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第19話_色々な準備

=三青の視点=


あれ? なんだかおかしいな?

吸血姫さんとのフラグを折ろうとしただけなのに、気付けばラズベリとシクラの視線が少しだけ険しくなっていた。2人の作り笑顔(・・・・)がちょっとぎこちない。

「「み・お・さ・ま(さ・ん)・♪ その気持ちは本気なのですか?」」


その気持ちって――何を僕は咎められているのだろう?

もう一度、笑顔を作って「吸血姫さんとはフラグを立てるようなこと、しないですよ?」と視線を送る。でも、帰って来たのはラズベリの冷たい視線とシクラの悲しそうな瞳。一瞬、理解出来なかったけれど――2人の後ろに控えていたローリエが、口をパクパクして教えてくれたおかげで察することが出来た。


非言語コミュニケーションは難しい。

僕の「浮気はしないよ?」という笑顔を、ローリエを含む3人は「浮気しちゃうかも。てへっ♪」と真逆の意味に受け取ってしまったようだ。ローリエの口が「浮気するのですか?」と動かなかったら多分、シクラやラズベリに直接言われるまで、すれ違いに気付けなかったと思う。


このまま誤解されるのは色々と不味いから、即行で訂正させてもらう。

「ちょっと、2人とも落ち着いて聞いて欲しいのだけれど――僕、グロッソ帝国やエリカ伯爵領で変なこと(・・・・)はしませんよ?」

「「本当ですか?」」

声を重ねて、少し探るような表情で、首を傾げるシクラとラズベリ。


水色瞳すきとおるひとみ紫氷瞳すいこまれるひとみのコントラストが、とてつもなく可愛いのだけれど――僕が今の状態でそう思っていることを顔に出したら、2人を怒らせてしまいそうだから――ぐっと我慢して言葉を続ける。


「変なことをしないのは当然です。そもそも、考えてもみて下さい。どこに、シクラみたいな可愛いお嫁さんとの結婚を3ヶ月後に控えているのに、人間を辞めて吸血鬼になりたいと思う男がいるんですか」

僕の言葉に、シクラが口を軽く尖らせる。少し拗ねているみたいに見えてしまった。でも、それが可愛い。

「昔から、たくさんいるみたいですよ? 吸血姫と永遠の命を、同時に手に入れたいと願う男の人が」

「……シクラ、聞いて欲しいのだけれど――僕は、シクラが良いんだ。シクラが大好きなんだ。シクラしか欲しくないんだ」

自分で言っておきながら、元の世界で16歳の少女相手にこんなことを言ったら、完全に社会的に終わる(ロリアウト)だろうな……なんて背筋が凍ることを考えてしまった。


でも僕の決死の言葉に、ラズベリは困ったような顔で苦笑し、シクラは花が満開になったような明るい笑みを浮かべて頷いてくれた。

「それなら、良いです」「ミオさまのこと、信じます!」

ラズベリとシクラの声が重なって、場の雰囲気が少しだけ柔らかくなる。無事に誤解は消えたみたいだ。


これで安心して話を次に進められる。ラズベリに視線を向けて、気になっていたことを質問する。

「ちなみに、どんな方法やルートでエリカ伯爵領まで行けば良いですか? 大体、何日くらいかかるものですか?」

「そうですね……明日、地図をお渡ししますが――ローゼル湖沿いの街道を西に向かってもらえれば大体5日で帝国内に入れます。一部の貴族領やグロッソ帝国との境に検問がありますけれど、停戦から2年経っているので、人の行き来は比較的自由になっています。ちなみに――」

ラズベリの言葉に、シクラが声を被せる。

「今回はお母さまの親書を輸送するという名目で私が同行していますから、検問はスムーズに通れると思います。検問を抜ければ3日でエリカ伯爵領の城塞都市『ナルシサス』に到着可能です!」

「――という感じです。移動手段は馬で、全行程8~10日の旅になるかと思います」


なるほど、馬で8~10日の旅か。

水田地帯を馬に乗って駆け抜ける旅の間、僕は風になるんだ♪

……って、現実逃避は止めよう。


「一応、確認しておきたいのですが、『馬車』じゃなくて『馬』での移動になるんですよね?」

「はい。それがどうかしましたか?」

不思議そうな表情のラズベリに、言いにくいけれど事実を伝える。


「僕、馬に乗った経験が無いんです」

「えっ、本当ですか?」「ミオさま、馬に乗れないんですか!?」

一瞬、部屋の空気が固まる。

驚きを隠し切れないといった表情のラズベリとシクラ。馬に乗れないと、今回の一時避難が難しくなるのは僕にも分かる。

でも……どうしよう? 馬に乗ったことが無いのは事実なのだから。

「ミオさまは、本当に馬に乗れないんですか?」

シクラが念押しをするように、僕に聞いて来た。

50ccの原付バイク(鉄製の猿)には乗ったことがあるよ、とは冗談でも言えない雰囲気。

「そうだね、今まで一度も乗ったことが無いから、乗れないと思う」

「……そうですか。ほとんどの貴族は教養として馬に乗る練習をするので、私やお母さま以上の知識を持っているミオさまは、馬に乗れるものだと思い込んでいました」

シクラの言葉に、ラズベリも軽く頷いている。


「何というのか、ごめんね」

「いえ、私、謝られたら困っちゃいます。ミオさまは異世界の人だから仕方ないです。でも、そうですね、お母さま、どうしたら良いでしょうか?」

「馬車は時間がかかり過ぎるから論外ですが――代替案として2人乗りで移動しましょうか。シクラとローリエと兵士達の馬でローテーションを組みながら走らせれば、それなりの速度を出しても馬達は耐えられるはずですから」


ラズベリの言葉に、ローリエが口を開く。

「お話を遮ることをお許しください」

「大丈夫よ、ローリエ。何か良いことを思い付いたのでしょう?」

「はい、ラズベリ様。明日は一日時間があるので、ミオ様に乗馬の訓練をして頂くのはいかがでしょうか? 完全には乗れなくても、馬の雰囲気をつかめるようになるだけでも、道中の負担が人馬共に減りますから」

「そうね、それが良いわ。少しでも馬に慣れておけば確かに、馬の負担もミオさんの負担も軽くなるわね。――ということでミオさん?」

「はい。ローリエ、明日、練習をお願いします」

僕の言葉にローリエが、こくりと頷く。それを確認してからラズベリがゆっくりと口を開いた。


「さてと、明日の準備もあるから、今日はそろそろ寝ないといけないですけれど――ミオさん、他に気になることはありますか?」

ラズベリの言葉に、1つだけ思い付いたことがある。

「……もし良ければ、なんですけれど……」

「何でも言ってみて下さい、ミオさん」

「……。お言葉に甘えますが、非殺傷系の魔法――例えば、麻痺や気絶させるだけの魔法――が載った魔法書があれば今夜中に読んでみたいです」

「魔法を一晩で覚えるつもりですか? それはちょっと無理だと思いますけれど……」

ラズベリに苦笑いを返されてしまった。だけど、シクラが首を横に振る。

「大丈夫ですよ、お母さま。レベル1025のミオさまは、私のミラーを、たった一回見ただけで『防御』に使えるようになりました。ミオさまには、魔法の才能が有ると思います!!」

シクラの言葉に、ラズベリの苦笑いが凍り付く。そしてぽつりと呟いた。

「ぁ、ありえなぃ、はずです……」

「それが有り得るんです、お母さま!」

シクラの自信満々の言葉に、恐る恐るといった様子でラズベリが口を開いた。

「ミオさん。にわかには信じられないのですが――隕石を防いでいた魔法、本当に鏡だったんですか? 魔法障壁やミオさんの固有ユニークスキルじゃなくて?」


うろたえているラズベリに言葉を返せない僕の代わりに、満面の笑みを絶やさない状態のシクラが答える。

「はいっ、私の()で確認しましたが、あれは間違いなく鏡です! ミオさんはとっても凄いですよね!!」

ハートマークが飛び出るような弾んだ声のシクラ。

でも、ラズベリの顔は驚きを一層深めていた。


ラズベリが、「すーはー、すーはー」とゆっくり深呼吸をしてから、言葉を発する。ショートボブの髪が揺れて、何だか、とても可愛く思えたのは――僕の心の中だけの秘密だ。

「ミオさんは、自分が非常識だという自覚はありますか?」

僕が非常識? そんな自覚は全然無い。

でも、ラズベリが困ったような表情を浮かべる。

「まず、ミラーの魔法ですが、普通は魔法で作った鏡は子どもが(・・・・)石を投げた程度で(・・・・・・・・)割れて消えてしまう(・・・・・・・・・)くらいの強度(・・・・・・)しか無いのです。とても空から降ってくる高速高温の隕石を防げるようなモノではありません」

「それは……僕のレベルが高くて魔力が多いから、強度が上がったのじゃないんですか?」

ラズベリが首を横に振る。

「普通は、魔力量とかレベルだけで鏡の強度は上がりません。……でも、それ以上に驚きなのが、ミオさんがたった一回で鏡の魔法を使えるようになったことです。生まれた時に神から授けられた固有スキルは別ですが、どんなに才能がある人でも、初級魔法が使えるようになるまで最低2年間は練習が必要なんですよ」


……。

鏡の魔法の詠唱が、たまたま僕の黒歴史(・・・・・)と同じだったとか、5年くらい罹患していたことは、色々な意味で恥ずかし過ぎるから口には出せない。

それなのに、シクラがぐいぐい僕のことをプッシュしてくる。

「ミオさまには魔法の才能があります! だから、お母さま、ミオさまに魔法書を渡しても良いと思いませんか? 使っていない魔法書は宝物庫や書庫にいくつもありますし、内容がダブっている本もたくさんあったはずです!」


シクラの言葉にラズベリが、押し切られたように、苦笑する。

「そうですね、何事も試してみないことには分からないですし、ミオさんが魔法を使えるようになったら旅をする上で便利でしょうし、ミオさんは……盗賊団とかが相手でも、なるべく殺したくないって考えているんでしょうし。――ですよね?」

ラズベリが、微笑ましいモノを見るような瞳で僕を見てくる。でも、その目の奥には「甘い行動をして、つけこまれないように注意して下さいよ?」といった警告も混じっていた。


「そうですね。敵対する相手を殺さないで済む魔法が知りたいです」

僕の言葉に、ラズベリが再び、苦笑いに似た表情を浮かべる。

「ミオさんは、盗賊は捕まったら基本、縛り首か犯罪奴隷として鉱山行きなのを知っていますか? 今一度、聞きますけれど……変な同情は無駄になるかもしれませんよ?」

「それでも――いいえ、ラズベリの言う通り、完全に僕の自己満足かもしれません。でも、自分の手では人をなるべく殺したくないと感じるんです」

「甘い考えですね。あと、我儘が過ぎます」

きっぱりと言われて、言葉に詰まってしまった。

でも、ラズベリが「仕方無いなぁ」という笑顔をすぐに浮かべる。


「そういう我儘を言える人、わたくしは嫌いじゃないですけれどね、ミオさん限定かもしれませんが。……そうですね、系統とか習得難易度とかを無視して魔法名やスキル名を挙げてみますけれど、『麻痺パラライズ』『気絶スタン』『拘束リストレイント』『HP吸収エナジー・スティール』『MP吸収マジック・スティール』『弱感電ショック』『魅惑チャーム』『睡眠スリープ』『催眠ヒプノティズム』『調教テイム』『隷属スレイバリ』『洗脳ブレーンウオッシング』『封印シール』――あたりが、相手を無力化できる魔法やスキルです」


意外とたくさんあるけれど、その中でイメージが湧かないモノについて聞いてみる。

「えっと、『催眠』『調教』『隷属』『洗脳』って、どんな風に違うんですか?」

僕の質問に、ラズベリが答えてくれる。

「『催眠』は短時間で対象に言うことを聞かせられる代わりに、解除もすぐにされちゃいます。その一方で『洗脳』はいうことを聞かせるのに時間がかかりますけれど、その分、解除しにくい魔法です。非道だとは思いますけれど、『催眠』を連続で使った後に『洗脳』で逃げられなくするのが一般的な使い方だと思いますね」

ラズベリが一呼吸置いて、回答を続ける。

「そして『隷属』と『調教』の違いですけれど、催眠と洗脳の関係に似ています。『隷属』は拘束の痛みや精神的な恐怖で無理やり従わせている状態で、『調教』はそれなりの時間をかけて対象を従順にする方法です」

そこで言葉を区切って、ラズベリが僕の顔を覗き込んできた。

「――ぅふふっ♪ どっちがミオさんの好みですか? 前者は人間じゃ修得が困難とされる失われし精神魔法の中級と上級魔法、後者は魔法じゃなくて調教師という職業の秘伝の技なんですけれど♪」


顔が近い。絶対、ラズベリは魅惑チャームスキルを持っていると思う。

でも、恥ずかしいからポーカーフェイスを貫こう。

「ノーコメントで良いですか? でも、麻痺や拘束、睡眠は覚えておきたい魔法ですね。あと、今、思い付いたんですが回復の魔法も覚えておきたいです。このメンバーの誰かが怪我をした時に、治せないのは嫌ですから」

僕の言葉に、ラズベリが軽く首を縦に振る。

「そうですね。麻痺や拘束は雷魔法の中級、睡眠は水魔法の中級、回復魔法は聖属性の初級以上か各属性の中級です。――ミクニ先生の部屋に大量に各魔法書があったはずですから、ライチにでも探させますよ」


「お母さま、ライチが探さなくても大丈夫です。私が場所を知っていますから。雷魔法は上級まで、水魔法も上級まで、その他の魔法も初級から上級までの魔法書が揃っています。そもそも、先生の部屋のモノなら、どこに何があるのか全部把握していますので♪」

どこか誇らしげな表情のシクラ。

ラズベリがにっこりと笑う。でも、なぜか怖さを感じる笑顔だった。

「分かりました。それでは、シクラに任せます。あ、でも、ミオさんには無限収納があるのですから、ミクニ先生の部屋の書物は、ついでに全部持って行ってもらいましょう♪」

「えっ?」

シクラが息を飲むけれど、ラズベリは気付かない様子で言葉を続ける。

「Yウイルスの研究をするのなら、ミクニ先生の研究資料にも目を通しておいた方が良いでしょうし」

「……。良いんですか?」

色々な意味を込めた僕の言葉に、あっさりとラズベリが頷く。隣で微妙な表情を浮かべているシクラを無視するように。

「何も問題ありませんよ。ミクニ先生の研究を引き継ぐ人がいなかったとはいえ、捨てるつもりも無かったモノですから、ミオさんに有効活用してもらえると嬉しいのです。そうすることでミクニ先生も喜んでくれると思いますし――シクラも、いつまでもあの部屋の中で止まった時間(・・・・・・)を過ごすわけにもいかないでしょう?」

ラズベリの言葉にシクラが、何かを言おうとした。


――けれど、ぶんぶんと首を2回横に振る。


そして僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。

「ミオさま、お願いがあります!」

「どんなお願い?」

「1年後、必ず生き残って下さい。Yウイルスに負けないで下さい。約束していただけるなら、先生の部屋のモノを全てミオさんに差し上げます」

まっすぐなシクラの瞳。覚悟を決めた顔だった。

シクラが過去と決別して前に進む瞬間。僕も目を逸らしちゃいけないと感じた。


「分かった。このお茶会が終わったら、ミクニ先生の部屋の本を無限収納に回収させてもらおうかな。1冊残らず、メモ1枚残さず、貰って行くよ?」

「はいっ! お願いします!」

シクラの声と同時に、何も言わずにラズベリが微笑を浮かべて、お茶の入ったカップを口に運んだ。

冷めているであろうそれをこくこくと飲み干すと、カップをソーサに戻す。

「さて、ミオさんとシクラの話もまとまったことですし、今日はそろそろお開きにしましょうか♪」

「はい」「分かりました」

僕とシクラの声が重なる。

そして、そのままシクラが笑顔で言葉を続けた。

「ミオさま、それでは早速、先生の部屋に行きましょう! ローリエも、ついてきて!」


――こうして、ミクニ先生の部屋で「夜中の大掃除」が始まるのであった。

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