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第20話_訓練と遭遇

※最後の方に、少し残酷な描写があります。ご注意ください。

=三青の視点=


部屋のベッドに寝そべりながら、僕はミクニ先生の残した資料や魔法書を読んでいた。


ちなみに、無限収納に入っている書類や魔法書やメモは、メニュー画面経由で電子書籍みたいに読むことができる。それに加えてメニューの機能が優秀で、「アイテム属性」や「あいうえお順」などでタイトルの自動整理(ソート)が可能だし、タイトル検索や中身の文章検索も可能だったから、作業はとてもスムーズにいっていた。


最初は雷の魔法書や聖の魔法書を読んでいたのだけれど、夜中に部屋の中で魔法の発動実験をする訳にはいかないから、ざっと一回読んだだけで止めておくことにする。


「レベルが高いおかげ、なのかな?」


麻痺パラライズ拘束リストレイント治癒ヒール毒消アンチ・ポイズンの詠唱はもちろん、各々の本に書いてあった他のいくつかの魔法の詠唱も――発動するかどうかは別として――完璧に暗記できた。あとは、明日にでも、発動させられるかどうか実験してみよう。


だからというか、何と言うのか。

膨大な資料の中に「あきらの日記」という項目があることを見つけて、興味を持ってしまったことに他意は無いと思う。あいうえお順でソートした時に、上の方にあったから目に入ってしまっただけだ。

……ちょっとした好奇心に負けてしまったとも言う。


他人の日記を読んでも良いものかという葛藤はあったけれど、自分と同じ日本からの転移者の行動を知りたいという欲求に負けてしまった。「今日は我慢できても、いつか遅からず読んでしまうだろうから、潔く行動することに決めた」というのは、言い訳にしかならないと思うけれど。


話を戻そう。

結果としてミクニ先生の日記を開いてしまったのだけれど――その内容は興味深いものだった。


まず、ミクニ先生の名前は、三国明みくに・あきら。結婚はしていなくて、子どももいない32歳の小児科医だったらしく、異世界召喚された日には神奈川県内の病院にいたようだ。


夜勤中に論文を見ていた時、眠気に負けてこくり(・・・)としたら、いきなりラム子爵家――当時、当主のレイシ氏は隔離政策でいなくなっていたものの、まだメーン子爵家では無かった――に召喚されて、部屋で本を読んでいたシクラに遭遇する。


すぐに不審者として兵士達に拘束されて牢屋に入れられたものの、異世界の勇者として3日後に解放され、客人として居候をすることになったらしい。その時、人体自然発火現象のことを聞き、原因解明と治療法を探して活動を始めるミクニ先生。そして怒涛ともいえる試行錯誤の4ヶ月が過ぎた後、Yウイルスを発見した。


僕は、ここで一度、ページを進めるのを止めた。

流石に眠気が強くなってきたから。


朝、アルバイトに行こうとして玄関の靴を履いた瞬間に異世界転移して、それから色々なことがあった。シクラに抱きつかれたり、ラズベリにキスされたり、ラズベリやシクラと婚約したり、元の世界に戻ることを諦めたり、獣耳魔神(グスター)とバトルしたり、ラズベリに婚約破棄されたり……たった一日だったけれど、ずいぶん前のような気がするのは気のせいだろうか?


「でも。婚約破棄かぁ……」

正直、一日だけの婚約だったのに、ショックだった。

ラズベリが僕のことを好きだと言ってくれたのが、甘い罠だったとは思わなかった。

たった一日で感じた印象だけれど、ラズベリは相手に境界線を引いたら、その線以上は踏み込んで行かないタイプだと思う。

そして、僕はラズベリに線を引かれてしまった。


ラズベリが僕のことを単純に好きじゃないのか、僕に対する後ろめたさから身を引いたのかは分からないけれど……お互いに越えられない線を引かれてしまったことは、確実に感じられた。そのおかげというか、何と言うのか、それのせいで――ラズベリは僕のことをどんな風に考えてくれているのかは明言しなかったけれど――僕は最終的にラズベリと結婚できないのだろうな、ということも何となく理解出来てしまった。


シクラと結婚できるんだから良いじゃないか? とも思う。

シクラのことは本当に可愛いと思うし、愛おしく感じるし、大切にすると心に決めているけれど……なぜか、ショックな気持ちは変わらない。

「……」

女々しく後を引いていても仕方がない。シクラに気付かれたら悲しい思いをさせてしまうかもしれない。だから――深呼吸をして気持ちを切り替えよう。


明日は、乗馬の訓練をして、旅の準備をしなければいけない。

本来は領地を視察して、養殖や魚介類の輸送についてラズベリと打ち合わせするはずだったのに――ううん、そうじゃない。ラズベリのことは忘れるんだ。僕が勝手に、ラズベリとの未来を夢想していただけなのだから。


「気持ちを切り替えよう」

そう闇の中で呟く。


明日も良い日でありますように。


 ◇


「蒼き稲妻を左手に宿し、増幅させ、増幅させ、対象をあらぶる雷で鎮めよ。麻痺パラライズ!」

「ずもぅ~!!」

僕が発動させた魔法で、巨大な牛が悲鳴を上げて倒れる。

動物愛護団体にバレたら怒られそう――とか最初は思ったけれど、この後、屠殺されて美味しく料理されてしまう存在らしいから、安楽死に協力した(・・・・・・・・)ということで許してもらえると思う。事実、日本の屠殺場でも電気ショッカーによって気絶させた上で、牛や豚を捌いているみたいだし。


「たった一日で『治癒ヒール』と『麻痺パラライズ』と『HP吸収エナジー・スティール』と『MP吸収マジック・スティール』と『拘束リストレイント』と、他にもたくさんの魔法が使えるようになるなんて――ミオさんはすごいですっ!」

そう、昨夜の勉強に加えて今朝方、早く目が覚めてしまったから「HP吸収」と「MP吸収」の魔法も覚えてみたのだ。

ちなみに、水属性の上級魔法――ミクニ先生オリジナルの魔法、最高圧力水刃ウォーター・カッター――を成功させたせいか、さっきから、シクラがハートの形をした瞳で僕の方を見てくる。

……今なら、何を言っても言うことを聞いてくれそうだ。

「シクラ、大丈夫かな?」

「はいっ! 大丈夫です!」

「シクラ、にゃんにゃん♪ って猫のまねしてくれる?」

「はいっ! にゃんにゃん!」

「シクラ? 意味分かってる?」

「はいっ! ミオさま、大好きです!」

……ダメだ。シクラが重症だ。猫の手を作った状態のままで、首を「きょとん?」と傾げる仕草が破滅的に可愛過ぎて、網膜がそのまま焼き付きを起こしそう。


「……シクラ、ちょっと休憩しようか」

「はいっ! ミオさまのお部屋に行きましょう!」

何と突っ込んだら良いのか、正直分からない。

でも、シクラが「耳年増さん」なのは良く理解できた。


「ぅふふっ♪ シクラで遊ぶのは、程々にして下さいな」

声を掛けられて振り向くと、馬に乗ったラズベリがいた。その表情はとても嬉しそうな感じ。……さっきのやりとりを、しっかり見られていたのだろうな。

ちょっとだけ、顔が熱くなる。

「魔法の習得は順調そうですね?」

馬に乗ったまま、ラズベリが話しかけてくる。

「はい、おかげさまで雷と水と聖属性、あと他にもいくつかの属性の魔法を覚えられました」

「たった一日で複数属性ですか……ちょっと嫉妬しちゃいます♪」

軽い口調でラズベリが言った。

「嫉妬、ですか?」

「ええ。普通の人は1~2属性までしか覚えることが出来ないんですよ。それ以上の属性を覚えるのには、親からの遺伝とか、自身の才能とか、あとは厳しい修行が必要です」

「シクラは、確か3属性魔法使いでしたよね? ラズベリも複数属性魔法使いなのですか?」

「ええ。わたくしは6属性の魔術師です。グラス王国でも6属性は両手で数えるくらいしかいないのに――たった1日でミオさんに追い越されそうになるなんて、ちょっと屈辱です」

冗談っぽく笑ってから、ラズベリが優しい笑顔に変わる。

「その力で、シクラとローリエを守ってあげて下さい」

「はい。もちろんです」


僕が頷いたことに満足げな視線を送った後、ラズベリが手に持っていた短鞭を小さく振る。

「それじゃ、乗馬の訓練をしましょうか?」

「あれ? ラズベリが教えてくれるんですか?」

てっきり、ローリエが教えてくれるのかと思っていた。

「不満ですか? ローリエは旅の準備で忙しいみたいなんですが――」

「いいえっ! 不満じゃないです! よろしくお願いします!」

ラズベリの声と視線が、ちょっと冷たかったから、慌てて言葉を遮る。

鞭を持っているから、まるで女王様みたいだ――とか言ったら怒られるんだろうな。


「よろしい♪ それじゃ、まずは『地面から馬に乗る方法』から教えますね」

そう言ってラズベリが馬から降りて、僕の手を握った。ラズベリの自然な動作に、心臓がドキリとした。……。僕は、まだラズベリのことが――

直後、シクラが叫ぶ。

「あっ、お母さま、ずるいですっ! 私がミオさんに教えますっ!」


こうして、ラズベリ先生とシクラ先生の乗馬教室が始まった。


 ◇


意外と、ラズベリ先生がスパルタだったのは、ここだけの話にしておいた方が良いだろう。

でも、ラズベリ先生と馬に二人乗りした時の「背中の幸せ感」は多分、一生、僕は忘れないっ! だって「ぷにっ、もぎゅ♪ ぷにっ、もぎゅ♪」と馬が揺れるたびに天国がやって来たのだから!!


 ◇


お昼ごはんの後。

「まさか、午前中だけで、ミオさまがこんなにも馬に乗れるようになるとは、思いもしなかったです!」

「それじゃミオさん、もっと馬に慣れるために、少し遠くまで行ってみましょうか♪」

尊敬や驚きが混じった視線で僕を見る、シクラとラズベリの誘いに乗って、僕ら――シクラとラズベリと、ローリエと護衛の女性兵士3人と僕の計7人――は城下街を抜けて、水田が広がる風景を馬で走っていた。


目的地はローゼル湖の畔。昨夜の話では、養殖や魚の輸送方法の研究は3ヶ月後に僕が帰って来てから始めるということだったけれど、グロッソ帝国に行く前に、一度、湖を見ていたいとリクエストをしたのだ。


ちなみに、ローリエは午前中だけで旅の支度を終えたとのことで、お昼ごはんの前に、僕の使う片手剣と片手銃を一緒に選んでくれた。


僕には無限収納があるということで、片手剣は刃こぼれを起こしても構わない練習用の鉄剣が5本と、霊体にもダメージを与えられるミスリルコーティングされた魔法鋼剣が2本。片手銃はMPが続く限り魔力弾を発射できる拳銃が3丁と、魔法金属製の大型弾頭を発射できる、ショットガンを切り詰めたような単発式の極太グレネードランチャーが2丁というラインナップになった。


ローリエの説明いわく、魔力弾を撃つ拳銃は1発あたりの消費MPが20~50、魔法金属弾を撃つグレネードランチャーは1発あたりの消費MPが500~MAX30000込められるらしい。特にグレネードランチャーは、開発はされたものの、消費MPが多すぎて使い物にならなかった死蔵品だということで「使われているところを早く見てみたいです♪」とわくわくした笑顔(・・・・・・・・)のローリエに言われてしまった。


……多分、ローリエは武器マニアなのだと思う。武器の説明をしている時は別人のように饒舌で、笑顔で、とても表情が豊かだったから。

ふと、日本にいた時に同じような種類の友達がいたことを思い出してしまった。彼も普段はおとなしいのに、軍事関係の話になったら何時間でも話が出来る、そんな人間だった。おかげで、要らない知識も覚えてしまったのだけれど……うん、元の世界が少しだけ懐かしいな。


話を変えよう。

思っていたよりも高性能な銃に、僕は嫌な想像を――銃が蔓延(はびこ)って犯罪や戦争に使われる想像を――してしまったのだけれど、こっちの世界では、銃は美術品扱いで、あまり兵器としては普及していないらしい。発射するのに必要なMPの消費が「初級攻撃魔法と同等かそれ以上」必要なので、魔法使いは使い慣れた攻撃魔法を使うし、魔法が使えない人間はそもそも銃を使えない、という構造上の欠点があるらしいから。

それが、銃が蔓延らないセーフティーになっているのだから、異世界は分からない。元の世界でいうところの日本刀みたいな印象を受けた。魔法と違って、繊細な手入れが必要なのも似ているし。


追加でそれとなく聞いてみたけれど、自動小銃のような連射性の高い銃はこの世界には無いらしい。一発あたりの消費MPが馬鹿にならないのに、無駄弾を撃つような銃は存在意義が薄いのだろう。ローリエには「MP切れだと弾すら発射できないので注意して下さい」と言われた。


おそらく転移者が技術を持ち込んだであろう銃が、戦争や犯罪の主流の道具にならなくて、本当に良かったと思う。「戦争の道具として使うなら、魔法の方が効率が良い」という考えは、それはそれで複雑な気持ちになるけれど……今は深く考えないようにしよう。


 ◇


色々なことを考えながら、1時間くらい馬に乗っていただろうか?

時計は無いけれど、メニューの表示で「経過時間」と「移動距離」が分かるから、馬って意外とスタミナがある生き物なんだなと理解した。


それはともかく。

僕らは湖の近くに来ていた。あと300メートル程進めば開けた湖畔に出るだろう。――と、ぴこんっ♪ と軽い音を立ててメニューのマップが切り替わった。


湖の周辺は、街やその周辺とは別マップになるみたいだ。地図の内容と詳細度が、がらりと変わったから。

ちなみに、広大な湖を示すマップの沖合に×印が無数にあるから、多分、水棲魔物を示しているんだと思う。釣りをしているのか、漁をしているのか、湖の畔に20個ほど○印が固まっている。――って、漁をしていたら、モンスターが出るんじゃないのかな? と思った瞬間、○印に向かって×印が物凄いスピードで移動し始めた。

急がなきゃ!


「ラズベリ、シクラ、この先で人が魔物に襲われます!」

「っ、本当に!? ――って、ミオさん、一人で行っちゃダメです!」

走り出した僕の馬に、ラズベリやシクラの馬も並走する。マップによると女性兵士の皆さんも僕達の後ろを遅れずについてきてくれている。


「湖畔で漁か何かをしている人達に、魔物が集まっているんです!」

「それは――自己責任じゃないですか?」

ぼそりっとローリエが呟いた。

馬で走っているのに、まるで耳元で囁かれたようにクリアに声が聞こえた。多分、風の魔法に「伝達コミュニケーション」という魔法があったから、それを誰かが使ったのだろう。

「確かに、自己責任と言えば、自己責任ですね」

「えっ?」

そう言い切ったラズベリの方を見ると、困ったような表情が返ってきた。

「ミオさん、一応、メーン子爵領の法律で『大規模な漁は禁止』しているのです。それなのに、魔物に襲われる規模の密漁をするなんて自業自得とも言えます。それに、領主の立場的にも、ここで介入して水神の怒りを買うのは、あまり賢い手では無いのですよ」


そう言えば、湖に水神がいるという話を昨日聞いた。でも、漁をしている人達を見捨てるのは、何と言うのか夢見が悪い。とはいえ、どうやってラズベリやローリエを説得しよう? シクラは何も言わないけれど、あまり乗り気じゃないみたいだし。


――あ、良い言葉が思い浮かんだ。

「今、助けておけば、将来、魚を養殖する時に(・・・・・・・・)手伝ってくれる(・・・・・・・)かもしれませんよ?」

ものすごく打算的な考え方だけれど、漁業を支えてくれる可能性がある人材を失うのは痛手だ。この場にいる全員が、それに気付いてくれたみたいだ。


ラズベリが言葉を発する。

「水神の怒りを買わないように、程々に助けて、程々で逃げましょう!」

「まずは、漁民の方を逃がさないとですよね」

シクラも乗り気になってくれた。

馬を走らせながら、ラズベリが言葉を続ける。

「ローリエと兵士の皆は漁民を逃がすことを最優先して。戦闘はわたくしとシクラとミオさんが行います」

「「「分かりました!」」」

そんな話をしているうちに、湖畔の人影が見えてきた。

網を放り出して逃げる人達と――メニューの情報によると「冒険者」という称号を持った、剣や槍を構えた4人の集団。


そして、水面から首をもたげてこっちに近付いて来る3匹の恐竜? 水竜? とにかく、大型の爬虫類も目に入った。メニューの表示によるとレベル18の魔物らしい。大型だけれど、そんなに強く無いのかな?

「あれは水色水竜(ブルー・プレシオ)。弱いけれど、遠吠えで仲間を呼ぶから厄介です」

「ラズベリ、水中に隠れている水棲魔物――『桃色水竜(ピンク・プレシオ)』ですか? レベル120の魔物が追加で一匹います!」

僕の耳に女性兵士達のざわめきが聞こえる。

「桃色!? 湖の魔物のボスじゃない!」「ラズベリ様、逃げましょうよぉ~」「私、まだ死にたくないですぅ」


一瞬生まれた小さな沈黙の後に、ラズベリが僕に確認してくる。

「ミオさん、昨日の隕石を防いだ防御結界()は張れますよね? 桃色水竜は『炎のブレス』を吐きます。なので防御結界でブレスを防ぎながら、ターゲットを漁民からわたくし達へ移します。その後、氷地獄ノ業火ホワイト・ブリムストーンでダメージを与えてから、全力で逃げます。シクラは魔法で、わたくしをサポートして下さい」

「分かりました」「はい、お母さま」

ラズベリ&シクラと視線を交わして頷いた後、作戦を実行する。


「貴女達、逃げなさい!」

風の魔法で拡声したラズベリの言葉に、臨戦態勢だった冒険者の女性4人がこっちに気付く。メニューによると、レベル30~42の冒険者らしい。

水色水竜はともかく、桃色水竜はレベル差的に危険だ。

急がなきゃ。


=女冒険者リーダー_オリーブの視点=


あたい達は「一攫千金の手伝いをしないか?」という話に乗って、この湖にやってきた。法律で密漁は禁止されているらしいけれど、提示された金額の前では、黙るという選択肢を選んだのだ。ギルトの方も、黙認してくれるみたいだし。


「貴女達、逃げなさい!」


馬に乗った身なりの良い女――多分、どこかの貴族様だ――が叫んでいたけれど、ここで逃げるわけにはいかない。そもそも水棲魔物が出てくるのは折り込み済みだ。あたい達は魔物を倒すために雇われたのだから。


水面から首を出して向かってくる水色水竜を睨みつける。

3匹もいるけれど、あたい達にかかれば楽勝だ♪ 竜肉もゲットだぜ♪ 貴族様に勇姿を見せつけたら、士官の道が開けるかも?


だから、逃げる必要なんて――


ざばんっと水音を立てて、そいつは現れた。

桃色の水竜。


桃色? まじで桃色水竜(ローゼル湖のボス)じゃないか!

こんな奴が出てくるなんて――くそっ! 今更、後悔しても仕方がない。

割が合わないが……漁民達だけでも、安全圏に逃がそう。


桃色が口をぱかっと開けて、息を吸い込むのがスローモーションで見えた。

ぞわりっと全身が粟立つ。

まずい、レベル30のアジュガの魔法障壁じゃ、コレは防げな――


敵前で目を閉じてしまうのは、戦う者としては絶対に避けないといけないこと。

これは「万死の中の一生(・・・・・・・)を拾うためには、何があっても目は閉じるな。目を背けるな」というあたいの師匠の教え。


その言葉の通り、眼球が焼かれるその瞬間まで、あたいは目を閉じなかった。


目が、顔が、全身が、痛い。誰か、あたいを――


「かっ、かっ、ひゅぅ~」


――声にならなかった。

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