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第9話_農業と漁業

=三青の視点=


ふむふむ。

ここまで聞いていて、ちょっと気付いたことがあるんだけれど――

「この領地の産業は、水に頼っていますよね?」

僕の言葉に、ラズベリが頷く。

「ええ、水稲、魚介類、水車による動力源――全てローゼル湖の水神様とアセロラ海の水神様のおかげです」

水神様? ラズベリの口から、気になるキーワードが出てきた。

でも、今はとりあえず置いておこう。魔法がある異世界だから、神様がいてもおかしくないということにして。


それよりも、ラズベリに聞いてみたいことがある。

「Yウイルスのパンデミック以降、メーン子爵家は領地経営が厳しいということでしたが、水稲や魚介類に特化した商品を作ることで、財政の健全化――もとい立て直しは出来ませんか?」

「そうですね……わたくしもそう思って色々と試行錯誤してみたのですけれど、なかなか難しいんです」

眉を八の字に曲げて苦笑するラズベリに、シクラが首を横に振った。

「お母様は、当主として頑張っています。自信を持って下さい」

「……シクラ、ありがとうございます」

そう言ったものの、ラズベリの表情は浮かない。


「それで、どんなことを試したんですか?」

言葉を促す僕の質問に、ラズベリとシクラが答えてくれる。


レンゲ草を利用した水稲の生産量アップ。

農機具の改良による効率化の追求。

王都からの失業者を受け入れた、農業分野の人材育成と人材強化。

お米の加工品および保存食の生産。


うん、僕は経済の専門家じゃないけれど、一通りのことはやっていると感じる。

でも、なぜか全て農業に関することばかりなのだろう? 漁業に手を付けていない理由があるのだろうか?

もう少し、話を聞いてみよう。


「わたくしが思うに、農業はもう頭打ちだと思います。主要な産業であり、人々の主食でもありますから水稲の需要が消えることはないと思いますけれど……人口減少で消費が減ったのに、農作物の生産量はそこまで減っていないので、他の産地との競争が激しいのです」

ラズベリの言葉に、シクラが声を発する。

「お母様、そんなことはありません! 産地の『ブランド化』が出来れば、価格競争に巻き込まれずに適正価格で売ることが可能だって先生が言っていました!」

弱気になっちゃダメです、とその顔は語っている。

でも、ラズベリが小さくため息をついた。

「そうね、それはミクニ先生が言っていた『ブランド化』が上手く出来たら、という仮定の話よね」


ふと、ここで僕の前に日本から来た「ミクニ先生」がどんなことを考えていたのか、ちょっと気になった。

「えっと、ミクニ先生は、どんなことを話していましたか? ここまでの感じだと、ミクニ先生は色々な知識を持っていたみたいですし」

「それは……」

ラズベリが、困ったような表情で言葉を濁す。その隣で、シクラも微妙な表情を浮かべていた。

「……聞いちゃいけないことみたいですね、すみません」

僕の言葉に、ラズベリが笑顔を作る。

うん、作り笑顔(・・・・)だって鈍い僕でも分かってしまった。

「いえ、ごめんなさい、『当主とその家族以外には話さない方が良い』ってミクニ先生に口止めされていたんですけれど、ミオさんは家族も同然ですから、お伝えします」

そう言って一度言葉を区切ってから、ラズベリが話を続ける。


「ミクニ先生は『一部の高品質な作物や水産物に、メーン子爵家公認という付加価値をつけることで、消費者に安心感を与えることで、価格下落を防ぐと良い』って言っていました。他にも『水稲は連作障害が起こらないから、二毛作や二期作が可能だ』とも言っていました」

うん、きっかりとブランド化と生産量の増加計画をやっている。

さっき話を聞いた時にも、自分達で加工品を作るといった産業の多次元化(付加価値をつけること)をさりげなく取り入れていたから、ミクニ先生は医者なだけあって色々と勉強していた人だったのだろう。


「ブランド化は上手く行きましたか?」

僕の問いかけにラズベリとシクラが苦笑する。

「……品質が良いことを認知させるのが難しくて、王都の人達は他の産地の安いお米に走っていますね。あと、子爵家公認にした農家と非公認の農家の間で小さなトラブルというか確執が生まれているのも頭痛の種です」

「お母さまの言う通り、なかなかブランド化の良さが分かってもらえないんです」


「そうですか……僕は専門家じゃないので詳しくは分かりませんが、それでも、ブランド化については真剣に考えないといけないですね。もう一つの、単位面積当たりの収穫量を増やす二毛作や二期作は上手く行きましたか?」

僕の言葉に、ラズベリが頷く。

「はい、そちらはおおむね良好な効果が見られています。気候の関係や労働人口的に水稲の二期作は難しいので二毛作に取り組ませているのですが、春から秋に水稲を、秋から春に寒さに強い葉野菜や麦を育てるようにしたおかげで、税収の微増と領民の暮らしの安定に効果が上がっています。葉野菜は、寒さに当てることで甘くなったって評判ですし」

「二毛作、成功しているんですね」

「ええ、でも、それだけなんですよね……農業は頭打ちって感じで……」

ラズベリの言葉が尻すぼみになる。シクラも、困ったような表情だ。

「頭打ち、なんですか?」

「はい。収穫量が増えても、競争相手が多くて価格があまり高くならないんです」

ラズベリの言葉に、シクラが続ける。

「領民が飢えることが無いのは、良いことなんですけれど……難しいんですよ……」


小さな沈黙が流れた。

実際の農地を見ている訳じゃないから、これ以上の話は難しい。

僕が持っている大学で学んだ程度の農業知識は、多分、ミクニ先生も持っていて試していただろうし。

だから、もう一つの話題に切り替えよう。


こっちは僕の専門分野だし、何とか出来るかもしれないから。

「――となると、やっぱり伸びしろが大きいのは、王都で品薄状態になっている魚介類ですよね?」

「ええ、ミオさんの言う通りで、海の魚も川の魚も湖の魚も採集者が減っているので、価格が跳ね上がっています。とはいえ、事実上、魚介類の供給は難しいんですけれど」

「難しい問題なんです、ミオさん」

ラズベリとシクラの表情が、また曇ってしまった。

でも、どうしてこう、美人の困り顔は心にぐっと来るのだろう? 何とかして助けてあげなきゃという気持ちになってしまうから危険だ。


心を落ち着かせるために深呼吸をしてから、ラズベリに問いかける。

「えっと、魚介類の供給のボトルネックになっているのは、どんなことですか? 数が減ってしまったとかですか?」

「いいえ、魚の数自体はむしろ増えているんですが……漁が出来る人材がいないというか……供給出来ない1番の理由は、女性が漁に出ると水神様が怒るんです」

「そう、お母さまの言う通りで、水神様が怒るんです」

「海でも湖でも――岸壁から少人数で自分達が食べる分の魚介類を採るだけなら大丈夫なんですけれど、船に乗ったり網を使うような大掛かりな方法で女性が魚を採ると、嵐になったり、水棲魔物が沖合の魔の領域から出てきたりと、とにかく危険なのです。だから、どこの地域も魚介類を市場に少量しか供給出来ない状態が続いているんです」


迷信じゃ――多分、ないのだろう。

日本でも一部の地域では、女性が海や山に入ると、神様が女性に嫉妬して怒るという言い伝えがあるし、異世界なら嫉妬深い神様が実在していてもおかしくない。


「メーン子爵領も、水神様が原因で、水産業の方には手を出していなかったのですか?」

「そうです。この領地が水の加護で成り立っている以上、わたくしも領主だからこそ、水神様の不興を買うことは避けたいのですよ。――戦って倒せる相手なら、倒してしまえばいいのでしょうが」

あれ? 何だか物騒な言葉が聞こえたような……。

「ラズベリ、水神様を倒しちゃって良いんですか?」

「確実に倒せるなら、という条件が付きますけれどね。中途半端に刺激すると確実に荒れ狂って被害が甚大なものになることが予測されますから、試そうとは思いませんが」


苦笑するラズベリに、シクラが追加説明をしてくれる。

「事実上、各地の神様が『魔の領域のボスを従えている状態』なんです。つまり、神様は魔物の主と言えます。――でも、大抵の神様は人間との共存共栄を望んでもいるんです。人間と魔物の緩衝役(・・・)と言えば良いのでしょうか……」

「間違っているかもしれないけれど『神様>魔の領域のボス>魔物』って感じなのかな? 神様が魔物を統治しているみたいな感じで」

「はい、そんな感じです!」

シクラがにこっと笑って頷いた。……笑顔が眩しくて可愛い。


「それなのに、神様を討伐してしまって良いの?」

「ミオさま、実際に、過去の文献では酷いことをする神様を王国軍や聖女騎士団が討伐したという記録もあるんですよ? 無闇やたらに人を攫ったりとか、町を破壊したりする神様は、神じゃなくて『魔神』と呼ばれて討伐対象になるのです」

シクラの言葉に続けて、ラズベリが口を開く。

「過去の基準で考えると、人間が漁をしただけで嵐を起こしたり魔の領域の魔物をけしかけたりして人を殺す存在は、魔神と認定しても非難はされません。……とは言え、どこの水域でも同じようなことが起こっているので、事実上、王国軍や聖女騎士団の派兵を求めることは出来ないんですけれどね」

困ったようにはにかむラズベリとシクラ。


「実際、魔神と戦って勝てるものなの?」

「はい。ミオさまも予想されていると思いますが、武器と人数と人員次第では可能みたいです。ただ、こちらの方にも甚大な被害が予想されますので、過去120年は魔神と戦った記録はグラス王国には残っていないみたいですが」

「……120年前までは、普通に戦っていたんだね。それがすごいよ」


ラズベリが小さく噴き出す。

「ぅふふっ、ミオさん。各地の神様の立場で考えてみて下さいよ。人間に、勝手に(・・・)魔神認定されて、討伐されるなんて嫌じゃないですか? わたくしが神様なら、人間と共存共栄する方法で生きていきますよ。ただ――」

「ただ?」

「Yウイルスの大流行以降、具体的にはここ1~2年、神様の力が強くなっています。水辺で漁が出来なくなりましたし、魔物の生息域も広がっています。人間と神様のパワーバランスが崩れてしまったせいかもしれません」

困ったような表情で、何かを心配するような不安げな表情で、ラズベリが言った。

小さな沈黙が訪れる。


このまま沈黙が続くのは気まずいから、話題を変えよう。

「そうなんだ……えっと、話を戻します。女性が漁をしたらダメ――って言いますが、養殖とか蓄養とかもダメなんでしょうか?」

「ようしょく? ちくよう?」「ミオさま、何ですか、それ?」

ラズベリとシクラに不思議そうな顔をされてしまった。

あれ? 知らないのかな?


でも、もしかして――

「えっと、魚を生簀とか人工の池で殖やして、大きく育てて、出荷することを『養殖』って言います。蓄養も同じような感じです。今回の場合は、海は難しそうなので、ローゼル湖から水を引いて『人工の池を作る形』の養殖になるかと思いますが」

僕の言葉に、ラズベリはハッとしたような表情を、シクラは不思議そうな顔を作る。


何かを考えているラズベリを放置して、シクラが口を開いた。

「ミオさま、それを『ようしょく』って言うのですか? でも、お魚を育てる手間を考えたら人工の池で育てるよりも、直接、湖から採った方が簡単ですよね?」

「確かに、育てる手間とか餌の用意とかを考えると、採集した方が手っ取り早くて簡単なんだけれど――今回のポイントはそこじゃないんだ」


僕の言葉に、ラズベリが口を開く。その顔は、とても真剣な表情だった。

「ミオさんの言う方法なら、『水神様の怒りに触れないで、安定して大きな魚を市場に出すことができる可能性がある』ってことですよね?」

「はい。陸地に作った水田とか溜め池なら、嵐になっても危険が少ないですし、何より沖合の魔の領域から水棲魔物を引き寄せることがありません。それに、メーン子爵領では、もう水稲用の田んぼや溜め池があるんですから、それを一部流用すれば、魚を育てる人工の池を短期間で作ることも可能だと思います」


シクラが驚愕の表情を作って、僕らに同意するように何度も首を縦に振る。

「――っ、そうですよ! ミオさまの言う通りですっ!」


その横で、ラズベリが嬉しそうに笑う。紫氷(アメジスト)色の瞳が、キラキラと輝いていた。

「ミオさんのいう養殖って、素敵で楽しそうなアイディアですね♪ 実際、現状でも用水路で採れる魚(・・・・・・・)は貴重な供給源になっていますし、用水路で魔物が出たという話も聞きません。だから――養殖を実現するために必要なことを――突き詰めて考えていきたいのですが、良いですか?」

「もちろんですよ」

僕の返事に、ラズベリとシクラが笑顔になった。


何だか心臓がドキドキする。

ずっと魚が好きだった自分の知識ちからを発揮できるチャンスが、この異世界でやって来たのだから。


僕の「魚介類&水産業チート」がどこまでやっていけるのか、今はまだ分からない。でも、それがこの異世界で戦える力になるのなら――僕は自分の大切な存在(ラズベリとシクラ)を守るために使いたい。

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