第11話_効率的なお魚の輸送方法
=三青の視点=
「エアストーンって、本当に効果があるのでしょうか?」
半信半疑といった様子のラズベリの質問。
シクラの眼差しが、ちょっと不安そうなものに変わってしまう。
「ラズベリが、そう言うってことは、何か理由があるんですか?」
僕の言葉に、ラズベリが頷いた。
「はい。単純に空気を送るだけじゃダメなんです。過去の輸送で判明したのですが、エアポンプで長い時間空気を送っていると、『弱った魚が水流に流されて、余計に弱って死んでしまう』んです。わたくしの実験では、エアストーン無しの状態ですが、エアポンプをつけてもつけなくても最終的な生存数は一緒でした」
ラズベリの顔は、失敗を繰り返したくないと言いたげな、少し心配を含んだ様子。
でも、大丈夫。それの対策はきちんと考えていますから。
「そうですね。ただボコボコと荒く空気を送るだけでは、ラズベリの言う通りダメです。下手したら、何もしない場合に比べて生存率が下がる可能性もあります。だから、まずはさっき話題に出たエアストーンの開発が必要です」
「ミオさん、エアストーンって『軽石みたいなモノ』ですよね? それを使うことで、何か変わるのですか?」
「はい。良質のエアストーンを使うことで、ふんわりと包み込むような細かい気泡を発生させることが可能になって、水中の酸素濃度を飛躍的に上げることが出来ます。そして、ここからが大切なのですが――」
ラズベリにキスされない程度に身を乗り出して、言葉を続ける。
「僕が考えている方法は、たくさんの生きた魚を運べる方法です。それは、ある程度のサイズがあって、なおかつ価値が高い魚じゃないと割が合わないのですが――」
何気なく言葉を区切った瞬間、ラズベリに目線で怒られた。
その瞳は「ミオさん? 焦らされ過ぎると、女は怒る生き物ですよ?」と語っている。
いけない。いけない。
もうちょっと解説したかったけれど、余計な説明は後にしよう。
「……すみません。結論から言いますね。僕の考えているのは、エアポンプの水流に流されないように『魚を小さな籠に小分けにして入れて』、氷の魔石を使った保冷の魔道具の機関を流用した冷却装置を作って『水槽の水温を下げる』方法なんです。どちらも、技術的には可能ですよね?」
僕の問いかけに、ラズベリが戸惑うような表情で頷く。
「ええ、わたくしの知り合いの魔道具工房に頼めば可能です。でも、小さな籠と水温を下げることが、魚の生存率にどんな関係があるのですか?」
「水温をギリギリまで下げることで、魚を冬眠状態にすることが可能なんです。そうすれば、狭い籠に入れても暴れません。あと、籠に入れることでエアポンプで生まれる水流から守られますし、無駄に泳ぐこともないので、相乗効果で『消費する水中の酸素を抑える』ことができるんです。これは僕の経験による憶測で、運ぶ魚種によって違いますが――生きている魚が何もしない場合と比べて、3~4倍運べるようになります」
「っ!? まさか、4倍はあり得ません!!」
驚いた表情のラズベリに、笑顔を返す。
「本当のことですよ。低地に棲む淡水魚なら、この方法だけでも、生きたまま運べる量が飛躍的に増えます。でも、『新鮮な魚』という定義に当てはめれば、コレを応用してもっとたくさんの魚を運べる方法があるんです」
「もっとたくさん? もったいぶらずに教えて下さい!!」「ミオさまは、意地悪さんです!!」
ラズベリとシクラの言葉が重なる。
信じてもらえたようだ。
でも、ごめんなさい。
もったいぶっているつもりはないんです。
ただ、単純に、他人に物事を説明するのが僕は昔から下手なんです。
そんな感じに心の中で言い訳をしながら、話を進める。
「その前に、前提条件の確認が必要なんですけれど――王都の料理人の方は、どこの部位で魚の新鮮さを見るんですか? 目ですか? それとも、手に持った時の曲がり具合とかですか?」
視線をラズベリに持っていったら逸らされた。
ラズベリは、料理をしないタイプらしい。
「えっと――ローリエ?」
ラズベリの問いかけに、ローリエが僕の方を見る。
「熟練した料理人は、目とお腹の張りで魚の新鮮さを見抜きます」
無表情のまま、でもはっきりとした声で、ローリエが答えてくれた。
「そうですか。ローリエにもう少し聞きたいのですけれど――料理に使う魚は、生きていないとダメですか? ぴちぴち跳ねているのと、新鮮な死にたての魚とでは、価格に差は出ますか?」
「そうですね……現在の高騰している王都の市場価格ですと、生きている中~大型高級魚の価値が100,000円だとしたら、死にたてが90,000~80,000円、鮮度が普通で――すみません、ミオ様。私の表現が悪かったです。ここで言う『普通』というのは、冬に馬車で運んだ状態の鮮度のことを言います。味や風味は落ちますが、その気になれば生でも食べられる程度の鮮度です。それで――50,000~30,000円、塩漬けや干物、輸送に失敗して火を通せばギリギリ食べられる鮮度のモノが3,000~1,500円、野良猫も食べないような鮮度では500~300円になります。基本的に王都は内陸地にありますので、高級魚になればなる程、鮮度が良ければ良いほど、価格が跳ね上がります」
生きている魚が一匹10万円。
不漁により王都で魚の相場が従来の5~10倍になっていると聞いていたから予想はしていたものの、思っていたよりも高い。
「結構、いい値段がするんですね?」
「はい。主に貴族や大商人が購入するみたいです。……心理的には、『生きているうちに美味しいモノが食べたい』ですとか『子どもに相続させる財産を気にしないくていい』といった感じなのでしょう」
ローリエの言葉に、思い当たる節があるのだろう、ラズベリが苦笑するような表情を作った。
「なるほど。でも、ちょっと気になったのですが、野良猫も食べないような魚にも価値があるんですね?」
僕の質問にローリエが首を縦に動かす。
「はい、王都の郊外で肥料として使いますから」
「ミオさま、効果の高い肥料なんですよ。魚の肥料は色々な作物に使えますから」
ローリエの短い説明に、シクラが補足してくれた。
昔、日本でもイワシを肥料に使っていたけれど、そんな感覚なんだろうか?
もう一度、ローリエに確認する。
「つまり、今の話をまとめると――死にたての魚なら、生きている魚の9割から8割の市場価格が付くってことですよね? 僕の認識に、間違いはありませんか?」
「大丈夫です。王都の料理人は目利きもしっかりしていますので、死にたての魚の価値を見誤ることは無いと思いますし。ただ……」
「ただ?」
ローリエの言葉を促す。
小さく「ありがとうございます」と断ってから、ローリエが言葉を続けた。
「一つだけ心配な点が、『買い叩かれないか』という点です。死にたてとはいえ、死んだ魚になってしまいますので、足元を見られる可能性があります」
「なるほど、それは頭に入れておきますね。ローリエ、ありがとうございます」
「どういたしまして。また何かありましたら、分かる範囲でお答えします」
「はい、その時にはお願いします。で、ラズベリ、シクラ、話を戻しますが――ここまでの話なら、僕の考えていた方法が使えます」
シクラとラズベリが、先を聞きたいというワクワクした顔をしているから、言葉を続ける。
「さっきまでの籠と水温を工夫した運搬方法に、『最後の仕上げ』を加えるんです。中に入れる魚が暴れないように、魚の背骨に針を刺して神経を殺すことで、さらに2~3倍の魚を一度に運べます」
「???」「どういう意味ですか?」
シクラとラズベリが不思議そうな表情を浮かべる。左右対称に首をかしげているから、ちょっと可愛い過ぎて眩しい。
こんな2人と結婚することになったのが、今でも少し、信じられない。
うん、現実逃避は止めて、説明を続けよう。
「ほら、人間でも――って、ちょっと残酷な話ですけれど、首が折れても即死しないことがありますよね? 首から上だけが生きていて、首から下だけが動かないとか」
「ええ。ってまさか――」
「そのまさかです、ラズベリ。そういう状態を、魚相手ですが意図的に作り出します。首から上は生きているので死なないのですが、身体が動かせませんので――その分、酸素消費も味の低下も抑えられるんです」
その直後、沈黙が生まれた。
あ、あれ?
ラズベリとシクラが――ドン引きしている?
「エラがパクパク動くから、一応、生きているとも言えますし、市場で買い叩かれることも無い方法なんですけれど……」
あ、もっと引かれてしまったのが、分かった。
宗教とか倫理的に地雷だったのかな?
イスラム教でいうところの食品に関する決まり事みたいに、生き物を〆る方法に制限や文化の差異があるのだとしたら……ちょっとヤバい。
=ラズベリの視点=
「……す、すごいです、ね」
わたくしは、それしか返事をすることが出来ませんでした。
全身が泡立つ感触。
わたくしも聖女騎士団に所属していた時代に、戦場で数多の命を奪って来た自覚がありますけれど、相手が魚とはいえ生き物相手に、わざと首から下を動かなくさせる方法を知っているなんて――ミオさんは、やっぱり悪魔なのだと感じてしまいました。
「……残酷ですよね。ごめんなさい、調子に乗っていました」
しゅんとした子どもの様な顔で、ミオさんがこっちを見ています。
でも、今のわたくしの気持ちを悟られる訳にはいかないのです。だって、わたくしは、立場上ミオさまの誘惑に掛った迷い人なのですから。
「そんなこと無いです。ミオさまはすごいです!」
娘のシクラがフォローしてくれました。いえ、この子は天然だから、本気でそう言っているのかもしれません。シクラが言葉を続けます。
「生の魚を今までの3~4倍のさらに3倍運べるとしたら、売上は9~12倍じゃないですか! 魔石のコストを考えても――お母さま、どれくらい利益が出ますか?」
「そうですね……どんな種類の魚を運ぶかにもよりますけれど、たった1台の馬車で100,000円の魚を100匹以上運べるとなると、複数台走らせたら美味しい金額になることは間違いないです。――決めました、魚がちょっと可哀そうだと思いますが、輸送はミオさんの言った方法でやってみましょう」
私の言葉に、ミオさんの顔がほっとした表情に変わります。
良かった。何とか、誤魔化せそうです。
=三青の視点=
「それじゃ、次は養殖の話をしましょう! これからが本題です!」
ラズベリとシクラにドン引きされてしまったけれど、ギリギリ許容範囲内だったみたいだから、話を続けよう。
「正直、養殖には時間がかかります。最短でも半年から1年。卵から養殖する場合は2年とか3年以上かかることもざらです」
「ミオさま、養殖って、そんなに時間がかかるものなんですか!?」
シクラが、驚いたような表情で僕を見た。それに頷きを返す。
「そうだね、シクラ。卵から育てたら、そのくらいかかると思っても良いよ。でも、今回の僕らは湖の岸壁から稚魚やそれなりの大きさの成魚を釣って集める予定だから、半年とか1年で何とか出荷できるようになると思うよ」
正確には、この方法は養殖じゃなくて「蓄養」と呼ばれる方法になる。
日本でも一般の消費者には、「稚魚を自然界から採ってきて育てる方法」も「卵から稚魚を育てる方法」も、どちらも養殖という枠でひとくくりにされている感じだから、養殖という概念の無いこっちの世界で、あえて難しい蓄養という言葉を使わなくてもいいかなと思ったのだ。
良い例が、うなぎやマグロ。あれはほとんどが蓄養だけれど、養殖って言葉を使っていることが多い。最近は、文字通りの「完全養殖」も可能になったのだけれど、今は話題に上げるつもりはない。某大学の「とろマグロ」とかが有名で美味しいのだけれど。
……なんてことを考えていたら、ラズベリと視線がぶつかった。
ラズベリがにっこりと笑顔を浮かべる。
「養殖に半年から1年ですか。それは僥倖ですね。――で、どんな風に養殖を進めるんですか?」
「まずは、今の状況を整理しても良いですか?」
「もちろんです」
「さっきの生きたまま魚を運ぶ技術は、水温を下げる装置さえ何とかすれば、すぐに実現出来ると思います」
「そうですね。エアストーンと水温を下げる氷の魔道具は、すぐに実用化させるように手配します」
ラズベリの返事に頷きを返しながら、言葉を続ける。
「養殖魚は――岸から少しずつ魚を釣って、しばらく養殖池で育ててから――まとめて王都に送るようにすれば効率が良いと思います。魚介類の漁獲量が少ないのはどうしようもないですが、今は5月ですし、鮮度の良い魚の価格がさらに高騰する夏に向けて、何度か試行錯誤を繰り返していければ良いなと考えています」
「そうですね。夏に新鮮な魚を王都に運べたら、メーン子爵領はもっと繁栄しますし、有名にもなれます」
ん? ブランド化に影響があるのかな?
「有名になれるんですか?」
僕の問いかけに、ラズベリが当然という顔で返事をする。
「そうですよ? 夏場に、大量の魚を生きたまま運ぶなんて、これまでの常識から外れていますから。それに、たった一台の馬車で、一度に100匹以上の生きた魚を市場に出荷したとなると――女王様の耳に入るかもしれない大事件になりますよ♪」
「……」
それはトラブルの元ですね――とは、嬉しそうな顔のラズベリには言い出せなかった。
魚の大量輸送はメーン子爵領のブランド化にも貢献してくれそうだし、実際の利益も大きそうだから、輸送で起こったフラグは僕がこっそり折っておこう。
「えへへ~っ♪」
気が付けば、シクラもご機嫌そうな顔で頬が緩んでいた。
「ミオさま、ありがとうございます! おかげでメーン子爵領の財政が、何とかなりそうです♪」
「シクラ、お礼は実際に成功した後が良いかな。本当に頑張らないといけないのは、これからだから」
「はいっ! 私も頑張ります♪」
可愛く笑ったシクラの頭を撫でながら、ラズベリがゆっくりと口を開く。
「わたくしも頑張ります。早速ですが、急いで魔道具の研究を始めるための手配をしようかと思います。――あ、でも、養殖は何からすれば良いのですか? 池作り? 用水路の拡張? 魚の採取? どうしましょう?」
わくわくといった表現がぴったりなラズベリと、その横にいるシクラ。
尻尾があったら2人ともパタパタと可愛く振られているだろうな、と妄想してしまったら……あまりにも可愛過ぎて鼻血が出そうになった。
いけない、いけない、紳士に戻ろう。
「まずは情報収集から始めませんか? 池を作る前に、どんな魚を、どんな餌で、どんな風に育てたら良いのか把握しておかないことには何も始まりません。温かい水を好むのか、冷たい水を好むのかとかいう魚の習性を知らないことには、池はどのくらいの面積で、どのくらいの水深で、どのくらいの水温で、育てたら良いのか分りませんから」
僕の説明にシクラとラズベリが頷いたのを確認してから、言葉を続ける。
「最初は、水田や溜め池で養殖しやすい魚を調べましょう。こっちの世界に鯉やティラピアがいるのか分りませんが、まずは確実に大きく育成できる丈夫な魚を選ぶんです。あとは、なるべく王都で高い値段が付く魚も育てたいです。――ということで、湖の周辺や用水路に生息している淡水魚の調査をさせてもらえないでしょうか? 漁師の元奥さんとか、湖の近くに住んでいて魚をよく食べている人達の話を聞いてみたいんです」
「もちろんです。わたくし達も全力でサポートさせてもらいます。早速、明日、領内の視察に行きましょう!!」
ラズベリがニコニコしている。でも、いつもの笑顔とは少し違う。
……取らぬ狸のなんとかということわざを教えてあげたくなる顔だけれど、こんなラズベリも可愛いから、良しとしよう。
「あの、横から発言することをお許しください」
「あら、ローリエ、何か良いアイディアがあるの?」
ラズベリが視線をローリエに向ける。一呼吸置いてから、ローリエが口を開いた。
「はい。ローゼル湖とそこから引いた用水路には、黒鯉と白鯉、そして斑鯉が生息しています。また、水深が深い場所には泉鯛が生息しています」
「おおっ、本当ですか!?」
「はい。ミオ様の世界の鯉やティラピアと姿形が違うかもしれませんが、どちらも丈夫な魚で大型化する魚ですし、高級魚とは決して言えませんが、王都でも一般的に食べられている魚なので、養殖には向いているかと思います」
「ありがとうございます、ローリエ。早速、明日、重点的に調査してみます!」
「いえ、こちらこそ話を聞いて下さり、ありがとうございました」
軽く礼をしてから、ローリエが後ろに下がる。
と、そこで頭に良いアイディアが思い浮かんだ。
「そう言えば、明日――漁師さんや地元の漁民が作っていた料理を見ることは出来ますか?」
僕の言葉に、ラズベリが不思議そうな顔を作る。
「漁民が作る料理? ミオさん、それがどんな意味を持つのですか?」
若干、否定的な印象。
それはまるで「野蛮そうな料理が美味しいのですか?」と言いたげな感じに。
「えっとですね、漁村には『漁師飯』っていって、漁師さんだけが知っている新鮮な魚介類を使っている料理が多いんですよ。――そうですね、何と説明したら良いのか……そう、新しい郷土料理を開発できたり、それまで一般的には食べていなかった魚が食べられるようになったりして、地域の振興策になる美味しい名物料理が生まれることが多いんです」
「地域の振興策!?」「美味しい名物料理!?」
僕の言葉に、ラズベリとシクラの顔が輝いた。
くそう。二人とも可愛い。水色瞳と紫氷瞳がとても魅惑的だ。
ちなみに、2人は同じ反応をしているけれど、その根源は違うっぽい。
シクラは単純に食欲が、ラズベリの方は金銭欲が、刺激されているみたいだ。
「詳しくは、明日、実際に漁村で探してみましょう」
「はいっ♪」「楽しみにしていますね」
シクラとラズベリの言葉が、綺麗に重なった。思わず全員で笑顔になる。
さて、魚の輸送は何とかなりそうだし、養殖を成功させるためにも、明日の視察で現状を把握しないといけないな。どこにどんな水田やため池があり、湖の周辺では何が生息していて、どんなメリットとデメリットが養殖によって生まれるのか。
――調べないといけないことやリストアップしておかないといけないことは意外と多い。
今夜から、忙しくなりそうだ♪




