第10話 お姫様の乱心
「うぅ…光ちゃん、分かんないよぉ…」
「だからこれは内積からコサインを出して、そこからシータを出すってさっき教えたよね?」
「それが分かったら苦労はしてないよぉ!」
……現在、中間テストの勉強中であります。
月乃はテスト前になると僕を巻込み、勉強会を開催する。
「ねぇ光ちゃん、勉強教えて♪」
と言って。
少しでも嫌そうな顔を見せると、目をうるうるさせて僕を見上げて来るという、高等テクニックを発動させ、僕に有無を言わせてくれない。
ええ、拒否れませんとも。
僕は月乃の涙に弱いんです。
前にも言ったでしょ?
そんな訳で、今は数Bを教えている。
月乃はあんなに毛嫌いしてるけど、ベクトルは考え方次第で簡単にも困難にもなりうる。
月乃が言った通り、それが出来たら苦労はしないのだけど。
「はぁ…」
月乃が相当悩んでいる様なので、そろそろアドバイスをしてあげよう。
「月乃、ベクトルはね………」
数分後、僕の力説に納得した様で、月乃は次から次へと問題を解き始めた。
「あぁ、ベクトルって可愛いかも…」
…少し飛んでるが気にしない、気にしない。
その後も順調に他の教科の勉強をやっている様だ。
今回のテストは大丈夫みたいだな。
ほっとしたのも束の間、
「光ちゃん、ちょっと…」
と月乃の声。
はぁ…。
まだまだ先は長い様で…。
そういえば、僕の骨折は10日で完治した。
医者曰く
「人間じゃない…」
だそうで…。
その後、月乃が
「だって光ちゃんは化物ですもん」
と笑顔で医者に言っていて、ヘコみましたよ…。
……月乃の事は信じてたのに…。
そんな回想をして胸を痛めていると、夕食時に。
月乃は頑張ってるし、僕が作るか。
そう思い台所に立つと
「光ちゃん、私が作るよ」
と慌てて言ってきたが、座らせる。
「月乃は勉強してて。それと今日からテスト終わるまでは僕が夕食作るから」
「えっ…。でもそれじゃ、光ちゃんが…」
月乃の気持ちは嬉しいが、ここは
「じゃあお願い」
と言う場面ではない。
というか、そんな酷い事僕には出来ない。
仕方ないので、強行手段を。
「そうか…月乃は僕“なんか”が作った料理“なんて”食べたくないよね…。僕“なんか”の料理“なんて”……」
相当“なんか”と“なんて”を強調する。
思った通り月乃は困った顔をして俯き、
「違うよ…。光ちゃんの料理が嫌な訳じゃなくて………」
と言い訳を並べ始めた。
勝利を確信した僕は
「じゃあ僕が作るけど、文句はないよね?」
と話し掛けると、月乃はコクリと頷いた。
ふっ、まだまだ甘いな、月乃は。
しばらく勝利の余韻に浸っていたが、夕食を作らねば。
冷蔵庫に挽き肉が入ってる筈だから、ハンバーグでも作るかな。
比較的簡単だし。
30分ほどでハンバーグとその他数品を作り終わった。
出来は上々かと。
食卓に並べると月乃が物凄いスピードで飛んで来た。
…どんだけお腹空いてたの?
僕が席に着くと、月乃はこれ又物凄いスピードで食べ始めた。
はははっ。
何だか月乃がおかしいや。
僕も食べ始めると、役7割がた食べ終えた月乃が目を輝かせて
「光ちゃん、はぐっ、凄く、もぐもぐ、美味しい、ごくん、よ♪」
と言ってきた。
月乃…口の中、丸見えだよ…。
月乃っておしとやかなイメージがあったけど、僕の思い違いだったみたいだ…。
月乃への何かが壊れた音がするし…。
はぁ…。
僕のため息を聞き、月乃は不思議そうな表情を。
あぁ、月乃はやっぱり沙織さんの娘だね。
天然具合がそっくりだ…。
呆れながら月乃を窺うと、既に完食していた…。
それからテストが終わるまで、月乃は様々な表情を見せてくれた。
分かった事は一つ。
月乃は僕が作る料理がかなり気に入ったみたいです…。
そんな訳で、休日は料理を作るという事を義務付けられてしまった…。
今回は、光と月乃の会話をリアルな物にする為、数学の用語を使ってしまいました。
不快感を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、お許し下さい。