第0話_夢
みんなを守ると16歳の君に誓った。
僕は、この年になっても見栄っ張りで欲張りで、夢を忘れられない、とても痛いヤツだから。僕の後ろには君と君の母親、たくさんのメイドさん&女騎士たち。そして城内や城塞都市内では、何も知らない数万人の女性が平和に暮らしている。
ここで格好付けなきゃ、いつ、僕は君に格好付けられる?
ここで格好付けなきゃ、いつ、僕は男に生まれた喜びを知る?
ここで格好付けなきゃ、いつ、僕は――?
だから、僕の身体よ、震えるな。僕の心よ、怯えるな。
だけど恐怖は、しっかり感じろ。そして失敗する恐怖を、己の力に変えろ。
今までの人生、強情さでは誰にも負けない自分だったろ? そのおかげで、どんなに痛い目を見たのか、その痛みを覚えているだろ? それでも自分を変えなかっただろ? 変えられなかっただろ? プライドを圧し折られても全力で戦っていただろ? 生きるために足掻いていただろ?
正直、苦しかっただろ?
だから、今更、尻尾を巻いて逃げる必要なんてない。
そもそも、猿でも犬でもネズミでもない僕は、巻けるような尻尾なんて持っていない。
さぁ、深呼吸をして――この世界とも戦おうか。
願わくは、君が夢から醒めるまで、僕は君の瞳の中にいたいと思う。
願わくは、君の笑顔が絶えないように、僕は君の大切なものを守り続けると、ここに誓う。
願わくは、君が夢から醒めないように――永遠のまどろみに繋がると分かっていても――悪の魔法使いは子守り歌を囁く。
視線を向ける先、崩れた城壁のもっと先。
そこには、空に浮かぶ、狼耳天使の姿をした無慈悲な死神が1人。
ピンと跳ねた獣の耳。赤き月の光を反射する銀色のツインテール。逆光から生まれた闇の中で煌々と光る瞳。そして何よりも目を引いたのは――背中で広がる翼に、たおやかに揺れる白銀の尻尾、彼女の頭上に浮かぶ黄金色の丸い輪っか。
彼女の正体は、神々に刃を向けた、おとぎ話の魔神。200年前に大勢の下僕を従え、無数の神々と激突し、昏き闇に散った、今でも語り継がれる最凶の存在。
大鎌を弄ぶように、クルクルと頭上で回転させていた獣耳美少女。
その口元が歪み、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「星屑落下!!」
満天の星空に、光の亀裂が走る。
赤い流れ星、白い流れ星、青い流れ星、黄色い流れ星、そして緑色の流れ星。
幾何学模様にノイズを打ち込み、崩壊させたような世界。交わり続ける光の線。バラバラに切断され続ける夜闇のパズルの向こう側から、衝撃波を伴う炎塊が降ってくる。
今日は、異世界転移の初日。
何をどう間違えれば、こんな強敵と戦うことになるのだろう?
一瞬、走馬燈が見えた。でも、それを利用して、僕は今日を思い出すことにした。
まずは、自分の置かれた状況を把握しよう。自分を見失ったら大きなミスをすると、僕は過去の経験から学んだのだから。
そう、全ての始まりは唐突に、でもゆるやかで平穏に、僕の前へと訪れた――