第4話 ひと時の団欒 〜光〜
月乃を自宅まで送り、我が家の扉を開く。お酒の匂いが漂ってきて、顔をしかめた。
リビングに入るとお酒の匂いは強まり、そして空き缶やおつまみが辺り一面に散乱している。
父さんに「おっ、光おかえり!」と言われたが、この状況を作り出したのは恐らく彼なので、無視することに。
落ち込む父さんを一瞥し、何故こうなったのかを母さんに尋ねる。思った通り、父さんが散らかしたと聞かされ、頭が痛くなった。
「早く着替えてらっしゃい。片付けだってしなくてはならないのですよ」
母さんに従い、自室に向かう。その間父さんがこちらを窺っていたが、また無視した。
着替えを済せ、リビングに戻る。途端、部屋の隅でいじける父さんが、視界に入る。
聞くと、母さんに構ってもらえず嘆いているとのこと。あんたは一体何歳だ?
母さんは先ほどと異なり料理をしていた。手伝おうか、と声を掛けたが、座ってなさいと断られる。
仕方ないので、ソファに腰掛ける。父さんが近付いて来たが、顔を背けた。
泣き出しそうな父さんを見兼ねてか、母さんが発言した。
「晃司さん……今すぐ片付けないと昼食抜きにしますよ」
見兼ねてなどいなかった。苛立っていたのだ。
父さんは背筋を伸ばして直立したかと思ったら、物凄い速さで片付け始めた。それは明らかに人間の速さを凌駕していた。
三分後、母さんが昼食のチャーハンを運んできたのと同時に、部屋の掃除が完了した。
父さんは化け物である、と脳に刻む。正しい認識だと思う。
声を揃えて「いただきます」。母さんの微笑んでの「召上がれ」で食事が始まる。
この食事前の挨拶。小さい頃からずっとこの形だった。今まで続いていることに、多少の照れと嬉しさを覚える。
「なあ光、月乃ちゃんとはどこまで行ったんだ?」
「えっ? 花見公園だけど?」
「いやいや、どんな関係になったのかって聞いたの」
ああ、そうか。行くって、そっちの行くか。納得、納得……? なんで月乃と? 僕達はなんでもない、ただの幼馴染みだ。それに僕が月乃となんて、役不足も甚だしい。
「何言ってんのさ。僕が月乃とじゃ釣り合わないよ」
「光こそ、何を言っているの? そんなこと月乃ちゃんがいつ言った? 貴方がそんなこと言ったら月乃ちゃんは悲しみますね」
母さんの言葉に絶句した。確かにその通りだ。母さんに言ってもらって助かった。月乃の、彼女の悲しむ顔は見たくない。
「そうだね……。そんなこと言っちゃいけないね。僕が間違ってた」
そう告げると、母さんは破顔し手招き。
寄るとソファを叩き、座れと言っている。腰を降ろし、何用で? と首を傾げる。
「光、良く言いましたね。偉い子ですよ、貴方は」
と言って、頭をよしよし撫でられた。避けようとするも、頭をホールドされ、逃げ出せない。
……恥ずかしい……。高校二年にもなって、いい子いい子と撫でられるとは思わなかった。
そんな中、父さんがいいなあ、と呟いていた。あんたは本当に何歳だ?
なんでこの人が父親なのか疑問に思う。故に聞いてみた。
返ってきたのは、「分からない」という曖昧な返事。そして、「昔は格好良かったのですがね……」遠い目でそうとも言われた。
段々、父さんが可哀相に思えてきた。父の背中が小さく見え、ため息がこぼれた。
「あっ、そうだ。食材もう殆どないから、後で買っておくのよ。月乃ちゃんと一緒に行くのがいいわね」
はぁいと返事し思う。なんで呼び掛け? それになんで月乃と?
疑問は重なる。いつ出て行くのかも聞いてない。適当過ぎる。
また聞いてみると、「今日出発するし、今日月乃ちゃん来るからだぞ。ったく、光、言っただろ」怒られた。
初耳だし、驚きだし、終いには責任転換ときたものだ。呆れる。
はぁ……。思わずため息をこぼす。帰国してその日に出国。おかしい以外になんと表現すればいいのだ。
ああ……頭痛くなった。そして眠い。
月乃がもう少しで来るらしいけど、来たら起こしてくれるよね?
母さんを信用し、瞼をそっと閉じた。
頭を撫でられているような感触と、後頭部に感じる柔らかさに違和感を覚え、目を覚ます。
月乃の顔が視界一杯に広がっていた。