第18話_グスター対策&国外逃亡計画
=三青の視点=
……はい。笑って誤魔化せませんでした。
誘導尋問に引っ掛かって「ドジっ娘大好き属性」を晒してしまったら……軽蔑するような視線のラズベリに、鼻で笑われて精心的外傷になりかけました。
それをフォローするために、必死に弁明して、弁解して、自己弁護して、ドジっ娘の魅力を熱く語ったら――あれ? おかしいな。シクラまで微妙な視線で僕を見てきた。
これはちょっとまずい?
離婚原因でよくある性癖の不一致ってやつだろうか?
ここにきて、シクラとも婚約解消とかなるのは嫌だ。
そんなことになったら、軽く30年くらい部屋に引きこもれるかもしれない。
……まずい、何だか、泣きたくなってきた。
「はぅぁ~」
ラズベリが大きく溜め息をついて、言葉を続ける。
「確かに、ミオさんの言う通り、このレベルで運がたったの3というのは、普通はあり得ないですね。称号の説明が『???』になっているところも、何かしらの特殊効果があると考えて注意しておいた方がいいです。ドジっ娘グスターちゃんは要注意人物ですね」
あ、何だか言葉に刺がある。
「ラズベリ? 僕は別に、ドジっ娘が好きなだけで、敵対者にまで手を出すような節操無しじゃないですよ?」
「「……。そうなんですか?」」
シクラとラズベリの不思議そうな言葉が重なった。「え? あれ? そういう風に僕を見ているの?」と目で問いかけたら、サッと2人に視線を逸らされた。
小さな沈黙の後、少し引きつった笑顔でラズベリが口を開く。平静を装っているけれど、コレは絶対に取り繕っている表情だ。
「それはともかく……星降りの魔神のことなのですが、わたくしの聞き間違いじゃなかったら『また来る』って言っていましたよね?」
ラズベリの誤魔化しに、ちょっと突っ込もうかなと思ったけれど、振られた話の中身が非常にまずい内容だったから止めておく。
事実、ローリエが過剰に――重要だから繰り返す。無表情絶璧……じゃなかった、鉄壁メイドのローリエが狼狽を隠せないくらい――反応している。
気絶していたからグスターの声は聞こえていなかったのだろう、という事実を差し引いてもローリエの動揺は大きかった。……多分、星降りの直撃を受けそうになったことが、トラウマになっているのかもしれない。
ちょっとローリエに同情してしまったけれど、ラズベリとの会話を続けよう。
「グスターが『また来る』って言っていたのは、僕にも聞こえました。……正直なところ、再来されると非常にまずいですよね?」
「そうですね。ミオさんがグロッソ帝国へ一時避難している間に、再び襲撃されると城や街に壊滅的なダメージを受けかねないです。聖女騎士団が、星降りの魔神が出たということでしばらくは駐留してくれるかもしれないですけれど――王都を守護する彼女達が地方の守護のためにずっと留まる訳にもいかないですし、長引くとミオさん達が帝国の貴族、エリカ・マジョラム伯爵の所から帰ってこられなくなりますし……」
少し困ったというような表情のラズベリ。
そう、なぜか少しだけ。
一瞬、違和感を覚えたけれど――考えたら、すぐに理由が分かった。
「グスターには『防御貫通』のスキルが付与された武器じゃないと、ダメージを与えられないんですよね?」
「そうです。って、その言い方ですと、ミオさんも気付いているのですよね? わたくしが考えていることを当ててみて下さい♪」
やっぱり、僕の予想は間違っていないみたいだ。
僕にあえてソレを言わせるなんて、ラズベリは政治家の才能があると思う。
――いや、もうすでに上級貴族という政治家だったな。最初の出会いの印象が強かったから、失念していたけれど。
「僕としては人型のグスターを傷付けることは正直、嫌なのですが……今回、『防御貫通』効果を付与できる、魔法道具の原料になる隕石が大量に手に入りました。この隕石から隕石鉄を取り出して、魔法の矢尻や弾丸に加工するんです。グスターのHPが高いので完全討伐は流石に無理だと思いますし、したくないのですが、今後、手出ししないように警告をしたり、追い払ったりする程度のことは出来るんじゃないかなと思います」
僕の言葉にラズベリが首を縦に振る。
「わたくしも同じ考えです。普通なら一地方の領主など手も足も出せない魔神ですが、今回は隕石が大量にあります。聖女騎士団が滞在している間に、街中の鍛冶屋と武器工房をフル稼働させて、防衛に必要な武器を揃えさせたいと思います」
「あの、それなら僕の無限収納に入っている隕石も――「だめですよ♪」」
僕の言葉を遮って、ラズベリが言葉を続ける。
「ミオさんの隕石は、グロッソ帝国に一時避難する際の資金や保険として使って下さい。帝国でも隕石は希少価値が高いですから、ミオさんが隕石を持っている限り、滞在先のエリカ伯爵に足元を見られることは無いと思います。隕石を供給できる限り、ミオさんとシクラとローリエは上待遇のお客様なのですから」
隕石を返そうと思ったのに、言葉にする前に釘を刺されてしまった。
でも、ラズベリの言うことにも一理ある。
「……そういうことなら、上手に使わせて頂きます」
僕の言葉に、ラズベリが微笑む。
「わたくし、素直な人は大好きです♪ ところで、このことに関して、ミオさんから何か質問はありますか?」
「そうですね……滞在先のエリカ伯爵を含めてグロッソ帝国の貴族には、どこまで情報を開示すれば良いですか? 僕が隕石を持っていることを証明するなら、僕が勇者であることや無限収納のことを話さないといけないですよね?」
僕の問いかけにラズベリが少し考える仕草をする。
そしてゆっくりと口を開いた。
「一時避難先のエリカ伯爵には威圧という意味でも、ミオさんの正体とレベルを、つまり異世界の勇者であることを話す必要があります。ですが、他の貴族には正体を話す必要は無いと、わたくしは思います。エリカ伯爵はグロッソ帝国の中でも有数の貴族ですから、その客人というだけで帝国では不自由無い生活が出来ると思いますし、エリカ伯爵領で大人しくしていれば、帝国の他の貴族との接触も最小限にできると思いますし――何よりも、ミオさんが隕石を大量保有していると他の貴族に知られると、色々面倒なことが起こりますし♪」
……ラズベリの嬉しそうな笑顔で悟ってしまう。
停戦協定を結んでいるとはいえ、グロッソ帝国はグラス王国の仮想敵国。
そこに「防御貫通」「魔法障壁」「麻痺耐性」効果を付与できる稀少素材を、僕が大量に供給できるという情報が公になると、帝国と王国の両方の貴族から色々と干渉される上、ほぼ確実に僕らの生命は危なくなる。ラズベリが、僕のためだけに、どれだけ危ない橋を渡ろうとしているのか……今更だけれど理解できた。
「分かりました。エリカ伯爵以外の貴族には、隕石のことも、僕が勇者であることも、秘密にしておきます」
僕の感謝の気持ちも伝わったのか、ラズベリが満足げに口元を綻ばせる。
「ええ、よろしくお願いします。シクラやローリエも、秘密ですよ?」
「はい、お母さま、分かりました」「もちろんです、ラズベリ様」
重なった2つの声に、こくりと頷いてラズベリが僕の方を見る。
「ミオさん、他に質問はありませんか?」
「えっと――聖女騎士団は、いつ頃、城塞都市ルクリアに着くんでしょうか?」
「わたくしの見立てでは、一番早くて3日後の午前中、遅くても6日後までには、ここに来ると思います」
「……最短で3日後の朝ですか」
思っていたよりも早い。
僕の驚きが伝わったのだろう、ラズベリが苦笑いを浮かべる。
「そうですね。王城まで早馬で2日の距離ですし、聖女騎士団のことですから良い馬を使って、最短でやって来るでしょう。――なので、今日はゆっくり休んで、明日に旅の準備を入念にして、明後日の朝に街を出るようにしたら良いんじゃないかなとわたくしは思います」
「かなり急ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫にするしかありませんよね?」
「そうですね、その言葉の通りだと思います。でも、旅の準備は、どんなことをすれば良いのでしょうか?」
「直接ミオさんがしないといけないことは、最終チェックだけで大丈夫です。信頼できる、うちのメイド達が準備をしてくれますから――」
そこで言葉を区切ったラズベリ。その瞳に、少しだけ不本意そうな色が浮かんでいた。
「――ミオさんは、不安ですか?」
ラズベリの誤解を解くために「メイドさん達を信頼していない訳じゃないんですよ?」という気持ちを視線に込めながら、ちょっと恥ずかしいセリフを口にする。
「いざという時には、シクラとローリエを僕が守らないといけないですから、準備はしっかりしておきたいんです」
その言葉と同時に、ラズベリが納得したような表情に変わる。シクラやローリエも真面目な顔で頷いてくれた。
ゆっくりと、ラズベリが口を開く。
「それじゃ、2人を守る装備の確認という意味でも、必要なものを挙げていきましょうか? まずはミオさんのレベルを詐称する魔法具が必要ですね。シクラの眼や聖女騎士団のような高レベルのスキル保持者を誤魔化すようなモノは無理ですが、一般的な人物鑑定スキル保持者を誤魔化す程度のものなら、宝物庫にいくつか入っていますから、持って行って下さい」
僕のレベルを低く見せる魔道具があるとは、シクラやラズベリに教えてもらっていた。それを借りられると聞いていたけれど、ここは改めて素直に感謝の気持ちを返しておこう。
「はい、ありがとうございます」
「あとは護身用の武器や防具や魔法薬が必要ですね。――あ、でも、ミオさんの得意な武器や戦闘スタイルが分からないですから、これは明日の朝にでも選びましょう♪」
「はい。でも……えっと、僕、基本的に武器を持って戦ったこと無いんですけれど……大丈夫ですか?」
何だか、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。武術の経験は、せいぜい、体育の授業で竹刀を振ったり、柔道の受け身を練習したりしたことがあるくらい。シクラやローリエを守ると言っておきながら、実は戦う力は何も無い。
「でも、その割には、わたくしの攻撃を全て見切っていたじゃないですか。ミオさんには戦いのセンスがあると思いますよ?」
僕の心の中を見透かしたようなラズベリの言葉に、ローリエがコクリと小さく頷く。
「僭越ながら、ラズベリ様。ミオ様の武器に関して提案がございます」
「あら? ローリエ。何か良い考えがあるの?」
「はい。ミオ様の身のこなしの軽さや心の優しさを考えて、片手剣をサブとして片手魔導銃をメインに使われてはいかがかと思います。銃は命を奪う罪悪感を軽くしてくれますし、片手剣は慣れれば相手への手加減が可能ですから」
「ということです。ミオさん、どう思いますか?」
「そうですね――」
銃でも人を殺したくはないけれど、旅の途中で盗賊とかと戦うことになったら、躊躇ってはいられないと思う。その時に、無意識に手加減しないためにも、銃という選択は悪くないはずだ。
「――良いと思います。でも、僕はこっちの世界の武器に詳しくないので、武器はローリエが一緒に選んでくれますか? 可能ならば、複数の敵を相手にできるよう、連射できる銃が欲しいのですが」
「分かりました。使いやすそうな魔導銃を、明日までにピックアップしておきます」
「よろしくお願いします」
一度、言葉を区切ってからラズベリに視線を送る。
「ラズベリに聞きたいことがあるんですけれど、僕達が身を寄せることになる帝国のエリカ伯爵は、どのような方なのですか? 帝国のマナー的に『コレをしちゃ不味い』ということや『配慮した方が良いこと』があったら、事前に知っておきたいのですが」
「そうですね……貴族の作法や一般常識は、道中でローリエが教えてくれると思いますから、わたくしの方から特に伝えておくことは無いのですけれど、一言だけアドバイスをするなら、血を吸われないように気をつけて下さい、ってことでしょうか」
「えっ?」
血を吸われないように気をつけろ? まさか――
「彼女は、グロッソ帝国の建国を支えた大貴族でありながら、わたくしの血縁にもあたるので信用できる方なのですけれど、吸血姫なのです。とはいえ、無闇に人に噛みつくような吸血鬼じゃなくて、真祖に近い高貴な一族だから原則心配や警戒をしなくても大丈夫です」
「……原則、なのですか?」
僕の言葉にラズベリが意味深な表情を浮かべる。
「はい。こっちから手を出さなければ、配下の女魔物を含めて襲われることはありませんので。――でも、可愛い見た目に騙されてマジョラム伯爵やその配下に手を出したら承知しないですからね? 吸血姫の一族になって、3ヶ月後に妻になるシクラを悲しませるようなことをしたら許さないですから♪」
ラズベリの笑顔で理解した。
ここでいう「手を出す」とは「性的な意味で」ってことだろう。
ラズベリは、にこっと笑っているけれど、紫氷の目が本気だった。
手を出したら最後、吸血鬼になってしまうのは、流石にリスクが高い。
うん、何だかこう考えると「フラグっぽいな~」と感じてしまったけれど――気付かなかったフリをして、笑顔を返そう。
そうしないと、本当に吸血姫さんとのフラグが立ってしまいそうだから。




