壁が、間に合わなかった。

発動が1秒遅れたせいで、4人の女冒険者が全身に酷い火傷を負って転がっている。

「……かっひゅふ~、ひゅ~(ころしてくれ)……」

呼吸する音が、僕の耳には懇願する声に聞こえた。


髪が焼け落ち、水ぶくれに覆われた顔が歪む。

身体が動かない。そんな僕の横でラズベリが片手剣を抜いて、無造作に振り下ろす。


ガキンっ!

金属音が響いていた。気付いたら、ラズベリの剣を無限収納ストレージから取り出した鉄剣で弾いていた。

「ミオさん、何をするのですか? 苦しまないよう一撃で殺してあげるのが、せめてもの情けですよ?」

「でも――「治らないのですっ!」」

仲良くなってから初めて聞く、苛立ちと諦めが混じり合う、僕を責めるようなラズベリの声。

「いいですか? 『治癒ヒール』や『高位治癒ハイ・ヒール』程度じゃ治らないのです。いくら回復魔法でも、ここまで火傷を負ったら治らないのです。無理やりHPを回復させたとしても、全身爛れた状態で生きていかないといけないのです。それが女にとって、どんなに地獄なのか――ミオさんに想像できますか?」

「……っ、それは」

「聖魔法の『超再生リジェネレーション』が使える人間がいれば別ですけれど、そんな高位の聖職者や王国直轄軍の治癒師なんてここにはいません。そもそも一般庶民は、どんなにお金を積んでも、高位の聖職者や治癒師には治療してもらえな――「待って下さい!」――えっ?」


思わず声を出していた。ラズベリが驚いたような顔で固まっている。

声が大きかったのかもしれない。


でも、今優先するのはそれじゃない。

「ラズベリ、ごめん、大きな声を出してしまって。でも『超再生』なら、治るんですよね?」

「治りますけれど――って、まさか!?」

「詠唱、覚えています。……昨日、覚えました。成功するか分からないけれど――「ミオさん、そんな状態じゃ無理で――「ミオさまなら出来ます!」」」

ラズベリの言葉を遮ったシクラが、言葉を続ける。

「ミオさまなら、出来ます。だから、自信を持って、治してあげて下さい!!」

僕のことを信じている、そんな瞳だった。


失敗は、中途半端な回復は、女冒険者達を殺すよりも凄惨な目にあわせてしまうことを意味する。

ラズベリが人を殺そうとした事実に――いや、それは言葉が違う(ズルい)な。正しく言うのなら、僕のせいで人が死にそうになっている事実に、心と身体が竦みそうになっていた。


でも、シクラに勇気をもらえたおかげで、気持ちが落ち着いた。

今は魔法を失敗する気がしない。


鏡の外では、こっちに攻撃を通そうと水色水竜ブルー・プレシオ桃色水竜ピンク・プレシオが体当たりやブレス攻撃をしているけれど――シクラの加護を得た僕の障壁は、その程度じゃ崩せない。


「ありがとう、シクラ。それじゃ、いくよ――聖なる精霊よ、その光を我に貸し与え――」

詠唱を始める。集中力を切らしちゃいけない。

合計約1439文字の聖句を、一字一句間違えないように、唱えないといけない。

「――彼女らを包み込み、そして癒せ。――超再生リジェネレーション!」

詠唱の終わりとともに、白い光が周りを包んだ。

「まさか、広域発動するの!? あり得ない!!」

ラズベリの声に続いて――

「うそっ、古傷が治っていく!?」「私の傷も……消えてく……」「お肌が、なんか艶々(つやつや)する♪」

女性兵士達の驚きの声が後ろから聞こえた。

どうやら1人空気が読めない子がいたみたいだけれど……そっとしておいてあげよう、本人は無邪気に喜んでいるみたいだから。


超再生のエフェクトが終わるのと同時に、女冒険者達の火傷も治っていた。

見た感じでは、装備品はボロボロで胸とか脚とか露になっているけれど……火傷の跡は残っていないし、焼け落ちた髪も自然な長さまで綺麗に伸びていた。全員が違う髪型――多分、元々の髪型――になっているのが不思議だけれど、まぁ、そこは異世界の魔法クォリティーってやつだと考えよう。

「ミオさま、成功、ですね!」

興奮した様子のシクラが僕に抱き付いて来る。

「もきゅん♪」という感触とほのかに香る甘い匂いが心をくすぐる。

「ミオさんは、規格外ですね~」

あきれたようにラズベリがため息をついた。でも、その表情はどこか嬉しそう。


「ぐきゃぉぉ!」

僕達のほんわかした空気を、水竜の咆哮が「無視するな!」と言いたげに遮った。

桃色水竜を中心として水色水竜が4匹、魔法障壁の向こう側に集まっていた。

「ラズベリ」

「何でしょうか、ミオさん?」

「ちょっと試してみたい魔法があるんですけれど――良いでしょうか?」


ダメ、とは言われないと思うけれど……この場の指揮官であるラズベリの許可を取っておきたい。一応、攻撃魔法にあたるモノを放とうと考えているから。

「……仕方ありませんね。魔法障壁もとい鏡を張っているのはミオさんですし、ミオさんが色々な攻撃魔法を試してみたい気持ちも分かります。鏡を維持しながら使うのでしたら、許可しましょう。でも、やり過ぎて水神様の怒りを買わないように気を付けて下さいね?」

ラズベリに釘を刺された。調子に乗ってやり過ぎちゃ、ダメだと心に刻む。

「それじゃ――行きます!」


 ◇


真面目な顔で宣言したものの、内心ではとてもワクワクしている僕がいる。

だって、目の前の巨大生物に対して、遠慮なく(・・・・)魔法を放てるのだから。しかも、魔法障壁()の内側という安全地帯の中から一方的に。少し誤解を招きそうだから頭の中で補足するけれど、僕は人を殺すことには抵抗がある。でも、「モンスターを狩る」のは別モノだ。だって『モン○ン』大好きだから♪


話がそれた。

頭の中で、昨日覚えた魔法の詠唱の中から、どれが良さそうか、リストアップをする。いきなり一撃で水竜達を全滅させるような魔法は論外。お楽しみが減ってしまう。

そうだな、単体攻撃の魔法を色々試してみよう。

まずは――お約束のHP吸収エナジー・スティールがモンスターにも効くのか試してみよう♪


無詠唱スキルのおかげで、短縮詠唱――詠唱の最後にある発動句(キーワード)だけで魔法を発動させること――が可能だけれど、今回は実験的な意味も込めて、メニュー欄から「HP吸収」を選択して、本来の意味での完全無詠唱(・・・・・)で発動させる。


「きゅぅ~ん!」

子犬のような悲鳴を上げて、一匹の水色水竜が水面に倒れた。手加減無しだと、思っていたよりもHPの吸収量が多い。


メニューの「敵ステータス表示」によると、水色水竜AはHPが0になって気絶している。

頭が水中に浸かっているけれどLPが減っていないところや溺れていないところを見ると、クジラみたいに息を長く止められているのか、魚みたいに鰓呼吸が出来るのだろう。

……もしも、水竜に鰓があったとしたら爬虫類じゃなくて両生類に分類されるよな、なんてことが頭に浮かんだけれど、気にせず次の魔法に行こう。


今度は短縮詠唱(キーワードあり)で発動させる。

せっかく異世界にやって来たんだもの、必殺技の名前は叫びたくなるじゃない?

完全無詠唱は、僕には向いていないと思うんだ。


神鳴スピリット・シャウト!」

雷の中級魔法。快晴だった空に一瞬だけ紫雲が走り、雷撃が空から降って来る。

直後、響き渡る轟音。

「ぴゃぐ!」

水色水竜Bが神鳴に撃たれて変な声を立てた。

その周りにいた他の水竜達も電撃の余波に巻き込まれる。水色水竜達のHPゲージがものすごい勢いで減って、生命力を表すLPゲージまでも一瞬で0になった。

……これは、ちょっとやり過ぎた? でも神鳴は単体攻撃魔法なのに、なんで全体攻撃になっているの?


背中にザクザクと視線の矢が刺さってくるのを感じながら、ゆっくりと振り向くと……シクラとラズベリを含む全員が、両耳を抑えて僕を睨んでいた。

「ミオさん、やり過ぎです!」

「いや、これでも――」

手加減して弱い威力にしているんです――とは言えなかった。

湖の上は死屍累々といった様子で水色水竜4匹の死体が浮かんでいたから。

でも、唯一、生き残った桃色水竜が怒ったように僕の魔法障壁に突撃していた。凄いな、モンスターなのに障壁を張ってこっちの魔法を防げるんだ。


「ミオさん、桃色水竜は殺しちゃダメですよ?」

ラズベリが、釘を刺すような声で僕に囁いた。

伝達コミュニケーションの魔法の効果が生きているから、小さな声だったけれど聞き取れた。

「……でも、桃色水竜、障壁を張っているみたいですよ?」

「『だから、もう少し上の魔法を試してみたい』――そんなこと、考えています?」

ラズベリの方を見たら、視線がぶつかった。何と言うのかな? 言葉では止めているけれど、「もっとやっちゃえ♪」って顔をしていて、何だか可愛い。

「ちょっと、お母さまもミオさまも! 殺したら、ダメですよ!? 絶対に、絶対に、ダメですよ?」

シクラの言葉に「押すなよ? 絶対に押すなよ?」というネタを思い出しながら、頷きを返す。

「分かっているよ、シクラ。HP吸収エナジー・スティールMP吸収マジック・スティールだけにしておくから。これなら、HPやMPが0になってもLPを削ることはないみたいだし」

僕の言葉に、シクラが頷く。

「それなら安心です!」


「ミオさん――やっちゃって♪」

ラズベリのGOサインに重ねるようにして、魔法を発動させる。

「HP吸収!」

桃色水竜のHPバーがぐんぐん減る。――って、あれ? ちょっと減り過ぎ――


ズダンっ!

盛大な水音を立てて、桃色水竜が倒れた。

「ミオさん!」「ミオさま!」

やり過ぎです、とラズベリとシクラが声を上げた。

「「「ぅぉお~っ!!」」」「「「っきゃ~ぁ♪」」」

僕らの後ろで成り行きを見ていた女冒険者や女兵士達が雄たけびを上げた。半分くらい、黄色い歓声が上がった気がするけれど、気のせいだろう。

……。

そう、気のせいだと思いたい。

ちらりと横を見ると、シクラの顔が若干引きつっている。

あれ? そもそも――っていうか、何故、僕はシクラの顔を見てしまったのだろう?


「ミオさん――」

ついっとラズベリに袖を引かれる。

「今のうちに逃げますよ♪ ――「えっ!? 倒さないのか?」」

ラズベリの声に一人の女冒険者が不満げな声をあげる。

振り向くと、大きなバスターソードを肩に担いで、赤い髪をポニーテールにした美人さんと目線がぶつかった。身長は170センチをゆうに超えていて、ローリエよりも高い。一番レベルが高いから、この人が女冒険者達のリーダーなのだろう。


ラズベリが、にこっと作り笑顔(・・・・)を浮かべる。

「ええ。強力な魔物ですので倒したいのはやまやまなんですが、ここで湖のボスである桃色水竜のLPを0にして殺したら、もっと強力な魔物が水神様の手で召喚されてしまう可能性があるんです。延々と戦いを繰り返すのは大変ですよね?」

「それはレベル上げにはちょうど良いじゃないか♪」

桃色水竜を僕が倒したことで、レベルが大きく上がったことが原因だろう。死にかけていたというのに、ポニーテール美人さんはホクホクした表情でそう言った。


ラズベリが苦笑する。嘲笑にも似たニュアンスの苦笑いだった。

「それなら、わたくし達が撤退した後に、レベル上げをされてみますか? 無事に最後まで敵を倒したら、レベル600オーバーの水神様が出てくるという噂ですけれどね♪」

笑顔のままでラズベリが言い切る。

その声はとても冷たい。


ポニーテール美人さんが困惑したような顔で、右手を小さく左右に振る。

「いやいや、あたいのパーティーだけで桃色水竜と同レベル以上の魔物と戦うなんてあり得ないよ。あんた達は手伝ってくれないのかい?」

「レベルアップは魅力的ですけれど、水神様の怒りを買うと、困ったことになりますから」

「困ったことか?」

「ええ。一応、名を名乗っておきますね。ここら辺一帯の領主をしている、メーン子爵家当主メーン・ラズベリと言います。で、右にいる娘は次女のシクラ。さっきから魔法障壁を張って下さっているのが、我が家の客人のミオさん。――これで意味が分かりますよね?」


それは「貴族を相手に逆らうの?」という、ラズベリの言外の圧力。でも、ポニーテール美人さんは、不思議そうな表情で首を傾げた。


「? あたい、馬鹿だから、分からないよ。どういう意味か教えてくれ」

一瞬、毒気を抜かれたような顔を浮かべたけれど――ラズベリは、すぐに気を取り直した様子で口を開く。

「知ったかぶりをしないところだけ(・・)は、好感が持てます。……そうですね、水神の怒りを買って周囲の水田に被害が及ぶと、あなた達は縛り――って、何か来ますっ!」


ラズベリの言葉と同時に、何も無かったメニューのマップに×印がいきなり現れた。目視でも確認できる距離。


まっすぐ、こっちに飛んでくる×印は――見覚えのある獣耳天使だった。

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