第16話 溢れる情熱と迸る汗
試合時間、残り十五秒。僕達のゴール下からのスタートだ。
時間的に考えて、残りワンプレーであろう。得点は相手チームが一点上回っている。故に、ここで入れなければ……敗北が決定してしまう。
勝ちたい。いや、勝つ! 絶対、勝つ!
呼吸を整えて、パスを受け取る。
上がりながら見渡すと、月乃がフリー。フェイントをかけてノールックパス。
誰にカットされるでもなく、月乃の元にボールが行った。
月乃はテンポのよいドリブルで相手を躱し、宮内君にボールを渡す。
ボールを手にした宮内君は、疾風の如く駆け上がり、シュートを放つ。
ボールは綺麗な放物線を描きながら飛んで行き、ネットにおさまった。
十対九で、我らが二組の勝利である。
シュートを決めた宮内君は髪を掻きあげ、爽やかな微笑みを周囲に振撒く。黄色い歓声が沸き起こり、彼の周りを取り囲んでいる。
僕と鈴木君はちょっと離れた場所から、そんな宮内君を眺めていた。
「けっ、何が『宮内君、格好良かったよ♪』『宮内君、素敵すぎ♪』だ。あんな野郎のどこがいいんだよ。俺だってあいつと同じぐらいシュート決めたのに……」
彼のぼやきは大いに理解出来るが、声に出したら人生の敗北者みたいなので……やめた。
神は二物を与えないというが、明らかに嘘であろう。目の前の人物は二物どころか三物も五物も与えられているだろう。そうに違いない。
「……はぁー」
何となく切なくて、ため息がこぼれる。
「どうしたの光ちゃん?」
はっと思い出した。そこには月乃がいた。
「月乃、ありがとう。意味分かんないだろうけど、ありがとう」
へっ、と首を傾げて目をパチクリさせているが、それでも構わない。そこに、僕の側にいてくれる、その事だけで充分だ。
「こ、光の裏切り者!!」
月乃の手を両手で握ると、背後からそんな悲惨な叫びが聞こえる。
今叫んだ鈴木君、もとい琢磨と、女子に囲まれている宮内君、もとい憲治とは、バスケの練習やら何やらを通して結構仲良くなった。
面白いし優しいし、かなりいい人達。何でも二人は幼馴染みで、ずっとバスケをしてきたらしい。その為か、一年の頃からスタメン入りしている。
「けっ、憲治の次は光かよ。ふんっ、どうせ俺は独り身ですよ」
琢磨はそう呟き、トボトボ教室に戻って行った。
正直に述べると(述べなくても)、琢磨もかなりの美男子だ。髪型は坊主に近いが、それはそれで格好いいと思う。
只、憲治と行動を共にしている為、比べられる事が多く、若干の劣等感を抱えているのかもしれない。
「鈴木君、拗ねちゃってるね」
月乃の言葉に頷きつつ、琢磨を眺める。すると、紫苑さんが寄り添って歩いていた。それも楽しげな表情で。
「青春、だねぇ?」
「うん、青春って感じだね」
笑いを噛み殺し、暫く、離れて行く二人を見続けた。
「そうだ、衣装取りに行こうよ」
危ない危ない。忘れる所だった。
「じゃあ行こっか」
目的地を第二特別教室、略して二特に変更し、並んで歩いて行った。
普段はALT(現地出身の英語の先生)の授業で使う、ここ第二特別教室も今は……地獄……。
ドレスを取り合い叫ぶ女子。止めようと奮闘しているものの、逆に睨まれ、すくみ上がっている男子。
「凄いね……」
「……うん」
今からこの教室に突入しなくては、と考えると冷や汗が止まらない。
顔を見合わせ、同時にため息をこぼす。再び視線を合わせ、教室に突入。
騎士の衣装は簡単に手に入った。
しかし問題はこれから。そう、月乃のドレスだ。
目にも止まらぬ速さで取り、奪い、奪い返すという争いが、目前で繰り広げられているのだ。そう易々と手に入れさせてはくれないだろう。
目の前の光景に圧倒され踏み出せないでいると、月乃が果敢にも飛び込んだ。
「うぅ……光ちゃん……」
三十秒後、少しボロボロになり、瞳に涙を溜めた月乃が戻ってきました。
笑うしかない……。
結局、隅にあった紺色のドレスとその他諸々を適当に掴み、足早に教室を後にした。
途中、「こんな色嫌だよ……」怪訝そうな顔で月乃がぼやいていた。
月乃の気持ちは痛いほど判るが、仕方ないものは仕方ない。慰めつつ、教室へと歩みを進めた。
しばし歩き、クラスに近付くと何やら騒がしい。
疑問符が頭上に浮かんだもの、あまり考えずドアを開く。
――おにぎりが飛んできた。
間一髪でキャッチし、見ると今朝作ったもの。
何故?
視線を上げる。おにぎりが宙を舞っている。そして、おにぎりを取らんと目を血走らせた、我がクラスメイト達。
発生源はどうやら僕達の持って来た重箱みたいだ。そして、おにぎりを外へといざなっているのは……千智先生です。何してんのあの人?
「さあ皆、月乃ちゃんからの差し入れを食べて、午後も頑張るのよ!」
千智先生は、我がもの顔でそう言った後、更におにぎりを渡している。正確に言えば、投げている。しかし地面に落下するおにぎりはなく、全て生徒のお腹の中に消えて行く。
無駄にいい運動神経だ。他のことに使ったら、どれほどの結果が現れるのか見てみたい。
「こうなるとは思ってなかったなぁ……」
だよね。おかしいもの、この人達。だからこそ最高にして最低なんだけどね。
「僕達もご飯にしよっか?」
「うん、そうだね。だけどここだとちょっと……」
「……確かに。屋上行く?」
そうだねと苦笑いする月乃。するとせがむ様な表情になり、「ねえ光ちゃん、お弁当取ってきて」手を胸の前で組み合わせ、上目遣いでのお願い。
いやいや、自分で取って来ようよ。ねえ、そんな顔したって駄目なものは駄目だよ。……そんなに見ないで。……分かった、分かったから、取って来るからその目止めて!
小さく拳を握り締める彼女を横目に、後ろの扉から教室に入る。人垣を避け席に辿り着き、弁当箱を二つ取り出して教室を出る。
月乃に弁当箱を渡すと「光ちゃん……何か可愛かったよ♪」ですって……。
必死で取ってきて可愛いって……。男の子に可愛いは褒め文句でないことを、月乃は知っているのでしょうか?
それに今の科白は、僕が滑稽だったと言っているようなものだよね。意識して言っているのだろうか、はたまた無意識なのだろうか。前者も酷いけど、後者だったら質が悪い。恐らく後者だろうけど……。
落ち込む僕を尻目に月乃は軽やかな足取りで歩いて行く。
ちょっと、置いてく気? 僕がこんなに嘆いているのに、気にせず行ってしまうのかい?
心の叫びは聞こえない。彼女の後ろ姿は徐々に小さくなっていく。
……もう、いいや。
小さく呟き、後を追った。
屋上に設置してあるベンチに腰掛け、弁当箱を開く。定番の卵焼きと唐揚げ、健康を意識してか、野菜もふんだんにつかわれている。
本当にいい奥さんになれるよ。て言うか、僕の奥さんになって欲しい。
「またそんな事言って。……期待、しちゃうよ?」
おっと、また声に出してたか。気を着けな……ん? 期待しちゃうよ? 誰に? 僕に?
「つ、月乃、今何て?」
「なんだろうね? 教えてあーげない♪」
月乃はふふんとした笑みを浮かべ、お弁当に箸を伸ばしていた。
一体何なのでしょうか? 最近の月乃はあんな調子です。
食事後、クラスに戻ると朱音ちゃんが近付いてきて、「月乃、ドレス取ってきた?」と質問。
月乃は視線を落とし、紺色のドレスしか取れなかった事を告げる。
月乃が口を閉ざすと朱音ちゃんは待ってました、といった顔をし、紺色のドレスを掴むと月乃と何処かに行ってしまった。
「試合までには戻ってきてね!!」
「ふっ、それは保証出来ないぜ、光君!!」
そうですか……。流石、ミス、ゴーイングマイウェイさん。言動が全く読めない。
まあ、月乃がいるから大丈夫……なはず。
「光、次の試合はどんな感じで行く?」
「そんなの俺がシュートを決めま「はいはい、琢磨は黙る」
声をかけられ、振り返ると琢磨達。漫才の様なやり取りに笑みがこぼれてしまう。憲治の毒のある言葉が結構ツボでありまして。
「光〜最後は憲治、攻めなくていいよな〜」
「いやいや、俺が攻めなかったら光や月乃さん、紫苑さんが頑張らなきゃ駄目になるだろ」
「おい、誰か忘れてはないか?」
「誰か? ……ああ、此所にいるお猿さんか」
むきゃー! 誰が猿じゃあ!! と言って琢磨が憲治に飛掛かった。
琢磨……本当に猿になってるよ。それに憲治に躱されてうなだれてるし、周りの視線は冷たいし……どんまい。
琢磨が机に手をつき、「俺は憲治には勝てないのか」とぼやき始めた時、朱音ちゃんが戻ってきた。
「さあ、出陣だよ!」
帰って来て早々、出陣とは、やはり侮れない。
朱音ちゃんの先導のもと、体育館に向かう。
で、何しに行ってたのだろう? 月乃は戻ってきた瞬間に袋を鞄の中に押し込んだし、口元弛んでるし……。……謎だ。
体育館に着くとコートの周りを人が取り囲んでいる。とりあえず観衆の声に耳を傾けてみた。
「一組、頑張っ……いや、宮内君頑張って!」
「瀬川ナンテ呪ワレテシマエ……」
「月乃ちゃん、俺と付き合っ、いて! 何すんだよ!」
「猿琢磨、頑張れ」
「あっ、瀬川君!! 今日も一段と可愛いわ。ああ、もう、お姉さん、ダメになりそ♪」
この学校には、まともに応援しようと思う人はいないんかい。どんな学校だ。
この学校の未来に不安を抱き、試合が始まった――。
おはよこんにちこんばんは。一通りの挨拶を済ませた碧井です。
まず、後書きを語る前に言わねばならないことがあります。
投稿遅れてすいませんでした!
理由を上げるときりがありませんが、一番は“書き直し”にあるとふんでいます。実際は定かでありません。探偵の方がいらっしゃったなら、捜査していただけると嬉しいです。勿論、報酬はありません。
さて、つまり何が言いたいのかというと、プロローグ〜第3話まで書き直しましたので、再び読んでいただきたいということです。はい。
厚かましいですが、宜しくお願いします。