アレクサンドラVS料理10
「……いや、そんなことありませんぞ。まあ、もしそう見えるならば、王妃様の成長が嬉しいあまり、普段は抑制している忠心が露わになっただけのこと。こう見えてそれがしは、主に忠実な、よき臣下ですからな」
良い臣下であることは否定しない。だが、それにしたって様子がどうもおかしい。
これは絶対何か裏がある。
「……エルセト、貴方もしかして子ロスが好物だったりする?」
「それがしがですか? ……まさか!」
エルセトはどこか大げさな素振りで肩を竦め、首を横に振った。
「オシュクル様から、子ロスの話をお聞きになったでしょう? 子ロスは市場に出回らない、流通上では稀少な食材ですぞ。それがしは、モルドラでは貴族の家系。今まで子ロスを口にしたことなど、あって一、二回という所です。そんな食材を好物と思うはずがないでしょう?」
「……それも、そうよね」
だが、それならさっきの無駄に高いテンションは何なんだ。それに、今の言い分にも、どこか早口で焦りが滲んでいる気もする。
思わず胡乱げな視線をエルセトに向けるアレクサンドラに、隣にいたオシュクルが溜息を吐いた。
「……全く。エルセト。変に誤魔化さず、正直に認めればいいだろ」
「……嘘は言ってませんぞ。それがしは、子ロスより、成熟した固いロス肉の方が好きです」
「ああ、お前はな」
どこかバツが悪そうに顔を背けたエルセトに苦笑いしながら、オシュクルがエルセトが上機嫌な理由を教えてくれた。
「アレクサンドラ。……子ロスはエルセトではなく、セルネの好物なんだ」
「セルネって、エルセトの仕えているドラゴン?」
「ああ。子ロスが粗末な食材だと思うのは、あくまで人間の価値観であって、ドラゴンのものではない。彼らには彼ら独自の好みがあるからな。狩りをして野生の子ロスを食べて、気にいったらしい」
なるほど。自身のドラゴンを溺愛しているエルセトが、上機嫌になるはずだ。
「あれ? でもドラゴンって食事は自分で調達しているわよね。いつも」
「ああ。コミュニケーションの一貫で軽食を与えることはあっても、基本は自分で狩りをして食べている。その辺りにも、我々が侵すことができない、ドラゴン独自のルールがあるようだ。おそらく【食事】という生きるのに重要な部分を、人間に支配されたくはないのだろう」
「それじゃあ、別にセルネのために干し肉を用意してあげなくてもよいんじゃ……」
「……ああ、それは」
オシュクルの視線がエルセトに向く。エルセトは、少し不機嫌そうに眉をひそめながら説明を引き継いだ。
「……それがしの神は……セルネは、腹立たしいくらい面倒くさがりやでしてな。……狩りに行くよりは寝ていたいと、よほど腹が減らないかぎり、食事をとらないのです」
(うわあ………)
噂には聞いていたが、想像以上のものぐさだ。
エルセトが必要以上に世話焼きになるわけもよく分かる。
「本当、困った方です。……通常のドラゴンと同じ量の食事をとらないから、雄なのに雌と間違われるくらいの大きさにしか育たなくて……せめて、それがしが許される範囲の軽食だけでもしっかり取って頂かねばと思っているのに、今度は【ロス肉は固くて、噛むのが面倒だし、臭みもあるからいやだ。子ロスが食べたい】と言う始末。それを聞いて、それがしが子ロスを入手しようにも、王様ご一行に売るわけにはいかないと村人達には泣かれ、狩りで入手しようにも、野生の子ロスは警戒心が強く、人の気配だけで逃げてしまうが故に、捕まえることもできず……」
「……裏で奔走していたのは知っていたが、そこまでしていたのか。……前から思っていたが、エルセト。お前はセルネを甘やかし過ぎてないか」
「それがしだって、本当はもっと厳しく接したいのです! しかし、セルネは、それがしが何もしなければ、これ幸いと寝てばかりいて、見る見る痩せていくのですから、仕方ないでしょう! オシュクル様だって、ご存じでしょう? 一昨年にセルネが行進中に、栄養不足で倒れたのを!」
「……ああ。あの時ばかりはシュレヌもかんかんだったな。【面倒なあまりに、食事を抜かして倒れる馬鹿がどこにいる!】と」
「その通りです! セルネはご自身のことに関しては、本当に馬鹿なのです! 基本的には聡明なドラゴンの性質を引き継いでいるはずなのに、何故、ああも馬鹿なのか……。十分に成熟した大人なのに、いつまでも子どものようで……。あの時以来、シュレヌとグゥエンに頼んで、食事をとっているか見て頂くようにはしてますが、それでもまだ足りていません……! それがしはなんとしてでも、セルネにもっと栄養をとらせねばならないのです!」
エルセトは握った拳を振るわせながら、珍しく見開かれた金色の瞳でアレクサンドラを見据えた。
「……と、いうわけで! 今日購入した干し肉の一部は、それがしも活用させて頂きますが、異論はありますかな!?」
「……え、ああ、もちろん大丈夫よ」
かつてない迫力でアレクサンドラにつめ寄るエルセトに、それ以外何を応えられただろうか。