第4話 ひと時の団欒 〜月乃〜
「送ってくれてありがと。じゃあね光ちゃん」
彼が見えなくなるまで手を振り続けて、敷地を跨ぐ。
「「おかえり」」
声の揃った出迎えの言葉である。夫婦というものは波長まで似てくるのだろうか? 私もいつかは光ちゃんと……。
私の行動を不審がって、お母さんが首を傾げる。正気に戻り、慌ててただいまと言って部屋に上がって行った。
「お昼までまだ掛かるから、荷物まとめておくのよ」
はーいと答え疑問を覚える。なんで今まとめるの? お母さん達いるんだから、まだいいんじゃないのかな?
疑問は聞いてみるのが一番の解決策。なんで? と尋ねた。
「あれ? 今日アメリカに発つって言ってなかった?」
言ってないよ、お父さん。ああ、この二人の共通点は唐突なその行動性にあるね。
顔が軽く引きつったのを感じたが、いつものことだと諦め、自室に向かった。
押入れの奥から旅行用のボストンバッグを引っ張り出し、荷物を詰め込む。服は春物だけにして、夏になったら取りに来ようと思う。
元々そんなに服を持っているほうではないため、大して重くはならなかった。自分で持って行けそうなので一安心。
そうそう、これを忘れていた。持って行かなきゃ。
最近のマイブームをそっと荷物の上に重ねて、チャックを閉めて出来上がり。我ながらいい働きぶりだ。
動いたらお腹が空いてきた。その時、お母さんから料理が出来たと呼び掛けられる。ナイスタイミング。軽い足取りでリビングに向かった。
リビングの扉を開けると、いい香りが鼻腔をくすぐる。食卓には二人分のスパゲティが乗っている。
何故二人前? と思い、周りを見回す。お父さんの口の周りにミートソースの付着を発見した。
貴方には、家族揃って食事するという観点がないのですね。残念です。
悲しく思ったが、いつものこと。満足気にお腹を叩くお父さんに一瞥くれて、スパゲティをパクついた。
美味しい! 顔が綻ぶ。お母さんはそんな私の顔を見てニコニコしている。
お母さんは以前レストランのシェフとして働いていたため、料理の腕前はピカ一。私が料理を好きになったのには、少なからずお母さんが影響している。
十五分ほどでスパゲティを平らげ、食休み。ふぅー……良きかな良きかな。
椅子の上で満腹感を味わっていると、お父さんが口火を切った。
「月乃、いつになったら光君に告白するんだ?」
なぜ貴方にそんなこと聞かれなきゃいけないの? それに答え義務はある?
それでもデリカシー皆無のお父さんは続ける。
「光君は優しいし、顔も結構いいし、それに好青年だから、ほっとくと誰かに取られちゃうぞ」
……分かってるよ、そんなこと。だけど、だけど光ちゃんは私のこと、ただの幼馴染みとしか思ってないよ……。告白したところで断られるのは目に見えている。だったらこのままの、丁度いい関係でいたいと思うのは、おかしいのかな……。
私は何も言えずに下を向いていた。
「あんたね、私の娘が近くにいて、光君が違う子に興味を持つと思う訳? 月乃も、そんな顔しないの。もっと自分に自信を持ちなさい。ね?」
ギュッと抱き閉めてくれることが嬉しくて、頬を涙が伝った。お母さんの娘に生まれて良かった、そう心から思うよ……。
お父さんもお父さんで、私の涙に動揺したのか、「あっ、あの、そのな、父さんが悪かったよ……」と謝ってくれた。
「本当にあんたは、女の子の何たるやを知らないんだから」
「いや、あの……すみませんでした」
お母さん達の会話に笑みがこぼれる。そんな私を見てお母さん達は、ほっと胸を撫で下ろした。
心配掛けてごめんなさい。そしてありがとう、お母さん、お父さん。
「でもねえ、私としてはいい加減焦れったいのよね。月乃、この一年で光君を落しちゃいなさいよ」
あれ? 味方だったお母さんがいきなり敵に?
お母さんの口からは、光ちゃんをものにするテクニックだとか、様々なことが紡がれていく。それを全てこなせと? 無茶言っちゃいけない。
お父さんが苦笑いしながらお母さんを止め、光ちゃん家に出発。
徒歩一分、光ちゃん家に到着である。
インターホンを鳴らすと遥さんが出迎えてくれた。
「随分と遅かったのですね。もう少ししたら迎えに行こうかと思ったぐらいですよ」
お父さんの所為にして、玄関をくぐる。お父さんは晃司さんに捕まり、叫び声をあげた。私達は聞かない振りして中へと向かった。
リビングに入る。ソファにもたれるように座り、寝息を立てる光ちゃんを見た。
近付いて観察する。口を微かに開き呼吸をし、その度に胸が膨らみ縮む。表情は穏やかで、いい夢を見ているようだ。
可愛い。それしか言えなかった。そのままじっと彼を眺めていると、背後で笑い声が聞こえる。
はっとし、振り向いて弁解するも、逆に光ちゃんを見つめていたと白状してしまった。
「ふふふっ。それでは光を宜しくお願いしますね」
えっ、もう行くの? 光ちゃんを起こそうとしたが、お母さんに防がれた。
「まあまあ、起こさない。こんなに気持ち良さそうに寝ているのに、起こすのは可哀相よ。それに、膝枕する絶好の機会じゃない」
お母さんはからかいなのか本気なのか分からないが、そう言った後、遥さんと家を出て行った。
膝枕か……悪くないかも。
早速実行するために光ちゃんの横に座り、彼の体を倒して、太股に頭を乗せる。
ふお!? 重みが何とも言えない。ああ、頭を撫でたくなるのは母性本能?
優しく頭を撫でる。ううん、と反応する光ちゃんが可愛い。
にしても、本当に光ちゃんは可愛い顔をしている。睫毛も長いし、鼻立ちも綺麗。
気付いたら彼に顔を近付けていた。
はっと思ったが、もう遅い。彼の目は開かれてしまっていた。