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第1話 目覚めて

「おはよう、月乃」


 月乃の顔を見ながら挨拶。


 彼女はカーテンを勢い良く開け、眩しそうに目を細める。軽く体を伸ばした後、クルリ、こちらを向いて一言。


「さあ起きた、起きた! 今日は始業式なんだから、早く行かなきゃだよ」


 まるで母親のような言い草に苦笑い。急かされるように着替えを済せ、共に階段を降りた。





「いただきます!」


「どうぞ、召上がれ」


 月乃とご飯になった生き物に感謝し、朝食にありつく。


 月乃は毎朝、こんな感じに僕を起こして、朝食を作ってくれる。


 以前悪いと思い、大変だから来なくてもいいよ、と言ってみた。すると泣き顔になり、「私、邪魔かな?」と問い掛けてきた。必死で否定し、事なきを得て、以後こうして来てくれている。


 嬉しいが、ちょっと困る。朝、部屋に入られるのはちょっと……。はい、そうです。……寝癖ですね。今違うことを考えた人は……ふふふ。いえ、何でもありませんよ。



 まあ、そんなことは置いといて。


 僕の両親はいない。と言っても、ご臨終なされた訳ではない。日本にはいないということだ。父さん達はジャーナリストで、世界各国、情報を求め飛び回っている。


 そんな訳で、彼女は家族ぐるみで僕に親身になってくれている。いやぁ、いい幼馴染みを持ったもんだ。料理、家事を完璧にこなし、おまけに可愛くて、スタイル抜群。


 月乃って、正に理想の女性じゃないか!!


「こ、光ちゃん!? な、何言っ……ぅぅ……」


 あっ、舌噛んだ。痛そうである。人事っぽい言い方だが仕方ない。人事なのだ。……って、あれ? 声に出してた?


「光ちゃんが変なこと言うから、噛んじゃったよ〜」


 うーん、声に出してたか……。セルフコントロールが出来てない。滝に打たれて心を引き締めようかな?


 あっ、やっぱり止めます。そんなこと考えていると、ある人が来て……。うぅっ、考えるだけで身の毛がよだつ。


「ねえ光ちゃん、いきなりどうしたの? 私のこと、理想の女性だって?」


 返答に困ったので、目線を泳がせていると、時計の針が六時五十五分を指している。


「月乃、占い始まるよ。チャンネル変えなきゃ」


 棒読み、かつ上擦った声だったので、彼女は首を傾げる。でもやっぱり、占い好きな女の子。占いに興味を奪われ、僕の言葉は気にならなくなったみたいだ。


 因みに、僕は四月二日生まれの牡羊座、月乃は七月十七日生まれの蟹座。


『はい、本日もやって参りました! お天気お姉さんのドキドキ今日の占いだよぉ!!』


 最近のお天気お姉さんは、天候だけでなく、運勢までも読むみたいです。いやはや、驚きですね。


『第一位は蟹座の貴方です! 今日は恋愛運がとても高く、思いを寄せている人とより親密な関係になれるかも。ラッキーワードは“光”。この言葉がつく人、物、動物と行動を共にすると、更なる幸運が転がり墜ちてくるでしょう』


 幸運って、痛い思いをして転がって、墜落して、人を幸せにしているのですね……。何となく切ないね。


 月乃と幸運の切なさとありがたさを語り合おうと彼女に目を移すと、顔を赤く染め、体をくねらせている。


 顔赤い……風邪? だったら不味い。熱を計らなくては。


 彼女にちょっとごめん、と断ってから、額を合わせて熱を計測。うん、そんなに熱くない。よって風邪なし、異常なし。したがって患者は健康であります。


 誤解なさらぬよう言っておくが、この行動は月乃と触れ合いたいという邪な気持ちから生じた物ではない。最強の敵であり、最凶の師である我が祖父の教えである『熱を計る時は“額合わせ計測”』を忠実に守っただけなのだ。


 自己満足気味の演説を終え、達成感に浸っていると、月乃が更に赤くなっている。……何故?


「月乃、大丈夫? 辛いんだったら今日休んだほうがいいけど、どう?」


「うん、大丈夫、だよ……」


 歯切れの悪い返事に一抹の不安を抱いてしまう。月乃は弱さをあまり外に出さない。だからこそ心配だ。


「大丈夫だったらいいけど、辛くなったら言うんだよ。月乃に何かあったら僕も悲しいもの」


 言い終わると、彼女ははにかんだ表情で、ありがとう。僕に言ってきた。



――どくん



 動悸がする。何だろう、この気持ちは? 言葉で言い表せぬ感情が、僕を支配していた。


「……ちゃん、光ちゃん?」


 彼女に呼ばれ、我に帰った。あの動悸も、もう、ない。おかしいと思いつつも、思考をやめた。


『十一位は獅子座の貴方。今日はすれ違いで――』


 十一位……て事は、見損ねた。僕は運勢と縁違いなのでしょうか?


 一人しょげて、ソファで体育座り。そのまま指で“の”を書いていた。


 すると月乃が近付いて来て、「私の運、分けてあげるから」と慰めてくれた。


 月乃、ありがとう。涙がこぼれそうになった。だけど感謝の時は涙じゃなく、笑顔を返すべきだ。なので涙を堪えて、彼女に笑顔を見せようとした。


――驚愕に染まった表情になってしまった。


『残念ながら、最下位は牡羊座の貴方。今日は今月、いや今年、いや今世紀最低の運気です。何をしても上手くいかず、失敗ばかり。今日一日は慎重な行動を心掛けて。ラッキーワードは……ないみたいなので、アンラッキーワードを教えちゃうよ。アンラッキーワードは“月”。これさえ気を付ければ、何とかいく……かも』


 お天気お姉さんの言葉が僕の中で繰り返される。今世紀最低の運気って……厳しいですね。


 がっくり肩を落とすと、月乃が僕に声を掛けてきて。


「光ちゃん、所詮は占いだからね。そんなに落ち込んだら駄目だよ」


「そうだね。所詮は占い、だよね」


 無理矢理納得して、自分を保つ。ついでに深呼吸もしてみた。スゥーハァー。よし、何とか立ち直れそう。


「そろそろ学校、行こうよ」


 月乃の提案を首肯し、皿を流し場に浸して準備OK。いざ学校へ、と歩き出そうとした所で、お天気お姉さんが言葉を発した。


『最後に今日のワーストワンの組合せの発表だよ。本日は牡羊座の男性と蟹――プツン』


「さっ、光ちゃん、行こっか?」


「……うん」


 僕にはただ頷いて彼女の後を追うことしか出来なかった。


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