アレクサンドラVS料理11
「……子ロスの干し肉はなかなかの量がありました故、それがしが多少使わせてもらったところで特に問題はない為、ご心配なさらず。ーーああ、せっかくだから、旅の初日の昼食は子ロスの干し肉を使って皆で食べてみましょうか。子ロスの価値を見直す良い機会です。カラムを中心に活用法を広めていけば、今後は市場にも出回るようになるかもしれませんからな。セルネの今後の食生活の改善の為……ごほん。無駄にされている食材を活用し、モルドラを今以上に発展する為にも、それがし達でまずは味を見てみましょう」
それだけ言うと、エルセトは明らかに上機嫌で軽い足取りでその場を去っていった。
「……何だかんだで、エルセトってセルネの掌の上で転がされている気がしない?」
「……言ってやるな。ドラゴンのわがままを聞いてやるのも、トゥズルセアにとっては幸せの一つだ」
(……間違ってもセルネのように育たないように、ノーティは今のうちから、やっぱり厳しく躾をしときましょう)
今のところ、好き嫌いがなさ過ぎて困るくらいではあるが、これからはもっと気をつけて食生活も見ていこう。
ノーティが知ったなら【とばっちりだよー! もっとあまやかして】と半泣きで言い出しそうな決意を胸に抱きながら、アレクサンドラはそっとエルセトの背中を見守ったのだった。
「そんなわけで、今日の昼食は先日滞在した村で聞いたレシピを再現してみました」
渡された器に、アレクサンドラは目を瞬かせた。
「……赤い、スープ?」
「ええ。この辺りで獲れる、タナブアという実を使ったスープです。乾燥したものを売っていたので、ためしに買ってみました」
「ふうん。……あ、ちょっと酸っぱいのね。それに後味がほんのり甘いわ」
「砂糖が貴重な村では、甘いものに飢えた時囓るそうです。ですがこの通り、果実と言っても、ほとんど甘みはなく、どちらかと言えば野菜に近い味がするようです。だからこそよけい、あの村では砂糖の甘さが求められているのかもしれませんな。……正直、それがしも胸やけしそうな代物でしたが」
アレクサンドラはスプーンを片手に深く頷いた。あれは食べれたものじゃなかった。
再びスープをすくって口にいれる。
エルセトの言う通り、果実の甘さは全く気にならなかった。むしろほのかな甘さが爽やかで、すっきり飲みやすい。
「おいしいわ。今回は、先日のスープよりも細かく干し肉を切ったのね。……あら?」
「どうされました?」
「いえ……こないだよりも、子ロスの肉の旨味が強い気がするわ」
熟成具合だろうか、ロスの個体差だろうか。
明らかに肉の味が先日と違うように思える。
だが、旨味が強くても、臭みが強いわけではないし、硬さも先日と同じくらいに思える。これは一体どういうわけだろうか。
「そういえば、干しタナブアを購入した時に、ロス肉の旨味を引き立てる効果があるとか、店の主人が言っておりましたな」
「へー……食材同士の組み合わせで、こんな風に変わったりするのね」
「……エルセト。このスープ、悪くないぞ。臭いがない分多少物足りなさは感じるが、普段とは食感が違うのが面白くもあるな」
「……私……普段より、これ……好き……やっぱり、エルセトの愛が……」
「ーーっはい、クイナは少し黙っていて下さいますか? 真面目な話をしているので。 ……どれどれ……ああ、確かに軽いといえば軽いですが、先日のルシェルカンド風リゾットほどではありませんな。臭いがなくて、旨味が多少薄くとも、味のベースはロスだからかもしれません」
『クイナじゃないけど、私もこれ、好きだわ。すっきりしているし、肉の柔らかさもちょうど良いもの』
『私もよ』
「ふむ。どうも女性陣には人気があるようですな。……フルへとイアネがいないのが残念です。子どもの率直な意見は、バカにできません故」
「だが、ロスの臭いを好まない子どもも最近は多いと聞くぞ。そう言った子ども達には、子ロスの方が人気がありそうだ。……身が柔らかいから、肉を細かくする手間がいらない分、離乳食としても使えるかもしれないな」
「最近歯が弱って、硬いものが噛めなくなった上に、加齢で脂ものを受け付けなくなっている大叔父上なんかにも良いかもしれませんな。……ちょっと手紙で、知らせてみましょう。モルドラに新たな流行を作ってくれるかもしれません故」
「いや、年配の人こそ、子ロスに対して抱いているイメージが悪いから、今さら口にはしないと思うぞ。知らせるなら、大叔母上にしておけ。女の方が、その辺りは柔軟だ」
「それもそうですな。……で、そこで気配を消してこそこそスープをすすってるフレムスは、どう思いますかな?」
「……だから、どうしてそうも簡単に俺を見つけるんデスかー…!」
(……ふーん)
アレクサンドラは、目の前で繰り広げられる会話を、興味深く聞きながらスープをすすった。
(同じ国の料理なのに、それでもやっぱり人によって感想は違うものね)
「ーー……アレクサンドラ。すまない、少し遅くなった」
声をかけられて、ようやくオシュクルがテントに戻ってきたことに気が付いたアレクサンドラは、慌てて背筋を伸ばした。
「いえ。そもそも字の練習に付き合わせているのは私の方なんだから。気にしないで」